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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―転生錬金術師と儚き勇者―
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エスト・スロドゥマン・フリームヴェルタ 2

 スゥ、と。エストは目を細める。射貫くような視線。お気に召す答えだったようだ。


「存外に、正しく理解していますね。驚きました。評価を改めます」

「それはどうも。では命乞いを聞いてもらってもよろしいですか?」

「どうぞ。耳に入れるだけなら」


 声は敵意を含んでいた。僕は内心でも外面でもほくそ笑む。

 弄んで嘲笑するつもりの相手が、すべてお見通しだと逆に嘲笑ってきたのだ。そりゃあクソみたいな矜恃に触れたに違いない。せっかくの楽しみが台無しの気分だろう。


 いいね、素直な性悪だ。嫌いじゃない。

 お仲間同士の談笑としゃれ込もう。


「命乞いの内容は、勇者ソルリディアを製造した後の話です。これは魔法的な話になるのですが、おそらく数ヶ月、あるいは数年ほど、彼女は存在が不安定になると思われます」

「不安定?」

「はい。魔法現象って基本、時間が経てば霧散しますので。魔術って維持が非常に難しいんですよ。詳細は省きますが、せっかく蘇らせても定期的に調整しなければ、魔力の結びがほどけてカタチが崩れていくでしょう」


 これは真実だ。いくらハルティルクの研究成果といっても、どうしようもない部分は存在する。


「神聖王国に魔術師がいないとでも?」

「魔術大国よりは質が落ちるでしょう。それに、必要なのは魔術師ではありません。錬金術師です。それも不人気な人工生命なんて分野を専門とする、僕のような変わり者がね」


 意地悪く笑んでやる。エストも同じように笑みを見せた。お互いに笑顔で平和だな。


「なるほどなるほど。そういうことでしたら、坊やは必要ですね。我々に同行してもらうしかなさそうです」

「ご理解いただけて良かった。どうやら僕の命は助かりそうです」

「ええ、他の皆さんには森の一部になっていただくことになりますが、坊や一人でしたらわたくしが養ってあげます。彼らの分まで幸せになれるような、とてもいい暮らしを約束しますよ」


 なんて落ち着くんだ。こういう鼠の腐乱死体のような相手を待っていた。

 ダンスのお相手はこんなのがいい。自己犠牲精神の塊みたいなお嬢様よりよほど合っている。


「ありがとうございます。いやぁ、安心できました。……ところでエストさん、ソルリディアの伝説ってご存じですか?」

「伝説……ですか? ごめんなさい。わたくし、終わったことには興味がなくて」


 そんな感じだよなぁ。


「それはもったいない。過去の話も面白いですよ。何より、これから未来の話になりますからね。せっかくですし少しだけお耳に入れましょう」


 僕はニコニコしながら、無学なお嬢さんを嘲笑う。

 温故知新。過去を温め新しきに生かすのは、学の基本だ。


 だからあなたの人生は行き当たりばったりなんだ。邪魔者の殺害失敗なんて愚の骨頂。成功しても怪しまれるなら下の下。

 その地位だって、たまたま流れ着いた場所があまりに闇深かったから、なんとかしがみつけているだけだろうに。


「二百年前の勇者。炎の髪と心のソルリディア。怒りと情熱の女。彼女こそ真なる英雄と言えるでしょう。なにせ曲がったことが大嫌いで、気に入らないものはぶち壊して薙ぎ倒す。後先など考えずひたすら前へ前へ前へ、全て平らにならして突き進む彼女は、人族も魔族も怖れた真性の災害です。……罪もない者を虐殺するような人、彼女は大嫌いですよ」


 何が言いたいのか理解して、エストの顔に朱が差す。

 僕は今度こそ声に出して笑ってやった。


「あははははは! いやあ、大変だ。あなたが一人でも殺したら、僕はあまりの悲しみに打ち拉がれ、彼女に告げ口してしまうでしょう。そうしたらきっと、彼女は勇者の力の最大限で怒り狂う。見渡す限りの更地ができてしまう」

「……それはあなたも同罪でしょう。あの侍女を生け贄に捧げるのですから」


 頬を引きつらせながらもかろうじて、エストはニコリと微笑む。おおっと意外と頭が回るじゃないか。


「わたくしたちは、ソルリディアを蘇らせた時点で共犯者ではなくて?」

「ええ。それが何か?」


 異端審問官長の顔から笑みが消えた。僕も消した。


「死ねばいいじゃないですか、そんなゴミ。女の子殺して他も見殺しにして、一人だけ無様にへりくだる……なんて。怖気が走る」

「なら、今ここで死にますか」


 刃が閃く。ナイフがサクリと首に刺さる。頸動脈に食い込んで止まる。傷口から鎖骨まで血が伝い、服を濡らした。

 へぇ、いい腕じゃないか。今のは感心したぞ。全然反応できなかった。


「リッド・ゲイルズ。あなた、何か勘違いしていませんか? 我々の任務にとって第一は、あくまで勇者の力の確保なのですよ。ソルリディアの件などオマケに過ぎません。ええ、だってあんな眉唾、信じているのは死にかけた王様だけですもの」


 エストはもはや笑いもせず、心底面倒そうに。


「二百年前の勇者とやらは飼いたかったのですが、今のお話を聞くと、なるほど難しいようですね。しかしわたくしとしては、あなたたちを皆殺しにして、あの侍女の遺骸を持ち帰ればそれで十分。あんな装置は壊してしまって、使えませんでしたと報告しておきましょう。残念でしたね坊や。あなたのお話は参考になりました。さよならです」


 ナイフに力がこもる。皮膚の下で薄い金属が蠢く感覚。人はこうも簡単に死ぬのだと、知っていてもぞわりとする。

 こういうの、転生前を思い出すな。


「やめた方がいいですよ。部下の人が見ています」


 刃先が止まった。


「……それが何か? 彼らは誇りなき審問騎士にして、わたくしの部下です。今更何人死のうが、眉一つ動かしません」


 そりゃあ、人死になんて気にする方々じゃないだろうけどさ?


「異例のスピード出世したそうですね。その若さでその重要役職、いくら王族でも不自然です。あなたを快く思わない方も多いのでは? 王様の耳目の排除は完了してます? 職務としてなら非人道的な命令にも従うでしょうが、はたして王国に対する命令違反は見逃してくれるでしょうか?」

「…………っ!」


 予想通りだ。自己中で性悪な孤立姫め。


 どこそこの長だからと、思い上がるのははなはだ愚かしい。人は役職に縛られ、自由を殺されるのだ。そしてそれを受け入れ続けて初めて、相応の評価を得られるのである。

 陰謀と暗殺で成り上がっただけの勘違いが、わがままだけ押し通せると思うな。


「さて、エスト・スロドゥマン・フリームヴェルタさん」


 すでに立場は逆転した。人質をとり、ナイフを突きつけていても、エストは怒りに震えながら動けないでいる。


「取引をしましょう」






「取引……ですか?」


 僕の首にナイフの先を刺したまま、エストは聞き返す。そろそろ抜いてくれないかな。


「はい。僕はおそらく、ロムタヒマの壁を覆う瘴気の結界を取り除くことができます」


 背後の黒装束を意識する。彼らにも聞かせなければならない。


「……どうしてでしょう?」


 僕は相手を刺激しないよう、懐からゆっくりと黒い魔石を取り出す。


「レティリエが手に入れていた、魔族の所持品です。僕は彼女に依頼され、この魔石を調べていました。結果、周囲に瘴気を発生させる魔具であると判明。ロムタヒマの壁に使用されているものと同じ術式と予想し、その構造を解析。すでに対抗策を考えてあります」


 ま、成功確率については言わないでおこうか。そもそも本当に同じもの使ってるか分からないしな。


「なるほど。しかし、それは我々の任務とは関係のない話です」

「そうでしょうか? 仮にソルリディアが今世に蘇ったとして、それだけでは根本的な解決にはなりません。強い勇者に代わっただけでは、ロムタヒマの攻略は課題として残ったままです。……ならば次は、誰が勇者を使い、彼の地を魔族から奪還するのか、という話になるでしょう?」


 悪人はいい。己の欲望に素直だからだ。善人よりよほど分かりやすい。

 エストが欲しいものは何か。王位継承権で上位の兄と姉を殺そうとし、継承権を剥奪された後、不自然な速度で異端審問官の長となった彼女は、つまり椅子に執着しているのだろう。


「ソルリディアの調整役を擁し、ロムタヒマの外壁攻略の策があるとなれば、正式な騎士団ではないあなた方も手を挙げられるでしょう。しかし勇者と共に戦うのが裏組織では、あまりにも外面が悪い。フロヴェルスは審問騎士団を正式な組織にせざるを得なくなる。……そうなればあとは簡単です。存分に手柄を挙げるといい。ソルリディアを使ってロムタヒマを攻略し、あなたの妹を救い出し、魔王を討てばいい。そうして英雄になれば、当然の権利として多大な報酬を得られるでしょう。王位継承権だって取り戻せるかもしれません」


「とても無茶を言っていると分かっていますか?」


 騙されてくれないかぁ。まあ普通は無理ゲーだよな。それくらいは分かるだろう。

 けれど、だからどうした。


「では止めますか?」

「…………」


 エストは無言だ。ナイフも動かない。

 彼女は他者を見下して愉悦する愚か者だ。そういう人間はいつも己を過大評価する。

 だからこういうのは宝くじと同じやり口でいい。無理無謀な難題でも大きなリターンをチラつかせれば、極小の成功確率にだって賭けたくなるだろう。


 ……あと多分だけど、彼女は僕が言った以上のことを考えているんじゃないかな。クーデターとか。

 まあ、その辺は勝手に夢を膨らませてもらおう。今の僕には関係ない。


「少し、似ていますね……。いえ、性質は百倍ほど悪そうですが」

「似ている?」


 主語のない呟きに首を傾げる。誰に? 何が?


「こちらの話です。忘れなさい」


 ま、どうでもいい話か。


「面白い。リッド・ゲイルズ。あなたの口車に乗りましょう」


 やっと、エストはナイフを引っ込めた。片手でくるりと回すと、手品のようにナイフが消える。何それすごい。


「あなたが馬車馬のように働くなら、お友達の待遇は保証します」

「取引成立ですね。では、共に世界を救いましょう」


 僕が真顔で言った冗談に、エストは毒気を抜かれた顔で瞬きする。なんだ、そんな顔もするのか。


「……とんだ正義の味方ですね」


 ほんとにな。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、「謀略」とか「暗殺」とかってばれちゃダメだわな
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