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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神殺し―
223/250

魔界の夜

「それで、アーノについてはなにか分かりましたか?」


 暗視の効く魔族の眼で夜闇を警戒しながら、ルグルガンが声をかけてくる。寝ている者を起こさない程度の小声だが、声が良く通るせいか聞き取りにくさはない。

 もっともそれは、魔界の夜が静かすぎるせいかもしれないが。


 道中、夜の見張りは三交代制で行っていた。

 ミルクス、モーヴォン、道案内の鬼人族の二人の合計四人組。僕、ククリク、ルグルガンの三人組。レティリエ、ゾニ、ペネリナンナの三人組。この三つの組で固定で、基本的に変わることはない。

 人族側と魔族側が混ざっているのは魔王殿の提案で、互いに交流を深めるという目的だそうだ。まあ、互いに見張り合うという意味合いもあるのだろう。―――その魔王殿が見張りをしないのは、起きていたところで役に立たないから、というのがククリクの弁である。どうやら僕の同郷、野外で役に立つスキルは何一つないらしい。……まあそれは僕もなんだけどな。


「とりあえず、まだ生きてることは分かった。魔力の循環でしか分からないけどな」


 魔界の夜は暗く、星が見えない。月もぼんやりとしていてほとんど光源として機能しない。闇に慣れた目でも、伸ばした手の先すら見えないほどだ。

 こうなると僕は見張りとしては役に立たないので、仕方なく火の番をしている。魔界でも火は獣除けになるらしい。


「後は仮面が外れないことも分かった。貼り付いているとかじゃなく、そもそも肉体の一部のようだなこれは。同じように外套も剥けなくて、脱がそうとしてみたが布地にボタンやベルトのようなものが見当たらない。なんかこう、着ていると言うよりすっぽり填まってるって感じだな」

「服は裂いてみようか迷ったけれど、仮面の黒外套という外見がアーノだからね。これがアーノとして定着しているにあたって外観が型枠として働いているなら、姿が崩れると存在強度に関わるかもしれない。だから現状では止めておこうとなったわけさ」


 僕の言葉をククリクが引き継ぐ。彼女は貴重で珍妙な研究対象であるアーノの仮面を、ここぞとばかりに間近からレンズを通して観察していた。


 今はミルクスたち宵のうち組から引き継ぎ、僕ら深夜組の番だ。一番不安な組である。

 パーティーバランス悪いんだけど、なんで術士系三人が集まってるんだろうね。ルグルガンかククリクをゾニと交代してくれないかな……明け方組の負担が増えるからダメかぁ。朝飯の支度もするもんな、レティリエ。

 かといって鬼人族をこっちにもってくるのも、心配で眠れそうにない。ルグルガンもククリクも我が強いから、エルフ姉弟と遠慮無く喧嘩しそうで恐いんだよな。


 そうか深夜組はハズレが集まってるのか。ここは掃き溜めだな?


「ボクの敵の推理では、アーノは楽曲そのものという話だったけどね。事物を曲に変換して記録する、というのはひどく迂遠に感じる。ただ、わざわざ魔法の触媒に笛を使って演奏するというのなら、たぶん推測として間違ってはいないだろう。……それが成り立っているのであれば、元になった概念はもう少し狭義なんじゃないかな?」


 探査系の魔術は得意だと以前言っていたククリクは、周囲に触媒を置いて魔術を発動させたらすぐ、アーノの調査にかかりきりになってしまった。その態度は清々しいほどで、周囲を警戒するそぶりも見せない。

 見張り役としていいか悪いかで言えば、ダメだと思う。


「ボクが思うに、アーノ自身は勇者の伝承に登場する一人だし、きっと英雄譚が存在の根源になるんじゃないかな。ただ、英雄とは言い難い凡夫の記録も蒐集していたのは、ボクも含め目撃証言があるからね。在り方としては人物譚と言った方がいいかもしれない」

「その点はほぼ見解一致だな。ただ、不可解なのは変身の魔法だ。よくよく考えれば、ガワだけならともかく技術や知識、人格まで模倣するのなら、その者の全てを演奏しなければならないのが道理だ。そんなのヒト一人の人生を全て書き出すに等しい。それはいくらなんでも無理だろう」

「アーノはキミの兄弟君になったんだろう? それもキミも知らない、今の兄弟君の姿に。なら旋律を介して本物にアクセスし、その姿を拝借する魔法ってことで説明がつきそうじゃないかい?」

「ふむ……となると、僕の兄弟君の説の方が正しかった可能性も濃くなってきたな」

「どうだろうね。魂を引っ張らなくても存在情報を参照して模倣するだけで、本物そっくりになれると思うけど」

「どちらにしろ、アーノが記録しているのは人物の全情報ではなく、アクセスコードになり得る何か、じゃないかな。なら……」

「すみませんがお二人だけで話さず、外野にも理解できるよう解説をお願いできませんか?」


 ルグルガンの苦情に、僕とククリクは顔を見合わせて悩む。このワケが分からない存在を簡潔に説明しろというのは無理がある。


「……つまり、アーノは今生きている相手にしか変身できないのではないか、という結論に達しようとしていたんだけどな」

「なるほど。それで、アーノに変化させず演奏だけさせるのは可能ですか?」


 はい、今までの話は全部無駄。僕とククリクが頑張って考えたことからなんも関係なくなった。

 なにが、なるほど、だ。絶対理解してないだろ。仮にこのアーノが二代目の勇者パーティーと行動を共にしていたとしても、その仲間の記録をもっているか怪しいって重要な話なんだぞこれ。多分あの魔王さんだってめっちゃ気になってる部分だぞ。


「魔王様はおっしゃいました。我らが魔族軍には宮廷楽士が不在であると。魔王様の紡ぐ物語の添え物としてアーノの笛の彩りが加われば、もはや敵はありません」



 知らねぇよそんなこと。



「普通に演奏するだけってことなら、まあ可能だろうね。アーノは楽曲を元にする存在なんだから、それは存在意義ですらある。頼めばいくらでもやってくれるんじゃないかな?」

「おお、それは素晴らしい」


 ククリク……親切だな。コイツのこと嫌ってるハズなのに。


「ま、存在意義のくせに今まで一度も演奏したことがなかったんだから、もしかしたら記録が主で演奏は付属かもしれない。その場合は説得が必要だろうね。あのアーノ相手にご苦労な話だよ。せいぜい頑張ってくれたまえ」


 ぐぅ、と呻るルグルガン。アレ相手に説得とかどうしろって話だよな。ククリク性格悪いわ。

 やっぱそうでなくちゃな。


「それでは、いつ動き出すかはわかりますか?」

「分からん」「分からないね」


 見解は一致してるなぁ。


「他に同じような存在がいないからなんとも言えない。これは特殊すぎる」

「ヒーリングスライムだっけ? あれを処方したおかげで魔力循環に淀みがなくなったのを確認はできた。怪我が治った、ってことだね。……ただ、完治しても動き出す気配がない。こういうものなのか、それとも何かが壊れてしまって動けないのか、判断しようにも内部構造が分からないから難しいのさ。できれば開いて診てみたいけど、設備の整ったところじゃないとさすがにね。貴重なサンプルだし」


 僕は焚き火に乾いた木材を折って放り込む。

 この木もその辺で採取したものだから、魔界産だ。ものすごく判別しにくいが、おそらくソテツ類に属するんじゃないだろうか。背の低いヤシの木に似ているが、ヤシと違って根元の方で枝分かれしているし、小さな実しかならないらしい。

 今回は立ち枯れているものを伐採して燃料にしているのだが、なんか不思議なくらい良く燃えるんだよなこれ。火に近づけるだけで着火する感じ。そのくせ燃え尽きるまでが長いから、焚き火には適しているのだけれど。

 含まれている油分が多いのか、それ以外の理由があるのか、ともかく絶対建材にしちゃいけないヤツだと思う。


「ふむ、それは困りましたね。それでは、アーノはこの先ずっと足手まといかもしれないと」


 言葉とは裏腹に、ルグルガンは特に困っている様子はない。まあ、不確定要素満載だからな。あの夜のことを思えば、妥当な反応だろう。


「やっぱり、君が強く殴りすぎたんじゃないのか?」

「かもしれませんね。ですが、それについて反省する要素はないと自負しています」


 茶化してやると、至極真面目な答えが返ってくる。ルグルガンにとって魔王の安全はなによりも優先するものなのだろう。……まったく、ちょっとペネリナンナお姉さんの推理を思い出しちゃったじゃないか。


 ―――ただまあ、それならそれで。なんでルグルガンが、魔王がこの危険な遺跡調査なんぞに着いてくるのを許諾したのか、という疑問が出てくるわけだが……。

 それはきっと、すごくすごく単純な理由なのだと、僕にはもう分かっていた。


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