表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―竜族の山脈―
49/250

前世より継いだもの

 ディスプレイの光源だけの薄暗い部屋で、パソコンの前に座っていた。

 カタカタと。カタカタカタカタと。僕はキーボードを打ち続ける。

 泥のようなコーヒーを飲んで、パサパサする栄養食を囓る。


 プログラムを覚えた理由は忘れた。記憶に残るほどのきっかけはなかった。

 ハッカーになった経緯は覚えてる。たまたま見つかって、目を付けられただけだ。


 できるからやった。

 やれるから利用された。

 それは悪だと知っていた。


 他人に迷惑をかけて生きていた。

 それ以外の生き方をできなかった。


 他者の不幸を啜って、下卑た笑みを浮かべるゴミどもに媚びへつらった。


 ヤツらがいずれ破綻するのは分かりきっていて。

 息苦しくて、生き苦しい日々はとっくに詰んでいて。

 別段、たいそうな夢があったわけではないけれど。

 疲れ目の周りを揉みながら、もっとマシな人生があっただろうと、自分自身にあきれ果てた。


 ああ。そうだ。笑ってくれ。

 あのどん底のどん詰まりで、僕は。

 不幸になりたいと、思っていたのさ。






 嫌な夢を見た。

 全身が鉛のように重くなるような、舌を噛み千切って死にたくなるような、最悪の夢だ。


 転生して、残っていた記憶に憎悪を覚えた。

 ちくしょう。ファック。くそったれ。

 なんで忘れさせてくれなかったんだ、と神を呪った。


 前世を覚えているだなんて、ホントは生きるうえで凄く有利なチートなのだけれど、僕は過去から逃げるように目新しい道を選んだ。

 けれど。……残念ながら、僕に魔術は使えなかった。

 次点で選んだ錬金術は確かに僕に合っていたが、やがて前世の知識を応用できることに気づいた。


 卑しいから、手を伸ばした。

 憎んでいた記憶を掘り起こして、つぎはぎの力で僕はその先へ踏み出した。

 そうまでしたのに。できたのは、贄にするのが前提の破綻した人工生命ときては……救いが無い。


 回り回って堂々巡り。罪を継いで新たな罪作り。道化でもここまでの愚者は演じまい。



 …………ああ、本当に。

 なんで僕は、転生などしたのだろう。




「目が覚めましたか?」


 声が聞こえた。すぐ近くだ。

 まぶしいふりして、右手で顔を覆う。多分、今は見せられるツラをしていない。


「……おはよう。レティリエ。ここは?」


 吐き気を催す夢はハッキリ覚えているのに、寝る前に何をしていたか思い出せない。

 なにか、とても大変なことがあった気がするのだけれど。


「おはようございます。……良かった。ちゃんと目を覚ましてくれて」


 ……? 大げさだな。いったい何があったんだ。

 床に直接敷かれた毛布から身を起こしながら、指の隙間から黒髪の少女を見る。レティリエは心底から安堵しているようで、胸に手を置き大きく息を吐いていた。


「ここは村にある空き屋です。ダムールさんの計らいで、滞在中は貸していただけることになりました。リッドさんはほとんど丸一日眠っていたんですよ」

「一日って……そんなに? というか村って……」


 思い、出した。


 虚空から登場した童女。村長の家跡のクレーター。オリハルコンで鋳造した氷雪の剣。

 そして心臓を貫かれた、生々しい感覚。


「……僕、死ななかったか?」


 間抜けな問いだと分かっていたが、聞かないと思考が先に進まない。

 いや死んだろ僕。なんで生きているんだ僕。まさか不死族化したか? いや、それならばピアッタが処置するかゾニが焼くかしてるだろう。なぜだ。


「わたしも、そう見えました。けれどリッドさんの胸には傷一つなくて、ちゃんと心臓は動いていましたし、息もしていました。女王は気を失っているだけとおっしゃっていましたが……」


 手で自分の胸部に触れてみる。特に傷痕のようなものはない。痛みも感じない。

 今更だが四肢を軽く動かしてみる。欠損はナシ。痛みも無い。指まで全部動く。

 視覚はさっきから良好。聴覚も問題なし。嗅覚も正常。指を舐めて味覚と触覚を確かめるが不全なし。

 まさか子種を性器ごと持ってかれてないだろうな、とゾクッたが、毛布の下でズボン越しに触ったらちゃんとあった。ふぅ……。


「健康体だな。むしろ調子がいいくらいだ。本当に気絶しただけか」


 でもアレ死んだよな。間違いなく。

 あの女王、ニコニコと可愛い顔で僕の心臓貫いて、グリッとひねって血管ぶっちぎったあげくに握りつぶしたよな。殺意やべーよあの童女。なんで僕生きてるの?


 まあいくら考えようと、あんな規格外のやることを理解できるはずがない。とりあえず事実は事実として受け止めるしかないだろう。

 一日時間のあったレティリエはとっくにそのつもりのようで、柔らかに笑いかけてくれた。


「とにかく良かったです。とても心配したんですから」

「ああ……そうか。すまない。迷惑かけたな」

「迷惑だなんて思っていません」


 レティリエは露骨に不満そうに口を尖らせる。

 あれ? なんか言葉を間違えたかな。僕のせいで丸一日足止めを喰らったのは事実だと思うんだけど。


「それより、お腹は減っていませんか?」


 問われ、僕は自分の腹具合に意識を向ける。

 たしかに空腹感はあった。丸一日何も食べてないから、胃の中が空っぽだ。


「腹と背中がくっつきそうだ。何か食べられるものはある?」

「はい。少し待ってください。お昼の残りですが、温めて持ってきますね」


 レティリエは微笑んで、部屋の外に出て行く。


 ……これは、ちょっとじゃすまないな。

 彼女の料理の手際は目を見張るほどだけど、そもそもこの世界だと火起こしすら時間がかかる。魔術を使えない僕らだと、火打ち石で火種から育てないといけないのだ。

 ピアッタは火種の術使えなかったし、ゾニの火はちょっと生活に使いたくない。


 ま、用意できるまでしばらくは時間があるだろう。それならとりあえず、早めに一日サボった日課をやっとくべきだ。


 僕は懐からヒーリングスライムを取り出す。

 結晶化して冬眠したそれらは、この状態でもこまめなメンテナンスを要する。

 具体的には餌だ。本格的な点検も行うべきだが、それはたまにでいい。だが餌は二日に一回はやらねばならない。


『結晶状態維持・魔力補充開始』


 結晶を床に並べて手を置き、合い言葉を口にする。

 こいつらの餌は人間の魔力。つまり僕のオドである。

 なぜか魔術が使えないとはいえ、僕の魔力は一般人よりかなり多いからな。こういうときは便利だ。他に使い道もないし、金食い虫の人工生命分野で維持コストが安くつくのは……。


 そうして。

 まるで貧血のように視界がホワイトアウトし。

 僕は昏倒した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ