地下階段
「リッドさん、来てください!」
「え、何レティ……じゃなくてリア? なんか暴発? おおうっ」
朝、ビックリするほどの大声で叩き起こされた僕は、混乱する頭で起き上がろうとし、寝袋の内でつんのめって鼻強打。痛ってぇ……。
とばっちりで起こされたガザンやドゥドゥムが、なんだなんだと寝惚け眼をこすりながら身体を起こす。その間にレティリエは駆け寄ってきて僕の肩を引っ掴み、ちょっと尋常じゃない力でぐわんぐわん揺さぶった。
いや起きたから。起きたからやめて許して。
「早く! 遺跡の扉が開いて、地下への階段ができています!」
なんだって?
大広間にはすでにワナとティルダがいて、魔術の光源がゆらゆらと、波打つように周囲を照らしていた。……あの、ワナさんそれ、触ったら爆発するヤツですよね?
異変が起きているのは広間の中央、魔術陣の場所のようだった。見れば二重円の魔術陣の内側が外れてズレている。
のぞき込むと僕の胸くらいの深さの穴が空いており、そこから地下へと続く階段があった。
「三人で顔を洗いに行こうとしたんです。そしたら、もうこの状態で……」
「なるほどなぁ。んー、遺跡が起動したならさすがに分かると思うけど……というか、起動しないだろこの遺跡。補修したのは二百年前の話だし、絶対ガタが来てるはず」
「でしたら、無理やり開けたのでしょうね」
僕が頭をひねっていると、後ろからドロッドの眠そうな声がかかる。振り向くとドロッドとイルズが目をこすりながら歩いてきていた。ところで爺さん、ナイトキャップは可愛すぎないか?
「これくらいの仕掛けだったのなら、魔術師なら開けられます。わざわざ遺跡を起動させるまでもない」
「……それは、たしかに」
そっか、現代の魔術師だもんな。この程度の蓋をズラすくらい、魔術で楽勝だ。
「とすると、ハルティルクはなぜ螺旋術式まで用いて遺跡を改造したのか、という話になりますが……まあ、それは後で考えましょう。まずは犯人は誰か、ですが」
ドロッドは集まっている一同を順に見回し、それから気まずそうに目をそらす。
「ワシの生徒たち、ですよね?」
うん、他は揃ってるからね。
「出し抜きか? まったく、呆れたヤツらだの。護衛の気も知らんと」
ガザンがやれやれといった調子で渋面をつくる。これで何かあっても、依頼料は満額請求していいと思うぞ。
「ニオイが残ってるな。五人ともだ」
ドゥドゥムが穴をのぞき込み、鼻をひくひくさせた。……ってことはディーノもか。昨日の夜になんかあったな。
「ま、こういうのは魔術師の世界じゃよくあることだ。騎士様の一番槍と一緒だよ。最初のヤツが、一番偉いんだってね。何か見つければ所有権も主張できる。……やられたな。僕が先にやるべきだった」
「リッドはいい性格をしていますよね」
ティルダがやや引いた表情で見てくる。分かんないだろうなぁ冒険者には。
「リッドは性格悪いからね!」
ワナは魔術師のはずなんだよなぁ。
「それで、みなさん。どうしましょうか?」
頭を抱えているドロッドの代わりに、イルズが代表してそう聞いた。
僕らは顔を見合わせる。どうするもなにも。
「追いましょう」
「なんで僕が一列目? 護衛対象なんだけど?」
地下へ続く階段の幅は、二人が並んで歩いてもまだ余裕があるほどだった。
そして協議の結果、隊列は僕とガザンが先頭、ドゥドゥムが二列目、ワナとティルダが三列目、ドロッドとイルズが四列目で、最後尾にレティリエということになった。おかしい。絶対おかしい。
「坊主の親父の遺跡だからの」
「なんか出てきたらすぐ下がれよ」
「リッドなら大丈夫だって!」
「援護はしますので」
「ゲイルズ君は優秀ですから」
「適材適所だと思いますよぉ」
「気をつけてくださいね」
「覚えてろよ……」
地下階段は、地上よりもだいぶんおざなりだった。切り出した石造りの上と違って、ここは壁も床も大きさの違う石の組み合わせだ。ごつごつしてやたら歩きにくい。
遺跡はあの扉を開くための装置なので、地下はオマケのようなモノだったのだろう、と僕は推測する。手段と目的の逆転というか、手段こそを目的として造られているのだ。
……ところで崩落とかはしないだろうな、これ。
「こうした遺跡は霊脈の上に建造されます。霊脈とは、大地の下を流れる大きなマナの通り道ですね」
慎重に階段を下りる中、ドロッドがいくつもの明かりを操りつつ、講義を始めだした。
筋金入りだな。ここに彼の生徒は一人もいないのだけど。
「霊脈の上、と言ってもただそれだけではありません。霊脈には霊穴と呼ばれる、マナの流れが渦を巻くような場所がありまして、そういう場所は特に上質の魔素が期待できます。霊穴のある土地は稀少な動植物が見られたり、上質の魔石が採れることもありますね」
講義を聞き流し、僕は罠を警戒しつつ歩を進める。
耳には入ってくるが、素人向けの話なので気を取られることはない。
「本当は本日細かく調べるつもりでしたが、この遺跡は大量のマナを吸い上げるため、霊穴の上に建設されていたと思われます。……裏を返せば、そこまでしなければここの立体魔術陣は起動できない、ということです。今では考えられない効率の悪さですね」
ま、技術の第一歩なんてそんなもんだ。
とはいえそんな役にも立たない技術のために、これだけ大きなものを造ってしまう、というのは面白い。多分、かつてのその時代はそれだけの余裕と熱意があったのだろう。
僕はハンドジェスチャーだけでガザンを止めた。
一人で少し先行し、仕掛けられた魔術陣が解除済みなのを確認する。
「罠ですか?」
「ええ、魔石から魔力を射出するタイプですね。解除して魔石も取り出してあります。大丈夫です。行きましょう」
ドロッドの問いに答えて、僕はまた罠の警戒に戻る。
「霊脈は大地の下にありますので、地下に降りれば降りるほど魔素が濃くなります」
講義が再開される。
僕にとっては今更の知識だけれど、BGMにはいい。こういう辛気くさい場所で無音になるくらいなら、退屈でも垂れ流し蘊蓄の方がまだマシだ。
「なのでこういった地下のある遺跡なら、魔力を貯蔵できる魔石や魔具が安置されていることが多い。放っておいても勝手に蓄積されていきますからね。勇者の遺跡ですと、魔石を製造する装置などが例が多く有名です。……おそらくこの地下の先にも、高品質の大きな魔石があったのでしょう」
「今は違う、と言いたげだな。大賢者様がもう持っていったってことか?」
魔術師は嫌いでもお宝には興味があるのだろう。ドゥドゥムが不満そうに聞く。
「そうですね。ハルティルクは魔石を使ってしまっていると思います。……まあ遺跡の宝は見つけた者勝ちなので、そこは百歩譲って良いとしましょう。問題はこの最高の立地を利用して、地下を改造している可能性が高いところです」
階段はずいぶん長いようだ。ドロッドの操る光源が先を照らしているが、どんどん下に降りていく。
造りの粗さから地下はオマケなのかと思ったが、どうやら違ったらしい。上が殊更丁寧に造られていただけで、地下階段は当時の一般的技術を使用している、というのが真相か。
あるいは、順序が逆なのかもしれない。
霊穴に掘った魔石の安置所が先にあって、その上に遺跡が建造されたのなら、この様式の違いも分かる気がする。……ところでこの地下道、ちゃんと空気穴は設けてあるのだろうか。ハルティルクならそれくらいの対策はしてそうだが、少し心配になってきたな。
「勇者たちとの旅を終えた後のハルティルクには、時折ふらりと行方不明になる悪癖がありました。おそらくこの遺跡を改造して魔術の実験場にし、籠もっていたのだと思います。こういった霊穴は魔術師にとって垂涎ものの立地ですからね。……本当に、貴重な遺跡をなんだと思っているのでしょうか。たしかに魔術学的な価値は薄いですが、史学的な価値は計り知れないというのに。この遺跡を調べれば、当時の人々の生活や思想、支配体制や技術レベルまで……」
おおっと愚痴に入った。
まあ言いたいことは山ほどあるだろうけれど、あの歴史的クズ賢者はそんなこと気にしないと思うぞ。
「我が親父殿が手を入れたにしては、まだしもマシな方じゃないですかね。地上は補修とワンポイントだけで済んでますし、地下も今のところ大改修を行なった形跡はない。史学的な価値は十分にあります」
「神学者としては、リッドさんの意見には賛同できませんね。ここは神代から人族の時代に移り変わる最中の稀少な資料です。こうした遺跡は保存し後世に残すべきでしょう。……ああ、本当にもったいない」
僕の気休めにイルズが反論する。どうやらこの神学者も落胆していたらしい。
初めての曲がり角が見えて、ガザンが皆に止まるよう合図する。そして彼と僕とで先行しようとしたところで、ドゥドゥムに肩を掴まれた。
「お前は待て、血の臭いがする」
マジか。
「曲がり角の先の安全を確認する。俺とガザンが角まで先行し、動く物が見えなければリッドを呼んで罠を調べさせる」
「ティルダ、ワナ。坊主より前へ。援護頼む」
「わたしは……」
「リアはそのまま後方警戒。この狭さで前衛三人は無理だ」
口頭での行動確認。女性二人が僕の横を通って、それぞれ得物を構える。
ティルダは短弓だけど……ワナの持ってるあれ、なんだ? 針? 串?
「小さいですが魔杖ですね。おそらくですが、魔力を一点集中するための補助魔具かと。彼女はオドの制御が不得意のようですから、あれで狙いと範囲を絞るのでしょう。……面白い。後で見せてもらいたいものです」
ドロッドが感心しながら分析する。
なるほどさすが冒険者、いろんな状況に備えがあるもんだ。きっと、どこかで痛い目にあったんだろうな。
ガザンとドゥドゥムが曲がり角に辿り着いた。武器を抜いて慎重にその先をのぞき込み……舌打ちする。
「坊主、来てくれ」
どうやら敵はいなかったらしい。となると嫌な予感しかしないが……二人の様子からして、手遅れか。
懐に忍ばせたヒーリングスライムを手にして、彼らのもとへ。
一拍だけ躊躇し、意を決して、曲がり角を覗く。
うつぶせに倒れて動かない一人の人間と、おびただしい量の血痕。
「……検死します」
僕は死体と断定して宣言した。
近寄る途中、乾いて変色した血液を靴ごしに感じた。遺体の傍らにしゃがんで検分する。
外傷は首の右側付け根の部分と、左の脇の下。首の傷口は小さくて火傷のような痕があり、左側は破裂したように損傷して腕が千切れそうになっている。
……人工生命の研究関係でこういうのはだいぶ慣れたつもりだったけど、さすがに人族の死体はキツいな。気を抜いたら吐きそうだ。
「魔術的な罠です。首の付け根から火属性魔力を撃ち込まれ、反対側の脇下まで貫通。肉体を突き抜けた後、再度空気に触れることで爆発したという感じでしょうか。思っていた以上に殺傷能力の高いのが仕掛けられていますね」
髪色は濃い茶色。たしか荷馬の片方を引いていた男だ。
つまりディーノと同じく、あの中では下っ端である。力関係は変わっていないな。
気を落ち着かせるため、大きく深呼吸する。死のニオイが肺に満ちる。
僕は胸に拳を当てて、この世界の祈りの言葉を口にした。
彼が死んだのは僕のせいだ。ドロッドの生徒たちが焦っていたのは分かっていた。なのに僕は昨日、追い打ちをかけるように彼らの活躍の場を奪ってしまった。
得意分野で調子に乗っての、判断ミス。どんな迂闊だ。人生二度目のくせに。
祈りを終える。気がつけば他の皆も、僕と同じように祈っていた。
「……ハルティルクに挑んだのです。彼も覚悟の上だったでしょう」
ドロッドは教え子を眺め、悲しそうに呟く。
死者を地上に運んで埋葬してやりたいが、今は優先すべきことが残っている。僕は感情を殺して口を開く。
「他の四人は先へ進んだようです」
「我々も行きましょう」
そこから先、ドロッド副学長は講義をしなかった。