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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―竜族の山脈―
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神がヒトを愛すとしても

 ………………なんつったコイツ。

 子種って言ったか? 聞き間違いか? まさかここから異世界転生モノの王道展開が始まるとか?

 いや絶対ないな。ありえない。僕とエストの魂を賭けよう。


「知っての通り、先の戦により隣国は魔族の支配下となりました。ええ。それはよろしい。外の人間の国がどうなろうと、妾の知ったことではありません。しかしその影響により、この山脈にも魔族が侵入したのは見過ごせませぬ。妾は仔らと共に不届き者らを潰して回り、その全てを駆逐したのでございます」


 蕩々と白銀の少女は語り出した。ゾニの言ったとおりの内容。ただしこうして彼女から聞けば、印象が違ってくる。

 バハンは魔族を嫌う。

 銀嶺王国バハンとは、すなわちこの女王の領地なのだ。


 この地は、人間のモノではない。


「しかして魔族も然る者。此方側の被害もそうとうなものでございました。妾は倒され、仔らも多く失うこととなりました。バハンは弱体化しておりまする。……さすれば」


 ノールトゥスファクタの眼差しは僕を捉えている。


「新しき仔を、妾の眷属を、強き者の仔を。つくりたいと考えるのは、当然でございましょう?」


 ホントに子種をご所望かこの女王。

 けれどおかしい。道理があわない。これっぽっちも納得できない。

 たしかに屍竜を倒したこのパーティ、男は僕しかいない。だから子種が欲しいなら選択肢は僕のみだ。それはまあそうだろう。

 けれど戦力を補強したいってのに、なんでよりによって僕なんだ。自慢じゃないがすごく弱いぞ。



「あ、いいっスよ。どうぞどうぞ」



 ざけんな?


「ちょ、ピアッタさん! そんな勝手に」


 レティリエが慌てて物申してくれる。うーん、いい娘だなホント。常識人ってだけでありがたいよマジで。

 それに比べてガチで酷いぞこのハーフリング。僕のことなんだと思ってるんだろ。


「でもこれアレっスよね? 先輩がちょっとベッドで蹂躙されればいいってことっスよね? わあお得。乗らない手はないって感じっスよ」


 うん、完全に贄だと思ってるな。

 なあ後輩、これでも僕は君が敬うべき先輩なんだが?


 僕は脳内で試算する。

 正直どうかと思うが、確かにピアッタの言っていることは間違いではない。だってこの申し出、たとえば僕の片腕くらいなら支払っても全然得な取引である。というかそれでも釣り合うとはとうてい思えない。

 逆に言えば、子種なんて安すぎる。裏を勘ぐるほどに、だ。なんかあるだろこれ。


「女王。おそらく貴女は勘違いしていると思うのけど、屍竜を倒したのはそこの勇者レティリエ一人の功績であって、僕はほとんど何もやっていない」

「え、いえそんなことは……」


 レティリエは黙ってようか。


「それに僕は戦う術を持たない弱者だ。身体能力も低いし、貴女に認められるべき力を持っているなんて、とてもじゃないが思えない。ハッキリ言うが、そこのダムール君を選んだ方が強い仔を望めるだろう。……というわけでどうだろう。ここは僕の代わりにダムール君を引き渡すので、そのオリハルコンを剣へと加工してもらうというのは」

「なりませんね」


 なりませんか。


「ええ。もちろん。そこな若人には資格がありませぬ。妾の寵愛を受けるならば、勇を示した者でなければ」


 ボロボロの僕らを相手に、遠巻きに取り囲んで脅すヤツは願い下げか。


「ですが、剣という御要望は承諾しました」


 ノールトゥスファクタは宙に浮いたままのオリハルコンに手を添えた。

 金属の表面を、スゥ、と。小さな指が撫でる。


 次の瞬間。とんでもない魔力が、閃光のように周囲を覆った。


「剣、剣……剣。そうでございますね。妾の屍との戦いで消失した、あのカタチを模せばよろしいのでしょうか。ただそのままでは、少々面白みに欠けるというもの。ここは銘代わりに、妾の加護を存分に与えておくとしましょう」


 おいおいおい。まぶしくて何やってるかよく見えないけど、メチャクチャ非常識なこと言ってないかそれ。

 まさか、鍛冶もせず魔力で無理やり成形するつもりか? ハハハ冗談はよせ。オリハルコンだぞ。飴細工じゃないんだ。

 神代の金属にして原始の鉱石。あらゆるものになり得る可能性を秘めし神鉄。

 それを魔力のみで鍛造するなんて、そんなことができるのは、それこそ……―――。


 神か、神の腕くらいだ。


「これで、いかがでございましょうか」


 僕は頬を頬を引きつらせる。

 輝きが収まって、ニコニコと。

 女王は完成した白銀の剣を、僕に差し出してみせたのである。


「……マジですか」

「ええ。もちろん。マジでございますよ」


 魔法だ。これは。

 僕ら術士が正しく魔法と呼ぶものだ。

 広義ではなく狭義。魔法現象の全てを指すそれではなく、術などという枠に収まるはずもない異能。


 おそろしいな。……そう思うと同時に、不覚にも、面白いなと思ってしまった。

 誰も解き明かしていない謎が、目の前にある。


 この世界における竜ってのは、いったいなんだ。


 肌身離さず持っている黒の魔石を意識する。球形立体魔術陣の魔具。その製作者へ思いを馳せる。

 僕の敵。世界の全てをつまびらかにすると豪語する者。

 君ならきっと、一も二も無く……―――。


「刃に妾の息吹、氷雪の加護を施しました。斬った傷は凍りつき、凍傷を起こして壊死していくでしょう。また魔力を込めて振り抜けば、吹雪を巻き起こすのも可能でございます。ええ。ええ。神代の剣にひけはとらぬ力はあるかと」


 女王が剣の性能を説明しながら、歩く。唖然とするレティリエのもとへ。


「今代の勇者。貴女の剣でございます。どうぞ、お受け取りくださいな」

「……受け取れません」


 少女は首を横に振った。


「リッドさんは交換条件に承諾していません」

「はて」


 女王は首を傾げる。


「そこな小さき人より、返答は聞きました。もはや交渉は成立しております」

「そんな!」

「妾はご一行様の皆に話を持ちかけたのです。であるならば、先の了承にて契約は成されました。もはやこの剣は貴女のもの。確かに、お渡しいたしましたよ」

「え……!」


 魔法のように、なんて。

 本当に魔法があるこの世界では、本当に魔法を使用した相手では、陳腐を通り越しておざなりな表現ではあるけれど。でも、それ以外に形容を思い浮かばない。

 いつの間にか剣は女王のもとを離れ、レティリエの手に収まっていた。


「さて。ではリッド・ゲイルズ殿。早速お代をいただきましょうか」


 女王は僕に向き直り、袖で口元を隠してコロコロと笑む。

 山脈の女王、自然の体現、最古の竜。けれど見た目は少女のようで、幼女のようで。


「えっと……ここで?」

「ええ。ここで」


 冗談は無慈悲に頷かれる。

 え、ホントにここで? みんな見てるけどどんなプレイ?


 これ……前世で殺された時以来のピンチなのでは?






 前世、僕は無神論者だった。

 家族の葬式は仏教だった。初詣に行くのは神社だった。クリスマスは本場ならターキーだと揶揄しながらチキンを食べるし、ハロウィンでは子供に菓子をあげたこともある。


 宗教とは、イベントに付き合うモノ。

 僕にとってはそうだったし、周囲の人間もそんな感じだったと思う。


 多分、あの世界でも故郷の地は異質だった。

 大衆にとって神は崇めるものではなく、信じるものですらなく。

 祭事の建前でしかなかったのだから。


「どうか、動かないでくださいませ。全て妾に任せていただければ、すぐに済みますので」


 女王が歩み寄る。僕は動けなかった。身体がぴくりとも動かない。蛇に睨まれた蛙のようだ。


 見れば、この場の全員が静止していた。皆が驚き顔で固まっている。女王の力か。動きを封じられたな。打つ手ナシだ。

 絶対的な強者。ノールトゥスファクタは、まさしくそういう存在なのだろう。

 神のような、という形容がふさわしい者。


 この世界に来てから、僕は信仰というものを知った。多分、その本質の片鱗を理解した。


 未知が溢れ、境界は曖昧で、知の見通し悪く。

 魔法なんてものが蔓延り、魔物や魔族が闊歩し、竜なんてものすら存在して。

 なんて……なんて―――うさんくさい世界であるのかと、足下がぐらつく思いだとも。



 神はヒトを愛したもう。



 なんと甘美な響きだろう。

 人族に生まれたというだけで、神に愛されているのだと。己は特別なのだと。そんな精神的な支柱に縋ることを、誰が咎められるだろう。

 わけも分からず生きて、簡単に死ぬ世界で。


「……いいや、違う」


 気づけば、吐き捨てるように呟いていた。

 女王の歩みが止まる。もうあと半歩で、手を伸ばせば触れる距離。


「僕が選ばれるわけがない」


 少女の姿が首を傾げた。不思議そうに。不可解そうに。


 確信があった。胸の奥の棘が氷よりも冷たかった。


「神は僕を選ばない。神は僕を愛さない。僕にそんな資格はない」


 神が本当にいるかもしれない、この世界で。

 神のごとき最古の竜を前に、僕は自身を否定する。


 汚濁した憤怒を吐き出すように。



「貴女が僕を選ぶなら、その目は節穴だぞ。ノールトゥスファクタ」



 女王はニコリと笑った。

 楽しそうに。嬉しそうに。面白そうに。

 期待するように。


「ええ。ええ。もちろん。ですがいいえ。いいえ。必ずや」


 どっちだ。


 ノールトゥスファクタが一歩、僕へ近づく。ほとんど密着に近い、互いの息づかいが聞こえる距離。

 ゆっくりと小さな手を伸ばす。


「リッド・ゲイルズ。内なる怒りで自らを灼く者。貴方はきっと資格を得るでしょう。妾はお待ちしておりまする」


 少女の細い指が、僕の胸に触れて。



 そのまま心臓を貫いた。


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