慈悲深き神の御許は、密やかに待つ
「それで、結局何をもらったんだヨ?」
「分からない……女王は教えてくれなかった」
僕はゾニに抱えられて空を滑空し、山脈を下っていた。
彼女には三人を抱えられるほどの力は残っていなかったため、レティリエとピアッタは別行動だ。通るルート全然違うし。
まあピアッタは軽いから、レティリエの足ならそこまでの差はつかないだろう。
「ただ、魔力総量は戻った……というか、さらに増えたみたいだ。怖いけど」
「じゃあ、元通りよりかは強くなったってことだナ」
「強くなったって言っても、僕だけどな」
魔力が増えても相変わらず魔術は使えないし、ヒーリングスライムを使うのに支障がなくなっただけだ。
オーバーリミットは今までより大きくなるかもしれないが、それがどうしたというのだろう。この先を行くのに、まったく足りないのはなんの変わりもない。
「あと、やっぱりあの、おや? が気になりすぎる。絶対なんかの想定外があっただろあれ。あの女王でも見通せなかったイレギュラーってなんだいったい」
「気にしすぎんなヨ。ハゲるゾ」
禿げたくはないなぁ……。僕、スキンヘッド似合わないだろうし。
「……しかし、この山脈そのものが母の本体とは知らなかったゼ。恐れ入る」
山頂からはもう、だいぶん離れていた。
最初は体力限界で無口だったゾニも、聖属性のマナが薄れるにつれて余裕が戻ってきたのか、今ではいつもの彼女に戻っている。
飛行も安定しているし、こうして雑談ができるようになれば大丈夫だろう。
「もう本体の方は動かないらしいけどね。ほとんど自然と同化してるらしい。それでいて骸でもない。細かいことはよく分からないが、女王は笑ってたよ」
いずれ死が訪れるのか、生きたまま自然そのものになるのか、彼女にも分からないらしい。
けれど、それでいいと女王は微笑んだ。
それなら、僕には何も言うことはない。何も言えない。
きっと彼女は、これから先もずっと、この地の安寧を護り続けるのだろう。……いずれその意識が失せたとしても、彼女の民のために、ずっと。
「そっか。復活しても、あんな姿で大丈夫かと思ってたけどヨ……そういうことなら、心配なんざいらないナ」
ゾニはそう、安堵したように口にした。
彼女は屍竜と化したノールトゥスファクタを自然に還しに、故郷バハンへ戻ってきた。
いろいろあったが……謎を明かして真実を知って、やっと憂いがなくなったようだ。
首を巡らせてチラリとその表情を盗み見れば、その顔は晴れやかで。
「お前の兄弟ってのはどうなったんだ?」
「さあ? 戻ったら居なくなってた」
慌てて顔を背けて、僕は答える。
「アイツは大丈夫だよ。いずれ竜人族最強の戦士になるさ。必ず、君より強くなる」
「へぇ、言うじゃないかヨ。なんだ、そんなに見所あったのか?」
「いいや、落第点だった」
ま、僕の中に十六年もいたんだ。
どんな素質も才能も、台無しになるよな。
「けれど、女王の寵愛は勇を示した者しか受けられないからな。だから、強くなることは間違いない」
「……? どういう意味だ?」
「こっちの話だ」
女王が僕の中から、アイツを取り出したとき……あの時点で、僕にその資格はなかった。ええ。ええ。もちろん。って言われたしな。
今もまだ、僕にその資格はないだろう。あんなやけっぱちの姿を晒しただけでは、勇なんてほど遠い。
……だから、確認なんてしなかったけれど。
資格を持っていたのはきっと、アイツの親だ。
「母さんがバハンに来たって話は、聞いたことないからなぁ」
強い風が吹いた。
ゾニが翼を広げて、流れに逆らわず風を乗りこなす。
どうせ才能は申し分ないだろう。
心配なのは性格だが、あの女王がいるならきっと大丈夫だ。
いずれ本当の誇りを手に入れて、彼は強い戦士になる。そう信じることに、なんの疑いもない。
門番の村が見えた。
空の旅はもう終わり。それを惜しいと感じながら、僕は言わねばならないことを口にする。
「それより、ゾニ。女王からもう一つ、頼まれたことがあるんだ」
「へぇ? なんだヨ」
それは、果たされない方がいい頼み事。
けれどそれを彼女に伝えることは、きっと意味がある。
「僕らが生きている間に、もし君が死んだなら。骸は自分のところへ運んでこいってさ」
ゾニは口を閉じて押し黙る。
邪竜堕ちして、もはや自力であの山を登り切ることの叶わぬ身でも。
彼女は女王の眷属として、死後の安寧を許された。
「……ままならないもんだナ。救うつもりが、救われちまった」
その呟きは小さくて。
距離が近いから耳に届いたけれど、きっと誰に向けたものでもなくて。
「殺してみろヨ、リッド・ゲイルズ。次は敵として認めてやるゼ」
「おう。首を洗って待ってろ」
僕らはそう、再会を誓い合ったのだ。




