異世界でもやはり焼き肉は美味しい
「自然信仰とは、即ち世界そのものを崇拝し帰依することに他ならない」
さぁて作戦会議の時間だ。予定外かつ想定外でまた回り道が示された。ここは議論を交わすべきだろう。
僕らは座り込んで頭を突き合わす。
これ以上の寄り道をすべきか否か、全員で決めなければならない。野営用の火起こしを頼んだダムール君も聞いているけど、まあいいさ。
「空、大地、海などの大きなものに始まり、雷や風雨といった天候、太陽と月と星からなる天体、果ては樹木や動物や岩石などまでもを、神として崇める。……大雑把に言えば、この大自然にはそこら中に神様が満ちあふれている。そんな宗教だ」
ピアッタが木の枝で、地面に絵を描く。人が立っていて、その周囲に次々と自然物が足されていく。……すでに飽きてるなコイツ。
「……神様が、たくさんですか。いえ、そういう信仰があると聞いたことはあるのですが」
神聖王国出身のレティリエが、非常に難しい表情で眉根を寄せている。あっちは一神教だもんな。
元日本人の僕としては、多神教の方が馴染みやすいが。
「言っておくが、竜種信仰は邪教というわけではない。勇者の伝説でも何度か登場し、その全てで勇者たちに助力している立派な異教だ。葉冠の聖女スプレヒルだって彼らのことを認め、敬意を表明している」
まあ実際は、神聖王国としては目の上のたんこぶなんだろう。規模が小さいから無視しているってところか。
「竜種信仰とは、それら多種多様な自然物および自然現象の神々の化身として、竜が存在していると考える宗教なんだ。つまり象徴だな。竜とは神であり自然であり世界の在り方そのものである、と」
地面の絵にドラゴンが足された。どうでもいいが上手いなピアッタ。まあ工芸魔法使いなら当然のスキルなんだろうけど。
「しかし、この世界は神が創ったものです。神と、神の腕が創りたもうたものです。証拠に、神代の遺跡だってあるんですよ?」
レティリエが困り切った顔で否定すると、ピアッタはドラゴンの前に神様っぽい絵を追加する。
信仰心厚き者として、レティリエはどうしても異教の教えは受け入れがたいのだろう。一神教はこういうとき融通が利かないな。
「こんな話は知っているか? 竜は神が創ったものではない、という説だ」
「……知りません。全く知りません」
二回言った。
なんかレティリエ、哀れなくらいに驚いているな。よっぽど精神の基盤に神様がいるのだろう。
ていうかこの娘、神聖王国に命を狙われたのに、なんでこんなに神を信じられるんだ。
「僕もあまり詳しくないけどね。イルズがいれば喜んで説明してくれるんだろうが……そういう壁画のある遺跡が見つかって、一時期神学会が紛糾したことがあるらしい。結局神聖王国は見て見ぬふりを決め込むことにしたから、これは学術的な方面から攻めないとたどり着けない話だ」
ちなみに僕は、学術的な面からしか神を理解していない。元日本人だからなー、この世界の一般人よりも信仰心は薄いって自覚はある。
僕は地面に描かれた竜の絵を指さす。
「竜種信仰が曰く―――地も空も海も、大いなる全ては最初からそこに在りしもの。その化身として、竜は太古より世界に寄り添う。……神代の遺跡は彼らの信仰の否定材料にはならない。彼らにとって僕らの神とは、ただ少し力が強かっただけの何者か、でしかない」
「そんなことはなイ。我ラはアナタ方の神も尊敬していル」
だいぶ大きくなった火に枯れ枝を足しながら、ダムールが口を挟む。
「神としてか?」
「偉大なル祖先として、ダ」
僕は肩をすくめてやった。
「と、まあそんな感じだ。だいぶ話は逸れたけど、この前提を頭に入れてもらったうえで言っておく。僕は無駄足の方に賭ける。自然と共に生活する彼らは、金目のものは持っていない」
「前置きの迂遠さに比べて、理由がスゲー端的かつ先輩らしいっス。今の話必要だったっスか?」
何言ってるんだ必要に決まってるだろうそんなもの。
「ちなみにピアッタは価値ありに賭けるっス。ドラゴンの鱗とか、生前普通に剥がれ落ちたのは還すんじゃなく、お祈りするための神体にしちゃうんじゃないっスかね。そういうのもらえればそこそこいい素材になるっスよ」
「ありそうだけど、鱗は魔力含有量低いんだよなぁ……伝導率は高いから使いやすい素材だけど」
「鱗以外もあるかもじゃないっスか」
まあ、金目のもの以外なら貴重品持っててもおかしくないか。この山脈、結構いいもの採れそうだしな。
問題は、この辺境の田舎者たちがどれだけ正常な価値観を持っているかだ。
市場を知らない者は、ガラス玉を得るために同量の金銀でトレードしてしまう。行ってみたがガラクタだった、じゃ時間をロスするだけだ。
「わたしも価値ありの方に賭けてみたいと思います」
「意外だな。君は先を急ぎたいと思ったが」
純粋にその意見に驚いて、僕はレティリエの表情を窺う。
黒髪の少女は、じっと地面の絵を見つめていた。
「焦る気持ちはあります。ですが最近……いえ。リッドさんに出会ってから、魔王に言われた言葉を思い出すのです」
「僕に出会ってから?」
「はい。多くの真実を見ろ、と」
……へぇ。
魔王。僕の同郷のラスボス。
勇者の目の前で、王女を連れ去った転生者。
「わたしは勇者として、いろいろなことを知らねばならないのかもしれない、と。リッドさんに出会って、怪我を治してもらって、いろんなことを体験して……生まれ変わって、強く考えるようになったんです」
「ま、たしかにフロヴェルスに手のひらで転がされてるようじゃ、勇者は務まらないよな」
うぐ、とレティリエがうめく。痛いだろうなぁ。この先もネチネチ突いてやるけど。
「そ……それに、竜種信仰の民は勇者伝説で、いつも助力してくれるじゃないですか。素晴らしい道具をくれたり、知恵を授けてくれたり、時には一緒に戦ってくれたり。歴代の勇者は彼らに凄く助けられていたはずです。歴史に鑑みればむしろ、期待してしかるべきなのではないでしょうか」
「まあ、たしかに歴代の勇者は三人とも、なんらかのカタチで彼らと関わっているんだよな……」
「え、そうなんスか?」
ピアッタが驚きの声を上げる。勇者伝説を時系列も含めて記憶している者なんて学者かオタクくらいだから、無理はないけどな。
「本当だよ。勇者は竜種信仰の民となぜか縁がある。偶然性は高いけどな」
「それなら、なおさら行くべきでしょう。過去の勇者の歩んだ道です」
ううむ。僕は反対なんだが、このままだと邪悪な民主主義に圧殺されてしまう。山道は疲れるから嫌なんだけど。
「ゾニ、君の意見は? 君の故郷の話だし、村の宝についての心当たりはないのか?」
僕は助け船を求めて、会話に参加せずつまらなそうに欠伸しているゾニへと話を振る。
ダムールは掟だからと詳細な説明を拒んだが、村から離れたゾニなら何か教えてくれるかも知れない。
「知らないナ。アタシは村じゃ腫れ物扱いだったし、百五十年も前に出てる。宝とやらが当時もあったのか、アタシのいないうちにできたのか、興味も無い。……なあ。村に行くなら勝手にすればいいが、アタシは帰ってもいいか?」
「それはダメだ」
僕は即答する。
「君の故郷に行くんなら君が来なくてどうする。僕としては、君がどれだけ田舎者か笑うのだけが楽しみなんだぞ」
「ホンットに性格悪ィなお前!」
しかし、ゾニは反対派のようだ。これで同数だな。
「はぁ……仕方ない。行ってやるヨ。お前らにはデカい借りを作ったしナ」
げ。
「では決まりですね。どちらの信仰が正しいか、確かめに行きましょう」
「いざおもしろカルト教の村へっス!」
「宝とやらがショボかったら村ごと燃やすからナ」
…………こいつら、もしかして宝自体には興味ないんじゃないか?
「どうやラ、決まったナ。ちょうど肉モ焼けたところダ。良ければ喰ってくレ」
「え、君後ろで料理してたの?」
「串ニ刺して炙っただけダ」
ダムールはちょうど人数分の串焼きを用意していたようで、両手の指の間に串を挟んで爪装備の格ゲーキャラみたいになっていた。昔やったなアレ。
「やっほう、気が利くっスねダムっさん。ピアッタ一番おっきいの貰いっス!」
ピアッタが早い者勝ちで串焼きを奪い取る。一番小さいくせに欲張るなよな……。
まあ、気が利いてるのは同感だ。そろそろ腹も減っていたしな。今日は朝にマズい保存食しか食べてないから、温かいものが食べられるだけでもありがたい。
ダムールから串焼きを受け取る。脂身の無い赤身肉。串は今作ったのだろう、ナイフで木を荒く削ったもので、簡素だがいかにも野外料理って感じだ。
焚き火も手際良かったし、その横で焼き肉までしてたとか、サバイバルにそうとう慣れてるな。弓を持ってたから狩人かもしれない。
「お、柔らかいっスよ。美味しい!」
皆に行き渡る前に、ピアッタが頬張る。口にもの入れたまま喋るな。
レティリエもゾニも受け取って、口に運ぶ。僕もかじりついた。
「なるほど柔らかいな。溶けるようだ。これは仔牛か何かか?」
グルメではないからサッパリだが、これが相当いい肉なのは間違いない。
この世界には食肉用に品種改良された家畜なんていないからな。流通するのはだいたい固くてパサパサしたものだ。
けれどこれは、前世で食べたお高い肉に匹敵する味に思える。
「この場所だとジビエでしょう。若い猪……鹿……とは味が違いますね。カモシカ……も違うような」
レティリエが首をひねる。そうか、たしかにダムールは狩人のようだし、彼が持ってきたなら流通品じゃないな。
まだ肉が固くなってない、若い野生動物。猪でも鹿でもカモシカでもないなら、ここはウサギなんてどうだろう。もしくは大きめの鳥なんて可能性も……。
「こレは女王の肉ダ」
ブプッ!
僕は口の中のものを盛大に吐き出す。腐肉じゃねーか!
「我ラが女王は自然の摂理に従イ、山に還ス。女王の民として食スのもその一環……」
「な―――なんてもん喰わせんスかああああ!」
ピアッタが涙目で叫びながら、なにやらご高説を始めようとしたダムールに跳び蹴りをかます―――なにぃ、空中コンボだとぉ!
みぞおちへの蹴りから顎への膝に繋げてこめかみに後ろ回しとか、どうやったら成立するんだその連続技。身軽さハンパ無いなこの種族!
「ちょ、先輩! ドラゴンゾンビの肉って食べても大丈夫なんスか? その無駄知識ばっかの頭の活躍時っスよ!」
体格のいいダムールを急所への三連撃であっさり昏倒させて、ピアッタが僕に詰め寄る。
こいつホント僕をなんだと思ってるんだよ。ていうかこいつ何者だよ。あとダムール大丈夫なのかよ。
「……不死族の肉は基本、瘴気で毒化する」
「おべえ!」
ためらいなく喉に指を突っ込むピアッタ。
いやここで吐くな。僕も最悪の気分だから貰いゲロするぞ。
「大丈夫だ。腐ってない部分なら魔物の肉と同じように、瘴気をキチリと処理すれば食えるからナ。多分、さっきの戦闘で傷ついて再生したトコを持ってきたんだろ」
呆れたように僕らを眺めながら、のんきに肉にかじりつくゾニ。
お前……食うのか。母親じゃないのかそれ。
「癌の部分かよ……再生したばかりの部分は柔らかくて新鮮ってか? 魔力で無理やり編んだ不死族肉なんて信用できるか。どうせすぐにほどけてぐちゃぐちゃに腐り出すぞ」
「腐りかけが一番美味いって言うゾ」
「向こうで吐いてくる。レティリエも行こう……レティリエ?」
見ると、少女は地面に膝と右手を突いてうつむきながら、左手で口を押さえていた。
震えている。血の気が引いている。脂汗が酷い。
まさか発作か? こんな短時間に二度も? いや、それならさっきの手当が完全じゃなかったと考える方が妥当だ。くっそ僕としたことがそんな初歩的な失敗を……。
「た……食べ物を、粗末にするわけには……」
違った。精神的ストレスが肉体にまで影響してるヤツだこれ。
常識的な心が屍竜の肉を拒否しているが、料理好きの誇りと善性が吐き出すのを拒否しているのだ。……健気すぎるだろこの勇者。一周回って素質あるような気がしてきた。
「いいかレティリエ。ダムールと僕らでは神が違う。僕らにとって不死族は聖水で清め浄炎で灰にするべきモノだ。つまりこの肉は食べ物ではない。むしろ宗派的には食べてはいけないモノだ」
「そ、そうですよね食べ物ではないですよね。ええ、神様の教えですから!」
青い顔で必死に賛同する少女。大丈夫か、めっちゃガクガクしてるぞ君。
結局、僕とレティリエも涙目になりながら肉を吐いた。喉に指突っ込むなんて久しぶりだ。転生前のクソみたいな飲み会を思い出して最悪な気分になる。
新しい目的地が決まったというのに、出発前から散々だ。先が思いやられるな、これは。
……僕らは、この時点で肝に銘じておくべきだったのだ。
宗教の違いとは、即ち人生観の違い。
僕らと彼らとでは、根本的な場所で、わかり合えないのだと。
そしてもう一つ。
僕は、肝に銘じておくべきだった。
この世界は前世のものとは違う、異世界であるのだと。
故に、死したと思ったものが平然と現れるなど、当然ではないにしても……あったところで、おかしくはないのだと。