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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―竜族の山脈―
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竜種信仰の民

 屍竜の巨体が真中でずれる。ゆっくりと、自重で崩れていく。

 まるで、魂が連れ去られるかのように。

 重い地響きと共に、竜の遺骸は地面に伏した。


 後に残るのは、酷い腐臭と静寂。


「霊核ごと破壊したな。戦闘終了だ」


 正直なところ、僕は内心で驚いていた。マジかよ本気で一撃だったよ。絶対無理な注文だと思ったのに……って具合だ。

 見れば、レティリエも残心の姿勢で唖然としている。自分がやったと信じられないのだろう。


 いやー、化け物だな神の腕。そりゃそうか。世界創世の一助を担ったんだから。


「お前らむちゃくちゃだナ。自殺志願かと思ったゾ」


 怪我をした足を投げ出すように座ったゾニが、汗で額に張り付いた前髪を掻き上げながら、呆れたようにコメントする。いや君に言われたくはねーよ。一人で飛んでいったくせに。


「悪いが囮にさせてもらったよ。ブレス以外のどの攻撃でも、受け止めるのは不可能だからな。隙を突くためにタイミングを見計らってたってワケだ」

「嘘吐けヨ。ギリギリの滑り込みだったクセに。……けど、礼は言っとく。さすが勇者パーティだナ。全員イカれてるゼ」


 ……よろしい。治す前に尋問タイムだ。


 僕はぐでっと気絶しているピアッタをその場に下ろした。……スライムに手を突っ込んでたからなー。人間より魔力容量の少ないハーフリングじゃドレインに耐えられなかったかー。

 知ってた。


「僕らのような素人丸出しを、君みたいな玄人が簡単に信頼するはずがないと思ってたよ。答えろ、なんで僕らを勇者パーティだと思った?」


 僕は新しい結晶を出しながら近寄って見下ろし、ゾニに問う。

 どこの回し者だコイツ。場合によってはここで無力化する必要がある。


 しかし彼女は、シシシ、と笑った。

 何も悪びれない顔。楽しそうで、面白そうで、どこか―――。



「だいぶ前に勇者に会ったことがある。アタシはほんの子供だったけどナ。お上品なアイツの気配は、ソルリディアと似てるんだ」



 …………あ、そういう。


 え、歴史の生き証人? 何歳?

 二百年前の勇者知ってるってことは、どれだけ少なく見積もっても―――マジかよ竜人族。寿命長ぇ……。


「性格は正反対だけどナ」

「それはまあ、そうだろうな」


 ソルリディアは歩く災害だったらしいからな。そりゃ、レティリエとは似ても似つかないはずだ。


 ……しかし、勇者と竜人族の邂逅ね。そういえば、伝説にもそんな章があったな。


 僕はヒーリングスライムを起動した。昔話は聞きたいが治療が先だ。

 スライムをゾニの翼に這わせる。それから彼女の足と左腕を診断し、折れた左腕を布帯で吊って木の枝で固定した。左足は酷い捻挫だが、骨は大丈夫そうだ。いたるところにある擦り傷や打撲は、いずれも軽傷で後回しでも問題なし。

 酷い怪我のそれぞれにヒーリングスライムを使用してやる。……これオーバーリミットで一個使い潰した方が消費少なかったかな。でもそれやると、僕も魔力不足で倒れそうなんだよなぁ。


「……気持ち悪ぃナ。治癒術じゃないのか?」

「治療役と言った覚えはあるが、治癒術師とは名乗らなかったな」


 胡散臭げにしつつも、おとなしく手当を受けるゾニ。

 正直、ヒーリングスライムが竜人族相手にどれだけ有効か分からない。人間とは魔素の属性配分が違うだろうからな。まあ蛙や鼠で実験したときも効果あったし、そこそこ効くだろう。


「しかしホント凄いな竜人族。あんなの普通、ぐちゃぐちゃの死体になると思うんだが」

「ふふん、直前で減速かけて受け身したからナ」

「今なんでちょっと見栄はった? 完全に流れ星だったじゃねーか」


 まあ竜人族は厳密には人族ではない。竜族と人間のハーフという俗説すら胡散臭い。どうやって交配するんだって話だ。


 おそらく竜人族は、竜族寄りなのだ。それでもこの頑丈さと戦闘能力は驚異的だが、他に納得のしようがない。

 魔力容量のケタが違うんだろう。もちろん、消費効率も。


「ところで、お上品なアイツ大丈夫か?」

「は?」


 指摘されてレティリエを見ると、彼女は地面に膝と手を突いていた。

 ここからでも息が荒いの分かる。血の気も引いて明らかに具合が悪そうで、立つこともままならない感じだ。


 僕は舌打ちする。


「……全力を出すとああなるのか。来て正解だった。これが知れただけで値千金だ」

「持病でもあるのか?」

「そんなところだ」


 ゾニの質問には適当に答えておく。専門的で込み入った話だ。ゆっくり説明している時間はない。すぐに向かう。


 レティリエの今の肉体は、未だ確たる存在として確立していない。

 錬金術で生成された身体は不安定で、完全に定着するにはまだ時間がかかる。―――それまではメンテナンスし続けねばならないのだ。


「レティリエ、大丈夫か?」

「……しかいがボヤけて、きもちわるい、です」


 意識があり、受け答えは可能。顔色が悪く、汗を大量にかいている。瞳孔は開き気味。

 僕は彼女の首に手を当てた。冷たい。体温低下。脈拍低下。呼吸は浅く多い。

 続けて彼女の手に視線を向ける―――マズいな。


 少女の身体は、指先や髪の先端などの末端部分から、少し透けはじめていた。


「典型的な魔力不足だ。剣に魔力を乗せすぎたな。それは普通なら放っておけば治るが……魔力を消費したことで、いつもの症状が併発してる。処置したいが屍竜の近くではできない。少し離れるぞ」


 僕はレティリエに肩を貸して立ち上がらせる。


 不死族は特に瘴気属性の魔素を内包する。残骸となって瘴気を垂れ流す屍竜の隣では、精密な術式など無理だ。

 ……というか、瘴気ダダ漏れってことは長時間ここにいるだけで身体を蝕むってことだよな。

 満足に動ける者もいないし、なんにせよ一旦は離れた方がいいだろう。屍竜の素材はまた後だ。


 ―――しかし。

 予想外の乱入者たちに、僕らは阻まれる。



「止まレ」



 知らない男たちが武器を手に、遠巻きに僕らを取り囲んでいた。






 男が七人。見慣れない民族衣装。

 武装は弓が二人、斧が三人、棍棒二人。どれも上等とはいえない見た目だが、彼らはみな力が強いのか、得物は大きくて重そうだ。


 しかし全員、距離を取って近寄ってくる様子はない。武器を持って僕らを取り囲んでいるが、強い警戒心が透けて見える。なんだこいつら。


「ここから立ち去レ」


 大弓を持つ代表格の若い男が、訛った口調で端的に命令してくる。


 ……今ちょうど、そのつもりだったのだけど。いや戻ってくるつもりではあったが。

 つまりあれか。―――彼らは屍竜の骸を奪おうとしている。


 僕は肩を貸しているレティリエを意識する。

 彼女は状況が飲み込めないのだろう、焦点の合わない目で苦しそうに襲撃者たちを見ていた。戦いどころか、歩くことも満足にできなさそうだ。

 ……ここは言うとおりにするしかないかな。今の優先度第一は彼女の処置だ。ここは大人しく言うことを聞いたふりして、後でこいつらを襲撃すればいい。


「分かった。この場所は君たちに譲ろう。だから……」


 ゴウ、と。

 黒い火炎弾が僕の言葉を遮った。代表格の男の目の前に着弾し、強烈な破砕音。地面にクレーターを穿つ。


 ……あのさぁ。


「殺すゾ、お前ら」


 口から黒炎を漏らしながら、ゾニが立ち上がる。

 底冷えのする怒りの眼光。悪鬼のような形相。身体からは黒いオーラのようなものまで吹き出て、じわりとヒーリングスライムを濁らせた。

 あ、これそうとうキレてるな。足の怪我無視してるし、なんならさっきの屍竜戦の時よりヤバイ気がする。


 ……だって、あのオーラどう見てもアレじゃん。超ヤバイやつ。

 うん。間違いなく瘴気。


「やめろゾニ。本性出てるぞ」


 僕は溜息交じりにたしなめて、彼女のヒーリングスライムを払ってやった。もったいないが、瘴気に冒されてマトモに機能するはずない。


 黒炎弾に怯えたのか、男たちはさらに距離をとっている。腰も引けているようだ。

 なんとなく分かった。彼らは恐れているが、それだけじゃない。……畏れているのだ。


「ケ……穢レた邪竜ノ巫女め! 我らガ女王に近づくナ!」


 男たちが遠巻きに吠える。こいつら、ガタイはいいのに臆病な飼い犬みたいだな。

 きっと竜人族の戦闘能力を知ってるんだろう。我らが女王とか言ってるし、だいぶん察したわ。


「へいわてきに、いきま、しょう……」


 レティリエが息も絶え絶えに口にする。

 彼女としても、人間と戦うのはできるだけ避けたいだろう。……まあ、今の様子じゃレティリエは戦力外だが。


「ゾニ、彼らを知ってるのか?」


 僕の問いに、褐色の冒険者は憤怒の表情のまま、吐き捨てるように答える。


「竜種信仰の民……アタシの故郷の者たちだ。誇りは失われたみたいだがナ」


 やれやれだ。また誇りか。

 そんなもの犬にでも喰わせればいいのに。


「たしかに。女王様とやらを救った相手に感謝の言葉もないとは、大した信者たちだがな。まあいいじゃないか、ゴミのような自己満足に浸らせてやろうぜ」


 あえて嘲笑してやる。男たちを侮蔑するためじゃなく、ゾニを説得するために。


「それよりゾニ、歩けるならピアッタを運んでくれ。あんなのにかまっている暇などないし、ここにいたら腐った性根がうつりそうだ。とっとと退散しよう」

「……お前の性根は、とっくに腐ってそうだけどナ」


 ま、ここを丸く収めるためなら、そんな誹りも受け止めてやるさ。安いもんだ。

 否定できないしな。


 行き先を少し迷って、僕はゾニの槍が消えた方向を向く。あの槍、かなりの上物っぽかったし、ゾニがここを離れる理由の一つにはなるだろう。


「なあ、去る方向くらいは決めさせてくれるんだろ?」


 男たちに問うが、返答は無かった。勝手に肯定と受け取らせていただいて、僕はレティリエを支えながら歩き出す。

 ゾニはしばらく男たちを睨み付けていた。が、やがて気絶しているピアッタを片手で引っこ抜くように持ち上げると、ノシノシと不服そうな足取りで僕らを追ってくる。


 ……まさか足の怪我、もう治ってたりはしないよな?


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