ミルクと酒と腸詰めと
日に焼けたくせっ毛の金髪を無造作に腰まで伸ばした、褐色の肌の女だった。
見た目は二十歳くらいだろうか。革の鎧を着た戦士風で、猫科の肉食獣を思わせるしなやかな体つきをしている。
そして挑戦的に光る金の瞳は、瞳孔の形が縦長。
それだけで人間ではないことが分かるが、いまいち種族が特定できない。獣人のハーフかなにかだろうか、とも思ったが、少し尖っている耳はエルフに近い気もする。
野性的な美人。それが第一印象の女だった。
「いやァ、さっき噂を聞いてフラフラ寄ってきてみたはいいけど、なんか工芸魔法? とか装備をどうこうとか話してるだけだし、ヤル気ナシなんかなーってイライラしてたんだけどサ、なんだよやっぱ行く気なんじゃねーかって安心したゼ」
犬歯を見せながら笑って、ちゃっかり腸詰めをつまむ女性冒険者。
容姿は大人っぽいけど、笑顔は人懐っこくて可愛く見えるな。少し訛ったしゃべり方も聞き取りにくくはないし、独特の魅力になっている。
……そういえばバハン山岳部の僻地は、他所との交流が全くない村落が点在すると聞く。そういう場所ではもはや、その村の者にしか通じないほどに言葉が訛ることもあるため、バハンの人間同士でも意思疎通が困難なのだとか。
「で、どうやるんだヨちょっと聞かせてみろヨ。おーいマスター。アタシいつもの火酒ね。ここに持ってきてー」
あ、これマジでこのテーブルに居座るつもりだな。タイプは違うがピアッタ並みに自由だぞコイツ。
ていうかホント誰なのこの人?
「んー、誰なのかは知らないっスけど、まず最初に言っておくことがあるっス」
おお、ピアッタさんが謎の珍入者に特攻かました!
さすがハーフリング。こういうときには種族特有の物怖じしなさが頼りになるな。
「工芸魔法じゃなくって工芸魔術っス。ピアッタそういう間違いは許せないタイプっスよ!」
「どうでもいいわそんなん」
思わずツッコんでしまって、溜息を吐く。
ピアッタに期待した僕が馬鹿だったよ。
「えっと……話の前に、まず最大の疑問点を解消しようか。君は誰?」
「アタシか? アタシはゾニ。見ての通りの冒険者。お前らの先輩だな」
「いや僕ら冒険者登録してないからな?」
「そうなのか? ま、でもここで酒飲むならもう後輩ってことでいいだろ……ってなんでお前ら揃いも揃ってミルクなんか飲んでんだよ。ガキか? ママのおっぱいが恋しいのか?」
で、でたー! ママのおっぱいが恋しい出ましたー!
そうだよそれが聞きたくてミルクなんか飲んでるんだよ。最初に頼んだピアッタに便乗しただけだけど。
ちなみにゾニは未成年に飲酒を勧めているわけではない。十六歳ってこの世界じゃ、もう酒を飲める歳なんだよな。
「まじない的な理由で、酒は二十歳まで自粛するつもりでね」
「ていうかお酒って正直マズイっスよね」
「わたしも飲めなくて……」
「お前ら酒も飲まずに冒険者とか舐めてるだろ?」
だから冒険者じゃねーって。もう酔ってるのかこの女。
ていうか酒と冒険者と何の関係があるんだよ。
「あー、もういい。シラけた。素人が命知らずかますの笑うつもりだったけど、なんだよ乳臭いガキどもかヨ。勝手に突貫して仲良く死ねヨ」
ぐでー、っとテーブルに突っ伏す冒険者のゾニさん。わあ、この人すっげぇ自分勝手。
「死ぬつもりなんてありません」
そう言ったのはレティリエだった。
「わたしたちは、必ず無事に屍竜を倒すでしょう」
それは挑戦的な物言いでありながら、自分に言い聞かせているようでもあって。
自ら生を諦めた、あの面影は消え失せていて。
なんだか少し、笑いがこみ上げてきた。
「もちろんだ。なあに、時間は取らせない。パパっと片付けて次に行こう」
「無理だヨー。全滅一直線だヨー」
……うーん。
うざい。なんなのこの女の人。
「ドラゴンゾンビは腐食のブレスを吐くんだヨー」
「知ってる。竜種の多くは攻撃手段としてブレスを持つが、その属性は種や個体によって違う。しかしどんな文献にも、屍竜が腐食のブレス以外を吐いたという記録はなくてね。これを基に、竜種がブレスに使用する器官が全て同じ構造であるという研究を打ち立てた研究者がいたんだが……」
「対策はあるかって聞いてんの。オタクかお前」
オタクで悪かったな。いいじゃん竜とか胸熱なんだからさ。
「ピアッタ、耐腐食の護符は作れるな?」
「さすがに直撃は無理っスよ?」
「余波は?」
「完璧に防いでみせるっス」
「よし、さすが工芸魔法使いだ」
「工芸魔術師っス!」
僕とピアッタの掛け合いに、むぅ、とゾニさんの眉間にシワが寄る。
どうやら無策で突っ込むと思っていたらしい。
「仕留める方法は? アイツはやたらしぶといゾ」
「知ってる。ゾンビ系は動かなくなるまで攻撃を加えて倒すのが基本だが、これは屍体を動かす魔素が尽きるまで、という意味で相違ない。そして竜種の遺骸は魔力が豊富だから、しぶとさも段違いだ。生半可な傷はすぐに再生されてしまうだろう。……ああ、ちなみにこの再生は癌のように異常な細胞活動によって行われるわけだが、なぜか生前の傷には適用されない。このことから不死族とは媒介としている死体こそが……」
「分かった、オタクだなお前」
オタクだよ。不死族とか胸熱じゃん。
「まあ確かに強力な相手だが、レティリエなら倒せるはずだ」
僕は勇者の力を持つ少女へ視線を送る。
「言わなくても分かっていると思うが、これは君が力に慣れるための訓練でもある。行けるな?」
「はい。やります」
迷いのない答えだ。
本当は一刻も早くロムタヒマに向かいたいのだろうが、彼女はそれで一度失敗して、神聖王国に見放されている。
急ぎはしても、できる限りの準備を必要であることを痛感しているのだろう。二度と同じ轍は踏むまい。
「……で、お前は何するんだ?」
机に突っ伏したままのゾニさんが腸詰めをモグモグしながら聞いてきたので、僕は肩をすぼめて手の平を上に向ける。
「僕は役立たずさ」
「なんだよ男のくせに。女にばっか働かせて足手まといか?」
「ヒモみたいに言うなよ。僕は治療役でね。誰も怪我する予定がないのに、仕事があるわけないだろ?」
ふーん、と。
遠慮無く最後の腸詰めを口に運んで、女冒険者は僕らを順番に見る。一人で半分以上食べたぞこの女。
「……なあそれ、まずくないか?」
「うん? 知らないのか血入りの腸詰め。この辺じゃ普通だゾ。クセが強いが、慣れるとやみつきだ」
あ、これもしかしてブラッドソーセージってやつか。なんか前世で聞いたことあるな。くっそやられた。知ってたらもっと味わって食べたのに。説明しろよ店員も。
見れば、レティリエが口元に手を当てて考え込んでいる。あれは味を思い出している顔だな。あえてそう作ってあったと知ったら、料理好きとしては反応せざるを得ないのだろう。
ゾニは腸詰めをゴクンと飲み込んで、ピアッタに目を留めた。
ハーフリングの工芸魔法使いは、腸詰めの話に全く興味がなさそうだ。そういう料理だったとしても不味かったものは不味い。そんな絶対の基準でもって判断したか。カッケェ……。
「ちっこいお前。アタシの分も護符作れ」
「なんでっスか?」
ピアッタの端的な問いに、ゾニは親指で自分を指さして答える。
「アタシ、Aランク冒険者。Sランク依頼も請けられるから、報酬山分けしようゼ」