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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―竜族の山脈―
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正しき答え

「アタシはここまでだ」


 崖を昇りきったところで座り込み、ゾニはそう言った。

 精も根も尽き果て、荒い息を吐いている。


「これ以上は進めない。どうやらこの先は資格がない。帰りは送ってやるから、ここで待っててやるヨ」

「ああ……ありがとう。行ってくる」


 気の利いた言葉の一つも出てこなくて、僕は彼女に背を向ける。


 ゾニはきっと、知っていた。

 邪竜堕ちした者に、女王の居る山頂へいたる資格はないのだと。

 それは拒絶であり否定。山脈の女王ノールトゥスファクタの眷属ではないという証明。


 それを突きつけられることが分かっていて、彼女はそれでも、ここまで僕を連れてきてくれた。


 前を向く。

 もう山頂も間近だ。見る限り難所もありそうにない。

 壮大で険しく、美しい山脈は、もう僕の足でも踏破可能なところまで来ている。


「なあ、リッド・ゲイルズ」


 ゾニの声に振り返る。

 どんな顔をしているのかと思ったが、いつものように笑っていた。

 強く、美しく。吹っ切れたように。


「母にアタシがなんて嘘を吐いたか、教えてやろうか?」

「二百年前の話か?」

「そうだ」


 二百年前の勇者一行は竜人族の巫女を説得し、竜の軍勢の力を借りた。

 巫女だったゾニはそのとき、竜族の女王たるノールトゥスファクタに嘘を吐いている。


「どんな嘘を言ったんだ?」


 彼女が聞いてほしがっている気がして、それと純粋に興味があって、僕は続きを促した。

 二百年前の勇者パーティにまつわる、どんな資料にも残っていない話だ。聞きたくないはずがない。

 事実かどうかはともかく、ハルティルクには因縁もあるしな。


「簡単な話だ」


 ゾニはそう前置きして、懐かしむように遠い目をする。



「あの者たちは勇者なのか、と母が問うて、そうだ、とアタシは答えた」



 ……なんだ、それ。

 だって、現にソルリディアは勇者だった。勇者として凄まじい力を持ち、魔族を薙ぎ倒して、ついでに気に入らない人族も薙ぎ倒して、災害のように駆け抜けた。

 人族を救済するまで。


 ……けれど。

 けれど、いや。しかし確かに。


「勇者の力を持っていても、それだけで勇者を名乗っていいわけじゃない。力は勇者の証明にはならない。そうだよナ?」


 ああ、その通りだ。言われてみれば当然だ。

 だって勇者の力がなんなのか、僕はもう知っている。


 あれは神の腕の力。世界改変の権能だ。


 本当は、勇者の力なんて間違った呼称である。ヤバくて公表できないから、便宜上でそう呼ばれることになったものなのだと僕は考えている。

 あんなものを持っていても、真に勇者であるという証にはならない。

 そもそも、勇者なんてこの世界には存在しない。


 だからもし、それでも勇者を名乗るなら。


「アイツらは英雄ではあった。魔王を倒し、人界に二百年の平和をもたらした。けれど、勇者かと言われるとナ」

「ソルリディアは真なる英雄にして災害だった。勇者と言っても問題ないんじゃないか?」

「バカ言え。たった二百年だゾ」


 竜の寿命で考えるなよ……。

 まあ人族の長寿種にとってもそうかもしれないけどさ。


「永遠の平和なんてあるはずがない。第一、二百年前の勇者パーティはもう全員死んでるはずだ。死んだ後まで責任とらせるなよ。今は今を生きてる者が対処すべきだろ」

「ま、その通りだ。お前は正しい」


 ゾニは頷く。

 日に焼けた金の髪を掻き上げ、疲労の濃い目を僕に向けた。



「なあリッド・ゲイルズ。答えろ。アイツは勇者か?」



 その問いは、僕の心中に深く刺さる。

 レティリエは勇者としてふさわしいか。


 あの日、瀕死の身で僕の上に落ちてきた娘。

 礼儀正しくて、掃除上手で料理上手で、思い出の品を大事にする控えめな少女。

 僕が転生者であることを見破った、この世界で唯一の人。


 そんなの、決まっている。



「いいや、違うと思う」



 その答えは、迷いもしなかった。

 レティリエはきっと、真の勇者にはなれない。



「けれど、それがどうした」



 僕は言い切った。

 ニィ、とゾニが笑む。楽しそうに。嬉しそうに。


「二百年前のアタシは、そう言うべきだった」


 ゾニは背中に留めていた槍を外す。

 くるりと回して横にして、僕に放った。

 それはあまりに予期せぬ行動で、僕は危うく落としかける。抱きしめるようにキャッチした。


「持ってけ。杖代わりにはなる」

「重いんだが?」

「あん時の、最後の一撃は悪くなかった」


 ダムールとの試合の話か。恥ずかしくてあまり思い出したくないが。

 でも、同じように振れって言われても無理だぞ。もうどうやったか覚えてない。


「リッド・ゲイルズへ、竜の巫女ゾニが資格を認める。女王に謁見し、証を示せ」


 ……不覚にも、涙が出そうになった。

 いやぁ、誰かに認められるって、こんなに嬉しいんだな。うん。僕って今まで本当に誰にも認められてこなかったからさ。くるものあるよね、これ。


 いや正直、何を認められたか全然分かんないけど。


「示せる証なんかねぇよ」


 僕がそう言うと、ゾニはいつも通り、シシシと笑う。


「それが、どうした」


 ま、そうだよな。

 元より分不相応なのは承知の上だ。何もなくても言い張っていこう。

 僕はここに、来るべくして来たのだと。


 褐色の竜の巫女に背を向け、歩き出す。






 けれど。

 もちろん、このまますんなりたどり着けるわけなどなくて。

 最後の壁が、僕の前に立ちはだかる。



 だいぶん歩いたころだった。

 坂はキツいが、一歩一歩しっかりと踏みしめて進めば、危険はない。

 振り返る気はないが、もうゾニは見えないだろう。


 ゴールは近い。

 もう少し。あとちょっとで、たどり着ける。ゾニから借り受けた槍の石突きを凍った地面に突いて、僕は黙々と歩く。


 少し拓けた場所があった。雪も氷もない、ごつごつとした岩場。

 これはどういう場所だ、と思いながら見回すと、視界に否応なしに飛び込むものがあった。


 最初は幻覚だと思った。


「よお、兄弟」


 そいつは錐のようにせり立った岩の上に座っていた。


「ずいぶん待ったぞ。……ま、とはいえ仕方ないけどさ。人間と邪竜堕ちだしな。むしろ、思ってたよりは早かった」


 あの顔は、知っている。

 だって、鏡で見たことがある。


「さあ、それじゃあさっそく、始めようか。要らないとは思うけれど、まずは自己紹介だな」


 そう言って、僕は……僕の姿をしたソイツは、ニィィと笑ったのだ。

 嘲笑のように。



「僕はリッド。女王の新しき眷属リッド・ゲイルズ。山頂へ挑むリッド・ゲイルズに、竜の試練を行なう者である」


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