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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―転生錬金術師と儚き勇者―
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運命(人為的)の出会い

 錬金術のうちでも、人工生命の分野はひどく人気がない。

 理由を並べ立てればいろいろあるが、主要なところをざっくりいえば、ナマモノは金と時間がかかるからだ。はっきりと割に合わないのである。

 そんなわけで僕が人工生命の研究を始めたとき、資料は基礎的なホムンクルスしかなかった。


 人の形は取れども知性はなく、臓器は見せかけだけで機能せず、数日もすれば魔力が尽きて死んでしまう。高コストなくせに矮小で、何の役にも立たない存在。―――俗に言うフラスコの中の小人。


 明らかに失敗作として書かれた論文だ。まあ有用性が認められそうなら、公開資料になどせず特許申請しているだろう。


「にゃあ」


 不意にした猫の声に顔を上げる。

秒針どころか分針もない魔力時計を確認すると、もう深夜だった。ワナが帰ってから半日たつ計算だ。あれから魔術陣の手直しをしつつ実験を繰り返していたが、没頭しすぎていたらしい。


「にゃあ」


 窓の外で猫が鳴いている。聞き覚えのある声だ。

僕はバキバキと身体のいたるところを鳴らしながら伸びをして、ゆっくりと立ち上がる。


「はいはい、分かりました今行きますよ」


 ずっと作業していたせいでぼうっとする頭を振りつつ、木製の窓を開けてやる。夜のひやりとした空気とともに、するりと猫が入ってきた。

 しなやかな体躯を持った、金の眼の黒猫。首輪などはしていないが、毛並みで野良ではないと分かる。

 そいつは我が物顔で僕の工房に入ると、テーブルの上に跳び乗って座り、部屋を見回した。


「何の用ですか、師匠」


 木窓を閉めて聞いてみる。


「にゃあ」


 ちょいちょい、と黒猫は顔を洗って、テーブルから降りる。玄関へ向かい、ドアの前に座った。


「……ついてこいってことですかね」


 肩をすくめて上着を羽織った。結晶化したヒーリングスライムをいくつか掴んで、ポケットに入れる。

 僕を呼ぶということは、まあそういうことなのだろう。


「けが人ですか、病人ですか」


 扉を開けてやる。猫は問いに答えずに先を歩き出した。鍵をかけて、後を追う。

 春の夜に冷やされた廊下は暗く、足音がいやに響いた。






 真夜中にもかかわらず、院内には人の気配があった。

 部屋から明かりが漏れていたり、食堂から話し声が聞こえたりする。各種売店も営業しているはずだ。僕が知る中で、この世界における二十四時間営業のコンビニエンスな店舗は学院内の店だけである。


 院内店舗が夜間も営業している理由は単純だ。魔術師は夜型の人間が多いからである。……夜は大気中の魔素が安定するからな。魔術の実験も実践も、深夜帯の方がよい結果を得やすいんだ。

 だから、こんな時間にばったり知り合いに出くわしたとしても、相手が魔術師ならば不思議なことではない。


「これはこれは。なんとも珍しい男がいるな、リッド・ゲイルズ。部屋から出るのはいつ以来だ?」

「こんばんはディーノ・セル殿、またな」


 廊下で偶然出会った知り合いに挨拶して先を急ぐ。何せ追いかけてるのが黒猫だから、ちゃんとついていかないと夜闇に紛れて見失いそうだ。


「な……、待ていゲイルズ。貴様こんな深夜にどこに行こうとしている!」


 しかし露骨に気分を害した様子の金髪碧眼美男子ロイヤル。こいつイヤミに絡んでくるくせに、雑に扱うとキレるんだよな。無視すると後々面倒なのでしかたなく立ち止まる。


「師匠の呼び出しだよ。すまないが教室違いの君には詳細を説明できない」


 そもそも知らないしね、詳細。


「そういう君はなんでここに? 君の家は北区のお屋敷だろう?」

「師からの召喚だ。ふん、業腹だが奇遇だな。仮にそちらとの合同企画という話だったら、貴様の参加は全力で反対させてもらおう」


 同じ十六歳のくせに、やけに偉そうな物言いが少し可笑しい。これ、僕の精神年齢が年相応だったらけっこう鼻についたんだろうな。


「それは残念だ。同世代の序列一位と共同作業なんて、光栄の至りなんだけどね」

「あり得んな。錬金術師に出しゃばられても足手まといにしかならん」

「ごもっとも。そもそも君が関わるような仕事は荷が重そうだ。さて、すまないが本当に急ぎでね。これで失礼するよ」

「ああ、こちらも貴様の相手をしていられるほど暇ではない」


 面白くなさそうな顔で、乱れていない襟を正すディーノ。イヤミなやつだが、理の分からない男ではない。お互い、師からの呼び出しは廊下での雑談より優先度が高い。


「……スニージー嬢が帰って早々、貴様を訪ねたらしいな」


 だというのに、彼は新しい話題を投げてきた。


「ああ、怪我をしててね。大したことなかったんで特製の軟膏を渡してやったよ」


 僕は学院内でもヒーリングスライムの件は秘密にしている。知っているのは師匠とワナと、同じ教室内の数人だけだ。

 まがりなりにも成果だからな。絶対に横取りされたくはないし、心から信用できる相手にしか見せたくはない。……ま、そんなコスい真似、コイツはしないだろうけど。


「冒険者などやっているからだ。研鑽に専念しろと伝えておけ。彼女は下位術士にとどまるような才能ではない」


 きびすを返すディーノに、僕は頬をポリポリ掻いた。

 まったく、心配性なやつだ。もしかしてこいつ、まだワナのことが好きなのかな?


「分かった。君がそう言ってたと伝えておく」


 僕もきびすを返す。

 あの幼なじみとの雑談の機会は、またしばらくはないだろう。






 玄関を出たところで黒猫は待ってくれていた。遅かったのが不満なのか、不満そうにジト眼で見てくる。カワイイじゃないか。


「すみません。ディーノのやつに絡まれてました」

「にゃあ」


 黒猫は機嫌悪そうに一声鳴くと、正門の方へと歩き出す。


「……外ですか?」


 てっきり別棟にある師匠の部屋へ向かうと思っていたのだが、違うらしい。僕は慌てて猫を追いかけ、開きっぱなしの正門をくぐる。

 学院の外に出たのはいつ以来だろうか。風の冷たさに襟元を寄せる。上着を着てきてよかった。月が明るくてよかった。

 この世界の夜は暗い。ソナエザの都は結構な都会だとは思うが、前世のそれとは全然違う。人工の光はなく、この時間帯では窓から漏れる明かりも消えている。その代わりに夜空が広くて低いし、星も月もやたらきれいだ。


 黒猫を追っていく。ちゃんと人が歩く速度で進む気遣いがかわいい。ゆらゆら揺れる尻尾がかわいい。時折チラッと振り返ってくるのがかわいい。猫ってかわいい。

 冷えた空気を肺いっぱいに吸って、ゆっくり吐く。工房のそれとは違う、脳の曇りを晴らすような心地よさ。猫と行く月下の散歩もなかなかいいものだ。


「……結構歩くな」


 裏路地に入る。あまり来たことはない場所だ。この辺は建物が密集していて、道が入り組んでいる。影が多くて視界が悪く、湿っていて臭う。


「どこまで行くんですか?」


 聞いたところでどうせ人語は返ってこない。仕方なしに進む。

 たしかこのあたりは、僕が生まれるずっと前のかつて、都の一等地だったはずだ。……そして街が雑に拡大していくにつれ、徐々に便が悪くなり、やがて廃墟が目立つようになった場所である。

 だから周囲にある建物はみな背が高く立派だけど、どこか古くさく、放置されて傷んでいた。ぽっかりと歴史に取り残されたような場所だ。今は貧民が入り込んだり、禁薬の売買が行われているなどという噂があり、実際に問題にもなっているらしい。


 本来、僕なんかが一人で立ち入るのは危険極まりない区域だ。……まあ黒猫の後をついていけば、滅多なトラブルには巻き込まれないだろうけれど。

 僕の師は占星術の大家で、予知に関しては大陸一の腕を持っている。だからつまらない危険など心配はない。僕らはなんの滞りもなく目的地にたどり着くだろう。


 ピタリ、と黒猫が立ち止まる。チラリとこちらを振り返ってからちょこんと座り、前足で顔をちょいちょいと洗った後、空を見上げた。


「……ここですか?」


 路地裏の、左右を建物と壁に挟まれた道の真ん中。このあたりは特に密集地なためか、建物の背が高いし道も細い。周囲を見回しても、影が多くて見通しは悪かった。

 しかし、人の気配はなさそうだ。てっきりけが人でもいるのかと思ったのだけれど……。

 黒猫を見ても、じっと上を向いているだけで鳴きもしない。何かあるのかと眉をひそめつつ、僕も顔を上げる。

 月がきれいに輝いていて、



 女の子が降ってきた。



「な……っ?」


 否、落ちてきた。二階建ての家屋の屋根から、ちょうど僕の真上に。

 二階といっても結構な高さだ。落ちたら最悪死ぬだろう。しかし僕の細腕でまともに受け止められるはずがない。


『―――結晶解凍・ヒーリングスライム』


 即断する。上着のポケットから引っ掴んで出した結晶を掲げ、叫ぶ。間に合え。


『オーバーリミット!』


 ごぞり、と魔力が喰われる。一瞬で結晶がゲル化し、一気に増大する。

 魔素、というのはすさまじく素晴らしい。質量保存や熱量保存の法則などくそ食らえと平気で言ってくる。手のひらに収まるほどの結晶が、僕の身体を優に上回る特大のスライムと化し、落ちてくる少女を包み込む。

 どぷん、と特大スライムは少女を受け止める。僕は当然それを支えきれるはずもなく、どぷりとヒーリングスライムに潰された。


 僕は視認する。気を失った少女の、青白い顔を。

 その背から流れる、夥しい血液を。


 にゃあ、とほくそ笑むような鳴き声を、聞いた気がした。


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