異物侵入を観測
―――こんな感じになったら要注意。
そう、前魔王の男は移植した眼球を金色に光らせて、僕に忠告した。
邪眼族という種族名を添えて。
「生半な相手なら目が合うだけで死ぬのですけどね。さすがは竜人族、と言っておきましょうか。驚愕の魔力抵抗力です。まさかその身体で、純粋な竜と比べても遜色ない魔力量とは」
ルグルガンが起き上がる。手のひらで口元の血を拭い、億劫そうに立ち上がる。
僕の兄弟君はと言えば、蛇に睨まれた蛙のように動かない。
「睨み付けるだけで相手を威圧する力、と言ってしまうと陳腐ですがね。つまりは見る者の精神にパスを通し殺意を直接送り込むことで、どうしようもないほどの本能的な死への恐怖を呼び起こして肉体を硬直させる。そんな感じです」
「嘘吐け」
「……一応、半分くらいは本当なんですけどね」
会話しながらも、ルグルガンは金の瞳で竜人族を睨めつけ続ける。片時も視線を外さないのは、それがあの邪眼の条件なのだろう。
「睨む、視線を向ける、目で語る、アイコンタクトする。瞳は感覚器官ですが、時に意思のやりとりにも使われます。すなわち相手の精神への干渉ですね。それに特化した我が一族の眼は、つまるところ精神支配の魔術媒介です。なにぶん見るだけで発動しますので、意思あるモノならば逃れることはできません」
「ハ……さすが邪眼だな、メチャクチャ言ってやがる。ていうか、そんな便利なら最初から使えって話だ。なにか制限があるな?」
「ええ。金の目にするには殺意を向ける必要がありますから」
褐色の青年はゆっくり、殊更にゆっくり動いて、ひたりと右手を竜人族の頬に添えた。
先ほどの掌底と雷の吐息が効いているのか、それとも焦らしていたぶっているのか、判別はつかないけれど、その顔は獰猛に笑んでいる。
「ただ、少しショックでもあります。高い魔力抵抗力を持つ者であれば心臓を止めるに至らないこともままありますが、そのように理性を残して喋れる精神力の保持者はなかなかいません。どうやら貴殿を安く見積もりすぎだったようで、落ち込んでいいやらホッとしたやら複雑な心境ですね」
「見誤って落ち込むのは分かるが、なんでホッとするんだよ」
「だって、雑魚に本気を出してしまったら大人げないじゃないですか」
言い様に、クク……、と竜人族が笑う。同じように邪眼族も笑った。
互いに認め合う戦士の笑み、というやつだろうか。観客の僕には分からない世界だな。
「そうかよ。ああ、もう、仕方ないな。さっさとやれよ」
「残念ですね。命乞いの声を聞きたかったのですが、しょせんは影法師。殺したところで本物にはなんの影響も与えられないならば、この時間も無意味でしょう。次はぜひ直接お会いしたいものです」
「いいぜ。僕はその時、もっと強くなってる」
ルグルガンの右手が竜人族リッドの顔面を掴む。身体を傾けるように捻り、掴んだ頭部をサイドスローのようなフォームでぶん回す。
先ほど自分がめり込んだ壁へと、意趣返しのように後頭部から叩きつけた。
兄弟君を叩きつけるために褐色の邪眼族が壁を向いたので、僕は速攻で固く瞼を閉じた。―――恥ずかしい話、実はしっかり効果を受けて行動不能だった。あの邪眼ヤベぇわ。身動きできなかったもん。
見られただけで行動不能にできる魔眼なんて、魔王クラスになるとそんなチート持ち出してくるのか。直接睨まれていない僕にも影響あったからには、パスを通して殺意を直接送るという点は嘘くさいが……なんにしろ見ておけて良かったな。どう対策したらいいんだろうか。
まあ、考えるのは後だ。
「お疲れ、ルグルガン。さすが魔王の近衛騎士隊長だな」
僕は決して顔を上げぬよう、床を向いて近づく。……足音はわざと立てて、存在をアピールしておいた。戦いの興奮に浮かされてる魔族の背後に忍び寄るなんて、自殺行為でしかない。
「さすが貴殿の魂の片割れ、と返しておきましょう。……勇者の遺跡調査のために用意した備えが焼き切られてしまいましたよ」
護符かなにかかな? 罠やガーディアン対策で元々準備していたそれが、あの吐息を防いだのかね。あんな雷みたいな電量をまともに喰らってすぐ動けるの、どう考えてもおかしいもんな。
「まあ、それはいいです。溜息を吐いたところで戻ってきませんし。バハンには十分注意すべきと知見を得られたので満足しておきましょう」
言葉とは裏腹に、盛大に溜息を吐くルグルガン。どうやら大分ふてくされてるようだ。完全に予定外の戦闘で消耗してるんだから当然か。
遺跡調査、万全では挑めなくなったな。
「ところで、だ」
僕は彼の隣に並んで、しゃがみ込んだ。破損し凹んだ壁を背にして座った状態でピクリとも動かないソレを眺め、数秒してから渋面をつくる。
「アーノ、生きてるのか? ちょっと僕、コレ診るの自信ないんだけど」
「少しやり過ぎましたね」
あっさりと言ってのけるルグルガンさん。壁、隣にも何かを叩きつけたような痕があるけど、こっちの方が倍以上派手に抉れてるもんな。やっぱちょっとキレてたろコイツ。
ただ、特に反省しているようにも見えないのは、彼が己の職務をまっとうしたからだろうか。
おそらく一定以上のダメージを受けたことで変身の魔法が解けたのだと思うが、アーノは元の仮面の黒外套姿に戻っていた。目のところだけぽっかりと穴の空いた仮面には、もはや僕の兄弟君の面影もない。……まあ全然寂しくないんだけど。
しかしピクリとも動かないどころか、傍目には呼吸もしてないように見えるんだけど、はたしてこの生物に酸素は必要なのか。これだけ派手にやられてるのに流血らしきものが確認できないが、本当に生物カテゴリに入れていいのだろうか。というか竜人族リッド・ゲイルズ時に脱いでいたはずのフードをしっかり被っているのはどういうからくりなのか。
「とりあえずヒーリングスライム貼り付けとくか」
僕はスライムを一つ起動してフードの下に潜り込ませる。叩きつけられたの後頭部だしこれでいいだろう。……というか、これくらいしかできない。
頭部の損傷なんてのは、医者じゃない僕には人間の患者相手でも降参案件だ。なのに、こんなワケの分からないオルゴールなどどうすればいいのか。このまま死んだところで僕には露ほどの責任もないからな?
「が、がが、が……」
アーノの声が聞こえた。中性的な声。こんな状態なのに、妙に感情が薄い声なのが気持ち悪いな。上手く発声もできていないのに、痛いとか、苦しいとかの声色がない。機械の合成音声みたいだ。
「がい、が……外部、からの……攻撃を、検知」
「攻撃じゃねぇよ」
一応治療しようとしてやってるんだから変なこと言うな。ここぞとばかりにトドメ刺そうとしてるってルグルガンに思われるだろ。
「喋れるならまだ元気ですね。放っておけばいいでしょう。まあ、魔王様を危険に晒すかもしれなかったのですから、死んだところでかまいませんが」
褐色の魔族はクスリと笑ってそう言ってくる。……殺してもいい、ってことか。
魔族って根本がドライだな。同じ魔族軍所属でも仲間意識はないらしい。
とはいえ、コレを殺すのは憚られるんだよな。おそらく存在だけで奇跡の産物だし。
あと、コレがもし本当に二代目勇者の仲間として活動していた場合、パーティーメンバーを曲として記録している可能性が高い。あの真偽定かな伝承が少ない二代目の生き証人とくれば、学徒の一人として調べたいという欲が出る。
「―――外部から、の、攻撃を……検知」
「だから攻撃じゃないって」
僕は呆れた声を出しつつ、後頭部を掻く。どうしたもんか。
「とりあえず、彼……彼なのかな? アーノの治療を試みてみるから、僕らの部屋に連れて行ってもいいか? 本音が学術的興味なのは分かってると思うが」
「おや、それは構いませんが、危険では?」
「君がやり過ぎてくれたおかげで、しばらくはまともに動けないさ。謎だらけの存在だけどそれくらいは分かる」
「それはそうですね。いいでしょう。貴殿にも不躾な態度をとったことですし、何かの実験台にされるくらいの罰は受けさせるべきですからね。……ただし、調べた結果はちゃんと教えてください。貴殿が言っていたとおり、たしかに魔王様が喜びそうですので」
やっぱこの青年、魔王以外のことにあんまり興味ないんだな。そのおかげでポンコツ化してるんだ。
アーノは他者に化ける能力を持っている。
僕の姿にはなれなかったし、たぶん勇者であるレティリエにも変身するのは難しいのではないかと思う。が……ミルクスとモーヴォンならばどうか。
仮に魔族軍がアーノを使い、二人のどちらかの姿になって罠に填めようとしてきたら……ちょっと見破る自信ないよなぁ。竜人族のリッド・ゲイルズ君、外見も性格も本物にしか見えなかったし。
だから、コレは僕の監視下に置かなければならない。少なくとも魔族軍と行動を共にする内は。
本当に―――どうしたもんかなコレ。
「外部から、の、攻撃を……検……検知」
アーノが呻くように繰り返す。……なんだか今の、少し感情が乗ってたな。苦しそうだ。
まあ、せっかくだからちゃんと治してやるさ。ついでに調べてもやろう。本音は学術的興味だとさっき言ったが、紛れもない真実だしな。
迷惑を被ったし面倒も続くが、せいぜいあの魔王さんとの話の種くらいには役に立ってもらおう。
「―――異物侵入、を……観測。排除不能」
アーノは苦しそうな声でそう言うと、それきり静かになった。
……異物って生命力賦与のことだろうか? それを異物扱いするのって不死族くらいだと思うけど、モーヴォン曰くアーノは妖精にも近いそうだからアンデッドではないよな。普通にヒーリングスライムは有効だと思うんだけど。




