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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神殺し―
225/250

神代の遺跡

「おお、これは……」「だねぇ……」


 ダッシュして、這いつくばって、指で建材に触れてみて、思わず溜息が漏れた。ククリクもまったく同じことをしていた。


 エディグ山の麓……瘴気の霧のせいで視界の悪く、ついに植生が黒い棘みたいななにかしか見当たらなくなり、地面に泡が弾けたような穴がいくつも観測できるようになったころ。

 反り立つあばた顔の岩崖へ埋まるようにして顕れたそれは、どう見ても異質な建築物だった。


 小さな穴ぼこだらけの地面に膝を突いて、一段高い場所にある床の端を人差し指でなぞる。滑らかな直線を描く灰白色の石材は光沢があって継ぎ目がなく、見る限り凹凸が一つも無い。舐めるように視線を巡らせていけば、壁から天井まで一切の継ぎ目がなかった。黒霧に遮られて太陽光があまり届かないため、我が目を疑って三度確かめた。


「マジか……切り出しですらないぞ。くり抜き型だ。かなり初期……最初期の可能性すらある」

「共栄期以前であるのは間違いないね。調査報告は聞いてたけど、ボクもビックリだ」


 会話こそ成立しているが、お互いの顔など見ている暇はない。僕はゴキブリのような動きで入り口の幅と高さを測り、ククリクはルーペを取り出して頬を擦りつけながら床と壁の角を観察する。

 そこに、後ろからあまりにも無粋な声がかかった。


「……ええっとですねぇ、お二人の大変気持ち悪い奇行でぇ、皆さんが若干及び腰になっているのですけどぉ。ちょっと落ち着いてもらってもよろしいでしょうかぁ?」

「ヤダ」「嫌」


 振り向きもせず答えて、調査を続ける僕とククリク。

 圧力に屈してはならない。学問の自由は守らねばならぬのだ。


「つまり、覚悟はいいってことだナ」


 ヒュウン、と長物が風を切る音が聞こえ、鳩尾に槍の石突きがめり込む。






「神話の時代って結構長くてな。諸説あるがだいたいは、神と五人の神の腕が世界の基盤を創った時期を最初期と呼ぶ。それから手が足りないってことで、神の腕を九人に増やしたのが初期。さらに神の腕を増やしつつ、植物や動物を創り始めた中期。そして神の腕同士で愛を育み最初の子……即ち最初の人族が産まれて、神話は後期に入るわけだ」

「共栄期とはその神話後期のことだね。神の腕と人族の先祖が共存していたころってことさ。ちなみに後期は一番長くて、揺籃期、分枝期、人王期に小分けされるから、中期までを創世期、それ以降を共栄期と分けることが多いんだ。後期だけで最初期から中期までよりボリュームがあるからね」


 私は隊列を乱しました、という札を額に貼られ小さな穴だらけの地面に正座させられた僕ら二人は、神話についてザックリと説明する。

 とはいえ、この解説が必要なのは魔族軍組だけかな……いやミルクスも少し怪しいか。サリストゥーヴェの弟子であるモーヴォンは当然として、セーレイム教の信者であるレティリエには不必要だろう。

 まあここまでは前提だ。ここから年代の絞り込みに入る。


「で、だ。勇者の遺跡……いや、ここはもう神学的に正しく、神代の遺跡と言わせてもらおう―――神代の遺跡は、どの時期に建造されたかによって趣が違うんだ」

「そう。外から見ただけで、だいたいどの辺りか分かるくらいにはね!」


 ククリクが膝立ちになって遺跡を指さそうとすると、背後のゾニが槍の石突きを地面に打ち付けた。音と地面を伝う振動にビクリと身を竦めた学徒は、さすがにもう痛い目は見たくないのか、巻き戻しのように正座の姿勢へ戻る。


「あー……神代の遺跡が最も多いのは共栄期の中頃である分枝期なんだが、それらには人族に手伝わせて造ったような痕跡が多く見られるんだ。これは神の腕の力が弱まっていたという説と、人族に建築のノウハウを教えようとしていたという説が両方あって、どちらも正解だと言われているんだが……つまりこの頃の遺跡はすごく人工臭いんだな。普通の石材やレンガ材が使用されていて、全体的に歪みがあったり、色が不揃いだったりだ。そして原始にして至上魔法である天上の音階の加護があっても、結構傷んでたりする」

「そしてそれより前となると、これが結構すごくてね。神造的とでも言えばいいのかな、神話時代どころか、現代の人族でも造れないような建築をしているのさ。あんなふうにね」


 ゾニのせいで感情のままにテンションを上げられず、薄い胸の前で小さく遺跡方向を指さすククリク。

 悔しいな。暴力とは最強の力であり、知力はそれに屈するしかないのである。だからこの世界でも、知力は暴力として使われることになるのだろう。


「たしかに物珍しい様式ですね。およそ通常の素材でできているとは思えません。全て魔石でできているような気すらします」

「分かるかルグルガン!」

「いえ、分からないのでその姿勢のままで説明を続けてください」


 ポンコツめ……! コイツに期待した僕が馬鹿だったよ!


「……あの遺跡の建材だが、ルグルガンの言ったとおり魔石に近い素材だな。ただし、通常の魔石のように魔力を貯蓄しているわけではない。魔力を石材として加工し定着させました、的な何かで、凄まじい硬度と存在強度を誇る、現代の魔術で完全な再現は不可能な代物だ」

「あれが結局なんなのかを言ってしまうと、つまり神の腕が建材として創造した物質、ってことなのさ。地、風、水、火の概念を創るのと同じように、彼らは天上の音階を駆使して自分たちが利用するための建築物も削り出したんだね。いやはや、たかが住居にそんなリソースをぶっ込むとか、現代なら考えられない無駄遣いだよ」


 神の腕たちもコイツだけには言われたくないだろうな……。お一人様用の結界に球形立体魔術陣を仕込んだクセに。

 まあ今はツッコミなんて入れずにおこう。あの遺跡を前には些事だ。


「今、無駄遣いとククリクが言ったが、あながち間違っていなくてな。世界創造の際、地を司る神の腕によって、全ての金属はオリハルコンから削り出されたという一節が神話にあるんだが……まあそんな感じで、原始のこの世界はこう、ドン、ドン、ドンと神から神の腕へ原性素材が渡されて、それを加工していくことで形を整えていったとされているんだ。そして術士的にはなかなか悪夢なことに、どうも史学的にも神話に伝わってるどおりらしくてな……遺跡からもその痕跡が窺えたりする」

「神代の遺跡の中で、特に古い時期に造られたものは継ぎ目がないんだ。大きな塊からくり抜いたかのようにね。これが中期以降になると、床、壁、天井、柱などのパーツごとに継ぎ目があって、組み立てられているのが分かるようになっている。世界創造を進める内に原性素材の大きな塊を使い尽くし、仕方なく工事という手間をかけたってことさ」


 ここまで説明すれば、調査隊の面々の瞳にも理解の色が宿っていく。

 うん、啓蒙ってのはこの瞬間が一番嬉しいな。知って、価値を分かって、驚いて、新しい知見に心を躍らせる。その瞬間へと導き立ち会うとき、僕はこう、えもいわれぬ充足感を感じるのだ―――兄弟子としてアノレ教室の面々に、基礎の授業してたことを思い出すな。毎回のように、ああ、やっと分かってくれた……と疲労で崩れ落ちたもんだ。


「なるほどですねぇ……さっきくり抜きって言ってましたしぃ、これは一番古い遺跡かもしれないわけですかぁ」


 感心した様子のペネリナンナお姉さん。なんかしゃべり方がアレだから本当に理解しているか怪しく感じるが、ちゃんと的は射てくれてるので多分大丈夫だろう。


「なるほどなるほど、面白いものですね」


 ルグルガン、君は多分理解できてないな?



「奥にあるのが、勇者にしか開けられないという入り口でしょうか?」



 聴く者の耳を惹きつける美しい声は、凜とした立ち姿で佇む魔王のものだ。その視線はまっすぐ遺跡の奥へと注がれている。

 遺跡の入り口はほぼ正方形で、その形のまま中に伸びていた。内部は暗くて僕には見通せないので、彼女は魔族になったことで暗視が利くようになったのかもしれない。


「おそらくそうだろうね。勇者が中に入れば、あの扉は自動的に開くと思うよ」

「分かりました。それではレティ、さっそくですがお願いできますか?」


 同じく暗視が利くのだろうククリクが答えると、魔王は一つ頷いてから、隣に立つレティリエに笑いかけた。我らが勇者さんも微笑み、快く頷く。


 ―――聖属性の実験が成功して、魔王の状態はかなりの改善を見せた。そのため彼女はルグルガンを主とした魔族組の強い奨めによって、僕が仕向けたとおりレティリエと行動を共している。

 最初はぎこちなかったようだが、すっかり打ち解けたな。心配なんか微塵もしてなかったけども。

 そもそもレティリエは彼女を救いたくて旅してきたようなものなのだ。そりゃあ、あの不安は杞憂である。今は仲の良い姉妹のようにも見えて、きっと二人がフロヴェルスにいたころはこんな関係だったのだろうと思わせた。


「待った! 待ってくれ魔王さまと勇者殿!」


 遺跡に足を向けたレティリエを必死に制止したのはククリクだ。そうだ、ほっこりしている場合じゃない。

 今はまだ、彼女を遺跡内に立ち入らせてはいけない。


「魔王殿、僕からもお願いする。遺跡攻略前に少しばかり猶予をいただきたい」

「……はあ。それは構いませんが、理由をお聞きしても?」


 目をパチクリさせる魔王はどこにでもいる少女のようで、なんだか妙にフロヴェルスにいるネルフィリアと重なった。

 たぶん、これが彼女の素なんだろうな。元侍女であり友であるレティリエが隣にいることで気が緩んで、垣間見せてしまった魔王ではない顔。


「……神代の遺跡、それも未踏のものはものすごく貴重だ。そしてその入り口は天上の音階によって、勇者の存在に反応して開く」

「それは存じています」

「だが、勇者以外の者が挑戦し、開けられないと決まったわけではない」

「………………ええっと」


 私は隊列を乱しました、という紙を額に貼った僕らに、他の全員の白けた視線が刺さる。

 そう、たしかにこれは下らないと思われても仕方がない。けれど、一度勇者が踏み入れてしまったらもう、ここでは挑戦することができないのだ。神代の遺跡は数が少なく、未踏の遺跡はさらに少ない。こんな機会は二度とないだろう。



「勇者の力を借りず、あの扉を開けてみたいんだ」

「ボクらは学徒として、天上の音階に挑戦したいのさ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] なろうで今一番更新が楽しみな作品です!! [一言] 2人の夫婦感が半端ないですね〜
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