表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神殺し―
221/250

パスタ料理と恋愛話

「さあ皆さん、ご飯ができましたよぅー」


 すっかり夜も更けて暗くなった野営地で、ペネリナンナが愛嬌と共に料理の皿を配っていく。皆は思い思いの場所で休憩しているため、あっちに行ったりこっちに行ったりしなきゃならないのは大変そうだ。


「とりあえずだけれど遺跡調査はこの地、ボルドナ砦の跡を第一拠点とすることになる。ここから先はすぐ魔界だからね。馬がこれ以上進めない以上、馬車の積荷はここに置いておくしかないんだ」


 簡潔に説明するククリクは、地べたに座り込み大きめの瓦礫に背中を預けていた。森歩きとはいえ馬車が通れる道だったんだが、早くも疲労で限界らしい。


 結局、ボルドナ砦にたどり着いたのは日が暮れるころだった。

 ギリギリだが日程通り。けれど野営の準備は真っ暗になっても終わらせられず、魔術の灯りを頼りに枯れ枝を拾うなんて効率最悪の事態になってしまった。

 視界の効かない夜の森では、石や根の張りだし、小さな段差、飛び出た枝などの危険度が跳ね上がる。魔獣を含む肉食獣の接近にも気づきにくいし、そんな大きなものでなくとも蛇や毒虫は十分脅威だ。おかげで暗い中で薪にする枯れ枝を拾い集め、瓦礫の中に残っていた壁と柱を利用して雨よけの布を張るのは、野営に慣れてきた僕らでも手間取った。


 ……ちなみに夜目が利くはずの魔族組は、ゾニ以外は野営なんてやったことがないのかってくらい手際が悪かった。


「拠点にするってことは、馬車に積んである食料やかさばる荷物なんかをここに置いておいて、必要になったら取りに戻る感じか」

「足りない物資の運搬は、荷馬車を動かしてくれてたサポートの鬼人族を使えばいいよ。この拠点の見張りもやってくれるし、チームは別だけど遺跡までの道案内も鬼人族の方々だ。中級魔族は集団行動が得意で羨ましいね。……ボクらが戻る場合は、危険があった場合のみさ。例えばキミの聖属性結界が正常に機能しなかった場合とかね。実地で試すのは初めてなんだろう?」

「ある程度の調整なら行軍しながらでもできると思うが、瘴気なんて不確定要素だらけだからな。明日は様子見もかねてゆっくり行軍するよう、魔王殿に提言しておいてくれ」


 結界用の魔石は十分に用意したつもりだが、あまりに魔力残量の減りが早いようなら中止も視野に入れないといけない。そこは僕がしっかり判断しないとな。魔界の真ん中で魔石がなくなった、なんてことになったら目も当てられない。


「それで、エディグ山だったか? 麓の遺跡ってことは山登りしなくてよさそうだが、到着まで何日の予定だ?」

「四日って話だったかな。道案内の話だと比較的安全で迷うこともないらしいね」

「ルートの確実性が担保されているのはありがたいな。ところで日程に君の足の遅さは考慮されているか?」

「本当に失礼だねキミは。心配しなくとも疲労に効く薬草は一通り用意してあるよ」

「ようしいい心がけだ。水薬造ってやるから後でそれ貸せ」


 体力がなくなる準備が万端とか、さすがに呆れてしまう。こんなことなら事前に丸薬でも造ってくるべきだったか。

 後であの馬車から使える薬草類を根こそぎ押収しとこう。魔界でじゃ素材採取しようにも、植生が人界とはかけ離れてると思うし。


「いいですねぇ。それぇ、魔王様の分も合わせて三人分造っていただけますかぁ?」


 話に割り込む声に振り向けば、そこにいたのは茶色い髪のサキュバスだった。

 器用にも料理の皿を三人分持って来た彼女は、僕とククリクに一皿ずつ配ると、適当な瓦礫を見繕って自分も腰を下ろす。

 どうやら、他はもう配り終えたらしい。


「料理ありがとう。ここで食べるのか?」

「はい。できればご一緒させていただきたいかなぁ、とですねぇ」

「ボクはかまわないけどね。キミは魔王さまの世話係だろう? 食事時に一緒にいなくていいのかい?」

「いいんですよぉ。今日は、魔王さまのお側はルグルガンさまがいるらしいのでぇ」


 いいと言いつつも不満なのか、頬を膨らまして拗ねるペネリナンナお姉さん。

 外観は二十歳前くらいに見えるんだけど、このくらいの女性がそういう仕草すると可愛いけどあざといな。そういうのが好きな男もいるんだろうけど。


「お姉さん、さっきまでレティリエさんの料理を手伝ってましたからぁ、ルグルガンさまがお側の役もしてくれていたんですよぉ。でもさっき戻ったら、今日はこのまま自分が続けるからもう休んでいい、とおおせつかりましてぇ」

「ルグルガンは魔王殿が大好きだからな」

「だね。身近な世話係は同性の方がいいと思うのだけれど」


 示し合わせたように魔王とルグルガンがいる雨よけの布を張った方を盗み見ると、二人は談笑しながら食事を摂っているところだった。誰ともなしに生ぬるい笑いが漏れて、僕らは肩をすくめてからフォークを動かす。


 今日は結構歩いたし、夕食には少し遅い時間だから腹ぺこだ。それで手元に美味い料理があるなら、食事以外の思考は余計だろう。

 皿に山盛りにされているのはパスタ料理で、おそらくはフロヴェルス風の乳製品を多く使ったまろやかな味付け。肉とキノコと香草が入ったソースをからめて食べてみると、これが絶品だった。

 さすがレティリエだな。最近また一段と腕を上げたんじゃ……―――


「―――いや、パスタて」


 一口目をちゃんと味わって飲み込んでから、思わず皿へツッコミを入れる。


「どうしたんだいボクの敵。パスタ料理が嫌いならもらってあげようか?」

「いや好きだが、麺を一から用意するの手間だろ。この短時間でよく作ったな」

「なんかぁ、麺の生地はもうできてましたよぉ。お城を出発する前に用意して、馬車の中で熟成? してたとかなんとかぁ」


 おおう……レティリエさん張り切っていらっしゃる。まあ理由は推測できるけども。

 多分これ、魔王殿のために用意したんだろうな。味付けもフロヴェルス風だし、久々に故郷の味を食べてもらいたかったんじゃなかろうか。きっと今日は短時間なりに、腕によりをかけたんだろう。


 ……けれどレティリエ、自分から魔王に近寄ろうとしないんだよな。避けてる感じでもなさそうだけれど。


「熟成って放って置いたってことかい? 夏の常温で? 大丈夫なのかねそれは」


 うぇぇ、とククリクがパスタ料理から身を仰け反らせる。

 ……あー、そうか。城から出発する前に用意したってことは、たしかに結構たってるな。


「それはお姉さんも聞きましたけどぉ、ちゃんと冷やしておけば大丈夫ですって言ってましたぁ。レティリエさんは魔法で氷を出せるんですねぇ」

「? いや、レティリエは魔術なんて……―――」


 言いかけた言葉を止めて、僕は口を閉じる。フォークで具材の肉とキノコを刺すと、口に運んでゆっくり噛んでから飲み込んだ。

 ……よし、今のは聞かなかったことにしよう。


「そういや、ペネリナンナは配膳だけじゃなく料理作るのも手伝ったんだったか。どうせルグルガンに追い出されたんなら、レティリエのとこ行けば良かったのに。このパスタとか絶対に魔王殿の好きな品だぞ。覚えれば重宝されること間違いなしだ」

「それは思いましたけどねぇ……」


 視線を逸らして、困ったような顔になるペネリナンナお姉さん。ちょっと冗談みたいな量が盛られているパスタの表面をフォークがクルクル巻いて、逆回転でそれを戻す。


「だってレティリエさんを見てくださいよぅ。あのエルフさんたちと食べてるじゃないですかぁ」


 見やるとレティリエは、ミルクスとモーヴォンの二人と焚き火の近くに居た。ちょうどいい大きさの瓦礫をテーブルにして、何事か話しながら食事しているようだ。

 ……別におかしくないというか、普通にそうなるだろうなって顔並びであるが。


「あの二人、お姉さん苦手なんですよねぇ……」


 まあそうだろうな、エルフ姉弟は魔族が嫌いだし。あの中に入るのは難易度が高いか。


「無理に打ち解ける必要は無いさ。連絡事項程度のコミュニケーションも取れないなら問題だが、そういうわけでもないだろ?」

「お姉さんとしてはぁ、せめて睨まれないくらいの関係になりたいんですけどねぇ……とにかく、今日はここが一番マシかなぁって」


 魔王の側はルグルガンに追い出され、エルフ姉弟と同席したくないなら、消去法でここになるか。ゾニは一人で馬車の屋根の上だしな。

 さすがAランク冒険者だけあって、こういう場のゾニは頼りになる。ここではサポートの鬼人族が見張りをやってくれるっていうのに、今も周囲を警戒してくれているらしい。

 ……ちなみにアーノはその馬車の下辺りで転がっている。あの夜から一度も動いていないけれど、食事を摂らなくていいのか疑問だな。妖精に近いならメインの供給源は魔力だろうし、多分放っておいて問題ないのだが。



「……それでぇ、お二人に聞きたいんですけどぉ、魔王さまとルグルガンさまって恋仲だと思いますぅ?」



 まあサキュバスだからな。頭の中ピンクなんだよな。


「知らないが、お似合いの二人なんじゃないか? 美男美女のペアだしな」


 正直どうでもいいので適当に答えると、ククリクが嫌そうな顔をして首を横に振った。


「顔が良かろうが腕が立とうが、ボクだったらあんな勘違い男は願い下げだね。アレと連れ合うようなら、あの魔王さまの評価も考え直さないといけないな」


 白い肌に白い髪の学徒は、目つき悪く魔王の隣にいる銀髪褐色の青年を睨む。……なんか恨みがこもってそうだな。二人は城でも言い合っていたし、仲が悪いのかもしれない。

 けれど、そんな自分の悪感情すら些事に数えているのか、ククリクはあっさり目つきと声を平時に戻した。


「ま、とはいってもボクが口を出す気は毛頭ないよ。しょせんは他人の恋路だからね。魔王の伴侶ともなれば、もう少し頭のデキがいい相手が相応しいと思うけどね」


 あくまで他人事として自身の所感を言ってから、ククリクは行儀悪くパスタを啜る。ソースが跳ねて口元が汚れるが、特に気にした様子もなく美味そうに咀嚼している。……この女はそんなこと気にしないとは思っていたけど、見てる方が気になるな。食べ終わったらハンカチでもくれてやるか。

 しかし……どうやらククリクから見ても、ルグルガンは頭がポンコツ評価らしい。偏見も入ってそうだけれど、僕と僕の兄弟君の勘が本当に当たったかもしれないな……。


「ちなみに、ペネリナンナはあの二人のことをどう思ってるんだ?」

「お姉さんですかぁ? そうですねぇ。」


 僕とククリクの意見が出終わり、流れで聞いてみると、ペネリナンナお姉さんは思いのほか難しい顔で悩み始める。……サキュバスだけあって恋愛については一家言ありそうだもんな。そういえば最初に会ったときもなかなか手強かったし、彼女はある意味で専門家と言えるだろう。

 ふむ、ちょっと興味出てきたな。ペネリナンナお姉さんは、あの二人をどう見るのか。


「魔王さまはそもそも、恋愛感情以前の問題ですねぇ。どうもあの人って使命感とか責任感が強くてぇ、自分のことは後回しにしてるというかぁ」


 そりゃまあ、そんなことをしている状況じゃないもんな。魔王殿はまともな感性をお持ちらしい。


「それでルグルガンさまの方ですけどぉ……あの方って多分、恋愛ってモノを知らないんじゃないかなって思うんですよねぇ」

「は?」

「お父様にあたる前の前の魔王はハーレム持ってましたしぃ、強い男の魔族にとって女は攫って侍らすモノですからねぇ。これが中級魔族とかだと、人界っぽい恋愛話も多いんですけどぉ」


 人界が長いせいか、ペネリナンナは魔界と人界の価値観の違いがある程度分かるようで、僕でも理解できるようかみ砕いて教えてくれる。

 つまりあの邪眼族、もしかしたら恋愛という言葉すら知らないかもしれないと。マジか。


「へぇ、それはボクも考慮していない可能性だよ。存外に面白いじゃないか。ペネリナンナ、キミはなかなか面白い視点を持っているね」

「お褒めにあずかり光栄ですぅ。……それでぇ、ルグルガンさまを見てると恋愛って感情を知らないからそれが崇拝になってるとかぁ、ちょっとありそうかもなぁって思うんですよぉ」

「代替感情……いや感情の錯誤か。ないとは言えないのがな……」


 この話題はあんまり乗り気じゃなかったけれど、今の専門家の意見はちょっと興味深すぎだな。ククリクもちょっと前のめりになっているし、真剣に考えてみるのも面白そうだ。

 まあ、遺跡調査にはなんの役にも立たなさそうだが。


「ただああいう男、勝手に期待するくせに裏切られたと感じた瞬間から愛情を憎悪に変えるんですよねぇ。お姉さん的には食事以外で付き合いたくないタイプですぅ」

「……それ、レティリエには内緒な」


 絶対に面倒なことになるから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ