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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―竜族の山脈―
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冒険者の店

「ところで、先輩と勇者さんはなんでバハンに来たんスか? 遠回りっスよね」


 いかにも田舎らしい素朴な町並みを、若葉色の髪の後輩は装飾をじゃらじゃらさせながら、ぴょこぴょこと歩く。

 無駄に僕やレティリエの周囲を行ったり来たり、まったく落ち着きがないが、人が少ないため誰の邪魔にもなっていないのが救いだ。……一応ここ、バハンでは交易路の要所のはずなんだけどな。交通の便の悪い辺境国じゃこんなもんか。むしろルトゥオメレンが発展してるんだろう。


「あのな、レティリエはフロヴェルスに命を狙われたんだぞ。なのにフロヴェルス経由でロムタヒマに行けると思うか?」


 魔術大国ルトゥオメレンと魔王領ロムタヒマは隣り合っていないので、向かうなら間の国を跨ぐ必要がある。

 まっすぐ行くなら南の神聖王国フロヴェルスが最短だ。街道が整備されて道中の町も多いため、普通ならそちらを選ぶべきだろう。

 しかし残念ながら、今回の旅は普通じゃない。


 なので僕は少し遠回りになるが、僕らは東の銀嶺王国バハンを経由する道を選んだ。山岳地帯で自然や魔物の危険も多い、旅人には全く易しくない土地だが、こちらの方が面倒は少ない。


「まあ、たしかに気まずいっスね」

「気まずいだけですめばいいんですが……」


 フロヴェルス出身のレティリエは、故郷を思いだして肩を落としている。

 ホームシックとかあるかも知れないけど、君もうあの国に戻らない方がいいぞ。多分犯罪者扱いだと思うし。


「それに、レティリエに話を聞いてちょっと気になることができたしな。一応、バハンで確かめときたいことがあるんだ」

「確かめておきたいこと、っスか?」

「ああ。魔王軍の動向にも関することで、どうしても調べておかないといけないことだが……っと、意外と近かったな」


 看板を目にして、僕は足を止める。冒険者の店だ。


「なんだか、他の建物と比べて大きいですね。ルトゥオメレンの冒険者の店と同じくらいです」


 少し驚いた様子のレティリエが言ったとおり、店の面構えは立派だった。立派すぎるくらいだ。素朴な町並みからは明らかに浮いている。


「こういうのも土地柄かな。冒険者の需要が高いんだろう」

「魔物が多いって話ですものね。討伐や護衛が多そうです」

「高い山はいい素材も採れるっスよ。採取依頼とかも多そうっス」

「こう田舎だと定職の絶対量も少なそうだ。なんでも屋になるしかない者も多いんだろう」


 話の流れで僕も推測を述べると、女性二人が世知辛そうな顔をする。あれ……なんか変なこと言ったかな?


「ま、とりあえず入ろうか」


 往来の真ん中で突っ立っているのも間抜けなので、僕は先頭に立って入り口へと向かう。




 店内に入ってから視線だけで右を見て、左を見て、中の様子を把握する。

 右側の壁に依頼の書かれた羊皮紙が何枚も貼られていて、奥には受付があった。眼帯に髭面のおっさんが暇そうにしている。

 左手側には酒場が併設されていて、六人ほどで使えるテーブルが十くらいあり、カウンターにも椅子が並んでいた。昼前だが冒険者らしい男達がちらほらいて、すでに酒も入っている。

 店内の注目は、僕らに集まっていた。


「壁の依頼書を見せてもらっていいかな?」


 僕は集まる視線を完全に無視し、ずんずん進んで受付の眼帯男に声をかけた。見られるだけならなんの障害もない。……あ、この世界には魔眼とかあるか。

 後ろをおっかなびっくりのレティリエと、もの珍しそうにキョロキョロするピアッタがついてくる。


「……見ない顔だが、冒険者か?」

「いいや、まだ冒険者じゃない。こなせそうな仕事があれば登録するつもり」


 眼帯男は僕らを順番に値踏みするように見て、面白くなさそうに鼻で息を吐く。


「嬢ちゃん二人はともかく、テメェは初々しさがねぇな。実戦経験があるようにも見えねぇが」

「そいつはどうも。ただのド素人さ」


 ま、可愛げがないのは勘弁してもらおう。こちとら人生二回目だからな。

 これでも、前世でこういうガラの悪い場所は慣れている。


「勝手に見ていけ。初心者向けは入り口近くだ」


 てことは玄人向けは奥……つまりこの辺りか。

 僕はその場で壁の依頼書を見る。近くに貼ってあるのは三つ。


 Aランク、廃鉱山に入り込んだ魔物の群れの駆除。……数が多いのは手に余る。

 Aランク、幻の青弦鳥の調査と捕獲。……時間かかりそうだし敬遠。

 Sランク、山岳地に出現した屍竜討伐。……よしこれだ。


「オヤジ。このドラゴンゾンビの討伐依頼を請けたい。冒険者登録してくれ」

「登録したてのFランク野郎が、最高難度の依頼なんざ請けられるわけねぇだろ」


 だと思った。






「ドラゴンゾンビは読んで字のごとく、竜種が不死族化したものだ」


 僕は冒険者の店に併設された酒場でミルクを飲みつつ、炙った腸詰めをつまむ。

 すげぇ、腸詰めがこんなにまずい店初めてだ。腐った肉でも使ってるのか。


「これはあまり知られてないが、基本、竜種ってのは死ぬと不死族化する。体内に内包する魔力のケタが違うからな。生命活動が止まるとその魔力の制御も止まるんで、静かに暴走を始めるんだ。まあ自然に不死族化するには、数週間から数ヶ月はかかるもんだが」


 店の真ん中のテーブルに陣取ったため、全方位からの視線を感じる。大半は好奇の目だが、ふてぶてしいよそ者に不快感を隠さない目もちらほら。

 ピアッタは平気でミルクを飲んでいるが、気の弱いところのあるレティリエは視線にビクビクしているようだ。ううむ、これってわりと滑稽な光景だな。君、この店の客全員相手しても勝てるだろ。


「けれど、実際に不死族化する竜種は少ない。なんでかっていうと、ヤツらは自然と共に生きることに誇りを持っているからだ。もはや自然信仰と言っていいレベルでな。……なので、竜種は不自然の象徴たる不死族を忌み嫌う。彼らにとって不死族化するのは、この上ない恥辱なのさ」


 だから、と僕は続けた。


「竜種は死ぬ前に、自分が不死族にならないよう準備する。死期を悟った猫が飼い主から離れ、どこかへ身を隠すようにね。……つまり何が言いたいかっていうと、今回現れた屍竜は、不慮の事故や戦闘によって死亡した可能性が高いってことさ」

「この腸詰めマズイっスねー。店で一番状態の悪いの出した的な? 初見さん超アウェーな空気感じちゃうの気のせいっスかね? それともこれがこの店の普通なんス?」


 なあ後輩、僕の話聞いてる?


「臭みとクセが強いですよね。色も変ですし……。多分ですけどこれ、血抜きを失敗した肉を使ったんだと思います。挽肉にすれば分からないと思ったのでしょうか……」


 レティリエ、そっちの話に乗らないで……もしかして僕の話つまらなかったのかな? って不安になるから。


「それで、先輩は結局なんでドラゴンゾンビの話なんかしてるんスか? 駆け出しじゃ請けられないって言われて、冒険者登録もしなかったじゃないっスか」


 どうやら一応話は聞いてくれていたようで、ピアッタは興味なさそうに聞いてくる。

 うん、元はと言えばお前の存在のせいで冒険者の店に来たんだけどな?


「そりゃ、これから討伐に向かうからだろ」


 無視されてなかったので内心でほっと安堵しつつ、僕は言い切った。


「さっきも言ったが竜種の魔力含有量はケタが違う。だから牙でも鱗でもなんでも、魔具の素材にはもってこいなんだ。屍竜化しててもそれは同じ。大半は腐ってるだろうけど、骨とかは問題なく使えるはずだ。……まあ、冒険者として依頼が請けられれば金にもなってよかったが、それは諦めとこう。出現場所が分かっただけで十分だ。幸い、フロヴェルスの異端審問官長からの支援金でまだ余裕があるしな」

「没収した所持品を売りさばいたのを、支援金って言い切りますか……」


 あれは支援金だよ。エストとは共に世界を救おうって誓い合った仲だしな。


「むぅ、たしかに竜種の素材とか夢が広がるっスね。ちょっとやる気出てきたっス」

「だろ? 工芸魔法は効力が弱いのが難点だが、いい素材があれば話は別だ。レティリエの装備を一新できれば大幅な強化になる」

「え、装備変えちゃうんですか? これ気に入ってるんですけれど」


 ビックリした様子で、身につけた革の胸当てを抱くように守るレティリエ。……いや、気に入ってるって君。


「……ええっと、それ、普通の革鎧だろ? 猪のか鹿のか知らないけど、竜種の素材使った方が絶対強いぞ」

「でもこれ、ワナさんたちに選んでもらったものですし……」

「思い出は命を守らない。普通の冒険者ならいいかもしれないけど、ロムタヒマに行くんだからさすがに心もとないんじゃないか?」

「けれど体に合ってて動きやすいですし、いくら強くても重すぎたりするようでは……」

「ご自分の力舐めていらっしゃる? 今の君なら全身板金鎧着ても軽々動けるだろ」

「で、でもほら、これも十分性能が高くていい装備かと! 剣の切れ味とかも立証済みですし」

「ああ、君の首でな」


 あのとき僕は気づいてなかったが、エストが処刑に使った剣はレティリエからの没収品だった。さすが生まれついての性悪女。趣味の悪さじゃちょっと勝てそうにない。

 結局剣は取り返して使っている形なのだが、さすがに縁起悪いし新調した方がいいよなぁ、と僕はずっと気になっていたんだけど……なのになんで気に入ってるのそれ?


「あー、分かるっス。分かるっスよ! なんか彫刻用の小刀とかで手切ったりすると、チクショーって思いつつも愛着が湧くんスよね。そういう道具って一緒に成長する相棒っていうか、特別な存在なんスよ」

「いやそういうのとは多分違うから」


 ピアッタさん訳知り顔でうんうん頷いてるけど、あの場に居なかった君はおそらく勘違いしてるぞ。

 ミスとかじゃなくてガチ処刑だからな? バッチリ人間の悪意な事案だったからな?


「でもご安心を! ピアッタならその装備をベースにして最高の工芸魔術を施すことが可能っス! 思い出の品をちょっと改造して性能大アップ! これは嬉しいっすよ!」

「ええっ、そんなことができるんですか!」


 レティリエ、いい反応するなぁ……。前世の通販番組見てる気分だ。

 この娘ホント悪人に騙されそうで心配だよ。僕とか。


「工芸魔法は装飾の魔法だからな。小物ならともかく、武器や防具とかにはありものに細工するのが普通なんだ。というかそもそも、ハーフリングの細腕で鍛冶なんかできるわけがないだろ?」

「ちょ、先輩ここセールスポイントなんだから裏話は禁止っスよ!」


 ホントに通販番組のノリだったか。テレビも知らないくせに天性かよ。


「ま、装備に関しては好きにしてくれ。僕は戦闘の素人だし、工芸魔法も門外だ。それより屍竜についてだが……」

「そうそう、それだよお前ら。どーすんだよアイツ、けっこう厄介だゾ」


 不意に割って入った声と共に、僕の隣の椅子がガタガタと音を立てて引かれた。

 どっかと座ったのは身長の高い冒険者風の女だ。多分冒険者だろう。ここ冒険者の店だし。


「よっ。お前らだろ? ドラゴンゾンビの討伐請けようとした、身の程知らずの駆け出しって」


 女冒険者は僕たちに軽く手を挙げてそう聞いて、シシシ、と可笑しそうに笑ったのだ。


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