奥の手
勝てるかあんなもん。
「さあ行けセーレイム! 叩き潰せ!」
ククリクの叫びが響く。頭部と左腕部の欠けた巨人が右腕を振り上げる。すさまじい瘴気と硬質な外皮を撒き散らしながら巨大質量が降ってくる。
僕に向けて。
遙か太古。創世記に神の腕によって使用された生体リソース。創造神―――と推測されるがその実は未だ正体不明のなにか。
なんにしろ、他に適当な名前もないのだから仮称セーレイムで今は問題あるまい。人族の唯一神であるセーレイムの名を冠するソレをあろうことか魔族が使役し、しかも尋常ではない瘴気を放出している現状はいろいろ問題ある気もしないではないが、そこはそれだ。宗教学を持ち出したところでリアルに文句をつけられるハズもないのだし、これについてとやかく口を出す敬虔な宗教家の皆さんもここにはいらっしゃらない。そもそもそんな呑気な状況でもない。
第一、アレがなんであろうと今はなんの関係も無いのだ。だってこれは僕とククリクの戦いで、ならばこの状況に置いてあんなものはただの兵器でしかない。世界の創造神だとか、そんな些細な問題を気にする必要は無い。
見上げる。巨大質量という死が迫る。ロードローラーの方がなんぼかマシだなアレ。
見るからに損耗が激しい状態だが、僕程度を殺すには十分。喰らえば踏まれた蛙のように内臓を飛び出しながら平たく潰されるだろう。あれはどう考えても止めるのは無理だ。
なんとか避けるしかない。
『開け』
スライムを起動する。迫る死から目を離さず脳をぶん回す。
避けることは決まっているのだが、どこへ避けるかが問題だ。それはこの戦いの行方を決定する。
……まあ正直、逃げ回る方がいいと思う。
だってあんなの絶対に長くは続かない。五分も逃げてれば自滅するはずだ。もちろんあの面積相手に逃げ切れるかどうかは別の話だが、落下制御の魔術も危なっかしいククリクが短時間で巨大ロボット乗りこなすのは多分無理だろ。繰り出される攻撃は全部雑で大味なのではないか。だったら回避し続けることは無理ゲーではない。
欠けた掌が迫る。近づくことでやっとその巨大さを正確に測ることができた。圧が凄いなまったく。
―――引き付けろ。もっとギリギリに。僕の初手が、その巨大な手に隠れるまで。
そんなことを考えている時点で、僕の選択は決まっていた。
『穿て』
命令する。歯を食いしばる。結晶を持つ左腕に力を込める。
爆発のような音をたてて、巨人の手が地面にめり込む。
「アハハハハハハハハハハハハハ!」
笑い声が聞こえる。泣き声が聞こえる。張り裂けそうな絶叫。そんなになるならやめろマジで。
本当に、この女はイカレてるな。それを笑う僕もそうとうだが。
撃ったのは上じゃなく、下。穿てと命令し、硬質化したスライムの先端が地を穿つ手応えを伝え、それでもさらに魔力を喰わせ続ければ―――結晶の槍は反対側へ撃ち出されるように伸びる。
それに掴まっていれば、ほら。欠けた薬指の隙間を抜けて、
天に、己の身体を投げ出すことが可能だ。―――もちろん命綱は無い。
巨人の手が視界を覆うほどギリギリで避けたおかげで、僕がなにをしたのか向こうに分かるハズもない。なんなら衝撃と共に巻き上げられた巨人自身の破片に紛れてしまい、抜け出したことにすら気付かれてないかもしれず、だからこそあの笑い声ならば……速攻で終わらせられる。
『穿て』
撃ち出すのは、今度は壁へ向けて。
こんな移動方法があるなんて誰にも言っていない。僕がこんなことをするなんて誰も想定しないだろう。なんなら正直僕もしたくなかった。
高いところから落ちるだけであのザマなのだ。できたところでやりたくない。机上の空論でできるだろうとは思っていたが、やる機会など来ないでくれと本気で願っていたほどだ。当然練習もしていないから現時点で無事の保証はない。そもそもこの高速移動、僕の身体能力でやるのは無理がある。
壁に結晶の槍を突き刺し、さらに伸びるそれにしがみついて、無理やり中空を駆ける。
あんなのとマトモにやっても勝ち目なんか無い。いくら弱点が剥き出しだといっても、あそこまで巨大な心臓を破壊する火力はちょっと難しい。頭部と左腕が欠損していても動いているのに、心臓に小さな穴の一つ二つ空けたところで活動停止に追い込める気がしないし。
それより、操ってる相手をどうにかする方がよほど現実的。つまり狙うはククリクである。
近寄らずとも逃げ回れば、僕の敵はすぐに音を上げるだろう。それが一番いい方法だとは思う。危なっかしいが多分やれる。
しかし、あの女がどこで力尽きるかが問題だ。
すぐに諦めればいい。何度か避けてやって当てるのは無理だと分かってシラけてくれれば最高だ。だが、もし限界を超えて頑張られたら……それは最悪の場合、向こうの命に関わる。魂ごと存在消滅なんて可能性まであるのだ。
それは許さない。なによりも、災厄である僕のエゴがそれを拒絶している。
だから、巨人からあの女を引っぺがす。
「な―――」
僕の敵がこちらに気付く。だが遅い。構わず突っ込む。
戦闘機動で避けながら近づくなんて器用なことはできない。僕にできるのは避けるか一直線に突っ込むだけ。だからこそ虚を突く必要があった。
奇襲でしか成功し得ない、対処されれば二度と使えない、ただ一度だけの襲撃。……それが成ったと確信し、結晶の槍から手を離した。眼下に口を開けて驚愕するククリクを捉え、慣性のままに空中に身を投げ出して、新たなヒーリングスライムの結晶を引っ掴む。
「それは一度見たよ、ボクの敵」
ニィ、と嬉しそうな、不敵な笑みを見た。
まるで最初から知っていたように。この展開を期待していたように。こうなるよう、誘導したかのように。
ぞくり、と怖気が走る。
一度―――たしかに僕は一度、この結晶の槍を見せている。ロムタヒマの王都、ネルフィリア姫が囚われたあの宗教塔の最上階で、最初に会った時だ。僕はコレで彼女を身体を貫き、殺している。
……だからって、コレをやると予想するのかよ。
「キミは優しい!」
叫びに嘲りはなかった。むしろ讃えるようで、なぜか誇らしげですらあった。
ククリクがあっさりと巨人から手を離す。こんなガラクタにはハナから期待していなかったとばかりに、なんの迷いもなく巨大兵器を手放す。
そしてそのまま、銃を構えるようにその手を前に突きだした。
「誰よりも優しいから、突っ込んでくると思っていたさ!」
その手に瘴気属性の魔石が光る。
アレは知っている。見覚えがある。彼女が持っていた、彼女の分の、結界の魔石……まったく後先を考えていない。ガチでイカレてるなこの女!
「さよならだボクの敵!」
魔石が割れる。破壊的な瘴気の塊が出現し、巨人が撒き散らす瘴気をも巻き込んで、彼女の白く細い指先で凝縮する。
―――これは、完敗だな。
遺跡の入り口で見せたモノとは比較にならないほど大きいそれは、闇色の壁のようで。
思考を読まれ、罠に誘導され、致命の一撃を用意された。全てにおいて上をいかれ、空中にいる僕には避ける自由もない。
チェックメイトだ。ここまで揃うと敬意すら抱いてしまって、敗北を受け入れるより仕方がない。覚悟したら笑えてしまって、さすがだ僕の敵、なんて呟いて。
ここにはいない、誰かの顔が頭に浮かぶ。
瘴気の塊が撃ち出される。巨大な獣の顎を夢想する。避ける算段はつかず、防ぐ方法もなく。
僕は黒い破壊の渦に飲み込まれた。
『―――術式展開』




