勇者の遺跡
僕らは慎重に進んでいく。
地下階段にはいくつもの罠が仕掛けられていたようだが、ドロッド教室の生徒たちがすべて解除したようだった。死人が出て彼らも慎重になったのか、感知魔術の痕跡もかなり見かけられる。
魔素濃度が高いせいで、肌を圧迫されるような感覚があった。体温も少し上昇している気がする。決して不快ではなく、むしろ軽い高揚感が湧き上がってくる。
あまりに濃い魔素は人体に悪影響を及ぼす。これ以上降りるのは危険かもしれない。……そんな思考が脳裏をよぎった矢先に、朽ちかけた扉が見えた。
「あそこが終端ですかね」
「おそらく。……一本道でしたね」
誰に言うともなく僕が聞き、物憂げなドロッドの声が返ってくる。
「実用通路だったってことでしょう。……ええ、すれ違いはありません。彼らは中にいるはずです」
「かなり時間が経っているはずですが」
「面白い物がたくさんあって、ずっと物色していたのかも」
「それを祈ります」
生徒の死体を見てから、ドロッドはずいぶん消沈しているようだった。
僕は扉を調べる。魔術的なものなら、複数回発動できる罠を造るのは容易だ。慎重に探る。……すっかり罠発見器だな。
「何もなさそうか、坊主」
ガザンが聞いてきたので、僕はうなずいた。
「解除された跡なら。それ以外はなさそうだ」
「なら大丈夫か。開けていいか?」
「待った。その前に確認しとこう」
ドワーフを制止し、僕は後ろを振り向く。
フロヴェルスの神学者を視界に納める。
「……ここに入る前に、イルズさんに聞いておきたい。あなたは、この先にある物をご存じなのですか?」
イルズはこの遺跡のことも、ハルティルクが関与していることも知っていた。
だからツテを辿りドロッド副学長を頼った。
最初から少なからず情報を持っていて、魔術師の力が必要であると判断したのは明白だ。
イルズ・アラインはほんの少しの間だけ瞑目してから、答える。
「国家の機密に関わることであり、また副学長様から先入観を持たず調査したいという申し出もあって黙っていましたが、死人が出ている以上、そんな状況ではありませんでしたね。……はい、知っています。私は祖国に命じられ、この遺跡にあるハルティルクの研究成果を調査しに来たのです」
彼の後ろで、レティリエの表情が目に見えて緊張を増す。イルズはやはりフロヴェルスの任務で動いていた。
……しかし、おかしい。引っかかる。
レティリエは遺物を持ち帰れと言われたはずだ。なのに彼は今、ハルティルクの研究成果と言わなかったか?
嫌な予感がした。酷く、嫌な予感だ。
「もっとも……実のところ、私はそれを眉唾だとばかり思っていました」
「眉唾?」
言い方にいぶかしむ。
イルズはいまだ自分の心内を把握し切れていないような面持ちで、ぽりぽりと頬を掻いていた。
「はい。私がこの仕事に派遣されたのは簡単な理由でして、師のツテでドロッド氏に面識があったからです。ハルティルクが改造した遺跡に入るには、最高峰の魔術師の協力が必要でしたからね。……ただまあ、恥ずかしながら私、城勤めですけれど閑職でして。そんな重要な話を一人で任されるかというと、ちょっと信じられないというか。たぶん、上の方も半信半疑な話なのかなと」
嫌な予感が増した。
それって裏読みすれば……向こうで重要な人物ではないということは、口封じしても惜しくないってことではないか。
「目当ての研究成果というのも、ちょっとどうなのかという感じのものでして。正直説明は難しいというか、突拍子もないというか……今もまだ、私は疑っている段階というか。とにかく私が聞いている話では、我々に危険を及ぼすものとは思えません。ここまで来たらもう、実際に調べてもらった方が早いかと」
煮え切らない態度だ。いまいち判別ができない。
ただ、なんとなく理解もした。
彼はレティリエの味方ではなく、敵でもなく、しかしなんの関係もないわけではない。
「分かりました。では、入りましょう」
僕はガザンに頷く。彼はゆっくりと扉を押した。
そして、中には。
死体があった。
「……ああ、チクショウ」
ドロッドの光源が室内を照らし、僕は我知らず呟いていた。
一目で理解した。くそったれ。
分かってしまった。最悪だ。
納得した。あのクソ大賢者。
「レティ、見るな……」
掠れて声が出なかった。届いたとしても、すでに遅かったろう。
「まさか……本当に……」
イルズの声が遠い。
視界の端で、魔術師たち四人が倒れていた。
当然だ。同情の念など爪の先ほども湧かない。
こんなものを不完全なまま起動させたら、そりゃ魔力も枯渇するだろう。本当に余計なことをしやがって。勝手に気絶していればいい。
僕はそれから目を離すことができない。
全部繋がった。
レティリエがここを目指すように言われたのも、その途中で命を狙われたのも、僕が遺跡調査に呼ばれたこともだ。
部屋の中央に設置された、筒状の大きな硝子の容器。
何らかの液体で満たされたその内側に、身体の約半分を欠損し―――否。身体の約半分が生成されず、死亡している女が浮かんでいた。
吟遊詩人の唄うとおりの、燃えるような紅の髪がたゆたっている。
それだけで十分だ。これが誰かなんて明白だ。
僕が目を付けられるはずだ。人工生命の専門家。不人気分野の酔狂者。
ああそうだ。なるほど。ここは確かに勇者の遺跡だろうさ。
「今代の勇者は、残念ながらロムタヒマで戦死したそうです。ですが、勇者の力はまだ人族の手にある。……私は、その器の確保を命じられたのです」
ハルティルクが造ろうとする人物なんて、一人しかいやしない。
「あ、ぁあ……あああああああああああああああああああっ!」
レティリエが絶叫する。それを聞きながら、僕は怒りを抑えきれなかった。
「二百年前の勇者。炎の髪と心のソルリディア……」
勇者は後天的になるものだ。神聖王国にはその方法が秘匿されている。ハルティルクはそれを知っていて、用意した。
次なる勇者を。
適性の高さが証明済みの、歴代最強の人物を。
「……これは、そのクローンだ」
―――今代の勇者レティリエ・オルエンは、フロヴェルスに見限られたのだ。




