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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―竜族の山脈―
35/250

工芸魔術師? の後輩

 ノックされて宿の部屋の扉を開けると、背負い袋をぱんぱんに膨らませたちっこいのがシュタッと手を挙げて、元気よく挨拶してきた。


「ちはっス先輩! ピアッタが援軍に来たっスよ!」

「帰れ」


 パタンと閉めて錠をかける。


「ちょ、どうしてっスか先輩ちょっとほら可愛い後輩がわざわざ旅してきたげたのになんでそういうことするんスか!」


 ドンドンと扉を叩く音と抗議の声が聞こえるが、無視だ無視。僕は何も見なかった。


「あの……今の女の子、もしかしなくてもお知り合いなのでは?」


 しかしレティリエに見咎められたので、さすがに無かったことにはできそうになかった。それにルトゥオメレンからはるばる国境を越えてきた後輩を、廊下でいつまでも放っておくわけにもいかない。

 僕は額を押さえて頭痛に耐えながら、しかたなく現実を直視する。


「……アノレ教室で、一番の役立たずが来た」






 銀嶺王国バハンは魔術大国ルトゥオメレンの隣国であり、また神聖王国フロヴェルス、そして魔王に占領されたロムタヒマとも隣接する国だ。

 地図上の領土こそ大きいものの、その大半を険しい山脈が占めるため人族の生活圏に乏しく、人口の少なさから小国とされている。

 かつて軍事大国であった旧ロムタヒマに取り込まれ、そして彼の国がほんの半年と少し前に滅ぼされた折で分離した、時代に翻弄されし地。

 厳しく美しい自然と、大いなる神秘と共に在る国である。






「えー……こちら、ハーフリングで工芸魔法使いのピアッタさん」

「はい! ハーフリングで工芸魔術師のピアッタっス!」


 レティリエの淹れたお茶を飲みながら、若葉色の髪と目をした後輩は僕の言葉を訂正した。

 小さい種族だから、人間用の椅子に座ると足がぷらぷらする。じゃらじゃら付けた手作りの装飾品が、カチカチと小さく音を立てていた。


「……えっと、工芸魔法、ですか?」

「こ う げ い ま じゅ つ! 魔術っスよ!」

「ええと……なにが違うんでしょう?」

「全然違うっス! 大間違いっス! ピアッタはそういうのちょっと許せない派っス」


 ピアッタが両手でバンバンとテーブルを叩き、魔術と魔法の違いが分からないレティリエが混乱している。

 うーん、不毛だ。普通の人にとってはどっちでもいいんだから、意地張るなよな……。


「魔術ってのは、体系化された魔法の技術のことを言うんだ」


 放っておいても一ミリも話が進まないパターンなので、僕はまずそこから説明する。

 これ、初等部入学一日目にやる内容だよ。


「たとえば、剣技ってあるだろ。縦に、横に、ナナメに剣を振るう技。レティリエだって、剣はフロヴェルスで習ったんだろ?」

「あ、はい。緊急時の護衛としてなので、そこまで本格的にではないですが」


 ホントに、よくそれで魔王暗殺しようだなんて思ったよな。


「剣を振るう、あるいは突く。それ一つ一つの動作はただの技だ。しかし、どれだけ効率よく振るか。腕だけじゃなく、足や腰はどう動かして、重心をどうすれば隙が少ないか。技と技をどう繋げていくか……なんてものを突き詰めて一つの流れやまとまりにしてしまうと、それは剣技から剣術になる。体系化するってのはそういうことだ」


 レティリエはふむふむと頷いて、興味深そうに聞いてくれている。

 この娘、根が真面目だからなぁ。彼女にとっては爪先ほども必要の無い知識なので、なんだか若干申し訳ない。


「今の話を、剣技が魔法、剣術が魔術と置き換えてくれれば、二つの違いが分かってくれると思う。つまり術を名乗るなら、修めるべき知識や技術にある程度のボリュームが必要ってことだね」

「その通りっス! そして工芸魔術は魔術なんスよ!」

「うちの学院に工芸魔術科はない」


 割り込んだピアッタの主張を一刀両断する。あんなの術と認めてたまるか。

 僕はこめかみを揉んで、お茶で唇を湿らせた。


「魔法理論として不明な点が多いうえ、求められる技術が特殊かつ感覚的すぎる。学科が立ち上がらないのも納得だ。他人に理論立てて教えられるほど、頭で理解できている使い手がいないんだからな。あれは術じゃなくて職人技だろ」

「いやいやいや。おおまかな原理なら証明できてないだけで、傾向は分かってるっスから! それに習得方法はちゃんとしたのあるっスからね? そんなワケ分からんみたいな顔するような分野じゃないっスよ?」

「そもそもお前、なんで魔術学院に居るの? ドワーフの細工師にでも弟子入りすればいいのに」

「ちょ、ピアッタ今すっごい邪魔者扱いされてる気がするっス! 抗議! しかる後に訴訟もんっスよ!」

「それは被害妄想だな。気のせいだ。ところでお帰りはあちらだが?」

「うっわムカツク! これ絶対ワナ先輩と師匠に言いつけてやるっス!」


 ご立腹な小さいのを優雅にお茶を飲みながらあしらっていると、レティリエが遠慮がちに小さく手を挙げた。


「あの……それで、工芸魔術ってなんなのでしょう?」






「たとえば剣の刀身にサソリや毒蛇の装飾を施して、その刃に毒を塗るじゃないっスか。するとあら不思議。装飾から魔力が作用して、その毒の効力が増すんスよ」

「ほんっと不思議だよな。理屈が意味不明で」

「先輩は黙っててどうぞっス」


 ピアッタはニコニコしながらも、僕には視線もくれない。どうやらレティリエだけを相手にすることに決めたようだ。正しい。


「これはおそらくなんスけど、カタチにはそのものに意味があるんスよ。毒虫や毒蛇は、毒を持つのに最適なフォルムをしてるんス。だからそういうものを細工すると、魔力が働いて毒の効力を強める。……もちろん毒だけじゃないっすよ? 先輩たちが師匠から借りパクしてる顔の印象を変えるイヤリング、あれはなんとピアッタの作品っス!」

「ええっ、本当ですか? あんな綺麗な細工をピアッタさんが?」


 大げさに……そして少しズレたところに驚くレティリエ。その反応に気をよくしたのか、ピアッタは得意げにどや顔する。

 僕も少し驚いていた。あれの製作者、ピアッタだったのか。


「あれは幻惑蝶の細工を魔石の力で増幅して、顔の近くにつけることで認識をズラすって効果っス。ま、ちょっとだけ錬金術的な術式で指向性持たせてるっスけど? でもほぼ工芸魔術のみっス。どうっス? すごいでしょ? でしょ?」

「ま、その辺が限界だけどな」


 僕は調子に乗るピアッタを横目に、工芸魔法の欠点について解説する。


「工芸魔法は効果が弱いうえに、専門家でも細かな調整が難しいんだ。あのイヤリングは顔の印象を変える効果を持つが、特定の誰かに似せられるわけじゃない。また人間をまるっきり透明化するような品も作れない。せいぜいちょっと騙すくらいが関の山ってことさ。さっきの毒の話だって、普通に魔術で強化した方がよほど高い効果を期待できる」


 つまり、弱いうえに細かい調整が利かないのだ。

 イヤリングに錬金術的な術式で指向性を持たせたと言っていたが、それもピアッタなりの苦肉の策だろう。工芸魔術単体ではなかなか望む効果を得にくいのである。


 実は、工芸魔法……かつては装飾魔法と呼ばれていたそれは、かなり古い魔法の一つではあるのだけれど、発展していない分野なんてそんなものだ。


「そ……それはたしかにそうっスけど、いやでもほら、通常の魔術と違って工芸魔術は効果が続くってのがあるじゃないっスか!」

「ああ、たしかにそれは利点だな。なにしろこの魔法、魔力を消費しない」


 工芸魔法は魔力を消費するのではなく、魔力を纏う感じだ。つまり常時発動型である。この世界の魔法ではかなり珍しい、パッシブ効果といっていい。

 ずっと起動したままで、呪文も必要なく、ただ普通に使用するだけで良し。

 そのため工芸魔法製の物品は、魔術の素人にはかなり重宝される傾向にある。もちろん芸術点も高いから、特に金持ちに人気だ。なんの効果も無い偽物が出回るほどに。


 僕はレティリエの方を見る。

 だからまあ、師匠がピアッタを寄越したのは、そういうことだろう。


「……しかたない。まあ、必要だとは思っていたさ」


 僕は諦めのように決心して、少しばかりの回り道を提案する。


「冒険者の店、ってやつに行ってみようか」


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