アルケミスト・ブレイブ! 1
けれど、それでも。
ならば、どうする。
フォン、と。光の力場が発生した。
僕の合い言葉をうけて、魔術陣が起動したのだ。
『術式展開』
僕が思うに、あの言葉は終わりの宣告ではない。
『魂魄捕縛。霊核保護。身体構造情報取得』
道半ばで倒れる未熟への嘆き。
そして、再度送り出すための叱咤だ。
『取得情報入力。ファイル名ソルリディアに上書き開始』
床に描かれた魔術陣がめまぐるしく変化していく。特殊なインクの重ね書きにより、魔力の流れが魔術陣を順番に起動させていく。
ヒーリングスライムと同じ方法だ。この部屋の魔術陣は大幅に書き換えさせてもらった。
『記録情報上書き完了』
二百年前の勇者よ、すまないがおさらばだ。
僕の愚かな選択を許せ。できる限り責任はとる。
『遺跡装置起動。再現体生成開始』
ゴウン、と音がして、地下室の壁や天井が発光し始める。エストも黒装束たちも、現象に驚きながらも見守っている。
任せっきりの素人どもめ。力で脅すだけの愚か者め。君らが馬鹿なおかげで、細工はし放題だった。
僕は歩き出す。さあ、存分に叛逆させてもらうとしよう。
まだ見ぬ敵に約束したのだ。
僕は、世界に挑む者だ。
『ハッキング。対象、神の腕』
ヴァチィ、と。地下室を稲妻が走った。うっさいゴリ押せ。
倒れ伏したレティリエの遺体が輝く。尋常ではない浄化の力を発揮する。魔術陣が自動起動し、魔術式を消されないよう、すぐさま結界が起動し包み込んだ。
ファイアウォールは想定内。ハッカー舐めるな。
一歩、また一歩と進んでいく。
神のオモチャで終わってたまるか。
僕は、神を殺す者だ。
『神の腕の権限限定行使。クラッキング。対象、世界法則』
ヴァチチィッ、と稲妻が荒れ狂う。壁や天井に当たって破壊をまき散らす。……しかし決して、装置にも魔術陣にも直撃しない。当然僕にもだ。
鼻歌ものだな。いまさらこの程度で退けるか。
「なんですかこれは……リッド・ゲイルズ! これは正常なのですか!」
堪らず身をかがめたエストが悲鳴を上げた。僕は一瞥もせず無視する。
馬鹿か。正常なわけないだろうに。弄くられようとする世界が悲鳴をあげて、歪みを押しとどめようと暴れ回っているんだよ。
不正アクセスだもんな。これくらいの抵抗は予想してる。ま、こんな調子じゃ、あんまり大した改変はできないだろう。
問題はない。ちょっと踏み込んで、一線を越えるだけだ。
さあ、そろそろ僕のチートを使う時だ。
もったいぶるようなものじゃないけど、くっそ当たり前のことだけど、それでも僕が転生したときから持っているチートを口にしよう。
『我、魂の転生の体現者なり。前例の一つなり』
僕は、転生現象の存在を知っている。
記憶はなくとも経験している。
なら、まったく新しい術式をでっち上げるくらいは、できるさ。
『創世の礎なりし神の腕、その権限をもって世界に命ず。―――転生現象の再現術式を、許容せよ』
世界の理が、変換する。
『転生術式起動。肉体と魂の接続開始』
僕は歩きながら外套を外す。
稲妻が静まる。装置が正常に全工程を完了し、硝子の筒が左右に開く。どろりとした培養液が大量に流れ出して、地下室の床を浸した。
筒から出て膝をついた裸の少女に、外套をかけてやる。
「―――親父殿よ、良い合作であった」
一度死に、そして新しい身体に転生した少女……レティリエ・オルエンは呆然とした顔で、僕を見上げていた。