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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神殺し―
222/250

境界に踏み入る

「ククリク、あの植物に名前はあるか?」

「ボクが知ってる限りでは山蛇蔦、あるいは黒縄蔦と呼ばれているね。人界の蔦より蔓が太く黒いのが特徴さ。エグ味は強いけど毒はないから食べられるよ」


 夜明けと同時にボルドナ砦跡地を出発して、だいたい四時間ほどだろうか。植生に違いが顕れてきて、僕は瘴気の領域に足を踏み入れたことを認識した。

 おそらく繁殖力の高い種なのだろう。周囲を見回すとそこかしこに、木に巻き付いた黒縄蔦が見受けられた。他にも見たことのない、毒々しい色合いのキノコがチラホラしている。


「レティリエ、ミルクス、モーヴォン。そろそろ魔石の結界を起動しようか」


 僕は小考の後、後ろを振り返って提案する。

 あくまで魔族軍主導の作戦行動なので、僕ら人族組は最後尾だ。……とはいえ背後の警戒も重要であるが。こういう列を作って行動している場合、狡猾な獣は最後尾を狙うからだ。ともすれば知らない間に、自分より後ろの者が餌食になっていた、なんてこともあり得る。


「まだ自分にも瘴気の気配は感じられませんよ。身体に影響ない範囲だと思います」


 そう言ったのはモーヴォンだ。ここまで言い切れるのはエルフだからなのか、それとも彼だからなのか。……まあ、両方か。


「そうか? 君がそう言うならもう少し進むか」


 彼の感知力に僕が勝てる道理はないから、どうやら僕の判断は早計だったらしい。


「ここら辺の植生、人界のものと魔界のものが混生している感じだもんな。瘴気が濃ければその辺の木は枯れるか変質してるかだろうし、まだ大丈夫だろ」


 瘴気は人族にとって毒だが、少量ならば晒されても死にはしない。……とはいえ、あまりギリギリになってもな。また新しいものを見かけたら、今度はモーヴォンに相談してみるか。


 今のところ、空気の臭い、土の色、空の明るさ、気温や湿度などにあまり変化はなかった。

 見上げるほど背の高い木が乱立し、逆に背の低い草木は少ない森の深部。地面はほぼ腐葉土になりかけの枯れ葉で覆われ、キノコと苔が転々と群生しているのが見て取れた。……高い樹木が多い場所は空が枝葉に覆われてしまい、日の光が差さずしばしばこういう景色になりやすい。低木や草は育たず枝葉は日光の届く高さにしかないため、森の中なのに視界が広く感じるのだ。

 僕は改めて周囲を見回し、観察しながら歩く。この一行で最もマナに鈍感なのは僕だろうし、せめて五感を研ぎ澄ましていかないとな。


「ねえリッド、魔石は十分にあるって言ってなかった? 念のために今のうちから使っておいてもいいんじゃないの?」


 モーヴォンとは逆の意見を言ってきたのはミルクスだ。この二人、双子なのに考え方は面白いほど違うよな。


「それでもいいけど、モーヴォンが危険かどうか判断できるなら、それに頼りたいんだよな。……危険と判断できる区域に目視でなにかしらの変化があったら、ここまでなら大丈夫でここからはダメ、と見極められるかもしれないだろ? なにがあるか分からないんだ。そういうのは知っておいて損はない」

「なにがってなによ?」

「不可抗力の事故で魔石の在庫を紛失したり、破損したりな。それで足りなくなったら、急いで戻る必要がある。そのとき指標があるのはありがたくないか?」

「……それはまあ、そうね」


 結界を張ってしまうと、モーヴォンは結界外の瘴気を感知できなくなる。それではなにも分からない。虎穴に入らずんば虎児を得ずではないが、多少の危険を受け入れれば分かることは増えるのだ。

 悩ましいのはどこで結界を張るかの判断だが……命かかってるからなぁ。


「ゲイルズさん、提案があります」

「ん、なんだ?」


 モーヴォンの声に振り返る。下を向いて手を顎に当てた彼は、その提案とやらをすぐには口にしなかった。なにやら考え込むように、数秒。


「……データを取りたいのであれば、現在の時点でオルエンさんミルクスの二人に、先に結界を起動させてもらうのはどうでしょう?」

「? それはいいが、なんの意味がある?」

「瘴気が薄い場所において、結界魔石がどれだけのペースで魔力残量を減らしていくのか測量することができます。瘴気が濃い場所でも同じように測量すれば、比較考察ができますから、一定の瘴気濃度下で魔石が結界維持できる時間を計算しやすくなると思います」


 ……なるほど、魔石の寿命が分かるかもしれないわけか。

 視点としては悪くない。使い切るまでの時間を計算で割り出せるなら、より安心感が増すもんな。分かっていれば不慮の事態にも対応しやすい。

 ただ、それには一つ問題がある。


「やってみてもいいが、魔石の魔力残量を高精度で測れる設備がない。信頼できる数値は出せないと思うぞ」


 そもそも魔力を数値で測量するって難易度高いしな。……この魔石は聖属性だし。

 水はリットル、火はジュール、土はグラムで風はキロパスカルだろうか。事物によって単位が違うのと同様、魔力も属性によって在り方が違う。そのため測量方法も属性ごとに変わるのだけれど、聖属性についてはどうやって測ればいいのか分からないんだよな。

 多分、前世風の単位で言うならルクスが近いと思うんだけども。


「それは自分が分かります。詳細な数字にしろと言われると困りますが、ざっとした残り時間を出すことはできるでしょう」


 エルフの感性頼りか。論文に書くなら参考止まりだな。

 とはいえモーヴォンが分かるというのならば、分かるのだろう。


「分かった。じゃあレティリエ、ミルクスの二人は今のうちから結界を起動しておいてくれ」

「そうするわ」「はあ……分かりました」


 僕が声を掛けると、二人はあらかじめ渡しておいた魔石を発動させる。聖属性の結界が一人分の空間を包むように展開し、安定した……うん、特に問題ないようだ。魔力も上手く循環している。

 しかしミルクスは早かったな。よっぽど早く結界を張りたかったらしい。モーヴォンはまだ大丈夫と判断しているが、それでも植生が違ってくる程度には瘴気があるのだ。エルフである少女には、多少なりともそれが感じられるのだろう。


「へぇ、それがボクの敵が用意した結界か。いやはや」


 結界を見たククリクが、へー、とか、ふーん、とか言いながら意味ありげな視線を僕に向けてくる。まあ一目だよな。


「君の瘴気結界の劣化型だよ。さすがに完全再現は無理だ」

「いやいや。聖属性への応用と量産性の確保はさすが。なるほどそれが一袋分あるなら、十分に足りると言い切るのも頷ける。これは本当に人族が魔界開拓に乗り出すのも秒読みかな?」

「コスト面をクリアできればな。聖属性魔石が希少だから無理だろ」


 今回用意した魔石には、ククリクが作成した瘴気結界の術式を流用している。レティリエと出会ってすぐのころ、彼女から解析を依頼されたアレだ。

 そう―――つまりパクリなのである。パクリを本家の前で披露するのって、ツラの皮に厚みが要るよな。

 いいんだ劣化品で。あんなの完コピしようとしたら時間も費用もシャレにならないから。


「あの、質問いいですか?」


 小さく挙手したのはレティリエだ。ちゃんと起動した魔石を紐付きの小袋に入れ、首から提げてくれている。


「調べたいことがあるのは分かりました。けれど、どうしてわたしたち二人だけなのですか? リッドさんが結界を起動しない理由はいったい……」

「あ、そうだな。別に僕も使っていいじゃん。むしろデータ取るならサンプルは多い方がいいし」

「いえ、それはやめてください」


 レティリエの指摘は至極当然のものと思ったのだが、モーヴォンは首を横に振って魔石を取り出そうとする僕を制止した。


「エルフである自分が危険と判断するまでの範囲で、人間がどの程度まで瘴気を感知できるのか、あるいはまったく感知できないのかを知っておくべきです」

「……ああ、そういうことか」


 理由を聞いて納得したので、魔石の袋に伸ばしかけた手を戻す。

 つまりは自身を尺にした人体実験なのだが、瘴気に対して人間の感知能力がどれほど役に立つか、安全が保証されてる範囲なら僕だって少し興味がある。


「それでしたらわたしでも……」

「レティリエはダメだな。聖属性が強すぎる」

「ですね。あくまで普通の人間でなければ参考にはなりません」


 僕とモーヴォンの意見が一致して、レティリエが押し黙る。

 そもそも勇者である彼女は多分、結界なんて必要ないからな。纏う聖属性のおかげで瘴気の方が逃げそうだ。

 だから実は、彼女にとってあの魔石は念のためでしかないのだけれど……在庫はあるのにケチって危険に晒すなんて、それこそ馬鹿だしな。


「安心してくださいオルエンさん。危険領域になったらすぐに起動しますから」


 モーヴォンはにこやかに、心配そうなレティリエへ笑いかける。






「ククリク、あの赤くてでかい花はなんだ?」

「紅六華って食虫植物だね。甘い匂いで誘って獲物を捕まえ食べちゃうヤツだ。あの大きさだと人間サイズでも消化するかな? ちなみに見た目は悪いけど毒はなくて、消化液をきちんと処理すれば花弁が肉厚で美味しいよ」

「それもう食人植物だろ……食いたくないぞ。じゃあそれが食事中の、半分溶けかかった手のひら大のでかい虫は?」

「黒刃赤翅カミキリムシだね。成虫は可食部が少ないし不味いけど、幼虫はとても美味しい」


 この小っこくて白いの、喰えるかどうかの情報をいちいち伝えてくるのはともかく、優秀な百科事典だな。さすが自ら学徒を名乗るだけある。


 レティリエとミルクスが結界を起動してから、さらに一時間程度だろうか。見慣れない動植物がまた増えて来た。

 先ほどまでは建材に向いた、真っ直ぐで背の高い樹木が多かったが、今は幹が曲がりくねった木が多くなってきている。変質なのか異常な枝の伸び方をしているものも目に付くし、もうそろそろ危険区域なのではないか。


「なあ、モーヴォ……」


 意見を求めようと振り返ってみると、ちょうど若草色の髪のエルフ少年がくらりとバランスを崩し、地面に倒れ込むところだった。


「ちょぉおっ?」


 ビックリして裏返った声を出しながら飛び出して、なんとか地面すれすれで受け止める。

 セーフ! ファインプレーだったぞ今! 三遊間に跳びつくショートって感じだった! 野球やったことないけど!


「モーヴォン、どうしたモーヴォン! 倒れるときは手を挙げて宣言しろ!」


 見れば顔色は真っ青で、べったりとした汗がしたたるほどだ。手首を掴むと嫌に冷たく、けれど脈拍は妙に早い。


「……ゲイルズさん、提案が……ぐふっ」

「吐血っ? マジでどうした、なにかヤバそうな蛇にでも噛まれたとかか? それとも毒草の棘が刺さったかっ?」

「いえそうではなく。……そろそろ結界を起動しましょう。瘴気が危険な濃度になってきました」

「それは吐血前に言うんだモーヴォン!」


 吐血までしたから驚いたが、声と口調はわりと通常どおりだ。どうやらこれは限界まで我慢した結果らしい。

 なにを一人で我慢大会してるんだバカなのか。


「ククリク、魔王殿に大休止の陳情を頼む。モーヴォン、内臓を痛めてるならヤバい。結界で瘴気をトバした後、ヒーリングスライムで体内洗浄するから……」

「大丈夫です。瘴気さえなんとかなれば……というか体内洗浄って不穏な響きはなんですか。絶対嫌です」


 ちぃ、意識も受け答えもしっかりしてるじゃないか。これならまだ大丈夫そうだな。体内洗浄、ちょっと試してみたかったのに。


「まあ、とりあえずゆっくり休みたまえ。魔王さまもキミを心配そうに見ているし、どうやら陳情も必要なさそうだ」


 ククリクの言うとおり、前方を行く魔族たちは立ち止まってこちらを向いている。魔王は心配そうに、ルグルガンはなにが起きたのか不思議がるように、ゾニはあきれ顔で、ペネリナンナは休憩の雰囲気を察してホッとしたように。

 道案内の鬼人族たちも周囲の警戒に努めていたが、チラチラとこちらを気にするそぶりを見せていた。

 ……マズいな。モーヴォンが大丈夫そうなのは良かったが、魔族軍の内の何人かに足手まとい認定されてしまったかもしれない。魔族側と人族側でハッキリ分かれた人員構成上、今後マウントを取られる材料になりかねない。誰も倒れるまで我慢しろなんて言ってないのに、下手なことをしてくれたな。


 駆け寄ってきたレティリエとミルクスの助けて貰って立ち上がり、聖属性の結界を張ったモーヴォンは顔色こそ悪いが、どうやら本当に問題ないようだ。吐血の原因は分からないが、瘴気による一時的な影響であれば結界が発動している限り悪化しないだろう。

 それを確認してから、なにか言ってやろうと口を開こうとして、先を越される。



「それで、見込みあるエルフの少年。なにを確かめたかったのかね?」



 ククリクの声音には、確信があった。


「さっき言っていたことだって嘘ではありません。ついでに知りたかったことが複数あっただけ。学徒であるあなたが、それを非難しますか?」


 モーヴォンは肯定でもって答えた。


「んー、団体行動だからね。個人のワガママで列を乱すのはあまり推奨できない。……けどまあ、今回の実験結果はボクも参考にさせてもらったから、一度だけ大目に見ておこうかな。魔族軍側はボクが適当に誤魔化しておくよ」

「そうですか。お礼は言いません」

「もちろんだとも。大変興味深いものを見せてもらった。お礼を言いたいのはこちらの方さ」


 ニィ、と笑いかけて、ククリクは魔族軍の方へと小走りに駆ける。事の顛末の報告だろう。彼女が適当に誤魔化すと言ったなら、多分大丈夫だろう。

 魔王のあの性格ならここで休憩だろうか。少し早い気もするが、ついでに昼飯となるかもしれない。


「……なにを確かめたかったんだ?」


 二人の会話内容がいまいち察せられなくて、僕は直接モーヴォンに疑問をぶつける。すると、彼は肩をすくめた。


「婆ちゃんの術式のために、瘴気を肌で感じることができたのは収穫でした」


 本当に個人的なワガママじゃないか。しばくぞマジで。


「あと、もう一つについてはおおむね予想通りでしたので、新しいことはなにも分かっていません。確認は取れましたが、確証には至りませんので軽々に口にすることはできませんね。……それより、ここから先は本当に危なそうです。結界は切らさずに行きましょう」


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