交換条件
「ノーさん、なんでそんな小さいんスか? まあピアッタよりは背が高いっスけど」
おいやめろ。名前を略すな。無礼な物言いを控えろ。
それがなんなのかは未だに理解不能だが、さすがに暴れ出したら手が付けられないことくらいは分かるだろ。
「ええ。本当は、成人した姿を想定していたのです。やはり慣れぬ試みは上手くいきませんね。素直に竜の姿を取るべきでございました。少々、お遊びが過ぎましたか」
普通に接する女王様寛大だなぁ。
あと今のヒントだよな。人の姿はお遊びで選んだ、と。
うん。ふざけてるってことか。ざけんな。
僕らは自称ノールトゥスファクタこと白銀の少女に先導され、集落の中に足を踏み入れていた。
本来の案内人であるダムールは困惑しているようだ。まあそうだろうな。崇拝対象がいきなり女の子の姿で現れたんだし。
「想像してたより陰気な村だな。竜種信仰の民といえば、自然が育てた屈強な戦士が多いイメージだ。来客相手にコソコソ隠れたりしないで、もう少し堂々と干渉してくると思ったが」
村に入ってからしばらくたつが、今のところ誰とも会っていない。
人の気配が無い……というわけではない。そこかしこから視線を感じる。視線を向けると急いで隠れるのが見えたり、慌てた音が聞こえたりといかにもおざなりだが、遠巻きに見られているのは分かっている。
「どうか気を悪くしないであげてくださいませ。これには理由があるのでございます」
「理由?」
「さあ、到着しました。ここが村長の家です」
角を曲がって、ノールトゥスファクタが振り返った。ニコニコと笑顔で、地面に穿たれたクレーターを示す。
……理由分かったー。
村人が恐がってたの僕らじゃないわこれ。
「お、おお……」
ダムールがよろけて膝を突いた。どうした大丈夫か。
「オラの、家が……」
おぅ……哀れなり青年。
つーか君の一人称それか。あと村長の息子だったんだな君。
道理で若いのにリーダー格だったはずだよ。村の宝を出す交渉もできるはずだ。
「ええ。ええ。実は、昨日この村に姿を現して交流を持とうとしたところ、証拠を見せろと言われまして。ええ。このように」
「い、家の者は、無事なのカ?」
「ええ。それはもう。ちゃんと配慮いたしましたとも。今は隣の家で寝込んでいますけれど、肉体的には傷を付けていません」
精神的には大打撃ってことだよなそれ。
まあ正直どうでもいい。じゃれあいは勝手にやっててくれ。ノールトゥスファクタは彼らの神だ。神の御業なら、そうあれかしと祈るのが彼らの信仰だろう。大変だな君ら。
「というわけで、現在この集落の代表は妾でございます」
よし。この女王、女王様だな。真性のSとみた。
「話が早いってわけだな。なら、村の宝を差し出してもらおうか」
「ええ。もちろん。……と言いたいところですが、いいえ。村の宝などありません」
ノールトゥスファクタは頷いて、トン、と地面を蹴った。
羽根のようにふわりと、クレーターの中心に降り立つ。
「村の宝は、この家と共に消滅しました。ええ。だって、とても妾の骸となど釣り合うものではありません。いいえ、いいえ。あれではむしろ、害にすらなる……そうでしょう、リッド・ゲイルズ殿。高地に咲く白いトムヨークの花をご存じですか?」
ああうん。知ってる。
錬金術の材料になるヤツだ。
「麻薬の一種になりうる高山植物だな。万能感と高揚感を得られる薬品を精製することができる。服用すれば戦いの時などに、一時的に恐怖を忘れることもできるだろう。トランス状態になれば、普段は発揮できない力も出せるかもしれない。だが中毒性があり身体には害だ」
「な……」
ダムールが僕の顔を見て、驚いた顔をしている。成分の抽出は村の秘技なんだろうが、あいにく僕はその辺の専門家だ。
ま、そんなところだと思ったよ。
まあ宝と呼んでいたり、彼の健康状態を見る限り、常用はしてない感じなのは救いだな。
おそらく採れるのは少量。儀式や戦闘時に使うくらいか。
「つまり無駄足っスか。ちぇ、先輩の言うことが当たっちゃったスね。ゾニさんこの村焼いちゃうっスか?」
「やめとく。やるならアレがとっくにやってるからナ」
後ろでピアッタとゾニが溜息を吐いて冗談を言い合っている。
レティリエはなにやら思案顔だ。……恐怖心を誤魔化す薬の使用を検討してる気がするな、アレ。後で徹底的に薬品の怖さを叩き込んでやろう。
「ご理解いただけたでございましょうか。此度はそういった理由で、妾自らが恩を仇で返す無礼を制止した次第。ええ。もちろん。女王としては当然の行いと言えるでしょう」
「理解しましたとも。女王様の叡智と判断に敬意を抱きます。……それでは、我々はおいとましましょう。先を急ぐ身ですので」
この場に居る理由が無くなったうえ、この女王は危険だと僕は判断した。
神は神でも荒魂ってやつだ。頼って縋り祈る神ではなく、怒って暴れ出さないように崇め奉る神。前世だとスサノオとかその辺に近いヤツだろう。
生きた神ほど厄介なものはない。こんなもの、関わらない方が身のためだ。
「いえ。いいえ。立ち去るにはまだ早うございます。そなたたちは妾の恩人。故に、妾自らが報酬を与えるのが道理。ええ。村の宝は期待外れでも、妾はキチリと価値のあるものを、もちろん御用意していますとも」
ノールトゥスファクタはニコリと微笑んで、スゥ、と流れるような動きで両腕を広げた。
右手も左手も、人差し指と中指を揃えて伸ばして。
両手の間の虚空から、湧き出るように。
黄金色に輝く、金属の塊が。
「是なる金属ならば、いかに妾の骸であろうとも釣り合いはとれましょうぞ」
宙に浮く金属の色が、白金へとうつろう。青銀へと流れ、赤金へとくすむ。
色の変化を目にして、在り方がまだ確定していないのだ、と僕は直感で察した。
それは自然界にありながら、未だ自らのレゾンデートルを定めていない金属。神代にて最初に創造された原始の鉱石。
あらゆる可能性を秘めた神鉄。
「……オリハルコン」
「マジっスか本気っスか! モノホンのヒヒイロっスかそれ!」
「お前ちょっと黙ってろ」
「ちょ、痛い痛いイタイなんで力一杯頭掴むスかおおお割れる!」
飛び出そうとするピアッタを掴んで止めて、僕はノールトゥスファクタに対峙する。
「すまないが、それを加工できる鍛冶師はここにいない。それに僕らは悠長にしてはいられなくてね。学術的に興味は尽きないが、一から研究してる暇は無いんだ」
僕は冷静に現状を分析する。
神鉄はたしかに凄まじい。あれで鍛造すれば最強の装備が手に入るだろう。
だが、塊でもらっても仕方が無い。あんなのを加工するなら、ドワーフかエルフの超一流鍛冶師を見つけるところからだ。知り合いにはいないな。
宝の持ち腐れ。重いだけの荷物である。換金するのも困りそうだ。
「ほう。これは想定外でございます。まさか先に言われるとは思いもよりませんでした」
ニコニコと、ノールトゥスファクタは楽しそうに笑っている。
そして、年端もいかぬ幼女の姿をしたそれは、まっすぐに僕を見て問うた。
「屍竜の素材の代わりとして、神鉄という素材を提供しましょう。ええ。ですがもちろん、加工は別料金となります。お支払いいただければ、この白銀竜ノールトゥスファクタ、誇りに賭けてこれを素晴らしい武具にしてみせましょう」
手のひらの上だな。
こういう感覚は知っている。師匠の予知に似ているのだ。
すでに未来は定められた。あとは流されるまま最悪な収束点へと向かうまで。
いつからだ? と自問するのもバカバカしい。
きっと最初から。僕らがバハンに足を踏み入れたときから、こうなることは決められていた。
「何が欲しい?」
僕は聞く。後戻りなどさせてくれる相手ではないと、理解したうえで。
山脈の女王は、怖ろしいほど無邪気に微笑んだ。
「リッド・ゲイルズ殿。妾はあなた様から、子種を頂戴したいのでございます」