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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神殺し―
216/250

竜顎のワンド

 そもそもの話。

 僕は僕の兄弟君を、最初から信用なんてしていない。




『障壁!』


 後方に跳びながらヒーリングスライムに命令する。僕と扉と、ついでにルグルガンを護るよう展開する。

 完全に展開しきる前に灼熱の業火が激突する。衝撃に粘性のスライムが弾け、熱で蒸発する音が耳に障る。耐熱、耐衝撃用に調整されてある半透明の壁が、重ねたビニール袋でも燃やすように食い破られていく。


『肥大』


 構成崩壊寸前のスライムへ命令し、強引に魔力を吸わす。焼かれた先から増やして耐える。―――足りないと悟り、さらに一つ結晶を取り出して展開する。


 思ってた以上に火力が高い。一つ使い潰して数秒か、何度も受けてられないな。


「なんで貴殿はそんなに冷静なんですか?」


 しっかり扉の前に陣取って問うてくるのはルグルガンだ。僕が焼け死んだとしても決して部屋の中までは通さない、そんな気概を感じるね。君の方がよっぽど冷静だよ!


「いやほら……アレとは死ぬより酷い目に遭わせる感じで決着したからさぁ。まあ未遂で終わったんだけども」

「その関係性で仲良く推理ごっこしてたんです……?」

「だからすぐに反応できるようにしてたんだよ」


 瘴気で変質させたヒーリングスライムで、歪んだ生命力を強制注入しようとしたんだっけか。いやー、自分でも言うのもなんだけど、兄弟相手になんて非道だ。どうかしてたな。

 レティリエが介入して事なきを得たとはいえ、絶対恨まれてるわあんなん。アイツが出てきた時点で安心できる要素一つもないもんな。スライムは袖の下で起動しっぱなしでしたよ。


 とはいえ私怨で僕を殺しに来るんじゃなくて、魔王に面会希望で暴れ出すのは意外だった。―――コイツが僕の仮説通り本物ではなかったとしても、本物の竜人族リッド・ゲイルズと同じように思考し行動するだろうに。


「ハッ、賜り物抜きにしても強くなってるじゃないか、兄弟」


 三つ目のスライムを使用する前に火炎が収まる。

 凄まじい火力だが、あれはあくまで吐息。吐き続けるほどに威力は減衰し、肺活量の限界を迎えれば止めるしかない。

 息継ぎが必要であるのは明白なのだ。ならば、こちらとて体勢を整える暇くらいはある。


「一応聞いておくが、なぜいきなり暴れ出す? 益なんかないだろ」


 時間稼ぎ目的と、純粋に気になったがために問いかける。―――ロムタヒマの戦争を想定した石造りの城は火に強く、廊下は焦げているものの火事の心配は当面なさそうだ。さすが元軍事大国の建築、余計なことを考えなくていいのはありがたい。

 僕は焼け削れた障壁を整えつつ、右手が相手の死角になるよう身体の向きを調整する。これで終わるはずもなし、今のうちに次手の仕込みとして手中に隠した結晶に魔力を吸わせておく。


「なぜ? 魔族はバハンに攻め入っただろうが」


 兄弟君の返答は意外なもので、僕は一瞬意味が分からなかった。魔族軍はロムタヒマ王都までしか攻めてないが? もしかして僕らがフロヴェルスにいた時になにかあったのだろうか……とまで考えて、いやそうか、と思い出す。

 僕らがバハンへ行く前の話か。


「……ロムタヒマ侵略時、魔族軍は完全に統制が取れた組織とは言えませんでした。戦いの熱に自制が効かなくなり、好き勝手に振る舞う者は多く、はぐれたまま軍に戻らぬ兵も多かった」


 ルグルガンも思い当たったのか、あえて感情を抑えた声で言う。というか、ゴアグリューズはそれを計算尽くで軍を動かしてたっぽいよな。

 そしてはぐれた者の内、強力な上級魔族を含んだ結構な数がバハン領内に入り……女王とその眷属が戦って、それを殲滅した。―――そのときは竜種にも、少なくない数の犠牲がでている。

 僕らが遭遇した屍竜も、魔族と戦った女王のなれの果てだったか。なぜか女の子になって復活したが。


「ですが、魔族軍としてバハンに攻め込んだことはありません。それに今は魔王位に着く者が変わり……」

「そっちの事情なんか知るものか」


 竜人族は右手でクルクルと短杖を回す。回るたびに咆吼する竜の意匠の淡く光るような瞳と口内が、色を変えていく。

 赤だったのが金へ、金が緑へ、緑が茶へ。



「というか、事情を知ったところでどうした。詫びの一つもなしに同胞の死を無かったことにしろと? 眷属の所業の責任も取れない愚王へ文句を言うのに、わざわざ面会許可を取れとほざくか駄犬」



 竜の意匠の瞳が茶から青の輝きに変わって、竜人族が鋭く息を吸い込む。

 なんだよブチ切れじゃないか。やっぱお前バハンに引っ込んでろ。


『方向指定展開・最大出力』


 会話中、手中ではち切れんばかりに魔力を吸わせていた結晶を解き放つ。一気にスライムが肥大化し、濁流を撃ち出すように竜人族へ襲いかかる。

 僕の説でもアイツの説でもどっちだっていいが、アレはあくまでアーノであり、竜人族リッド・ゲイルズのガワを魔法で被っているだけだろう。なら纏う魔力を喰わせれば終了だ。ヒーリングスライムで包んで吸ってやればいい。

 所詮は影法師。本物を相手するより格段に楽なのだけは間違いない。炎の吐息など突き破って、口内にまで突っ込んでやれば……。


 竜人族が短杖を、口の前に構えるのが見えて。


「なんっ……!」


 スライムから右手を引き抜く。間に合わなかった指先の皮膚が剥がれ、痛みに顔をしかめながら後ろへ跳ぶ。ルグルガンと並ぶ位置まで退く。扉に背中が当たって止まった。

 竜人族が吐息を終える。僕の攻撃が届いていない。ほんの人差し指一本分の距離を残し、粘性の濁流は完全に止まっていた。


 吐き出された氷の息吹に、スライムは凍結し完全停止させられていたのだ。






「やっぱりな、弱点はこれか」


 へらり、と意地の悪い笑みを浮かべて、竜人族はクルリと短杖を回転させる。白に近い青から、黄の混じった赤へ。


「ヒーリングスライムの結晶化。本来は世話がクソ面倒くさい人工生命を結晶にして冬眠させておくことで、管理しやすさと持ち運びの便を両立させる機能だが、そこに隙がある。―――そいつは結晶化の機能のために、わざわざ活動停止しやすく造ってあるんだ。そうだろ?」


 うっわ、ファック……。

 さすが兄弟君。僕の研究を特等席で見てただけはある。理解してそれやってくるとか目も当てられねぇ。


「だから氷の息吹で固めてやれば、勝手に活動が止まって魔力も命令も通らなくなるオブジェのできあがりだ。前もそうだったよな? お前、あの勇者さんに逆らえなくて尻に敷かれてるんじゃねーの?」


 レティリエが瘴気混じりのスライムを凍らせた時な。瘴気の浸食ごとスライムの活動が止まって中にいたお前が助かったやつ。……記憶があったのか、思い出したくもないだろうに。

 というか尻に敷かれてるってどういう意味だ。氷雪の剣なんかなくたって、僕が彼女に逆らえるはずないだろうが。


「―――魂が人間ベースだもんな。属性竜ほど吐息を上手く使えないのか」


 わざわざ答え合わせに付き合う気もなく、僕は兄弟君の短杖を解析する。

 人間は種族的に見ると、体内魔素の配分はわりといいバランスで安定する傾向にある。そのため様々な環境への適応などに有利な反面、一属性で特化しにくいという特徴を持つのだが、それが竜の息吹とは相性が悪いのだろう。


「息吹に属性付与する魔具なんて、完全にお前用じゃないか。誰に造ってもらった?」

「師匠と女王の合作だよ。なかなか便利だろ、欠点がコレ一つで長所に早変わりだ」


 息を吐くだけで攻撃できて属性撃ち分けとか、便利どころの話じゃないんだよな。

 ああいう魔具って魔石を埋め込むもんなんだけど、なんで属性変えられるんだろ? 竜の息吹に耐えられる素材だし、女王が関わってるし、どんなチートアイテム使ってやがる。


「で、どうするよ。次の手はあるか? せっかく兄弟の再会だ。お前相手ならもうちょっとくらい遊ぶのもやぶさかじゃないぜ」

「ない。降参だ」


 僕は両手を挙げて白旗の意を示すと、扉の前からどいた。邪魔にならないよう、廊下の端に寄る。


「……お前のそういうところ、本気で嫌いだ。奥の手の一つや二つあるだろ」

「そっちが僕を炎に巻き込んだから応戦したんだろうが。主張は分かったから、ついでで僕を殺そうとするんじゃない」


 聞いた限り、これはバハンと魔族の問題だ。もっと言うなら竜族と魔族軍の問題で、勇者パーティーにはなんの関係もない。これで相性まで悪いのだから、やる気もなくなるというものだろう。

 というか、こんなところで消耗したくないんだよな。僕ってヒーリングスライムなくなると結構な無能になるし。


 ―――それに、この青年に手札を晒すのもゴメンだ。


「おや、手伝ってくれないんですか? せめて扉を護ってほしいのですが」

「僕はバハンも魔族軍もちゃんと国とみなしているからな。国家間の問題になりそうならあまり関わりたくないんだ」


 ルグルガンが口を尖らせるが、僕は肩をすくめた。

 僕自身はあの女王から問題解決を依頼されている立場だし、この問題自体はむしろバハンの肩を持ちたいところではあるのだが、巻き添えで殺しに来た兄弟君の味方に付くのはちょっとありえない。

 ここの正解は静観だろう。扉の向こう側に危険が及びそうならさすがに考えるが。


「ハハハ。国家間なんて大げさですね。アレはアーノなのですから、魔族軍の問題です」


 ああうん、魔王さんにはそう報告するわけね……だと思った。

 バハンの件は前魔王時代の失態だけど、それってつまりルグルガンにも責任があるってことだ。この男の強さと立場ならどうせ、当時の魔族軍でもそれなりの地位にいただろ。当時の魔王が放逐となった今、魔族軍の中では最も責任追及される人物かもしれん。

 ていうか、もしかしてバハンに向かった魔族、邪眼族だったりするんじゃないのか。


「ならなおさら手は出せないな。それで僕が重症でも負えば問題が大きくなってしまう。それこそ魔王殿の責任問題だ」

「錬金術師殿は下がっていてください。これより私が全力で速やかに、酒に酔ったとおぼしきアーノを制圧してみせましょう」


 わっかりやすいなコイツ。


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