学問の徒
「ゾニ、ちょっと角を出してくれないか?」
「あん?」
僕が声を掛けると、ゾニは面倒そうに振り向いた。馬車は動き出したが速度は出せず、ヌルい行軍にイライラしているらしい。
とはいえ、僕の足からすればそこまで遅くは感じないんだけども。道悪いし。
「ボクからも協力をお願いするよ。キミが担いでるアーノのことでちょっと確認したくてね」
僕に続いて追いついてきたククリクも頼むと、竜人族の女の口がへの字に曲がった。
「性格悪いのが揃うなヨ……絵面にゲンナリするだロ」
「清々しく失礼なやつだな。僕はコレよりはマシだと自負しているぞ」
「それはこちらの台詞さ。ボクはキミみたいに異常者じゃないよ」
「二重に鬱陶しイ」
眉間にシワを寄せ、絨毯で巻かれたアーノを担ぎ直すと、ゾニはヤレヤレという顔で目を閉じる。―――ほんの一秒未満の後に、魔力の淡い光を発して漆黒の角が顕現した。
「これでいいだロ。こんなもんでナニが分かるんだか」
「ふむ……」「うんうん」
日に焼けた金髪から覗くそれを観察し、僕はククリクと視線を合わせる。
「それって普段はないよな? 参考までにだが、どうして隠してるんだ?」
「目立つから以上の理由はないナ」
「つまり擬態だね。翼も同じかな。人族として生きるためには、強大な力を隠した方が都合がいいとかかな。どう思うボクの敵?」
「はん、短絡的だな僕の敵。学院では、竜種の翼は意図的に獲得されたものという説が有力視されている。そもそも脊椎生物なのに腕と翼の両方があるなんておかしいしな。地竜や水竜などの翼のない竜種や、同じく翼がないか翼しかない亜種などの存在は、その説の有力性を裏付けするものと言えるだろう」
「なるほど……種族として後天的かつ魔法的に獲得した身体的特徴であるが故に、非実体化……顕現させないでおける機能を副次的に得ている部位かもしれないってことだね。興味深いな、正式名称がないならとりあえず半肉体とでも仮称しようか。……サキュバスの翼なんかも同じなら、今までの考え方を改めないといけない。数合わせのつもりだったが、これはペネリナンナを連れてきて良かったね。後で話を聞きに行こう」
しれっと新事実が発覚したな。ペネリナンナお姉さん、数合わせだったのかよ。
形式的には魔族軍主導の調査隊だから、頭数は魔族側多めにしたい。けれどこちらに気を遣って戦力はあまり上げたくないとくれば、あつらえたようにちょうどいい人材かもしれないが……きっと本人、魔王の世話役として選出されたと勘違いして超張り切ってるぞ。
「ただ、火竜や嵐竜とかが翼を隠しているところは観測例がないのがな。仮に翼をしまえるのが竜人族だけだとしたら、やはりそっちの言うとおり擬態かもしれないが」
「いいや、キミの言ったことが正しくてかつ翼をしまえるのが竜人族のみなら、それは擬態として修得しやすかったということになるだろう。それはそれで面白いよ。……しかし魔術大国ルトゥオメレンの学院は羨ましいね。ロムタヒマの魔術学院には軍事に流用できそうな資料ばかり偏っていて、漁ってて辟易したものさ」
うーわ、コイツにそんなもん読ませたロムタヒマ赦せねぇ……。バッドエンドルート入らないようこの作戦成功させなきゃ。
「……なあ、角の話じゃなかったのかヨ」
どうやら完璧に置いてけぼりを喰らってたらしいゾニが、半眼で口を挟む。
うん、ゴメンつまらなかったね。でもいざ考察しだすと竜人族なんてレア種族、僕もククリクも学問の徒として頭の回転が止まらないんだわ。
「翼の出し入れの理論が分かれば角も同じ可能性が高いだろう? こういうのは遠回りでも取っ掛かりのある場所から攻めないとな。……それで、実際どうなんだ? 君の角と翼は同じ方法で出し入れしてるのか?」
僕の問いに、ゾニは無言になった。ゆっくりとした馬車の速度に合わせて歩きながら、質問にどう答えるか考えているようで、二、三度角や翼を消したり出したりしていた。ククリクがその様子を、目を輝かせて観察する。
そして。
「………………わからん」
この女ぁ。
「わからん、ってどういうことだよ。実際に出し入れしているじゃないか」
「ホントにわからん……。アタシはどうやって角と翼を出し入れしているんダ……?」
「ええぇ……」
もしかして雰囲気で竜人族やってるんじゃないのかこの女。
まあでも、人間だってどうやって声を出しているのか、とか難問だもんな。前世ならともかく、この世界だと専門の医者か生物系の術士くらいしか知らないだろう。
できることがなぜできるか、なんて、疑問に思うことがそもそも難しい。ここはゾニを責めるべきではないか。
「ふむふむ。ちなみに一応聞くけど、腕とか足とかは隠せないのかな? 指だけとかでも構わないけどさ」
「できるわけねーダロ。むしろなんでできると思ったんだヨ」
追加されたククリクからの質問には、即答。
無理なことは無理って分かるのか。
「ただの確認さ。つまり、出し入れできるのは角や翼限定で、かつ訓練を必要とする技能ではないわけだね。ということは後天的に修得する技能ではなく、生物としての特徴である可能性が高くなる。うんうん、やはり面白い。学徒として興奮を隠せないな」
……ああーそうか。ククリクの言うとおり、ゾニがあの調子ならそういう説も立つわけだ。面白いな。
ううむ、しかしハルティルク魔術学院で培った知識の分はなんとか有利取れそうだけど、やっぱ地頭じゃ負けてるかね、これは。……まあ、そんなのあの球形立体魔術陣を目にしたときから分かってるけど。
「ではとりあえずここまでの仮説を踏まえて、これからが本題だね」
「ああ。アーノが変身した竜人族が使用した短杖について」
僕は人差し指で自分の側頭部を叩く。竜人族ならちょうど角がある位置だ。
彼はあの短杖をそこから出した。そしてそこに本来はあったはずの角は、折れたのか無くなっていた。
「変身後でもアーノはあの黒外套を着ていたことから、肉体は変身できるが所持品を出すのは無理……あるいは、所持品も出すことはできるが今回はしなかった、と推測できる。そのうえで、なぜ竜人族リッドは短杖を持ち込めたのか。これはゾニの提供してくれた情報からもう明白だろうな」
「そうだね。ボクは直接見ていないけれど、素材に彼の角を使用していたんだろうさ。実にボク好みの裏技だよ。ぜひ考案者に会ってみたい」
「裏技というか、素材に自身の角を使ったため身体の一部と誤魔化して収納できる、なんてあくまで副次的なものだと思うぞ。あれは完全にアイツ専用の魔具だったから、相性の面で自分の角を素材にした方が都合良かった、とかそんな話だと思う」
まあ、どんなときでも携帯できる武器って有用だけどな。風呂入っててもすぐに取り出せるし、持ち物検査にも引っかからない。
けれどアイツは竜人族だ。武器なんかなくても素手で十分戦えるのに、わざわざ暗器のために角を折るとは考え難い。さすがにそれはワリに合わないのではないか。
……もしやあの角、なにかの事故でうっかり折ったんじゃないだろうな。もったいないから利用したとかなら笑っちゃうぞ。
「ヤレヤレだね、元から想定された裏技ってことにした方がロマンがあると思うのだけれど。ま、そこは本題から逸れるからやめておこう。……それで、こっちの方が難題だけれど―――賦与できる属性の変換方法についてはどうだい?」
「それはゾニの話からはノーヒントだけどな。実は、この二晩で考えた仮説がある」
「ほう! いいね、ぜひ聞きたいな」
僕はあの夜のことを思い出す。たしか、僕の兄弟君はあの短杖について、こう言っていた。―――師匠と女王の合作だよ、と。
女王。バハン山脈の主にして最古の竜の一柱。数多の竜が永久に眠る聖域の守護者、白銀竜ノールトゥスファクタ。
彼女が造り出した武器を、僕はもう一つ知っている。
「―――……あれ、オリハルコンを原石のままぶっ込んであるんじゃないかな」
「プ……アハハハ! なるほど、原始の鉱石! 神鉄! 存在意義を定めず留めるが故に、何色にも染まる可能性を残した神代の金属か! アレの原石特有の移ろう属性を利用することによって、息吹の使い分けを実現―――それはそれは力技だね。なんてもったいない話だ。ロマンじゃないか!」
腹を抱えて笑い始めるククリクだが、まあ爆笑もんだよな。
竜の息吹が使えない竜人族のための魔具って、自転車に乗れない子供のための補助輪みたいなもんだろ。そんなもののためにダイヤモンドをふんだんに使ってデコりましたー、レベルの暴挙だぞ。普通に適当な魔石でも填めときゃいいのに。
「本当に、意味がわからん。改めて考えるとリソースの無駄遣いが酷い。なんか最初からあの短杖を造ることの方が目的で、費用対効果は度外視してるって感じまでする……あの女王なら冗談でそういうことするかもしれないが」
「ハハ、だからロマンなんだよ。けれど本当に神鉄なら、折れた角の場所に収納できるのも分かるね。しまう時は角に属性色を合わすんだろう。いやぁ面白い。……けれど、それが実際に可能かどうかは話が別だ。聞いた話じゃ属性の切り替えを任意に行ったという話じゃないか。その機能はどうやって付けると思う?」
「それは正直、まだ仮説も立てられてないんだがな。多分、あの短杖をクルクル回す動作からして……」
さらにあの短杖への議論が深まりかけたところで、わざとらしいほど大きな溜息が聞こえた。
振り向くと、ゾニが心底から呆れたような顔で僕らを見ている。
「……どーでもいいケド、仲いいなお前ラ」
「ふざけろ」
「キミの竜眼は節穴と読むのかい?」




