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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―竜族の山脈―
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竜人族としての誇り

 四日目の日暮れになって、僕らはビバークできる場所を探し当てる。

 凍結したオーバーハングの真下だ。せり出した岩壁に風よけの布を固定して張り、小さなテントにする。この作業もだいぶ慣れてきた。


「狭ぇ」

「じゃあその槍貸せ。支柱にすればもう少し広くできる」

「ざけんナ?」


 ゾニは短く僕の提案を拒否すると、槍を抱くようにして寝転がる。大切な槍なんだな。母ゾンビに投げてたけど。

 しかしさすがに、だいぶんお疲れのようだ。この高度だと飛ぶだけでかなり体力を消耗するようで、今日は休憩の頻度も多かった。

 空気が薄いし、僕と荷物抱えてるもんな。いくら精強な竜人族でも、限界が近そうだ。


「ゾニ、これ口に含んでおけ。少しはマシになる」

「おう」


 僕は登山のために造っておいた丸薬を渡す。錬金術製の魔薬だ。疲労回復と呼吸補助の効果がある。

 現状、これくらいしか僕にできることはない。


 高度は八千を超えたところだろうか。完全にデス・ゾーンに入っている。

 通常、この高さに達すると呼吸も困難になる。半分くらい宇宙だからな。酸素が行き渡らないから脳は働かず、手足は痺れ、胃腸は固形物を消化できなくなる。


「気づいてるか? ちっこいピアッタの護符だけどヨ」

「ああ、効果が強まってるな」


 僕らがまだしも平気でいられるのは、山頂に近づくにつれて効力を増していく護符のおかげだ。

 どうやらこの竜の護符、やはり山脈効果で増幅がかかっているらしい。

 ピアッタのデザインチョイスのセンスが光ったな。さすが感覚だけで生きてる種族なだけはある。


「アタシも竜なんだがナ……」

「竜人族だろ。まあ属性は同じだろうが。ん……力は湧いてこないか。じゃあ竜以外の法則があるんだな」

「どういうことだ?」

「分からないよ。けれどこんな護符にも増幅がかかるなら、条件はそうとうガバいはずだ」

「つーか、瘴気だろ。どう考えても」


 ゾニはもぞもぞ動くが、身体の向きを変えただけで起き上がったりはしない。うつぶせになって完全に寝る体勢だ。


「瘴気、ね。そうなのかも知れないが、ならなんで瘴気が邪魔するのか、って話だ」

「知るかヨ鬱陶しい。そんな考えることなのか?」

「考えるべきことだ」


 この先、何が待っているか分からない。謎があるなら少しでも解き明かしておきたい。

 僕は羊皮紙に簡単な魔術陣を書き、薬品を用意する。錬金術ではなく、初歩の汎用魔術陣。

 試薬を小皿に垂らして魔術陣に置くと、すぐに色が変化した。


 魔素の属性に反応して色が変わるのだ。大まかだがマナの属性割合の測定ができる。


「色合いが明るい。この白い発光は氷属性だけじゃないな。聖属性も強い。ゾニ、君って実は力が湧くどころか、弱体化してるんだろ?」

「ぐぅ……」


 寝たふりしても分かってるからな。


「瘴気は聖属性で浄化される。多分、君には竜属性増幅がちゃんとかかってるが、それ以上に聖属性が君の瘴気を洗ってるんだろう。さすが竜種信仰の聖域だな。ここは魔族にとっては本来、立ち入ることができない場所だ」


 僕がレティリエに屍竜を当てたのも、彼女の聖属性が強いからだ。

 不死族は瘴気の塊だから特攻入りまくりだし。


 ……しかしそうなると、ゾニはかなり無理してるな。

 おそらく山頂に近づくにつれて、聖属性は強くなっている。彼女にとっては毒の中を進んでいるのに等しい。


「……そうだ。いい物があるぞ」


 思い当たって、僕は懐から黒い魔石を取り出した。

 レティリエに渡された、瘴気の結界を張る魔具。魔王の所持品にして魔族の賢者の芸術品。


「お前……それどこで手に入れた?」

「魔王の落とし物らしい。本当はレティリエのなんだが、返しそびれててな。けど今役に立つぞ。これを起動させれば瘴気の結界ができる。その中にいれば、君も回復するはず……」

「使うな」


 その拒絶は、断固たる意思が感じられた。


「今のアタシは魔族じゃない。ノールトゥスファクタの眷属だ」


 理解はできなかった。

 けれどきっと、ゾニにとってそれは重要なことなのだろう。


 まあ、いい。そういうことなら僕も強制はしない。

 彼女は超級の戦士だ。自分の体調の限界くらいは把握できるだろう。


「しかし、聖属性ね……。女王の寝所が聖属性で満たされてるってのは、いよいよ神の腕となにか関係があるのか……」


 幼き少女の姿をした女王は、魔力のみでオリハルコンを剣に加工した。

 不安定な可能性の神鉄の在り方を剣と定め、氷雪の加護まで付与してみせた。

 途方もない話だ。ドロッド副学長が見たらひっくり返って驚くだろう。その後メチャクチャ喜んで女王を問い詰めただろう。


 あんな技、それこそ神か、神の腕しかできない。

 創世を担った者たちであれば、この世界のすべての鉱石を原始の神鉄から削り出した者たちであれば、ああいった加工法も可能かもしれない。

 あれは即ち、世界の在り方を編纂する力。


 ならば。最古の竜ノールトゥスファクタとは……。


「おいお前。いいこと教えてやるゼ」


 荷物に顔を埋めたうつぶせのまま、ゾニが話しかけてくる。


「今なら、お前でもアタシを殺せるかもしれんゾ」

「いや無理だろ」


 バカなのかコイツ。この状態でも僕が勝てるはずないだろうに。


「即答するなヨ……面白くないやつ」

「というかたとえ今君を殺せても、どうやって山を降りろって言うんだ」

「生きて帰る気だったのか?」


 コイツ、僕をなんだと思ってるんだ。無事に帰るまでが遠足だぞ。


「殺す気なら、さっきの丸薬を毒にしてるだろ。分かれ」

「そうか、毒じゃなかったんだナ」


 ゾニは首の向きを変えて顔を見せると、手の内に隠し持っていた丸薬を口に含んだ。

 なんだ、一応警戒はしてるじゃないか。


「お前の目的は女王に会うことと、アタシの足止めか暗殺だろ。そろそろ両立できる頃合いじゃないか?」

「暗殺は含めない。足止めで十分だ。そしてそれももう、成功してる」

「でも一応、殺しといた方がいいだろ?」


 しつこいな。

 まさか死にたいわけでもあるまいに。



「君が死ぬときは、誇りと共にだ」



 まったく。

 君は誇り高き竜人族の戦士なんだから、僕なんかが殺していい相手じゃないだろ。






 翌朝は降雪があったが、珍しく風は弱かった。

 ゾニの翼で野営したオーバーハングを越える。この高度まで来ると景色が圧巻だな。

 ていうか凍り付いた崖ってやばいな。メチャクチャ高いし。こんな光景マジであるんだ……。


「おい、今のうちに言っておくゾ」

「なんだ?」

「墜ちたらすまん」


 限界じゃねぇか。


「ふざけんなお前ここ休憩もできないとこじゃないかよ。気張れ」


 凍った岩壁はほとんど垂直で、とっかかりもない。翼を休める場所など望めそうにない。

 ゾニがふらつく。やはり限界が近い。

 仕方ない。だいぶん昇ったがここは命を大事にしよう。


「ゾニ、厳しそうだから一旦降りるぞ。もう少し安全な迂回ルートを探す」

「ダメだ。このまま行く」


 僕の提案を突っぱねて、ゾニは毅然と言い切った。


「アタシはここだと、体力回復ができない。多分、これが最後の飛翔だ」


 ピアッタの護符で生命維持はできても、満ちる聖属性マナで彼女の力の源たる瘴気が削れるのはどうしようもない。

 ゾニはここに居るだけで消耗していく。

 くそ、だから瘴気の結界使っておけって言ったのに。……いや、今からでも遅くはない。結界を発動すれば僕も範囲内になるが、短時間なら大丈夫なはずだ。

 僕は懐を探り、魔石を取り出す。


 ……しかし、発動の合い言葉を口にはしなかった。


「ゾニ。ロープはあるから、最悪は崖に槍を突き立てて蓑虫になれる。休憩できるぞ」

「バカかこの槍いくらしたと思ってるんだお前。ドワーフ製のミスリルスピアだゾ」

「やったじゃないか。僕らの体重くらい余裕で支えられそうだ」

「これだから魔術師は!」

「残念だが錬金術師だ」


 ゾニの膂力に耐えるんだから普通の槍じゃないと思っていたが、ミスリルだったか。

 うん、そりゃテントの支柱にはできないわ。どちらかというと……。


「……溶かして素材にしたいな」

「お前には絶対触らせないからナ」


 なんて酷いヤツだ。僕はただの無害な研究者なのに。


「ミスリルの魔力伝導率を知ってるか? 武器なんかにしておくのもったいないぞ」

「アタシが戦闘で魔力使ってないとでも思ってるのかヨ。つーか何言われてもやらねーからナ。自分で金貯めて買え」

「金があったところで買えない稀少金属じゃないか。金もないけど」


 オリハルコンほどじゃないが、ミスリルも貴重で稀少な金属だ。共に前世ではなかったものでもある。元素記号とか何になるんだろ?


 ゾニはツラそうにしながらもなんとか羽ばたいていく。

 上へ。上へ。

 雪が降っている。会話も邪魔になると気づいて、僕は口を閉じる。


 ここで墜ちるようなら、それはそれでいい。僕とゾニが戦って相打ちしたなら大金星だしな。それと同等の結末なら、人族的には悪くない。

 けれど、それは違うだろう。

 そんな死に方、彼女には似合わない。彼女にはもっとふさわしい死に場所があるはずだ。

 もっと言えば。


「ゾニ」


 名前を呼ぶ。

 返事はない。飛ぶのに必死なのだろう。


「無事に帰るまでが遠足だからな」


 魔石は使わない。それはきっと、彼女の誇りを傷つける。

 彼女には、ずっと誇り高い生き方をしていてほしい。


 自分は零点だと笑って、屍竜への戦いに飛び立った姿を見たとき。

 僕のような卑小な人間は、それが愚かであると分かっていても。

 羨望を感じずにはいられなかったから。



 あんな生き方をしたいと、思わずにいられなかったから。



「だから、無理だと思ったら僕を離せ」


 敵だけれど。

 僕なんかと心中なんて、させちゃいけない。


 ぐん、と。

 飛行の速度が上がった。


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