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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神殺し―
226/250

入り口の扉

 遺跡に立ち入ると、奥行きはわりと浅かった。魔術の明かりを飛ばしてもらえば、入り口から行き止まりが見えるほどだ。

 上も下も左右も飾りのない灰白色の建材に囲まれて歩を進めれば、突き当たった壁に青白い文字が浮かび上がっているのが確認できた。


 三重の円形を描くように、読むことのできない文字で記された文。即ち三節で構成された天上の音階。

 各節の文字は一つ一つ繋がっていて、一筆書きで書かれているのが分かる。どこか英文の筆記体のようにも見えるそれは、つまり魔力を途切れないように流し循環させるための魔術陣にもなっている。この三節はそれぞれが式であり陣なのだ。

 見るだけで分かる。このたかが扉を開けるだけの術式は凄まじく高度で、まともなやり方ではとっかかりに指を這わせることすら叶わないと。


 だが。


「構成に規則があるのは、いかに神の腕であってもデタラメはできないという証左だ」


 笑みが漏れる。僕はヒーリングスライムを起動し、己の魔力を喰わしていく。

 魔法における施錠なら、やり方は結界破りと要領は同じだ。無理やりこじ開けるか、魔力結合を崩壊させるか、それとも術式に手を加えるか、解錠法などいくらでも思いつく。

 だから、とっかかりさえ作ってやればいい。



『聖域結界起動・最大出力』



 僕は結界魔石を取り出して全開にしてやる。―――この扉に書かれているのは勇者に反応する術式だ。であるならば、聖属性の魔力を強く当ててやれば……完全には起動しなくても、何らかの反応を示す可能性は高い。

 これで少しでも動けば、術式に干渉するとっかかりとしては十分。どれだけ小さな隙間でも構わない。いかに天上の音階といえどたかが解錠ごとき、必ず成功させて見せる!


『Hack!』


 僕は扉の全面を覆うようにヒーリングスライムを貼りつけ、魔視鏡化する。ほんの僅かな魔力の動きも見逃さぬよう、全集中力を使って凝視する。


「…………………………………………」


 凝視する。


「…………………………………………………………」


 凝視……、する。


「…………………………………………………………………………」


 ……えーっと。


「ぷ、あはははははははははは! 魔石の魔力残量がなくなって割れてしまったよボクの敵! やあ、もう一周回って気持ちいい無駄遣いっぷりだね。貴重な聖属性魔石があっという間にパアだ。まさか、まさか勇者の波長も真似ずに天上の音階を誤魔化せるとでも思ったのかい? 魔石の出力を上げただけで勇者の変わりになると? それはちょっと神の腕と、先人の術士たちをナメ過ぎではないかな? かな?」


 腹を抱えて転げ回る学徒殿。クッソこの女、鬼の首を獲ったかのように……!


「ぐぅ……いや、そもそも今回の挑戦は勇者ならぬ者が扉を開けるというコンセプトである以上、魔力波長まで勇者に近づけてしまうのはどうかと思ってな? 今回、ただの聖属性魔力だけではなんの反応も示さなかったという貴重な実験結果が得られたわけで決して失敗というわけでは……」

「ハイハイ、負け犬は引っ込んでいてくれたまえよ。次はボクの番だ」


 僕を押しのけて、ククリクが扉の前に立つ。

 ……たしかに順番は守らねばならない。僕は渋々と役にも立たなかったスライムを回収し、肩を落として立ち位置を譲った。


「さて、つまらない前座のせいで場が冷えてしまったが、その分は主役が頑張るとしようか」


 前置きはいいからはよやれ。


「神の腕は聖属性を使って天上の音階を操った。ならば、聖属性の対なる瘴気属性で挑戦してみよう。ちょうどここに、魔王さまが昨日まで使用していた魔石もあることだしね」


 ククリクは荷物から黒い魔石を取り出すと、扉の前に置く。

 なるほど。今の魔王は僕らと同じ聖属性の結界を使っているから、魔石の余剰が出たわけか。


「これは人族が行っていない挑戦法だろう。初めての試みをボクが試すわけだ。やあ、ワクワクするね。ああ、学究はこの瞬間がたまらないものなのだよ!」


 拳を握り身をくねらせて、悦にひたった声で気持ち悪い声を出す学徒さん。うん、気持ちは分かるけども同類と思われたくないな。ちょっと離れよう。

 チョークのようなものでカカカッと魔術陣を描いた彼女は、五歩も下がって距離を取ると、呪文を唱えて起動させる。

 そして。



「扉を開ける? 解錠を試す? 違うね。ボクが挑戦するのは天上の音階の耐久力だ。魔族の流儀に則り、いけすかない神からの拒絶には叛逆で応えよう。術式の破壊にて推し通らせてもらう!」



 高らかに指を鳴らせば、バヂィ、と魔術陣が嫌な音を立てる。僕は反射的に中指を立て、後ろへ跳んだ。

 瘴気属性の魔石が割れる、硬質な音。


 黒色の閃光としか言えない輝きが迸る。爆発した瘴気にククリクが飲み込まれる寸前、彼女が右手を大きく横へ振る動きをしながら呪文を唱えると、瘴気が凄まじい速度で独楽のように横回転した。


 ―――目の前の光景に驚愕しつつ、ほとんど直感でなにが起こっているのか分かった。魔石が割れたために内包された瘴気が一気に溢れたのだが、仕込んであった術式がまだ生きているのだ。

 思い出すまでもない、あの術式は範囲指定と完全循環。半永久機関と言っても過言ではない完成度を誇る球形立体魔術陣。

 だが……器も無しに、この魔力量を完全に制御するのかよ。


 悪夢のように、瘴気の独楽が回転する。回転しながら収束する。周囲の光を歪めながら凝縮し、空中で拳ほどの大きさになって。


「がおー」


 レッサーパンダの威嚇のようなポーズと気の抜けた声に、どうして君はそんなんなんだ、とツッコミを入れる間もなく、撃ち出された瘴気弾が扉に直撃する。


「アハハハハハハハハハハハ! どうだ、最上質魔石を使い潰しての一点破壊! 理論上、有形無形問わずあらゆるモノを消し飛ば―――」


 当たって弾けるのではなく。かといって内側へ穿つでもなく。

 スゥ、と瘴気弾は膜のように扉の表面で広がり、薄い波のように床と壁と天井へと分散されて、そのまま滑るように外へと廃棄されていった。……シンクかな?


 後には、無傷の扉と固まる学徒の姿が残るばかり。


「クク……ブハハハハハハハハハハ! なるほど、なるほど拡散機構! 魔力による衝撃を受けるでも吸収するでもなく、表面に敷きつめた回路に流して捨てるとかイカレてるじゃないか! 神代の建材のオーバースペックが光ったな! 道理でこの瘴気がクッソ濃い場所で無傷のまま残ってるハズだ!」

「ぐ……くそぉ……」


 思わず指さし馬鹿笑いすると、ククリクは赤らめた顔を手で覆う。いや、いいものを見せてもらった。アレはおそらく、今より魔力がもっと濃かった神代のころの防衛機構だ。

 いやぁ、面白いな。この建材は無駄遣いの産物かと思っていたが、これくらい丈夫でないと内側の安全を担保できないくらい、神代の自然環境は過酷だったのかもしれない。


「さて、じゃあ以上の結果を踏まえて今度はおぐふ!」

「え、ちょっと待っふぎゃ!」


 スコーン、スコーン、と頭部を槍の柄の部分で殴打され、頭を抱えて蹲る僕とククリク。長い棒で叩かれるのって普通に痛ぇ……。

 フー、フー、と肩で息しながらゾニから借りたミスリルの槍を振り下ろした姿勢でいるのは、なんと魔王その人だった。


「貴方たちは、いったい何を考えているのですか?」


 皆が唖然とする中、手ずから槍を振るった魔王殿は僕らに問う。

 何をって、そんなの決まってるけども。


「もちろん、この扉を開けることだけど?」

「天上の音階に打ち勝つことだよね」


 僕らの答えを、氷の視線で迎える魔王殿。やめろ、ちょっとMっ気がないとキツいぞその目で見られるの。

 ていうかマジで怒ってらっしゃるんだけどなんで?


「あー……自分が魔王殿が怒っている理由を解説しましょう」


 僕らの様子を見かねたのか、歩を進めて入って来たのはモーヴォンだった。心なしか顔色が悪いがどうした。何か嫌なものでも見たのか?


「聖属性の魔石、瘴気属性の魔石、共に非常に貴重で市場に出回るようなものではありません。今回使用しているものをオークションにでも出せば、最低でも金貨にして数百。場合によってはさらに桁が一つか二つ上がってもおかしくないような代物です。そんな貴重で高価で、もしかしたらこの遺跡の内部でも使用機会があるかもしれない品を、なんでこんな入り口で―――それも勇者がいれば開けられる扉を相手に、簡単に使い潰してしまうのか。……そう、魔王殿は問いかけたいのでしょう」

「なるほど、難問だな」

「たしかに言語化が難しいね」


 魔王がレティリエの近くで行動するようになって一日たったが、少しだけ一行の雰囲気が変化しているように見えた。

 なんというか、全体の距離感が縮まった感じがするのだ。

 魔王が寄れば、信望者であるルグルガンや世話係のペネリナンナも寄ってくる。エルフ姉弟はネルフィリア王妹殿下と同じ顔で元人間でもある魔王を邪険にはせず、多少やりにくそうにしながらも行軍中は魔王との雑談に興じ、食事なども皆で固まって食べていた。

 傾向としては悪くないのだろう。少なくとも、この遺跡調査の期間だけでも協力できる関係が続くのなら、それは良いことだと断言していい。


 ただ……そのせいで今、僕とククリクは窮地である。


「まあなんだ。今持てる最大限のリソースを使用しなければ太刀打ちできないのは自明なわけでな?」

「そうそう。真実の解明は学徒として義務だからね?」


 もう一度ずつ、槍の柄が振り下ろされる。


「さて。お二人に反省を促したところで、遺跡調査の作戦会議といきましょう。ああ、その前にゾニ、槍をありがとうございます」

「……まあ、その細腕で壊れるような作りじゃねーしいいけどヨ」


 驚きと呆れが入り交じった様子のゾニに槍を返却し、この場で最も位の高い少女は仕切り始める。


「まず、このまま遺跡内部に入るかどうか決めましょう。その次に遺跡の中に入る者と、この場に残り拠点を守りながら後発隊を待つ者を決め、それから一度の挑戦でどれだけ進むかを……」


 この魔王、さすが頭はいいな。遺跡調査における要点はしっかり押さえている。みんなで入って一気に攻略、なんて言い出さないのはありがたい。

 まだ時間はあり、補給もあり、そして未踏の遺跡である。僕らが以前挑んだものとは比べるまでもないほど危険なのは当然で、調査は慎重に、万全を期してなお全滅の可能性を拭うことはできない。

 待機組にも護衛は必要だし、ローテーションを組んだ方がいいかもな。人員を効率よく回して……。



 視界の奥で景色が蠢き、黒色の球体が産まれるのが見えた。



「―――中入れ!」


 力の限り叫んで、ヒーリングスライムの結晶を引っ掴む。

 あばた顔の岩崖。小さな穴だらけの地面。魔界で最も瘴気が濃い、エディグ山という場所。


 ―――魔界の瘴気溜まりでたまに起きる現象だ。触れたものはなんでもかんでも、喰われたように無くなるぞ。


「黒狼だ!」


 黒い球体が無数に湧き出て、遺跡の外にいた者たちが走る。僕は逆に、皆とは逆に入り口まで駆けた。


『障壁!』


 スライムで塞ぐと同時、黒狼が殺到する。


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