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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―竜族の山脈―
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山脈の女王

 同じ言葉を使っても、話が通じない。

 同じモノを見ても、別のモノを認識する。

 それはきっと、僕の方がオカシイのだと、いつから堂々と言えたのだろう。

 その上で押し通るのは、強さではないと知っていたのに。


 でもそれでいい。

 本当の強さとは、きっと。

 僕が持っては、いけないモノなのだから。




「普通だな」

「普通ですね」

「普通っス」


 バハンでよく見る、雪の滑りをよくする鋭角な三角屋根。それがポツポツと並ぶ素朴な村を見て、僕らは素直な感想を漏らす。

 人口はおそらく百以下。主に狩猟採取で糧を得ているのか、家の数に比して畑が少ない。山中の斜面では農耕も難しいのだろう。


「……君ら、なんでこんな高所に住んでるんだ?」


 僕は流れる汗を袖で拭いながら、疑問を呈す。普通ではない点といえばそれだけだ。

 ダムールに案内された集落は、山道の途中にぽつんとあった。もはや背の高い木が見当たらなくなった辺りである。

 高所だからか、さらに上方に積もる雪のせいか、春も終わりがけというのにやたら寒い。登山の汗が冷えて風邪引きそうだ。


 というか、朝出発したのにもう夕暮れなんだけど、ふざけてるのかなダムール君は。知ってたらもっと本気で反対してたぞマジで。


「我ラは門番だ」

「門番?」

「女王は本来、山頂にいル」


 ……なるほど。彼らは聖地の近くに居を構えたわけか。

 本当なら山頂に住みたいのだろうが、この高度より上はたしかに、人間の生活圏と言い張るには無理がある。


「なら、女王はなんであんなところにいたんスか?」


 ピアッタの胡乱げな声に、ダムールはブルッと身を震わせた。

 ……空中コンボが効いてるな。どうやらトラウマになったらしい。


「女王は魔族と戦っタ」


 ふぅん、と。僕はゾニを横目で見る。


 彼女はこう言っていた。バハンは魔族を嫌う、と。

 つまり、女王が殺して回ってたわけか。


「女王のあの傷は魔族にやられたのか」

「相打ちだ。母はバハンに流れた上級魔族を全部相手にして、最後の一体を殺して力尽きた」


 ゾニが口を挟む。ただ負けたと思われるのが気にくわないのだろう。


「残りは?」

「他の竜種が片付けたサ」


 そうか、バハンはドラゴンが多いって話だからな。


 よし、だいたい分かった。もういい。

 バハンにもう用は無い。この地が魔族と繋がっていないのは、ほぼほぼ確定と見ていいだろう。ついでの目的だったレティリエの出力と限界も計測できた。十分だ。

 このつまらなそうな村で宝とやらをせしめたら、とっととおさらばしよう。そんなことより、もっともっと早急に対処すべき事案ができたしな。



「ようこそお越しくださいました」



 鈴の鳴るような声が届いた。

 涼やかで、軽やかで。

 何の躊躇もなく美しいと評せる音。


 スゥ、と。おぼろげに。

 ゆるり、と雅やかに。

 その少女は虚空から突然、微笑みをたたえて僕らの前へ姿を現した。



「この山脈の女王、ノールトゥスファクタと申します。歓迎いたしますね、現代の勇者ご一行様方」



 十歳ほどにしか見えない白銀の少女は、楽しそうにそう名乗ったのである。






「……ノールトゥスファクタ?」


 聞いたことのある名前だった。人間らしくない響き。

 白銀の髪に、碧玉の瞳。雪のような白い肌に藍染めの民族衣装を纏った、幼い少女。


 山脈の女王と名乗ったモノ。


「ところで、どうでございましょう? せっかくなので皆様方に合わせてヒトガタをとってみましたが、何かおかしいところはないでしょうか?」


 女の子が両腕を開いて、自らの姿を確認するように首を巡らす。

 その仕草自体は新しいおべべを気にする少女のようでかわいらしいが、どこか間抜けな様子にも見えた。


「ダムール。彼女は村の子供か?」


 違う、と本能的に分かってはいるが、とりあえず案内人に確認する。


「いや……村の子ではなイ」


 だろうな。だって虚空から出てきたし。ただ者ではないことだけは確かだ。

 しかし……その名と、その肩書きを持つモノは、すでに死んでいるはずである。


「子供。その名を名乗る意味は、分かっているのだナ?」


 底冷えする声で、ゾニが問いただす。

 いつの間にか、彼女は槍を手にしていた。その腕には、ミシリ、と軋むほどに力が入っている。……あ、これ冗談じゃないヤツだな。


「ちょ、ゾニさん何を……」


 雰囲気を察して、慌てたレティリエが止めようとする。が、それはもはや遅かった。


「ええ。もちろん。妾はノールトゥスファクタ。白銀竜ノールトゥスファクタですよ。我が娘のゾニ」


 少女がそう答えて。

 ゾニは槍を投げ放つ。


 これはおそらくだけれど。

 竜種信仰の民にとって、その名を騙るのは大罪なのだ。殺されても仕方が無いほどに。

 それが、幼き子でも。


「ええ。もちろん。それで良い」


 鈴の鳴るような声。

 藍染めの袖で口元を押さえ、コロコロと笑いながら。

 己の目の前で凍り付いて静止した、槍の先を見もせずに。


「妾が本物であるなら、この結果は必然。なれば、ええ。ええ。なんと心地よいことでしょう。今の一投は、祈りにも等しい」


 少女……白銀竜ノールトゥスファクタは、投擲の姿勢で固まったままのゾニに近づき、背伸びして頭を撫でた。


「大きく、強くなりましたね、ゾニ」


 ……えーと。

 ちょっと理解が追いつかないのだけれど、これはどういうことだろう。

 みんな唖然としてるから、この相手が何なのか誰も理解していないのだけは確かなのだけれど。ゾニまで信じられないって感じの間抜け顔晒してるし。


「もしかして……スペクターか?」


 思いついた可能性を声に出す。

 スペクター。魂、あるいは強い残留思念が魔力で霊体を得たもの。

 簡単に言えば幽霊だ。ゾンビと並んで最も定番な不死族である。


 仮説はこうだ。

 魔族との戦いで命を失った白銀竜は、肉体がゾンビ化し、精神はスペクター化した。

 非常に希な例だろうが、これならば一応、この状況につじつまが合う。


「もちろん違いますよ。リッド・ゲイルズ殿」


 やめて。名前呼ぶのやめて。

 どうやって知られたかも気になるけど、何よりも覚えられてるのが怖いからやめて。僕は今回名も無きモブでいたい。


「……そうでしょうね。自然に寄り添う竜族であるなら、不死族になるのは大変な恥辱であるはず。あの屍竜のように自我がおぼろな状態ならばともかく、それだけ意思がハッキリしているならば、自ら消滅を選ぶのが道理でしょうとも」

「その通りですが、もっと単純に。妾にはちゃんと生きた肉体があります故に、死体や幽体扱いは不本意でございますれば」


 少女姿のノールトゥスファクタはてとてとと近寄ってきて、小さな手で僕の手を取る。

 生者であることを証明する握手。……不覚にもちょっとドキっとした。


「……なるほど、たしかに体温がある。では、あの屍竜はあなたではなかった、と?」

「いえ。アレは妾でございます。お恥ずかしいところをお見せしました」


 わけ分からないんですけどー。理解できないんですけどー。

 ただ、多分この子、本物なんだろうな。そんな感じがする。だって明らかに規格外だし。



「転生、ですか?」



 そう聞いたのは、レティリエだった。

 ハッとする。なるほどその手があったか。転生というと普通は赤ん坊からなイメージだが、前世でもある程度成長した身体に転生する小説とかあった気がする。

 まして相手は竜族最高位。どんな裏技をされても驚きはすまい。


「いえ。もちろん違います。今代の勇者、レティリエ・オルエン様。ええ。これは転生でもありません」


 理解諦めていいかな? いいよな。


「ええ。もちろん。思考を止めるのは自由ですとも」


 心を読むのもやめてくれないか?


「ですが、早いうちに辿り着いておいた方が良いでしょうね」


 女王の瞳が、僕を意味ありげに捉える。


 それは忠告だった。

 それは予告だった。

 それは……僕に向けた、僕だけに向けた言葉だった。


「……どういう意味だ?」

「きっと貴方は、妾に逢いに来るでしょう?」


 女王は僕の手を握ったまま、上目遣いに目を細めた。

 眩しいものでも見るように。

 あるいは、地を這いずる虫を見るように。


「貴方には、この地で知るべきことがあります。手に入れるべきものがあります。ええ、ええ。もちろん。ご用意していますよ。リッド・ゲイルズ殿」


 コロコロと笑う女の子の姿形を目にして、僕は思わず頬をひくつかせる。

 予感があった。悪い予感だ。できれば今すぐ後ろを向いて、全力で逃げ出したいほどの。


 きっと。

 女王にとって、主賓はレティリエでもゾニでもなく、もちろんピアッタでもなく……僕なのだと。

 そう、理解してしまったからだ。


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