許可と提案
「……信じられんバカやったな、僕」
気がついてすぐ、自分で自分にドン引きだった。バカなの? マジでバカなの?
「いやー、わりといつものことっスよ。先輩は」
声がして視線を向けると、首がめちゃくちゃ痛んだ。ふぐっ、と全身が硬直するが、それさえも痛い。
苦労して視線だけ動かす。……外だけど、ダムールにボコられた場所じゃないな。もう太陽は中天近くにあるから、何時間か経ってるようだ。
ピアッタが枝で地面に魔術陣を描いているのが見えた。
「何やってるのお前? ていうかここどこ?」
「見ての通り、魔術陣描いてるんスよ。あとここ、寝泊まりしてる小屋の裏っス」
見たまんまだし、そういえば場所も見覚えあるな。
「先輩に関わった人って、だいたいみんな後悔するんスよねー。こんなの相手にしなけりゃ良かった、って」
「そんなことないだろ。勝手に変なこと言うな」
デマを広めると風評被害が起きるじゃないか。
「ダムっちも村の人もみんな、怯えてたっスよ。ここ、純朴な田舎者しかいないんスからあんまり怖がらせちゃダメっス」
「え、怒られるの僕なの?」
あきらかな無理ゲーやらせてきたのあっちじゃん。悪いのあっちじゃん。
「レティリっさんも青ざめた顔してたっス」
……それは、まあ。たしかに僕が悪いな。
「さて、と」
魔術陣が描き上がったようで、ピアッタは手に持っていた枝を放り投げた。中心地に何かを置く。
……あれ、ヒーリングスライムの結晶だよな。
「魔力よ巡れ」
言葉に魔力を乗せて唱える。
呪文。僕にはできない芸当だ。細かな魔力操作を言葉で行えるおかげで、魔術陣はだいぶん簡素で分かりやすい。
大地のマナを集める術陣。
『結晶解凍・ヒーリングスライム。オーバーリミット』
今度は、魔力を乗せない合い言葉。僕の書いたプログラム通りだ。こいつ、発音上手いんだよなぁ。
ヒーリングスライムが起動し、限界を超えてふくれあがる。……おいおい、デカいな。
そいつけっこう大食いだし、あんな魔術陣で集められるマナじゃそんな膨張しないはずなんだが。
「ここ、霊脈でも通ってるのか?」
「みたいっスね。あれ? ニオイで気づかないっスか?」
「五感で魔素の多寡を量るなんて芸当、人間には難しいんだよ」
それこそ人体に影響を及ぼしかねない濃度になれば分かるけどな。ここはそこまでじゃない。
「不便っスねぇ、人間。じゃ、覚悟はいいっスか?」
「何度自分を実験体にしたと思ってるんだ。はやくやれ」
ピアッタがスライムに手を突っ込み、制御を奪って移動させる。
僕は大きく息を吸って、巨大なヒーリングスライムに取り込まれた。
「さて、それじゃ行こうか」
夜になって屋内に戻るなり、僕は宣言する。中に居たレティリエとゾニが、お化けでも見たような顔をした。
なんだ君ら。別に僕は死んでないぞ。
「な……なんでそんなに元気なんですか? リッドさんのスライム、あんな怪我を治すならもっと時間がかかるはず……」
「ああ、ヒーリングスライムには素人にはおすすめできない裏技があるんだ。それを使えば通常よりも早く治療できる」
「そんなものがあったんですか?」
あったんだよ。秘密にしてたわけじゃないけど。
扉と僕の隙間から、ピアッタがぴょこっと顔を出す。
「頭おかしいやり方っスけどねー。生命力ってのは活性化したオド、即ち魔力なんスけど、それを効率よく取り込むためにまずドレインで魔力枯渇して空き容量を確保。その後ヒーリングで治療……ってのをガンガン繰り返すんス。簡単に言えば気絶と蘇生の繰り返しっスね。あんなの新手の拷問っスよ」
「別に拷問でもなんでもない。体内魔素を全部生命力に入れ替えるだけだ。施療中は動けなくなるが」
魔力枯渇に慣れてないと吐くけどな。
「それより、行くってこれからか? 夜だゾ」
「夜だからだ。闇に乗じて村を抜ける。あんな攻略不可能な試練だの儀式だのはやってられるか」
「ダムールは自分の負けでいいって言ってたゾ」
「あのガキちょっと叩き起こして説教してくる」
「落ち着け。どー見てもオマエのが年下だからナ?」
うるせぇこっちは転生者だ。前世と足せば余裕で年上なんだよ。
つーか負けでいいってなんだ? 圧勝しといて何言ってやがる。神聖な儀式舐めてるのか? そんな適当でいいなら最初からやるんじゃねぇ。
「ま、出発は朝にしておけヨ。どうせ強がってんだロ」
その通りだけどさ! まだ体中痛いけどさ!
ああチクショウ。クソ。なんだってんだ。あんなので勝ちを譲られるなんて、あまりに勝手すぎる。何も嬉しくないぞそんなの。
はぁ……、と溜息を吐いて、その場に座り込んだ。つまり堂々と登っていいってことか。ほんと、なんだったんだ今朝のアレ。
「……ダムールさんは、リッドさんの資格は認められないと言っていました」
「そうか」
レティリエの話に、ふてくされた気分で返事する。あぐらをかいた足に肘を突き、頬杖にした。
「けれど、リッドさんは女王にもう一度会うべきだ、と」
続く言葉を、少女はかなり躊躇してから口にした。
「……リッドさんは、人には救えない、と」
ああ……そうかよ。
宗教家らしい結論だ。資格はないが、手に負えるのは神しかいない、と。僕にふさわしい評価だな。
なんにしろ、僕は山を登る許可を得た。資格では無くとも、許しを得られたのだ。
ならいい。気にくわないが、これ以上の無駄はできない。僕たちは急ぎなのだ。
これ以上こんな辺鄙な場所でうだうだしていられるか。
「でも、その……」
レティリエはうつむいて、言いにくそうに、ぽしょぽしょと歯切れ悪く。
「行くの、やめませんか。山頂」




