アルケミスト・ブレイブ! 2
「なん、で……?」
その第一声に、僕は用意していた答えを口にする。
「君に苛ついたからに決まってるだろう」
できる限り冗談っぽく笑ってやった。
僕は性悪の小悪党だからな。なんでもかんでも思い通りに動いてやるなんて、そんなの嘘っぱちだ。
騙して詐欺って裏かいて、舌出して中指おっ立てるくらいがちょうどいい。
「よくよく考えたら、君は自分のことばっかりだ。こちらの気持ちも立場も考えやしない。死ねば楽になるなんて、そんな甘い考えは僕が困る」
「な……そんな!」
「君をここで殺したままにしたら、僕はどんな顔で同郷のやつらに会えばいいんだ?」
レティリエが絶句する。僕は深い、深い溜息を吐いた。
まったく。早いうちに気づいたんなら、さっさと言ってくれりゃいいのに。
「王女だろうが魔王だろうが、知ったことじゃない。その二人には文句が山ほどあるんだ。会ったら絶対マウント取ってグチグチ言ってやる。そう決めた」
本当に、同郷の二人はマジ許さないからな。
「……だから、君を生け贄にするなんて後ろめたい話はやめだ。姫様は自分で助けろ。魔王は自分で倒せ」
「それができないから、こんな装置に頼ったのでしょう? リッド・ゲイルズ。あなた、わたくしたちを舐めすぎじゃありませんか?」
長剣の刃先が首筋に触れる。憤怒に満ちた声はエストのものだ。他の黒装束も得物を抜いてこちらを取り囲んでいる。
あら迂闊。裏切られたって分かった時点で殺せばいいのに。
でもそうだよな。君はそんな簡単に終わらせないよな。せめてこっちの吠え面見なきゃ。
「やり直します。今すぐ装置の準備に取りかかりなさい」
無理だって。もう上書きしちゃったし。第一もうこの霊穴の魔素すっからかんでしょ。しばらくは起動すらしないよ。
でもそんなこと言ったら怒られるに決まってるので、僕は別の話題をふる。
「エストさん。僕が人工生命の研究を始めたきっかけなんですけどね」
「あなたの話は聞いていません。すぐに……」
『反転展開・ドレインスライム』
べぇ、と舌を出して。さっき筒からあふれた、床を浸すどろりとした液体……大量のヒーリングスライムの悪趣味な裏コマンド発動。
コイツは元々培養液として開発したんだ。ちゃんと仕込ませてもらったぞ。
ぼごり、と。スライムが蠢き、その場の全員に襲いかかった。僕やレティリエにもだ。
対象設定なんて複雑なことしてないからな。そもそもコイツの感覚器官、すっげぇ鈍いから誰が誰とか判断できないし。面倒だからみんなで仲良くドロドロになろうぜ。
「な……!」
「すみません、その前に餌のお時間でした」
驚く全員を前に、ケラケラと笑ってやった。エストは長剣を振るおうとするが、スライムに絡められてまともに動けない。他の黒装束もそうだ。
まとわりつかれて動きが鈍り、そしてやがて力が抜けたかのように、がくりと膝をつく。うん、僕はまだ余裕だけど、普通の人間ならそんなもんだろう。
「さて研究のきっかけですが、僕って体内魔素は多いのに魔術が使えないという、悲しい特異体質でして。だったら、僕自身を魔力タンクとして扱えないか、と考えたんですよね」
スライムに纏わりつかれながら腕を組んで、難しそうな顔をして述べてやる。絵面酷いな。
「僕の魔力を勝手に消費して、使用してくれる理想的なナニかを必死に考えました。いやまったく、魔力量がやたら多くて助かりましたよ。人工生命は金も手間もかかる不人気分野ですが、自分を餌にすれば金銭面はかなり節約できる。……ええ、もうおわかりですよね? そいつらの餌、人の魔力です。がっつり吸われると貧血みたいになるでしょう? 僕も最初の頃はそんなふうになって倒れてました」
人の魔力を吸って、活性化させて生命力とし、また人に譲渡する。これがヒーリングスライムの基本仕様だ。
……結構燃費悪いんだよなぁ、これ。結晶状態から起動するときも、かなり魔力吸われるし。この辺も改良しないと市井に出すとか無理だろうな。怪我治そうとしたら気絶しました、なんて笑い話にもならない。
「こ、殺す……殺してやる!」
「あ? 誰に向かってモノ言ってやがる」
僕は藻掻こうとするエストの胸ぐらを引っ掴んで、その鼻っ柱に思いっきり頭突きする。額に軟骨の折れる音が響く。
まだ全然足りない。こんなもんじゃ溜飲なんて下げようがない。こちとら根暗の陰険なんで、ワナの足のこと忘れず根に持ってるからな。
相手が怯んでいる隙に、長剣を掴み取る。力が抜けてるから簡単に奪えた。持ち直して、切っ先を眼前に突きつけてやる。
まったく。これだから身の程を知らないヤツは。
「殺さないでください、の間違いだろ。なあ、王女様?」
「ヒィッ……」
鼻血を流して尻餅をついたエストは後ずさろうとするが、スライムがぬめって上手くいかないようだ。全身ドロドロになりながら、恐怖で震えている。
ざまぁないな。悪党の末路なんてこんなもんだ。僕も前世の最期はこんな感じだった。
あまりの無様さに気を削がれ、僕はエストから視線を切った。レティリエに向き直る。
「行こうか、レティリエ。君もこれくらい平気だろ? ちょっとくらい魔力吸われたからって何の問題もないはずだ。わざわざ勇者の力を存分に引き出せるよう、生成体を調整しておいたんだしさ」
「え……?」
スライムに塗れたレティリエは、しかしまったく平気そうな顔色で、驚いて自分の手を見た。
……気づいてなかったのか。僕、そこはちょっと頑張ったんだけどな。
最初に彼女の血液サンプルを視たとき、魔力が空回りしている感じがした。仮にも勇者がたった二十人を相手に逃げるしかなかったのも、違和感しかなかった。
その時は体調や状況のせいで流したが……彼女が後天的に勇者になったというならば、話は違ってくる。
勇者になって日の浅い彼女の身体には、まだ勇者の力が馴染んでいない可能性が高い。
というかそもそも、神の腕の力は人の身で振るえるモノではないのだ。
では、それを調整してやれば?
しかし、どうやって?
どうやって、神により設計された生命のくびきを越えて、天上の音階に届かせる?
「……容量のでかいソフトをインストールした後は、一度再起動してやらないとな」
誰にも分からない話を独りごちて、レティリエに長剣の柄を差し出してやる。
ところで重いなこの剣。持ってるだけで腕がぷるぷるする。いやこれが普通なんだろうけども。
「さあ、レティリエ・オルエン。剣を取るんだ。君が今代の勇者だ。否が応でもやってもらう」
生まれ変わった少女が僕を見上げる。
続けて口にする言葉は、少し勇気が要った。
「そして僕を、君のパーティの仲間にしてくれ」




