すべて失ったとしても
「…………」
僕は沈黙する。頬杖をついたまま、彼女の顔を眺める。
こんな時だけれど、綺麗な娘だよな、なんて思った。
「その、危険な登山なんですよね。とても。それに、その先にどんなことが待っているかも分からない。報酬についても推測だけで、あるかどうかも不確定です。リスクが高すぎると思うのですよ」
曖昧な笑顔で、視線を逸らして、少女は反対意見を述べる。
なるほど。リターンがあるか分からないのにハイリスクだからやめよう、と。
別にその考え方は間違っていない。
間違っているのは前提だ。
「リスクは無いよ。僕は現在役立たずだからな。君の調整役にはピアッタがいるし、死んだところでマイナスにはならない」
レティリエが苦しそうな、痛ましそうな顔をする。
彼女は僕の身を案じてくれているのだろう。けれど、僕は今のままでいるわけにはいかない。
無力な足手まといのままでは、勇者の……彼女の仲間ではいられない。
たとえ、チートなどという自分の実力外の、反則みたいな力でも。取り返さないことには、共に先へ進めない。
ゆっくりと、諭す。冷静に、論理的に。
「リスクなしで、リターンがあるかもしれない。なら挑むべきだ。僕らはいずれ魔王を相手にしようとしているんだし、多少の冒険はしなきゃな」
「……また」
少女の表情から感情が消える。
「また、あんな戦い方をするつもりですか?」
呆然と、抑揚の少ない声で。
「殺されれば勝ちだなんて、本気で口にできるような戦い方を、また?」
感情が消えたはずの瞳から、涙が流れた。
あまりに激しい感情が、逆に表情を消しているのだろう。
「なんで、あんなふうに命を投げ出すような戦い方を?」
嘘など吐きたくなかった。
だから、誠実に答える。
「僕に価値が無いからだ」
パンッ、と。小気味いい音がして。
頬に痛みが走った。
「……あなたは、とても優しくて凄い人です」
平手で打たれた頬が、じんじんと痛んだ。
「……あなたは、わたしを救ってくれた恩人です」
少女はうつむいたまま、涙を流す。
「……あなたは、わたしのパーティの一員です」
僕は黙して、嗚咽のような声を聞く。
「価値が無いなんて、そんなことは絶対にありません」
信じられんバカやったな、僕。……そんなふうに、人ごとのように考えた。
だってあまりにバカすぎる。勝てもしない勝負にこだわって、この少女を不安にさせた。
心配させて、悲しませて、涙を流させた。
「あんな戦い方を、してほしくありません。あんな戦い方をするなら、この山に登らせるわけにはいきません。たとえ魔力が戻っても、この先へは共に行けません。わたしはあなたに……」
「……なら」
その先を言うのは、さすがにツラかった。
「パーティを解散しよう」
「ピアッタ。僕の荷物を持ってきてくれ」
その場の全員が声を失う中、僕はハーフリングの後輩に指示を出す。
ピアッタは眉をひそめて少しこっちを睨んだが、言うとおりにしてくれた。悪いな。こう身体が痛いと、立ち上がるのも億劫でさ。
僕は鞄をあさって、丸めた羊皮紙の束を出す。
それを、そのままピアッタに差し出した。
「これを渡す。錬金術を囓った程度のお前じゃ少し難度が高いが、そこは頑張れ。この先で必要なモノだ」
内容はロムタヒマの壁を覆う瘴気の無効化方法。……それの試算書とでも言おうか。錬金術師が読めばだいたい内容が分かるはずである。
まだ細かな計算を詰め切れていないが、このままでもおおかたは大丈夫。手がけるのがピアッタなのは不安だが、レシピに余計な隠し味とか入れそうで本当に不安だが、まあなんとかなるだろう。
―――これで本当に、僕が勇者パーティでいる意味は無くなった。
「レティリエ。君はピアッタと共にロムタヒマへ向かえ。こいつはいい意味で臆病者だ。僕みたいに、自分の身を危険にさらすような無謀はしない」
好奇心でいらんことに首突っ込んだりはしそうだけどな。
まあ、僕よりはマシだろう。
「……なんで、そうなるんですか?」
なんでって。
そりゃ、そうなるだろう。そうするしかない。
「足手まといにだけはなりたくないからな。そうなるなら、死んだ方がマシ、さ。だから僕は、この先もああするに決まっている。もうやらないなんて約束はできない。……それに、君には急ぎの用があるだろう? 共に行けないなら僕を待つ必要はない」
王女様はもう半年間も囚われの身だ。生きてるかどうかも分からない。
幸運にも、剣は手に入れた。最上級のやつだ。これなら魔族の相当強いヤツとも渡り合えるだろう。
レティリエはなるべく早くロムタヒマに向かいたいに違いない。
だから、こうするのは仕方ない。
「リッドさんは、どうするんですか」
「山頂へ向かう」
やることは変わらない。
「そして、ロムタヒマへ向かう。君と共には行けなくても」
「なんで……」
なんでだろうな。
後ろめたさはあるが、贖罪なんてのはガラじゃない。
死んでもいいとは思っていたが、死にたいとまでは思ってない。
人族を救うため、なんてそれこそ失笑モノだし。
―――考えて、頭をよぎったのは今朝の試練だった。
まったく。なんて気にくわない。
こんな辺境の土着宗教の儀式なんかに、教えられるなんて。
「マシな生き方がしたいからだ」
多分、僕は笑っていた。
体はまだ痛いし、大切な人を泣かせたし、パーティも解散してしまったけれど。
魔力量チートも奪われて、もう本当になんにも無くなってしまったけれど。
なんだか、心に涼風が吹いたようで。
「世界を救う旅ってのは、悪くない」
立ち上がる。
ああ、そうだ。僕の行く道は元から決まっている。
「それに、文句を言わなきゃいけないヤツらもいるしな」
荷物を背負った。
なんだかいてもたってもいられない気分だ。こんなに前向きになったのはいつ以来だろう。
泣かせて気まずいのもあるけどさ。
「ゾニ、やっぱりもう行こう。山頂へ。女王のもとへ」




