処刑
七日を要し、準備は完了した。
補修は遺跡を一回起動させるためだけのつぎはぎで、テストはなしのぶっつけ本番。
それでもエストはためらいなくゴーサインを出した。
失敗すればそこまで。彼女は調査隊を皆殺しにして、レティリエの遺骸を本国に持ち帰るだろう。
そして今、僕らは地下室にいる。
ハルティルクが改造したその部屋は、他とは壁や床の様相が違う。土を硝子でコーティングしたような壁面は前世でも見なかったもので、床にはびっしりと魔術陣が描かれていた。
「さて、ではこれより、レティリエ・オルエンの処刑を始めさせていただきますね」
遺跡の核となる装置―――ソルリディアの未完成体が死んでいたあの筒の前で、長剣の平を自分の肩に置き、エストはあっさりとそう宣言する。
彼女の足下では、後ろ手を縛られたレティリエが跪き、その白い首を差し出していた。
「レティリエの死亡により、遺体から勇者の力が分離可能になります。僕はそのタイミングで遺跡と装置を起動し、ソルリディアのコピー生成を開始。魂の形成段階で勇者の力を融合させます。……二十歳頃のソルリディアは当時、すでに勇者でしたからね。精査しましたが、記録された身体はすでに勇者の力があることを前提に変質しています。おそらくこの手順で勇者の力を加えなければ、ソルリディアは目を覚ましません」
喪服代わりに羽織った黒外套の前を寄せながら、僕はあくまで事務的に、計画の流れを確認する。
ここにいるのは僕とレティリエ、そしてエストと黒装束の審問騎士が三人だ。他は大広間の階段前で待っている。きっと早めのお通夜でもしているのだろう。
「ええ、分かりました。遺跡装置の起動はお任せしましょう」
エストは本当に理解しているのかどうか、こちらに丸投げして長剣を持ち直した。
ピタリとレティリエの首筋に刃を当て、慣れた調子で口上を読み上げる。
「罪人、レティリエ・オルエン。罪状、国家の秘匿せし勇者の力の強奪、および魔族との交渉と越権契約。また第三王女の護衛失敗の責を問う。その罪もはや償える重さにあらず。よって斬首による死刑と処す。……異論はありますか?」
巻き込まれただけだ、と言ってやりたかった。
「ありません」
レティリエは短く返答する。死を直前にして、その声はかすかに震えていた。
「よろしい。あなたの罪に情状酌量の余地はありません」
胸の奥の棘が、熱く熱く暴れ回るのを感じる。
「ただしこの七日間、一度として逃亡を企てなかったことには、最大限の敬意を表します。なので一人にだけ遺言を残すことを許しましょう。わたくしが責任を持って、そのお相手に届けさせていただきます」
腐っても王族だからか、エストは一応形式を重んずるらしい。貴族の方式に沿って処刑を進行していく。
遺言を届けるなんて約束、守る気なんかないくせに。
首を差し出すレティリエは、遺す言葉など考えてもいなかったのだろう。しばらく無言だった。エストも急かさなかった。
この場にいる全員が、彼女の次の言葉に注目する。
形の良い唇が開かれる。
「……ありがとうございます。では、リッド・ゲイルズさんに」
たった一つきりの遺言は、僕に向けられた。
「つらい思いをさせて、ごめんなさい」
僕は何も言わなかった。
エストは僕を見て待ったが、頑なに口を閉じた。
異端審問官長は呆れたように首を横に振り、長剣を振り上げる。
―――きっと。
これが一番、正しいのだ。
心の折れた勇者なんてツラいだけだ。
人々の期待を一身に受けた者が膝をついた時、どんな言葉を投げかけられるかなんて、想像するまでもない。
どいつもこいつも、救う価値もないゴミどものくせに。
いっちょ前に文句を垂れて、悲劇を嘆くように被害者ぶって、責任を押しつけていた一人を寄ってたかって糾弾する。
ぼろ雑巾にしても飽き足らず。崩れて砂になるまで踏みにじり続ける。
気が済むまで。
そんなの、ここで殺してやるほうがマシだ。
どうせ彼女は詰んでいる。先延ばしにしても意味が無い。むしろ残酷だ。
僕は目を瞑る。
祈るように、静かに口を開く。
『おお、勇者よ』
刃が振り下ろされる。
『死んでしまうとは情けない』
白い首が切断された。
―――こうして、僕は。
レティリエを殺したのだ。




