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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―竜族の山脈―
62/250

前へ

 僕は多分、臆病者なのだと思う。

 自分が死ぬのはいい。でも、手を汚すのは嫌だ。

 それは凄く嫌だ。

 だから相手を絶対殺さないヒーリングスライムは、気軽に使えるいい道具だった。


 けれど確かに君の言うとおり。何の犠牲もなくこの先へは進めまい。

 一線を、越えよう。ただ一歩を踏み出そう。

 前へ。




 ぼごり、と震えるように蠢いた。

 内側からふくれ上がり、破裂する。

 天に向かって吹き出す間欠泉のように。


 スライムが、膨張する。


「チィッ!」


 竜人族リッドが大きく飛び退く。翼を広げ、空へと逃れようとする。

 しかし。

 ドン、と。中空で壁に当たるように、その飛行が止まった。


「さっき言ってた縛りか。君はこの岩場から外へは出られない。空も範囲が決められてるわけだ」


 額に手を翳して見上げ、僕は推測する。


 竜の試練の岩場。本来は勇者が受けるものだと言っていた、試練の間。

 多分、ここは女王の竜族バフが最も強い場所なのだろう。ここならば竜人族の戦士は、勇者とでも互角に渡り合える。そういう場になっているのだろう。

 けれど、だからこそ竜人族の戦士は、試練の最中はここから離れられない。そんなふうに設定されている、といったところか。


「クソッ……があ!」


 スライムはかつてないほどの膨張を見せ、岩場を埋め尽くして魔力的な障壁に阻まれて、行き場をなくした粘体は空をも侵食した。

 こうなってはもはや逃げ場もなく、圧倒的な物量は試練の間の全てを埋め尽くす。


 そうして、やがて。

 べちゃり、と竜人族が捕まったのだ。


「よう、いいざまだな兄弟」


 意地悪く揶揄してやる。

 僕と同じ顔の竜人族はメチャクチャ嫌そうにしながら、スライムから頭だけ出していた。


「気持ち悪ぃ……。しかも魔力が吸われるから空で踏ん張りが利かねぇ……。なんでお前の周りは寄らないんだよ、コイツ」

「操作してるだけだよ。ピアッタもやってたとおり、ヒーリングスライムは一応マニュアルで動かせるのさ。今の僕だと、触れてたらすぐに枯渇するだろうからな。……あれ? 確かに面倒であまりやらない操作だけど、僕の中にずっといたなら仕様くらい知ってそうなものだが」

「お前のオリジナル術式は特殊すぎて分からねぇんだよ」


 プログラミングの文法使ってるからな。

 そうか、汎用魔術とか錬金術とかの式はこっちの世界で習得したものだから、僕の中にいたコイツも一から学べたんだ。けど僕のコードは異世界の下地があってのものだから、暗号解読でもしなきゃ理解できないのか。


「けれど、知ってるぞ。これは確かに魔力は吸われるが、死ぬことはない。竜人族で魔力総量の多い僕にとっては、気持ち悪くって動きづらいだけだ。こんなので降参なんかするものか。クソ迷惑ではあるけどさ」

「そうだな。その通りだ」


 僕は鷹揚に頷いて、けれど、と首を横に振った。


「今のうちに降参しておいた方がいいと、忠告しておこう。兄弟のよしみだ。今ならまだ、間に合うぞ」

「ハッタリか? こんなので、いったい何するって言うんだ……」


 僕は懐を探り、それを取り出す。

 ピン、とこれ見よがしに指ではじいて、中空で見せつけてから、再びキャッチした。



 黒色の、魔石を。



「…………て、めぇ」


 向こうのリッドから、露骨に焦りが透けた。

 そうか、さすが僕と共に十六年、一緒に居ただけはあるな。


「理解したか? どうする?」

「やめろ。そんなものを、この山脈で使うな」

「言葉遣いがなってないが、それはまあいい。だが肝心の一言は聞かせてくれないか?」


 ギリ、と歯ぎしりする音がここまで聞こえた気がした。

 ミチリ、と筋肉が軋む音も。

 魔力を練る気配も。


 ああ、これは突破してくるつもりだな、と僕は察する。

 少しなら物量で遮れるが、おそらく猶予は十数秒。

 これは、しかたない。


「誰がお前なんかに……っ!」

「そうか、残念だ」


 進もう。前へ。

 それが邪道と分かっていても。


 手を汚すのは嫌だったけれど。

 望外にできた兄弟だけれど。

 すまないが、確かに君の言うとおり、何かを犠牲にしなければ進めないこともあるだろう。


 レティリエを殺すなどと。

 もう、そんな世迷い言を考えなくてもいいように。

 それ以外の全てを、贄にして進もう。


「くそったれな故郷はここに裂き拓き」


 まったく。

 なんて合い言葉だよ、って感じだよな。


 魔石から、瘴気が吹き出す。

 僕は魔石を指ではじいた。元々は魔王の所持品であった魔具は放物線を描いて、どぷん、とスライムに沈む。

 瘴気属性の魔素が、スライムに溶け込む。




 瘴気に侵され、スライムがどんどん黒く濁っていく。ドレインのままだから侵食速度が速いな。


「く……クソックソッ……クソが!」


 竜人族リッドが藻掻く。渾身の力で右腕を振り回し、上半身にまとわりつくスライムを吹き飛ばす。


 僕はスライムに指先で触れ、少し操作してやった。

 うねるように巨大な粘体が蠢き、なすすべもない僕の兄弟を再度飲み込む。


「おそらくだけれど、瘴気に侵されたヒーリングスライムは君を治そうとするだろう。君が傷一つない健康体でも関係ない。無理やりに瘴気に侵された生命力を付与し続ける」


 溺れるように四肢をばたつかせる竜人族を見ながら、僕はこれから起こることを口にする。


「その結果、君の身体は歪むだろうと思われる。皮膚が伸縮し、肉が捻れ、骨が曲がる。変型して詰まった血管は末端部へ血液を送れなくなって壊死し、内臓は異常な働き方しかできなくなる」


 ヒーリングスライムの管理が大切な理由だ。こまめにメンテナンスしてやらないと治すどころか、逆に相手を苦しめてしまう結果が待っている。

 けれど今回は、それをわざと歪ませた。


「だけれど、安心してくれ。死ぬことはない。だってこれはヒーリングスライムだ。生命力は常に供給してくれる。たとえ自力で動けない肉塊になろうが、知性を失なってヨダレを垂らしながら徘徊する獣になろうが、少なくとも命だけは助かるだろう。……だから、竜の試練のルールには抵触しない」


 黒い濁りが、ついに竜人族の足先に触れた。顔が恐怖に歪んでいる。パニックのように無駄に手足を振り回して、必死に逃れようとしている。


 アレはダメだな。

 落ち着いて魔力を練って一気に放出すれば、あるいは脱出もできたかもしれない。けれどあれでは、精神的にも技術的にも落第点だ。

 まあ、生まれたてでは仕方がない。せいぜい、地を這う虫をいたぶるのが関の山の男だ。


「生まれたばかりのところ悪いが、君は再起不能になる。……本当に悪いな。どうやら、瘴気に侵された場所は操作を受け付けないらしい。もう僕にも止められない」


 僕はきびすを返し、彼に背を向けた。

 好んで見ていたい光景ではないし、このままでは僕も、いずれ制御できなくなった瘴気スライムに飲み込まれてしまう。


「勝敗は決した。僕がこの岩場を抜けて、先に進むのを止められなかった君の負けだ」


 たしか降参で決着という話だったが、そういうことにしておこう。

 再起不能になる相手に、これ以上時間をかけてはいられない。僕は進まなくてはならない。


 前へ。前へ。前へ。

 邪道であっても、どれだけ堕ちようとも、進む。

 きっと、どこかで道は繋がると信じて。


 それが自分に許された、唯一の選択肢なのだと思う。


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