黒装束
「生成されたソルリディアですが、成長過程を経ず二十歳前後の姿で構築されようとしていました。また埋葬前に検分したところ、身体に古傷のようなものが確認できました。このことからあの筒は、記録した生体情報をそのまま模造する装置だと推測できます」
僕は遺跡の入り口前で、集まった探索隊……今となっては調査隊の全員に、仮説を披露する。ドロッド組も冒険者もイルズもレティリエも全員だ。
「つまり、クローンというよりコピーです。登録された人物を、そのままの形で一人生成するということですね。なのですべて、当時の本人と同じになる。彼女は記憶も、人格も、運動能力や思想や技術も、それこそ魂以外の全部が、二十歳ごろの勇者ソルリディアであると思われます」
どよめきが湧く。
あり得ない、と声が出る一方で、ハルティルクなら、と呟く者もいる。
「……それって禁忌なんじゃないの?」
声を上げたのはワナだ。不機嫌そうに僕を睨んでいる。
「ああ、いずれ禁忌になるだろうな。だがまだそう定められていない」
僕は彼女を一瞥してから、仮説の披露を再開する。
「さて生態情報のコピーですが、そんなものは当然、すさまじい量の魔力を必要とすると思われます。先走り組は四人で身体の半分を生成しましたが、では八人いれば完成可能かというと、おそらく否です。魔力で形だけ造っても、調整と定着に大きくコストを割かなければ、すぐにぼろぼろになるでしょう。多分この霊穴のマナを残らず使い切って、初めて可能かもしれないってところですかね。普通ならそれも不可能なのですが……」
「螺旋術式か」
ディーノが口を挟む。彼もまた僕を睨んでいた。
不機嫌そうとか、そんなレベルではないな。あれは仇敵を見る目だ。僕の心変わりがよほど気に入らないらしい。
「そのとおり。この遺跡を構成する魔術陣はかなり単純です。魔力を汲み上げ、扉を動かす。ほぼこの二つのみ。ハルティルクはその、魔力を汲み上げる、という部分を螺旋術式で連続起動させることで、地下へ大量のマナを送るよう設定したのだと考えています」
「予想が多いな。ほぼ全部だ」
ガザンが胡散臭げにぼやく。話についてこられてるのか。そういえば系統こそ魔術や錬金術とは違うが、ドワーフは魔具造りも得意だっけ。
「もちろん、間違っている部分はあるでしょう。ですが大まかには自信があります。いかがですか、ドロッド氏」
「……まあ、ありうる推測であると思います。間違いがあるかどうかは、調べなければ分かりませんが……」
話を振られたドロッドは苦悩に満ちた表情で、問う。
「ゲイルズ君は、あの装置を破壊しようとしましたよね?」
「ええ。壊そうとしたのはワナですが、僕も共犯です」
「なのに、今度は起動させるんですか?」
「はい。気が変わりました」
「それで、そこにいる彼女を生け贄にして、勇者を造るのですか?」
皆の視線がレティリエに集まる。
彼女は僕の隣に立っていた。うつむいていて、長い黒髪が表情を隠していた。
「彼女では、魔王を討ち倒すことはできません」
淡白に言い放った僕の言葉に、場が静まりかえる。
レティリエは勇者に適してはいない。なにせ元はただの侍女である。間違いなく歴代最弱だろう。
歴代最強と謳われた二百年前の勇者の方が強いのは、比べるまでもなく明らかだ。
フロヴェルスの判断は間違っていない。
「師よ、折り入って願いたいことがあります」
僕とドロッドの間を遮るように、ディーノが割って入った。
彼はこちらを一瞥もせず、副学長の前に膝をつく。
「自分に、このレティリエ・オルエンと共に、魔王討伐の旅へ出る許可をください」
聞いた全員が驚いていた。僕もだ。何言ってるんだこいつ。
「不肖ながら学院の代表として彼女を助け、人族の平和を勝ち取って参ります」
「あたしも行く!」
ワナが声を上げる。
「二百年前の勇者がどれだけ強くても、だからレティは死んでいいなんて違う。絶対違う!」
子供がだだをこねるように、今にも泣きださんばかりに訴える。
「なら俺も行くわ。鼻が利かないヤツばっかじゃ、危なっかしいからな」
続いてドゥドゥムが不敵に笑った。
「わたしも行きましょう。役に立てるはずです」
ティルダがそう口にすれば、ガザンもやれやれと息を吐いた。
「骨の折れそうな話だがの。友を見殺しにするよりは、同じ死線をくぐる方がマシか」
ああ……本当にこの人たちは、みんないい人なんだな。
仮に、僕に彼らと同じぐらいの力があれば、同じ選択もできたかもしれない。
そう思うと、本当に羨ましい。
僕もあんな茶番を演じて、善人面したかった。
「ダメです。彼女にはここで、ソルリディアに力を渡してもらいます」
力任せにぶん殴られた。
地面に倒れ込む。視界がチカチカしたが、痛みよりも驚きの方が大きかった。
ディーノ・セルという男がこんなに怒った顔をするのを、僕は初めて見た。
「どこまで堕ちた、貴様は!」
獣の咆吼のように。
「たしかに貴様は嫌なヤツだ。だが、決してそんな男ではなかったはずだ。錬金術なんぞに傾倒して人の心を失ったか!」
鉄の味がした。口の中が切れたな。
血を唾と共に吐き出す。
「……君らの誰が、レティリエを勇者と認めてるんだ?」
立ち上がる。呆れ声で言い返してやる。くらくらしたが、虚勢で背筋を伸ばす。
「彼女を神輿に乗せて、仲良くお守りでもするつもりか? お友達ごっこで魔王退治か? やめとけよ天才と熟練ども。勇者が弱くてもオレタチがいればダイジョウブ、なんて、自己評価が高すぎて恥ずかしいぞ」
「貴様……!」
「彼女はすでに膝をついている。心の折れた勇者なんかツラいだけだ」
ディーノが拳を握る。いくらでも殴ればいい。
僕には当然の報いだろう。頬を差し出すのに清々しささえある。いっそ殺してくれれば最高だ。
だというのに、彼はその拳を止めた。
「やめてください」
レティリエが間に立ちふさがったからだ。
「わたしが、頼んだのです」
ディーノが絶句する。他の者も言葉を失っていた。
一瞬のような、永遠のような静寂が落ちる。森の木々すらも声を潜めるようで。
それを切り裂いたのは、場違いな笑い声だった。
「プ―――アハハハハハ!」
堪えきれないといった調子で、盛大に振りまかれた女の声。この場の誰のものでもないそれは、森の中から。
「ああ、失敗です。バレてしまいました。せっかく臭い消しの対策までしましたのに。しかしこれは素晴らしいことです。任務が楽になるのはとてもよい」
羽虫が湧くように、いくつもの人影が森から姿を見せる。見覚えのある黒装束。レティリエを追っていたあの連中だ。
こいつらもここに来ていたのか。
彼らはクロスボウを構え、僕らを取り囲む。
「さて、ご一行様方。おとなしく従ってくれると、とても楽でいいのですけれど?」
一人だけ前に進み出た代表格らしい女性が、ニコリと微笑んだ。
二十歳ほどか。ゆったりした黒装束の女はストロベリーブロンドのふわふわ髪に目尻の下がった柔和な顔で、けれど酷く冷たい空気を纏っていた。
「なんで異端審問官の長がここに? それにこの部隊はいったい……」
驚きすぎて呆けたようなイルズの呟きが聞こえる。
なんというかこの人、本当に敵じゃなかったんだな。ずっと疑ってて悪かった。
「勇者の力の保持者を確保するために動いていた、非正規の騎士団ですよ、イルズ・アライン。正式な名称はありませんが、必要なときは審問騎士団と呼んでいます。安直で誰の部隊か分かりやすいでしょう?」
フロヴェルスの裏部隊か。ってことは汚れ仕事専門だな。
「イルズ、あなたはとても良い仕事をされました。正直、あなたがこれほどまで素晴らしい結果を得るとは思っていなかった。必要な技術者を集め、陛下の世迷い言が真実だったと証明し、さらには勇者の力の保持者に全面協力を取り付けるなんて。ええ、普段の仕事ぶりからは考えられません」
「待ってください。私が請けたのは調査だけ、で……」
彼に向けられるクロスボウが増えて、イルズの声が尻すぼみになる。
「あなたの功績は陛下に報告し、わたくしから昇進を口添えさせていただきましょう。図書資料館の副所長などいかがでしょうか? 機密を多く扱う、口の堅い者にしかできない重要な役職です。あそこの皆様とは、わたくしも懇意にさせてもらっているんですよ」
矢を向ける部下たちを片手で制しながら、異端審問の女はニコニコと微笑む。
昇進って言ってるけど、役職で縛りつつ監視下に置くってことだろそれ。恐ぇ……。
「さて、魔術師の坊や。あなたの名前を教えてくださいますか?」
「……リッド・ゲイルズ。錬金術師です。この肩書きは間違えないでいただきたい。あなたの名前は教えていただけるのですか?」
「錬金術師のリッド・ゲイルズですね。覚えました。わたくしはエスト・スロドゥマン・フリームヴェルタと申します。異端審問官の長で、フロヴェルスの第二王女です」
予想外にとんでもないの出てきた!
「もっとも、とうに王位継承権はないのですけどね」
汚れ仕事やってりゃワケありでしょうね!
「ではリッド君。率直にお聞きしますが、二百年前の勇者を蘇らせることは可能ですか?」
「……蘇らせる、というのは間違いですが、細かい話はやめましょう。今のところの予想成功確率は半分ほど。また実行には時間と人手が必要です」
僕は正直に話した。四方から矢を向けられてる状況で下手な嘘を吐くほど、命知らずじゃない。
「試す価値は十分ですね。時間と人手とは?」
「ハルティルクの術式を精査し成否を確かめ、必要なところは調整や加筆をします。これは人工生命の専門である僕がやります。あとは魔術陣である遺跡の補修と、装置に補充する薬液の確保ですね」
「よろしい。ではお任せします。ご一行の皆様、今後は彼の指示に従うように」
魔術の知識がないのだろう。エストはあっさりと僕にすべて委任した。
口元には、面白がるような嘲笑が浮かんでいる。……この女、そうとう性格悪いな。前世で僕の周りによくいたタイプだ。
「ふざけ……きゃあ!」
抗議しようとしたワナが、一言も言い終えることなく悲鳴を上げて倒れる。
心臓が飛び跳ねたが、なんとか耐えた。死ぬ気で動揺は隠す。こういう相手に弱みは見せない。
横目で見れば、ワナの右のふくらはぎを矢が貫通していた。
「当たり所が良かったですね。命に別状はないでしょう。大事な人手ですものね?」
エストはそちらに一瞥もくれず、僕に対して微笑む。
「……ご厚意に感謝します」
言った後、ざり、と静かに舌を噛んだ。犬歯が肉を貫通する。
転生者で良かった。ここで暴れてもこのクソ女を喜ばすだけだと、僕はちゃんと理解できている。
血を飲み込んで、調査隊の皆に向き直る。
「不服でしょうが、こういった運びになりました。どうか協力してくれませんか?」




