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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―竜族の山脈―
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作戦変更

 屍竜の背がはじける。もたげようとした首が地面に縫われる。片翼が裂かれて落ちる。

 圧倒的な速度。そして威力。

 ゾニの凄まじい速度はもはや人の目には捉えられぬ領域で、屍竜を相手に行われる破壊を遠目にして、僕はがくりと地面に膝を突いた。


「な」


 頭が混乱して、うまく言葉が出ない。自分の口からつっかえたような音が漏れるのを、人ごとのように聴いた。


「な……」


 屍竜が腐汁をまき散らしながら、生者では決して発し得ないおぞましい音で鳴く。

 攻撃を受けた箇所の肉がボコリと盛り上がり、元よりも歪んで再生した。虚ろな眼下で空中を見上げ、翼を広げて飛ぶゾニに向かって口腔を開く。


 黒い霧のような、腐食のブレス。


 ―――それが、ゾニの放った黒炎のブレスによって押し返される。


「な…………」


 繰り広げられる惨状を心が拒否して、僕はついに下を向いた。身体に力が入らず、地面に手をつく。

 ツゥ、と。涙が伝って、土に染みを作る。


 ああ、そうだ。

 これは悲しいという感情だ。

 やっと吐き出る言葉は、嗚咽のように。


「……なんで僕の周りには、自分勝手に計画を台無しにしてくれるヤツしかいないんだ……いつも、いつも、いつもだ。うう……チクショウ、あの女絶対ブッコロしてやる……」

「な、泣いてるっ?」


 レティリエが驚愕の声をあげる。え、君そんな大きな声出せたの?


「あー、気にしなくていーっスよ。いつものことなんで」

「よくあるんですかっ?」

「ケツの穴の小さい男っスからねー。なんか、自分で立てた計画を横から踏みにじられると情緒不安定になるみたいで。ワナ先輩とか師匠とかワナ先輩とかに毎度のようにぶち壊されてたし、そろそろ耐性つけろよっていうかドンドン酷くなってるっていうか」

「リッドさんかわいそう!」


 他人事のように言ってるけどお前もだからなピアッタ。ホント絶対許さねーぞこちとら陰険な根暗で根に持つタイプだからな。


「ま、すぐに立ち直るから放っておけばいいっスよ。むしろ今のうちに逃げとくべきまであるっスね。なんてったって先輩はこれで、アノレ教室のヤベーやつランキングしたら確実に上位っていうかピアッタ的には一番上なんじゃないかって感じで、だいたい最後には関係者全員が地獄見るって相場が決まってるっていうか……」

「そうか、なら今回も逃げられなかったな」


 ガシィ、と。

 ピアッタの襟首を後ろから掴んで持ち上げる。わあ、ハーフリングって軽ーい。このまま持ち運んでも余裕で大丈夫そう。


「ちょ、抗議! 抗議っス! ピアッタ今回関係ないうえに役立たずじゃないっスか巻き込むの禁止っス!」


 逃げだそうとばたばた暴れるが、僕は無視して屍竜とゾニへ視線を向ける。

 怪獣大戦だな。いいだろう。

 そっちが自由にやるなら、こっちもそうしてやる。


「もういい。勇者を導く賢者ごっこはやめだ」

「ごっことか言いやがったっスよこの男!」

「ここからはアノレ式でいく。レティ、ぶん回してやるからついてこい」

「イヤな予感しかしないんスけどっ?」

「いいか、言っておくが僕は、フロヴェルスみたいに人族の平和を願っていない。君が死んだら勇者の後釜なんて探さず、逆に世界を滅ぼす側に回るからな。それがイヤなら全力でついてこい」

「問題発言アンド危険思想! 勇者の仲間が言っていい言葉じゃねーっス!」


 僕はレティリエに向き直り、まっすぐに彼女の眼を見て伝える。


「ゾニより先に屍竜を倒すぞ。……ただし彼女の望み通り、真正面からな。いいかレティ。僕とピアッタを信じろ」

「なんでそこでピアッタの名前が出るんスかあああああああああああああ!」






「腐食のブレスの直後だ」


 僕はピアッタを小脇に抱えて走りながら、新しく構築した作戦を二人に伝える。


「竜のブレスってのは、呼気と魔力の放出に他ならない。生物ってのは大きく息を吐いたら、大きく息を吸わなきゃならないもんだ。そこにはどうしても隙ができる。まあ屍竜はもう死んでるから呼吸の必要はないんだが、生前の癖を踏襲するかもしれないし、そもそもブレスを吐けば一時的な魔力不足に陥るだろう。不死族は魔力で動いてるから、やっぱり隙ができるって算段だ」


 ちょうど、屍竜が上空にブレスを吐く。

 凄まじい速度で空を舞うゾニに対して、屍竜側は届く攻撃がブレスくらいしかないようだ。しかし腐食のブレスを吐くには溜めが必要らしく、準備動作が分かりやすい。

 おかげで何度も同じ行動を繰り返しては、あっけなくゾニに避けられている。


「たしかにブレスの後は動きが鈍いです。それに、吐いている最中も動いてません!」

「いい観察眼だ! 今のうちにゾニの戦い方もよく見ておけ。君が学ぶべき技術はおそらくアレだ」

「人外すぎませんか!」

「勇者は規格外なんだよ!」


 ていうか、正確には神の腕なんだけどな。

 レティリエはまだ知らないが、勇者の力の正体は神話にある創世の補助者にして人族の原種、神の腕の権能だ。その力は完全にただの人間には届かない領域である。


 実はこれ、ホントは教えるべきなんだろうなぁ。けど彼女って神聖王国出身で信心深いから、どう説明したもんか。

 下手に話したら僕が正しくても論破されそう。


「ていうか変に対抗意識持たなくても、ゾニさんが倒すの待てばいいじゃないっスか! あれかなり押してるっスよ。このまま勝っちゃうんじゃないっスかこれ!」


 ピアッタの言うとおり、ゾニは屍竜を圧倒していた。

 肉体が腐っているために、翼で飛ぶどころか身体を持ち上げることすら困難な巨体。その鈍重な動きでは、空を自在に飛ぶ竜人族を捉えられないのだ。

 あれではゾニが攻撃しにきたところをカウンターで合わせるか、隙を見せてもブレスを放つかしか方策がない。しかしAランク冒険者は知能の低いゾンビの単純行動など全て見通し、着々と攻撃を加えていく。

 端から見れば、ほとんどなぶり殺しを待つだけに見える。


 だが。



「時間の問題だ。ゾニはもうすぐ落ちる」



 僕はきっぱりと断言した。これには確信がある。


「なぜですか?」

「君も持ってる耐腐食の護符だ」


 レティリエが走りながら首を傾げ、ピアッタは理由に思い至って青ざめた。


「ピアッタの腕が良すぎたな。効率重視で範囲が人間用のギリギリだ。けれどゾニの背中の翼は、彼女の背丈よりずいぶん大きかっただろう?」


 基本、翼長って体長より長いよね。マジ南無い。


 レティリエの表情も青ざめた。

 あれは腐食のブレスの余波を防ぐが、効果範囲外にある翼の先は守りようがない。穴でも空いてバランスが崩れてしまえば、墜落は不可避だろう。


 視界の先で戦闘が激化する。どうやら当の本人も気づいたらしい。短期決戦を決意したのか、さらに攻撃の速度が上がる。

 しかし彼女の凄まじい猛攻も、屍竜の体力を削りきるには至らない。ダメージは与えた端から回復されてしまい、決定打がない状態だ。

 絵に描いたようなじり貧。


「せ……先行します!」

「ダメだ」

「なぜですっ?」


 そりゃあ、だって。


「ゾニを囮にする」

「鬼ですか!」


 レティリエの怒声か悲鳴か分からない叫び。まあそういう反応だよな。

 上空でゾニの体勢がブレる。それを見て、少女が加速しようとするのが分かった。


「ただ助けるのは、彼女の誇りを踏みにじるぞ」


 僕は冷たく言い放ってやる。

 ゾニは僕らを利用した。騙して護符を作らせたあげく、自分が失敗したときの保険として活用した。

 それはいい。もうそこまで怒っちゃいない。考えてみれば、こちらは大した被害を受けていないのだ。ピアッタの護符なんてどうでもいいしな。


 けれど、彼女は負い目に感じているだろう。


「……ですが、そんなことっ!」

「ゾニは見捨てない。誇りも尊重する。屍竜を倒す。全部やる。君にできるか?」


 レティリエは歯がみしたが、それ以上は反論しなかった。黙って僕と併走する。


「あっ、よく考えたら真正面から倒すのにブレスの後ってそれ、思いっきり直撃受けるんじゃねーっスか? バカっスかバカっスよね?」


 逃げないよう僕の小脇に抱えられたピアッタが、ハッとして気づきわめき出す。

 そっかー、気づいちゃったか。気づいちゃったのかぁ。


「いい分析だな。まさしくその通りだ」

「ふざけんじゃねーっ! 自殺は一人でやれっス! ピアッタと先輩は護符すら持ってないんスよ!」

「そうだな。だからお前、アレやれ」

「アレやれって何っスか自慢じゃないっスけどピアッタ、戦闘で使える魔術なんか一個も覚えてないっスよ!」


 知ってる。ハーフリングって戦闘に向かないもんな。体格とか力とか以前の話で、そもそもこの種族、暴力って選択肢をとらない傾向にある。

 だから、僕はコイツに攻撃魔術なんて期待しちゃいない。


 脳裏に浮かぶのは、五年ほど前の光景。懐かしき基礎講義の日々を思い出す。



「昔教えただろ? 他者の術式に不正アクセスして制御を奪い取る方法だ」



 屍竜がブレスを吐く。竜人族が翼を操り、大きく回避行動をとる。……しかしその最中、ついに空中でバランスを崩した。

 ゾニが墜落する。

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