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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―竜族の山脈―
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ゾニ

「来なきゃ良かった! 来なきゃ良かった!」

「大声出すなヨ、雪崩起きるゾ」


 バチバチと雪が顔にぶつかってくるのを、腕で防御する。一歩ずつ雪に埋まる足を引き抜きながら、カタツムリのように進む。

 一夜明けて朝、僕らは猛吹雪に襲われていた。……なんでこの時期に吹雪くんだよ聞いてねーぞ。


「防寒着と護符用意しといて良かったナ。いきなり凍死するとこだ」

「吹雪のために用意したわけじゃないんだが!」

「ここがタダの山なわけねーだロ」


 だろうな! なんか魔法的なアレがあると見た。知らないけど!

 とにかくこんな天候じゃゾニも飛ぶわけにはいかない。せっかく順調に進んでいたが、ここは天候が回復するまでビバークすべきだろう。


「ゾニ、雪をしのげるところはないか?」

「おう、ついてこい」


 視界はかなり悪いが、前を歩くゾニには見えてるらしい。竜眼の力か。いいなそれ。


 歩きにくい中をずんずん進んでいく彼女をなんとか追っていく。見失ったらマズい。こんな吹雪の中じゃ二度と見つけられない。

 くそ、ちゃんと体力回復してから来るんだった。なんか行ける気になってたさ! 脳内麻薬でも出てたのかって感じだよ。


 まあズルして登るつもり満々だったからだけど!


「ついてきてるか? あれだ。あそこに避難するゾ」

「あれってどれだ!」


 ゾニが指でさしてるのは分かるが、その先は真っ白だ。全く分からん。


「洞窟がある。雪は防げるゼ。雪はナ」

「雪がしのげりゃ上等だ」


 なんか引っかかるいい方だが、とにかく今はそこに向かうしかない。

 這々の体で向かう。一歩ごとに体力を使うが、あまり汗をかいてはいけない。

 風と雪の弾丸によろめきながら、ゆっくりと確実に、一歩一歩進んでいく。


 洞窟に辿り着いたときには、すっかり雪まみれになってしまった。


「とりあえず、体温低下は免れてるな。ピアッタの護符か」


 雪を払いながら、防寒着の粗悪さに舌打ちする。

 水分が染みて、湿気るし重い。それでも寒くないのは、護符のおかげとしか考えられない。


「やっぱ腕いいナ、ちっこいピアッタ。お前より役に立ってるじゃないか」

「たしかにな。あんまりいい素材じゃないし期待はしてなかったけど、なかなかだ」

「この土地は竜にゆかりがある。細工の効きが強くなってるかもヨ」

「検証の余地はあるが、そこまで暇じゃない」


 仮に竜の意匠でブーストがかかっているのだとしたら、それを選んだピアッタの手柄だ。

 ここまでくると認めるしかない。彼女は僕のもとを離れて、成長した。もう僕を超えている。

 スペアだなんてとんでもない。返上されたアノレ一の役立たずは、僕が新たに襲名するしかなさそうだ。


「よく知らないが、ハーフリングの細工師ってのは珍しいよナ? 手先が器用なのは分かるが」

「腰を落ち着けて何かやるってのが苦手な種族だからな。だが、居ないわけじゃない。そしてこんな話を知っているか?」

「なんだ?」

「ハーフリングの話だ。ヤツらは飽きることはあっても、諦めることはしない。だから、行くときはどこまでも進む。遙か高みの、その先までな」


 たまに、ハーフリングから悪夢のような魔法使いが生まれる時がある。

 広義ではなく狭義。魔術という枠に収まらない、他者に教えようにも本人にしか理解することができない……あるいは、本人ですら理解していない理論によって紡がれる、その個人にしか使えない魔力の技。

 研鑽の果てに辿り着いたそれは敬意と共に、魔術ではなく魔法と呼ばれる。


「ピアッタを舐めない方がいい。あいつは間違いなく、その先まで突き進むヤツだ。壁なんて笑いながら蹴り倒してな」

「……もしかしてお前、アイツのことめっちゃ信頼してたりするのか?」

「バカを言うな。どれだけ腕があっても、期待通りに動かないのがピアッタだ」


 まあ期待通りに動いてくれないのはピアッタだけじゃないけどな。

 アノレ教室は師匠含めて全員好き勝手やるし。


「しかし、大きい洞窟だなここ。それに奥がかなり続いてそうだ。何か魔物が棲んでたりしないだろうな」


 僕は洞窟の闇に目をこらす。

 分かる範囲は少ないが、幅も高さもかなりあって、それがそのまま奥に続いているようだ。壁や床を見るに、どうも自然形成のものではなさそうな気がする。

 なんというか、掘って踏み固めたような。でこぼこも少ないし。


「バハンの山脈には竜が多い。高所は特にナ。この洞窟はアタシの兄弟の住処かもだ」

「……危険度マックスじゃねーか」

「火は起こすなヨ。なるべく静かにしろ。そうすりゃ、軒先くらいは貸してくれるサ」

「怒って襲われたら?」

「戦うしかないナ」


 軽い……。

 その結論に到達するまでが軽い……。


「君は竜の巫女なんだろ? 話し合いで解決してくれ」

「いやぁ、邪竜の巫女だしサ。アタシが話しても聞いてくれるか分からねーんだヨ」


 話せはするのか。まあ竜人族だからな。

 なんにしろ外は猛吹雪だし、そろそろ高山病も心配になってきたところだ。ここにとどまるより他に選択肢がない。


 僕は雪が入ってこない程度の場所で座りこみ、壁に背を預ける。

 疲れと痛みと徹夜で眠い。吹雪の中の洞窟で寝るなんてそのまま死ぬぞ案件だが、まああまり寒くないから大丈夫だろう。

 この調子だと、やはりこれから体力勝負だ。ここらで仮眠しておくべきか。


「よっと」


 どっかと、ゾニが横に座った。僕はぎょっとする。

 近い。なんかめっちゃ近い。

 肩が触れる距離だ。というか腕とか押しつけられてる。


「……なんでそんな近くに来るんだ?」


 防寒着ごしでもドキドキするからやめろ。


「こういうときは身を寄せて寒さをしのぐもんだゼ」


 ゾニはシシシと笑う。ああ、そう。

 からかってるなこれは。まったく悪質な。


「アタシは、お前らはデキてるもんだと思ってたんだけどナ」

「なんの話だ」

「お前とお上品なアイツの話だヨ」


 ハン、と。僕は鼻で笑ってやった。

 そんなわけがない。


「相手は勇者だぞ。僕なんかとじゃ釣り合わないさ」


 そんなことは最初っから分かりきってることだ。

 当然で、どうにもならないことだ。


「関係ねーヨ。バカだなお前」


 ゾニはわざとらしい呆れ声で、失笑してみせる。


「どうしても欲しいなら奪うんだヨ。誰の目にも憚ることなくナ。恋だの愛だのってのはそういう、歯止めの利かないもんだ。それをしないってことは、その感情はその程度ってことサ」

「お……おう。脳筋だな」


 奥手な元日本人としては、もっとワビサビとかな?

 密かな想いを胸に秘める系のでやきもきする話とか、わりと好きだったりするし。


 ……でも、恋バナはちょっと気になるな。

 この竜人族、若く見えるけど二百歳は超えてるはずだから、さぞや経験豊富に違いない。野性味は強いが、黙ってればかなりの美人だしな。


「君にもそんな経験があるのか?」


 せっかくなので、ためしに聞いてみる。ほら暇だし。目、覚めちゃったし。


「あるサ。奪えなかったけどな」

「君が? 殴って気絶させて攫うくらいはしそうだけど?」

「そうしようとしたら、抵抗されて負けた」


 マジかよ。マジでやろうとしたのかよ。

 ていうか君が負けたのかよ。二重でビックリだよ。


「ま、小さいころだったからナ。それに相手も強かったし、しかたねぇサ。そいつは二百年前の勇者パーティの一人で、ハルティルクってヤツだ。名前くらいは聞いたことあるだろ?」

「ああ。名前くらいはな。詳しくは知らないが」


 あ、あの野郎……!


「面白いヤツでナ。いろんな話をしてくれたり、奇術を見せてくれたりナ。魔力が全然動いてないのに、花やコインが消えたり湧いたりするんだ。バハンの山脈とあの村以外の世界を知らなかったアタシは手品なんて知らなかったから、あの頃は本気で奇跡だと思ってたゼ」

「……悪戯好きなムードメイカー、か。その頃はそうだよな」

「なんか言ったか?」

「何も。それで、寝込みを襲って失敗か」

「見事にナ。さすが勇者の仲間だったゼ」


 どうやら一線は越えていないようだな。

 心臓に悪い。もうほんとそういうの止めてほしい。なんかすごくややこしいことになるし気まずいから。


 よし、話を変えよう。


「そういえば、それらしき逸話を聞いたことがあるな。……ああいや、ハルティルクの色恋の話は伝わってないけどさ。勇者の伝説で、吟遊詩人も歌うやつだ。そう、たしか……」


 記憶は探るまでもない。

 ゾニが二百年前の勇者と会ったことがあるという話をしたときから、すでに思い当たっていた。


「幼い竜人族の巫女を説得し、助力を得る話だ。竜の軍勢を借りたんだったか」

「ああ、それはアタシだ」


 やっぱりか。

 竜人族は希少種族だからな。年代的にも合ってるし、十中八九間違いないと思ってた。


「懐かしいナ。あの頃のアタシは可愛くて、儚くて、健気で素直で……」

「そういうの自分で言うのか……というか別人の話か?」

「肌が白くて、息も白かった」


 ……ああ。伝説でもそう語られてたな。

 巫女はまばゆき金糸の髪に雪の肌を携えた、幻想のように美しき少女だ、と。


「日焼けか?」


 シシシ、とゾニは笑った。


「違う。これは罰だ」


 防寒着越しに触れた肩から、ぬくもりを感じた。


「アタシは勇者たちが好きでナ。なんとか役に立ちたかった。けれど当時のアタシに勇者と共に行くほどの力はなくてサ。だから、我が母ノールトゥスファクタを頼った。眷属の竜を貸してやってくれ、ってナ」


 よく通る、明るい声が洞窟に響く。


「けれどアタシはそのとき、母に嘘を吐いた」


 彼女の声からは、後悔など微塵も感じられなくて。

 己の選択を誇りにすら感じているようで。


「アタシは母を騙して、勇者に味方した。だから、罰を受けた。アタシの魂は不純をはらみ、瘴気に冒され、じわじわと肌が浅黒くなって、ブレスも黒色の炎になっていった。邪竜堕ち、ってやつだ」

「……嘘を吐いただけでそうなったのか?」

「いいや。嘘だけでこうはならんサ。けど、騙して戦場に送った兄弟がたくさん死んだからナ。罪悪感には勝てなかった」


 ……人に歴史あり。

 二百年も生きている彼女には、相応の歴史があるのだろう。


「邪竜堕ちした巫女は、村にいられなかった。アタシは村を出て、バハンを離れ、竜人族であることを隠し冒険者として放浪した。ありがたいことに力は強かったから、食うに困ることはなかったサ。そうしてアタシは……二度とこの山脈の地は踏むまいと、思っていた。それも含めて、アタシの罰なのだと」


 彼女は過ちを犯し、罰をうけた。

 きちりとそれを受け入れて、飲み込んだから、彼女はこんなにも明るくあれるのであろうか。


「けれど、母が死んでゾンビ化したなんて聞いちゃあナ。居ても立ってもいられなくってヨ。無様に戻ってきちまった」

「ま、親の死に目に会えないのはツラいわな」


 肩越しにゾニの存在を意識する。

 美しくて、誇り高く、規格外の強さを持った戦士。

 歴史の生き証人で、ハルティルクに恋をして破れ、それでも勇者のために罪を犯した竜の巫女。


 彼女は、きっと。


「なあ。お前はきっと、アタシの正体に気づいてるんだろ?」


 シシシ、と。

 悪戯っぽく笑った彼女は、グイッと僕の肩に体重を預けてきた。やめろ、重いぞ。


「……なんでそう思う?」


 洞窟の闇になれた目が、彼女の視線とぶつかる。

 近い。やたら近い。少し逃げようと後ずさろうとすると、その分詰め寄られた。逃がす気はないらしい。


「なんでもなにも。じゃあお前、やっぱアタシの胸ばっか見てたのか?」

「ハハハ、バカ言え。ずっと警戒してたに決まってる」


 ピンチではあるが、自然と笑っていた。そんな気分だ。

 どうやらとっくにバレていたらしい。お互い様だが。


 僕は気づいていたし、ゾニは僕が気づいていることに気づいていた。

 もう答え合わせの時間だ。

 どうせ双方が正答に辿り着いているんだし、ぶっちゃけていこう。


「どこで分かった?」

「確信を持ったのは、君が瘴気を放ったときだけどな。まあ、その前に君の迂闊があった。バハンに来た魔族は全部倒された、なんて迂闊すぎる発言だろ?」


 まったく。楽しそうに笑いやがって。

 こっちはずっと、肝を冷やしてたんだからな。



「バハンにどれだけの魔族が流れたか、大まかにでも分かるのは魔王軍のみだ」






 ニィ、とゾニは凄絶に笑む。

 彼女は魔族側だ。おそらくは魔王軍に属している。


 邪竜に堕ちた竜人族はバハンを離れ、放浪し、様々な経験を作りながら……今は、魔族の戦士として僕の隣にいた。


「わざわざパーティ解散までして勇者と別れたのは、アタシと引き離したかったからだナ?」

「そうだな。山を登るのは、そのためでもあった。別に解散までする気はなかったけどさ。ああいう流れになったなら、僕が足止めしてる間に先へすすんでもらった方がいい」

「アタシが油断してるときに、あのお上品な勇者に襲わせるって手もあったんじゃないか?」

「レティリエじゃ君に勝てない。出力はともかく、経験が違いすぎる。……それに、彼女は甘い」


 だから、と。

 すごく嫌だったけれど、眉根を寄せて口にする。



「君は、僕がなんとかするしかない」



 シシシ、と。

 ゾニは心から楽しそうに笑った。

 僕などに何ができるとも思っていないだろう。けれど、馬鹿にしてるような感じではなかった。


「いいナ。やっぱお前はいい。面白い。アタシの愛人にしてやろうか?」

「……それ、僕がなるのか?」

「当たり前だろ。なんでアタシがお前のになるんだ?」


 ツバメかよ。

 別に悪くはないが、そこまで暇じゃない。


「本命なら考えはしたよ」

「嘘吐けヨ。本命なら即断わっただろ」


 肩にかかる重みが和らぐ。

 ゾニがのしかかるのをやめて座り直すと、組んだ両手を頭上にあげる。

 んー、と。しなやかに伸びをする。


「あー……まあ、スッキリしたゼ。やっぱこういうのはシンプルがいい。ずっとモヤモヤしてたからナ」

「そうだな。あとは僕を殺して終わりか?」

「いいや、殺さない」


 意外だと思う一方で、だろうな、とどこかで納得していた。

 彼女は僕らが勇者一行であることに、早い段階から気づいていた。それこそ最初に会ったときからである。

 殺すつもりなら、いつでもできたはずなのだ。


 ―――……いや、違うな。

 自分の中で、そんな小賢しい論理を否定するものがあった。

 違うな。うん。違う。そんなつまらない話で、こんなピンチに飛び込んだわけじゃない。


「この山脈にいる間は、アタシはノールトゥスファクタの眷属だ。魔族じゃない。だからお前は殺さないし、山頂にも連れていく」

「なるほど」


 多分。

 僕はこの竜人族の女戦士を、自分でも意外なほど気に入っているのだ。

 信頼も信用もしていなかったけれど、それでも信じていた。


「奇跡のようだな」


 僕は座り直しながら、ぽつりと呟いていた。少しだけゾニに寄りかかる。

 なんだかまた眠くなってきた。外はまだ吹雪のようだし、しばらくは仮眠してもいいだろう。


「勇者の仲間と魔王軍の戦士が、一時でもこうやって共にあれる」

「元勇者の仲間に、今は竜の巫女だ」


 そういえばそうだった。頭が回ってないな。


「なあリッド・ゲイルズ。内なる怒りで自らを灼く者。アタシはお前のことが、少し分かる気がするゼ」


 ゾニが何か言っている。僕はまどろみに落ちていく。


「もし母がお前を救わなかったら、アタシが救ってやるヨ」


 そうか。それはありがたいな。

 今日はいろいろあって疲れた。もう眠らせてくれ。


「お前を救えるのは、神か、罪を背負った者だけだ」


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