新たな目的地
他人に迷惑をかけて生きていた。
それ以外の生き方をできなかった。
ああそうとも。
救いようのないゴミだったさ。
「ところでゾニ。屍竜の首はないけど、討伐の報酬は受け取れるのか?」
「んー、多分ダイジョブだろ。ちと時間はかかるが、人を寄越して確認させればいい話だしナ。というか、首持って帰るつもりだったのかお前。重いゾ」
地べたにあぐらで座って右手で左足を持ち上げ、ゾニは怪我の具合を確認しながら答える。おいヒーリングスライム味見するな。つーか身体柔らかいなお前。
結局僕らは、岩陰で野営することになった。戦闘要員の消耗が激しかったためだ。
「例えだよ例え。あの大きさだからな、首はさすがに無理だって分かる。けどそういえば、屍竜の討伐って何を持ってけば証になるんだ? 切り取っても再生するだろあれ」
「……やっぱ首かナ。アタシの息で燃やして骨にしちまえば運べる重さに」
「母親の頭をされこうべにするつもり? 凄いなサイコパスだ。……にしても山道だからな。荷車も使えないのは厳しくないか。いや君だったら運べるかもしれないが」
「ふふん、オタクのお前に竜人族の弱点を教えてやろう。……持久力だ」
肉食獣は瞬発力重視だからな。いいことを聞いた。覚えとこう。
「つーか、お金よりも素材っスよ。レティリっさんの装備揃えるための屍竜討伐っスのに、何も手に入れられなかったどころか後退じゃないっスか。いつの間に剣を失くしたんスか」
僕の外套を勝手に敷いて、ぐでー、と横になってるピアッタが口を挟む。お前それ、ちゃんと土汚れ払っておけよ。
「すみません……。多分、屍竜の近くに落ちてると思うんですが、あれだけでも回収できないでしょうか……」
レティリエがしゅんと落ち込みながら、悲しそうに来た道を窺う。あ、気づいてなかったのか。
「それは無理だな。あの剣は蒸発した」
「え」
いや蒸発するだろ。普通の剣に神の腕の本気パワー全開を注ぎ込んたんだぞ。
「君の服や鎧が無事なところを見ると、完全に力の方向は制御したな。すごい。偉い。才能ありなんじゃないかこれは。あとは加減を覚えようか」
「え、待ってください。ホントに剣、なくなっちゃったんですか? ワナさんたちに選んでもらったのに?」
「誰が選んでも普通の剣はただの鋼だ」
……変な顔とポーズで固まるの面白いな。レティリエの新しい面を見た気がする。
そっか、この娘って思い出の品とか大事にするタイプだったんだな。そういえば酒場でもそんな兆候を見せてた気がするけど、まさかここまでとは。うんうん。これは見誤ったか。
「まあ無くなったモノは仕方ないから諦めようか。素材が手に入らなかったのは残念だが、屍竜討伐の報酬があればもっといい剣も買えるだろう」
「先輩、レティリっさんの剣そのまま使うの反対派だったっスよね。まさか……」
「おっと根拠の無い疑いをかけるのはそこまでだ」
というか、あの状況でそこまで計算してたとしたら悪魔だろ。ちらっとしか考えてねーよ。
「まあ、ともかく当面の方向性をおさらいしようか。まずはレティリエの剣の調達。僕のヒーリングスライムの補充。ピアッタの工芸魔法用素材の確保。……くっそ、全部に金がかかるな」
「あれ? もうスライムないんスか?」
「あるけど、少し心もとなくなった。当面はともかく、ロムタヒマに向かうとなるとな……」
フロヴェルスの支援のおかげで(培養液代わりに)大量に用意できたヒーリングスライムだが、餌の関係上、どうしても管理できる数には限りがある。持ってこられたのはほんの一部だ。
……ちなみに残りは全部あそこで使い切ってやった。副学長に拾われる前に、捕虜の怪我まで全快させてやったわ。
しかし、さっきゾニに無駄にされた分は痛かったな。結局処置しなおしたし。
「いい素材の値段は天井知らずっスよ。手持ちと報酬合わせても、全部高級品なんて無理無理っス」
「だよなー。なあゾニ、友人のよしみで金を貸してくれないか?」
「いつダチになったって話だけどナ。まあ、お前らが困ってるのはアタシとアタシの故郷の連中のせいだから、なんとかしてやりたいって気持ちはなくはないゾ」
でも、とゾニは続ける。
「知ってるか? 冒険者ってのは、貯蓄なんてあっちゃ一人前になれないんだゼ」
「それは君だけだ」
「あー、完全に頭弱い系っスか。ご愁傷っス」
「貯金はした方がいいですよ……?」
「ドイツもコイツもイロモノのクセに堅実かお前ら!」
ッチ、Aランク冒険者のくせになんで金持ってねーんだよ。使えないヤツ。
「ならやっぱ屍竜の骸、奪い返しに行くか……。ゾニ、あいつらの制圧に何秒かかる?」
「お、いいナそれ。まばたきしてるうちに終わらせてやるヨ」
「いえ、それはやめましょう。彼らにも事情がありそうですし」
チ、とゾニが舌打ちする。僕もそんな気分だ。
レティリエは他者を慮りすぎる。初対面で武器を向けてきた相手にすらこの調子では、この先が思いやられる。
「……仕方ない。幸いAランクの討伐依頼がもう一つあったはずだ。おっかない竜人族様に馬車馬みたく手伝ってもらって、そっちも片付けよう。金になるし、そこそこの素材も採れるだろう」
「様付けしてるクセに敬意ゼロだナ死ぬか?」
「ハハハ。誇り高い竜人族が命の恩をアダで返すなんて、あり得るはずが無いだろ?」
「おいお上品な勇者。コイツ本気で性格悪いゾ。どうなってる」
ゾニに話を振られても、レティリエは苦笑いするのみだ。……あれ、フォローしてくれないの? あれ?
「まあ目下の目標は、町に無事帰ることだけどな。何も無けりゃ明日中には……」
「なんか来たっスね」
耳のいいハーフリングが僕の言葉を遮る。ピアッタは立て膝を突いて、眉をひそめていた。
「お客さんだナ」
ゾニが不機嫌そうに鼻をならす。
その視線の先に現れたのは、先ほど僕らから屍竜を奪った、彼女の故郷の人間だった。
「非礼を詫びたイ」
枯れ葉色の髪の男は、ダムールと名乗った。
二十代半ばくらいで筋骨隆々とした、体格のいい男。外観はおそらく人間。
たしか、ゾニを邪竜の巫女と言った弓使いだ。今は丸腰で、両手を挙げて戦う意思を否定している。
「他のお友達は? どこかに隠れてるのかい?」
この状況では、交渉は僕の役目だろう。
レティリエはお人好しすぎるし、ゾニはすでに威嚇モードへ移行している。もちろんピアッタに任せるほど、僕は正気を失っていない。
「ここへは一人で来タ。みなで来ては警戒させルと思っタ。彼らは、女王を送っていル」
さっきよりゆっくり喋っているな。どうやら訛りを気にしているようだ。
敬語は……おそらく、使えないのだろう。
「あの屍竜は僕らの獲物だった。詫びるというのなら、竜の骸を返してくれないか」
「それは、すまなイ。許してほしイ」
「なぜだ?」
「山に還したイ」
ふう、と息を吐く。彼らの目的は想像の範囲内だ。
竜種信仰は自然信仰とイコールである。竜は自然の驚異と壮麗さの顕現であり、だからこそ、その骸は自然の中で朽ちるべきなのだ。
「邪竜の巫女殿が、なぜ怒っているか分かるか?」
その質問に、ダムールは思い詰めたようにしばらく地面を見る。
やがて、彼はゾニにチラリと視線を向けると、悔恨をにじませながら口を開いた。
「アナタ方は、命を懸ケて誇りを守ってくれタ。我々は見ていただけダ。……我々は、アナタ方が守った女王の誇りを汚しタ」
素直だな。まあわざわざ謝りに来るところからして、悪人ではないのだろう。
木訥で信仰厚き田舎者。そんな印象だ。
「よろしい。なあダムール。君らは女王の誇りを軽んじた。あの骸は、君らの手で葬送され、山に還されるのは不本意だと思っている。そうされるくらいならば、僕らのものでありたいと願っている。違うか?」
死者は意見を持たない。だが、宗教家には感情論こそが効果を発揮する。
「僕たちは竜の骸を必要としている。大切な人を救うため、魔族と戦うために、どうしても彼女の遺した力を借り受けたいと思っている。……とはいえ、君たちの信仰心、忠誠心にも敬意を払いたいと思っている。どうだろう。全てが終わったら必ずこの地に還すと約束するから、女王の遺骨を一部分けてはくれないか?」
少しクサいが、これで遺骨を分配してくれないかな?
元々、竜の骨なんて全部は持って帰れないんだ。大部分を譲ってしまっても問題はない。
まあ本当は魔力含有量の多い、いいとこを厳選して持ち帰るつもりだったが、贅沢は言うまい。竜種ならどこの骨でも一級品の素材だからな。……あんまショボイとこだったらクレーム入れるけど。
「アナタ方は、魔族と戦う力が欲しいのカ。……なら、別のモノで払いたイ。掟により詳しくは言えないが、我らの村の宝ダ」
しかしダムールの口から出た言葉は、予想外のものだった。
「それは、竜の骸と同等の……女王の誇りを守れるほどの価値があると?」
ダムールはまっすぐ僕を見て、頷く。
「約束すル」