屍竜討伐!
戦闘機動からのアンコントローラブル。
きりもみ状態で落ちたゾニは地面に激突し、凄まじい衝撃音と共に砂埃が舞い上がった。
……死んだか?
頬に冷や汗が流れるが、直後、投擲された槍が砂煙を突っ切るのを見た。彗星のように屍竜の胴体に直撃し、腐肉をはじき飛ばしながら貫通する。
戦車砲かよ。つーか生きてるのかよ。とんでもないなあの女。
「さすが竜人族……なんて、言ってる場合じゃないな」
怯むかのように巨体が身じろぎした。……しかし、それだけ。
ボゴリ、と腐肉が盛り上がると、見る間に再生する。長い首を巡らせ、虚ろな眼窩で敵対者を捉えた。
回り道ももどかしく、僕は急斜面を落ちるように駆ける。抱えたピアッタが悲鳴を上げるが無視した。
砂埃が晴れる。
土と血で汚れたゾニは膝を突き、苦しそうに肩で息をしていた。
皮膜の翼の先に穴が空き、骨が見えている。左腕があらぬ方向に曲がっている。立ち上がろうとして失敗してる様子からして、おそらく足も怪我していると診た。
屍竜が顎を開く。不死族には必要ない呼吸を行う。
ゾニは動けない。顔に脂汗を浮かべながら、悔しそうに睨む。
……これにて怪獣大戦は終わりだ。ゾニの力は屍竜を削りきるに至らなかった。
彼女は母の誇りを守れなかった。
腐食のブレスが、放たれる。
『結晶解凍・ヒーリングスライム。オーバーリミット』
『コネクトォオオオオッ!』
そのギリギリで、ゾニの前に滑り込む。
ボゴリ、と急激に肥大化したヒーリングスライムに、ピアッタが短い腕を突っ込んだ。ほとんどやけくそ気味の荒っぽい術で、彼女はスライムの制御系に接続する。
『マニュアルオペレーション! シェイプチェンジ! シンボル・ユグドラシル!』
ピアッタの流れるような術操作。それを受けてスライムが蠢き、一つのカタチを成す。
世界樹の象徴記号。レティリエやゾニが持つ護符と同じ図形。
耐腐食の工芸魔法。
世界樹は生命力を意味する魔術記号だ。瑞々しい若葉や太い幹、大地を掴む根などで、大いなる命の力を現すのである。
ピアッタはそれを耐腐食の象徴として使用していた。
そして生命力ならば、それを活用するヒーリングスライムとは相性がいいはずである。
「人工の魔法生命だ。元から魔力は満ちてる。こういう媒体にだってなるさ。……仕様外使用だけどな!」
やったことは単純。
ヒーリングスライムで、工芸魔法による耐腐食の護符を作成する。
ブレスの直撃を受け止める。
腐臭と風が吹き付ける。肌を露出している部分にチリチリと痛みが走った。
くっそ、完全には防げてない。さすが工芸魔法。媒体は高山の霊木なんかよりよほどいいはずだが、やっぱ直撃を防ぎきるのはキツいな!
『反転展開・ドレインスライム』
即座にスライムへ命令し、即席の護符に魔力を供給する。尋常ではない量を吸われるが、奥歯を食いしばって意識を保つ。
僕は魔力タンクだ。
即席のシステムに燃料を供給し続けるだけの部品。ここに到ってはそれ以外に何もできない役立たず。
クハ、と笑みが漏れた。
おぞましい風圧に逆らって、一歩前に出てやる。誰よりも前に。
なんと心地いい場所か。
僕が、他者を背に立つ日が来るとは。
屍竜のブレスが終わるまで、ただ耐える。驚くほど永い体感。
そして、それさえ過ぎれば。
「……一撃で決めろ。次にどんな攻撃が来ても、僕らじゃどうしようもない」
時間をかけて力を練った勇者が、見事首級をあげるだろう。
レティリエが剣を振りかぶって突撃する。
彼女が初めて見せた全力の一撃は、清く凄絶に。
その剣閃は空までもを斬り裂いた。