雑談
「君の話で、竜について少し分かったことがある」
抱えられながら上空を目指す。
まあ飛ぶのはゾニなので僕は何もしないのだけれど、体勢を保つだけで結構疲れる。
そうだよな、身一つだもんな。座席とかフロントガラスとかないもんな。それどころかシートベルトもエアバッグもないぞ。
「何が分かったって?」
気を使ってくれてるのか速く飛べないのか、ゾニはゆっくりと飛行してくれる。おかげで話すことくらいは問題ない。
「竜のことだ。邪竜堕ちなんて僕は知らなかった。おそらく例が少ないうえ、秘匿されてきたんだろう」
「まあ、恥だからナ」
「それもあるかもしれないが、おそらくそこは竜の弱点なんだと思う」
ゾニが沈黙した。図星か。
「君は罪悪感を抱いて瘴気を纏うようになったらしいが、普通の人間だったらそんなことはあり得ない」
もし人間でも同じようなことが起こるなら、僕なんかとっくに真っ黒だ。
「感情や環境でそんなにたやすく変質するってことは、精霊や妖精の類に近いってことだ。……まあ君の変質は肌と息吹の色で止まっているようだし、あいつらほど存在があやふやってわけじゃなさそうだけどな」
伝聞からの仮説だが、そこまで難しい話じゃないし多分あってると思う。
「君らはあまりにも魔力量が多すぎて、その力の制御が難しいんだろ。だから常に体内魔素の循環を正常に保ち続けないといけない。感情が制御できなかったり環境が変化したりでそこに歪みができると、竜は在り方がひっぱられてしまうんだ」
ノールトゥスファクタが加工したオリハルコンを思い出す。
神代における原始の鉱石。
あらゆる可能性をはらむ神鉄。
凄まじい力を持つ、どんなものにもなれる不安定ななにか。
「竜は自然と共に生きることを誇りにすると言われてるが、おそらく逆なんだろうな。自然と共に生きなければ、自己の存在を保つのが難しい種族。それが竜だ。違うか?」
「ムカツク」
「うおおアクロバットするな!」
な、何回転したんだ今。ヤバイ吐きそう。めっちゃ酔うこれ。
「そんなに変わりやすくはねーヨ。竜は身体も強靱だからナ。あと、火竜が水辺で暮らしても水竜になったりとかはしないゾ。ちょいと泳ぎに適した身体になるかもくらいか」
「む、そうなのか……じゃあ竜と戦うときは棲息地周辺を壊滅させて弱体化案も無理か?」
「それやったらまず、竜が激怒してお前を殺すからナ?」
マジかー。
とはいえ、仮説は当たっていたらしいのでそこは嬉しい。嬉しいだけだけど。
暇だからな。ゆっくり飛んで、休んで、ゆっくり飛ぶの繰り返しだ。こういった雑談だってしたくなる。
一度にあまり進まないのは、高山病の心配があるからだ。ピアッタの護符である程度の無茶は利きそうだが、それでも一気に山頂まで飛ぶとか無謀にすぎる。
ペースとしては、山頂まで五日を目安にした。ゾニの持久力がないのは事前申告済みだし、休憩多めで行く。
「君は邪竜堕ちしたって話だが、そんな言葉があるくらいだし、歪みで瘴気を宿すのはよくあることって認識で間違ってないか?」
「よくはねーヨ。ただ、負の感情を強くはらんだ竜はそうなるって母から聞いた」
「感情による魔力循環の歪みか。竜の心の在り方が直接体内魔素を変質させるのか、循環阻害からの淀みか、あるいは他に何かあるのか……。というか、なんなんだろうな、瘴気って」
負の感情にもいろいろある。
怒りで邪竜堕ちした竜と、悲しみで邪竜堕ちした竜は、果たして同じ変質をするのだろうか。
「瘴気は環境への影響も大きい。君が山脈を去ったのは、それが原因だな?」
「そだナー。いっとこに長く居座ると土地が瘴気を発するようになるからナ。旅するしかなかった」
ゾニは飛びながらうんうん頷く。そのたびに少し揺れる。酔うからやめろそれ。
「けど人族はこっちが瘴気を持ってるってだけで魔族扱いだからナ。バレて殺されそうになったこともある。……まあそのときは返り討ちにしたが、なんだか人界が面倒になってサ。魔界に足を延ばした。何十年か前だ」
「それで? どうして魔王軍なんかに入ったんだ?」
「んー、いろいろあってナ」
「いろいろってなんだよ」
「そこらへん、説明するの面倒なんだヨ」
デリケートゾーンだからな、その辺。
魔界は地続きだけど瘴気が蔓延してるから、基本的に人族は入れない。魔界の内部なんてほとんど情報がないのが現状だ。
だから、こちらとしては聞きたい話は多い。情報は武器だからな。
けれどゾニとしては、隠さなければならないことも多いだろう。
「……んー。今の魔王は、新しい魔王なんだヨ」
「最近魔王になったってことか?」
「そうそう」
初耳だな。魔王は僕と同じ転生者だって話だが、いったい何歳くらいなのだろうか。
レティリエから聞いたところ、囚われの姫様と僕は同い年だそうだ。仮に魔王が十六歳だったとしたら、何か転生の原因がつかめるかもしれない。
「魔王は若いのか? いくつくらいだ?」
「魔族の年齢は分かりにくいんだ。ヤツら、種族が多くて寿命もバラバラでナ。でもま、若いにゃ若いゾ。見た目はお前より少し年上くらいか」
まあ人族もエルフは千年くらい生きるしな。ドワーフだと三百年くらい。
見だけで彼らの年齢を当てるのは僕も無理だ。
「ちなみにアタシが最初にソイツを見たのは二十年近く前だナ。その頃はもう青年くらいだった。……ってことは、人間よりは長寿種なのかもだ」
「む、十六歳じゃないのか」
「? なんでそう思ったんだ?」
「いや、なんとなく」
十六年前に何かあった説は没か。転生原因の手がかりにはならなかったな。
まあそれはいい。今は大して重要じゃない。
「で、その魔王が、君が魔族軍にいる原因なのか?」
「いいや、原因は前魔王だ。めちゃくちゃ暗君でサ。気に入らないことがあったらすぐに暴れるクソのようなヤツだったが、強くてナ。魔界は王を決闘で決めるんだが、ソイツは別格だった」
「決闘で決めるとか凄いな。完全に実力主義だ。それで、君も戦ったのか?」
僕の問いに、ゾニが首を横に振る気配が伝わってくる。
「アタシは見ただけだ。新しい魔王が、古い魔王を殺すところをナ。見事だったヨ」
どうやら、転生仲間の魔王は強チートを持ってるらしい。
「両目を潰されて、身体半分炭化してんのに笑ってやがった。心から楽しそうにナ」
「やべぇヤツじゃねーか」
えー……同郷だよな? 同郷なんですよね?
どんな国の人間だそれ。そんな物騒な性質、かなりレアな気がするんだけど。
「アイツはお前とは逆方向のイカレだ。楽しくて楽しくて仕方がない、って感じのナ。困ってるときも、怒ってるときも、心のどこかで笑ってやがるようなヤツだ」
「それは……羨ましいな。きっと誰に憚ることのない生き方してきたんだろ」
ホントに羨ましいよな、それ……。
「魔界はけっこう貧しい地でナ。しかも前魔王のせいでけっこう衰退してたんだ。けど、アイツが魔王になってからは少し盛り返してる。食糧問題とかも改善したし、種族ごとの交流も盛んになった。ゴタゴタはあるし不手際も多いが、魔王はなかなか上手く魔族の王をやってるヨ」
「人族としては、ありがたくない話だ」
「だろうナ。けど、瘴気を纏って実際に目にしたアタシとしてはナ。人族も、魔族も、そう違うようには見えなかったヨ。そりゃ低能で下卑たヤツらも多いけどサ、新しい魔王に代わって、少しずつ良くなっていってる魔界を見てると、コイツラも必死で生きてることには違いないよナって思ったゼ」
レティリエがいなくて良かった。
そんな話、彼女には聞かせられない。絶対に剣が鈍るからな。
しかし、暗君を倒して食糧問題を改善して種族間も温めて、か。オマケにあの瘴気の魔具を造った災厄レベルの技師も抱えてる。
「……王道だな」
「ん? ああ、魔族の王だからナ」
僕の呟きを、ゾニが勝手に勘違いする。その王道でも間違ってはなさそうだけれど。
よく分かった。
魔王は異世界転生モノの王道を地で行ってる。異世界転生したら魔族に生まれたので魔王になりあがりました、的なヤツだ。食糧問題も多分、ジャガイモとかトウモロコシとか作ってるんだろう。
転生者のムーブとしては、おそらくあっちが正しい。少なくとも引きこもって研究に逃げ込むのは間違ってた。
「マズい……うん、すげぇマズい」
物語的にはあっちが主人公。こっちは脇役だ。ヤバイぞこれは人族負ける流れである。
いや、冗談はおいとこう。実際マズい。
魔王は多分、前世の知識や経験を惜しみなく投入してる。しかも、魔王の権限で最大限にそれを活用できる。
やっべぇ、早くなんとかしないと……っていうか手遅れくさい。
「ま、そんなの見ててサ。なんか思ったんだよナ。できることくらいはしてやろう、って。まあアタシが定住できるのは魔界くらいだしナ。いずれ棲むかもしれない場所を良くしよう、って思ったのかもだ。人界には未練もなかったし」
「ロムタヒマ戦には参加したのか?」
「したサ。あれは魔族にとっても死活問題が迫ってたからナ」
「死活問題?」
聞き返したが、ゾニは舌打ちした。
「喋りすぎだナ。そこは教えない」
「そういえば魔王は最初、フロヴェルスの王女のもとへ交渉に行ったんだったか。たしか内容は、瘴気をどうにかする方法を教えろ、だったかな? 瘴気が強いと魔族も酔っ払うとか」
「……知ってたのかヨ」
知ってたさ。
しかし、死活問題ね。魔界の瘴気が濃くなって魔族も住みにくくなったから、人界にやってこざるをえなかった。そういう事情は推測できるが……聞いても答えちゃくれないだろうな。
「あ、そうだ。そういえば、フロヴェルスの王女はまだ生きてるのか?」
「知らん」
興味ゼロ! 今、興味ゼロの回答来ました!
「なんか捕らえたって話は聞いたことあるけど、それからどうなったかなんも知らんナ」
「使えねぇやつ……」
グリンと視界が回って、僕らは今日二度目のアクロバット飛行に入る。




