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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神殺し―
232/250

マッパー

「お姉さん、街でのお仕事だったのでぇ、道を覚えるのはとっても重要だったんですよぉ。主に逃げ道の把握ですけどぉ」


 羊皮紙に最初の部屋を小さく描き込みつつ、ふふんと得意げにペネリナンナお姉さんは胸を張る。

 サキュバスは魔族の中では戦闘能力が低く、かつ他種族に紛れて生きる種族だ。逃げ道確保は本能レベルで染み付いた行動なのかもしれないな。


「それで、マッパーはできそうなのか?」

「この四角い部屋が延々続くんですよねぇ。描けない人いるんですかぁ?」


 まあ難易度は低そうだけどな。これくらいならさすがに誰でも描けるだろう。

 それでも彼女を連れて行くのは、彼女なら雑務を押しつけるのに躊躇いがいらないからである。いやマッパーは雑務どころか最重要な役の一つだけども。

 これが魔王とかに頼もうものなら、普通に描けはするだろうがきっと口出ししづらい。雑さに文句言おうものならルグルガンに睨み殺される。そのルグルガンはそもそも任せるのが不安だし、ククリクにいたっては同行を拒否した。


「先に進んでも同じ景色ばかりなら、最初の部屋近くをじっくり調べておくよ。新しい発見があったら教えてくれたまえ」


 とのことだ。

 多分気になったことがあるのだろうが、それにしても意外だった。新発見に一番固執するのが彼女だと思っていたし。

 ただ、そのおかげで人員が非常に選出しやすくなった。現在のパーティーメンバーはレティリエ、僕、ゾニ、そしてペネリナンナお姉さんである。


「しかしつまんねぇ遺跡だよナ。アタシが冒険者時代に潜ったトコ、魔物だのコボルドだのがうろついてたゾ」


 そういうの、僕的にはいない方がいいんだけどな。


「もう枯れてる遺跡の話だろ? どうせ荒らされ尽くして放置されて、棲み着いた魔物だの低級魔族だのの討伐で行ったんじゃないか?」

「あー、そうだったかナ」


 ゾニは一応A級冒険者だもんな。遺跡経験もあるだろう。とはいえ戦闘と野外以外のスキル持ってなさそうだし、あまりアテにはできないが。


「ところで、前回は最初に真っ直ぐ前を選びましたよね? 今回は右か左を選びませんか?」


 そう提案したのはレティリエだ。もちろん僕もそのつもりではあった。


「違う景色が見えるかもしれないもんな。そうしようか」


 僕は一応スライムを操って、近かった右の扉を開く。両開きの扉で鍵もノブもなく、押せば開くタイプの扉だ。これならスライムでも簡単に開くことができる。なんなら僕の蹴りでも開けたし。


 さて、扉の先に見えた景色だが……そう変わり映えはしなかった。けれどたしかに変化はあって、僕とレティリエはそっと安堵の息を吐いた。そのタイミングがほとんど同じで、視線を向けると彼女もちょうどこちらを見たところで、二人でクスリと笑ってしまう。


「前と左に扉ですねぇ。右にはなにも無し。拠点部屋の壁ですから当然ですけどぉ」

「魔法的な空間の歪み、みたいなことになってないだけ安心できたさ」


 小さいが新しい発見だ。前回の同じ部屋しかないよりよっぽどいい。


「どうする? どこまで続くか見るためにも、まっすぐ突き当たりまで行ってみようか?」

「そうしましょう。後ろの扉はやはり開けたままで?」

「まあ、今回は迷うこともないだろうがな」


 前回は一応壁に印をつけていたが、同時に扉を閉めないことで来た方向を分かるようにしていた。そのおかげで戻るときもスムーズだったよな。あんなにランダムに進んだのに。

 今回は地図を描きながら真っ直ぐ進むだけだが、わざわざ扉を閉めながら進む理由もない。


 一つ一つ扉を開けていく。どれだけ行っても左と前にしか分岐はなく、ひたすら前へ前へと進んでいく。

 罠はなく、敵もおらず、四角形の部屋をただ通り抜けていく。


「最初より魔力が濃くなってきたナ」


 あくびしながらそうゾニが言ったのは、三十ほどの部屋を抜けたころだ。


「魔眼で分かるのか?」

「おうヨ。アタシの竜眼はあんまり良くないンだけどサ。一応魔力の流れくらいはナ」


 いいな竜眼。術士としてスゲぇ欲しいやつだ。魔力の流れが視覚で追えるってチートだぞマジで。

 ゾニを連れてきて良かった。これで発見二つ目だな。彼女が最後尾にいてくれれば後ろを警戒する必要はないし、いいね順調だよ。景色変わらないけど。


「羊皮紙をもう一枚もらってもいいですかぁ?」


 描ききれなくなったらしく、ペネリナンナが紙を要求してくる。見れば小さな四角い部屋が一直線に並んでいるだけだが、部屋は均一の大きさで描かれ扉の位置も分かりやすい。


「上手く描けてるな。この調子で頼む」

「はい、おまかせくださいぃ」


 ペネリナンナも意外と優秀だな。よく働くし気が利くし僕らの邪魔をしない。最近は食事量も普通だしな。なぜか道案内の中級魔族二人が日に日にやつれていくが、それは関係ない話だ。


「ところでせっかくですしぃ、ちょっとしたゲームでもしませんかぁ?」


 僕が操るスライムが次の扉へ触れたところで、ペネリナンナお姉さんから提案が入る。おっと嫌な予感しかしないぞ。


「ゲームか。そんなに気を抜ける場所じゃないんだがな。まあ一応聞いておこうか」

「前回は一回扉を蹴り開けたって聞いたんですけどねぇ……まあいいですぅ。ちょっとした余興ですよぉ。景色も変わりませんしぃ、雑談でもしながらじゃないと頭が変になっちゃいますでしょぉ?」


 それは分からなくもないな。今は扉を開けるたびにウンザリする程度だが、延々と続けばいずれ精神の不調をきたすだろう。

 そのうち本当に進めてるのか不安になって妙な汗が出てきたり、ちょっと魔が差して左の扉を開けてみたりしたら危険信号だ。頻繁に一つ前の部屋に戻って印を確認するとかしだしたら、その時点で引き返した方がいい。目眩がして今立っている場所が分からなくなる可能性まである。

 余興の刺激は精神安定剤になるかもしれない。ならば無碍に却下もできないな。


「もちろん、ゲームと言っても難しくはないですよぉ。何部屋目で景色が変わるか、それを当てるだけですぅ」

「なんだそれだけか。いいよ、やろう」


 スライムを操って扉を押すと、次も同じ部屋。これで景色が変わったら笑えたんだけど、そんなことはなかったな……などと少し落胆するが、それもちょっとした心の刺激だ。まだゲームは始まっていないのに扉を開けるという行為に感情の動いたのを自覚して、自分の精神がそれだけすり減っていたのを自覚した。


「やったぁ。ではではぁ、言い出しっぺのお姉さんは最後に言いますからぁ、皆さんどうぞお先に好きな数字を言ってくださいぃ」

「……いいけどヨ。それってぴったり当てろってことかヨ?」

「それだと難しいですしぃ、一番近い方が勝ちというルールにしましょうかぁ。ちなみに今は二十と一部屋進んでいますよぅ」


 ゆるいゲームだな。だが悪くない。精神安定剤になるからと許可したが、進むという行為に付加価値的な目的をつけることで、集中力を維持する効果も期待できる。

 もしかしてその効果を計算済みの提案なのだろうか……なくはないな。この女、なんだかんだで頭良いし。


「じゃ、早いトコ来ることを願って三十にしとくゼ」


 ゾニが大して考えもせずにそう数字を言って、レティリエが小考の後に口を開く。


「わたしは百にします。前回は今回のように真っ直ぐ進んでいないとはいえ、五十部屋で引き返した時点でまだ変化の兆しも見えませんでしたので」


 なるほど。ゾニは希望的予想で、レティリエは悲観的予想か。なら僕は理論的予想をしておこう。


「ここが神代の遺跡で、かつ初期のくり抜き型建造物である以上、さすがに限界値はあるだろう。世界創造のための有限なリソースを遺跡で消費しきるわけにはいかないからな。神の腕は人族の祖先であるから、片手の指は五本と仮定すれば十進法を用いていた可能性は高く、キリの良い数字として……五十と予想しとくか」


 そう大した推理ではないが、ただの当てずっぽうよりはマシだろう。当たる自信はないけどな。



「なるほどなるほどぉ。では、お姉さんは五十一って予想しますねぇ」



 ………………やられた!


「ずっるいな。一番近い数字を言い当てた者が勝つんだろ? 僕が一番不利になったぞ」


 範囲で整理するなら、ゾニが二十二から四十、僕が四十一から五十、ペネリナンナが五十一から七十五、レティリエが七十六以上だろうか。明らかに僕の勝利幅が少ない。


「ですねぇ。まあそういうゲームですのでぇ」


 コイツ、わざと削りに来やがったな。


「ではぁ、せっかくですしなにか賭けましょうかぁ?」

「ヌケヌケと……!」

「そうですねぇ。では、敗者は恥ずかしい思い出話をするとかどうでしょう?」


 それ、君が聞きたいだけだろ……。






「恥ずかしい思い出話つってもナ……。あー、冒険者時代、短期でパーティ組んでた相手が結婚するってンで有り金はたいて祝儀出したんだけどヨ、その話が実は真っ赤な嘘でしかも常習詐欺ヤロウだったとかでいいカ?」

「ちなみにその相手はボコったのか?」

「それ知ったときは逃げた後だったヨ……」


 恥ずかしいヤツ。なにが恥ずかしいかってこの女、冒険者だったの結構な昔のハズなのに、未だに根に持ってるくさいのが恥ずかしい。

 下手したら相手、もう寿命で死んでるぞ。


「うーん、なかなかの無難なお話でしたぁ。できればもうちょっと激しいのを期待したんですけどぉ、それは次の方に託しますぅ」

「さらっと無茶振りすんな。僕もゾニ程度のしょうもないラインに留めるからな」

「お前ら、さっきから微妙に文句言ってるだロ……」


 低い声で唸りながら、額に手を当てるふりして顔を隠すゾニ。どうやら本人は結構恥ずかしがってるらしい。褐色の肌だから分かりにくいけど、頬がちょっと赤くなってる。

 そんな竜人族を尻目に、レティリエは少しホッとした表情で胸をなで下ろしていた。どうやらあの程度でいいと安心したらしい。


 四十番目の部屋はとうに抜け、ゴネるゾニに罰ゲームを完遂させて、今は四十七部屋目。

 ペネリナンナが地図を描き終わり、僕がスライムを操ると、四十八番目の部屋はやはり変わらない間取りだった。

 四十九番目もそれは変わらず、さて僕が話す番かと五十番目の扉を開けて、大きく溜息を吐く。


「まだ学院で初等だったころ、薬草採取で森に入って珍しいキノコを見つけたんだ。こう、丸くって、なかなかかぐかわしい香りがして、これはきっと貴重な素材に違いない……と手に握りしめてダッシュで師匠に見せに行ったら、ソマオジカって魔獣の糞だったことがある」

「お前、糞とキノコを間違えたのかヨ?」

「子供の頃の話だ」


 いくら異世界転生者と言えど、前世で薬草採取なんてやったことなかったからな。経験値は普通の子供だった。

 あれは師匠にも爆笑されたっけ。恥ずかしいが懐かしいな。


「ううーん、女性三人の前で汚いお話、ちょっと神経を疑いますねぇ。レティリエさんどうですかぁ? ちょっと引いてません?」

「いえ、微笑ましくて良いと思いますよ」


 ちょっと今、引いてるって言われたら立ち直れなくなるところだった……。あぶねぇ……次から話材に気をつけよ。


「まあ、ちょっとクスッとなったので良しとしますかぁ。お兄さんならもう少し面白いこと言ってくれそうだと思ったんですけどぉ」

「君は僕をなんだと思ってるんだ?」

「恥を積み重ねて生きてきた方かとぉ」


 即答するな。しかも当たってるし。


「それじゃ描き終わりましたからぁ、次にいきましょうかぁ」

「はいはい……」


 マイペースだなペネリナンナお姉さん。まあいいけど。

 けどこうなったらペネリナンナにも話させたいな。できれば七十六部屋目までこの間取りが続いてくれまいか……。


 僕がスライムを操り扉を開くと、次の部屋は前と右には壁しかなく、左にだけ扉があった。


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