呼び出し
「なんのために、そこまでするのですか?」
大手企業に企画を持ち込んだら、まるっとぶんどられて下請けにされた。
通された客室はベッドが四つある大きめの部屋で、テーブルや椅子などはもちろん揃っているが、いわゆる賓客用の個室ではなかった。……敵地であることを考慮すれば、気を遣われたのだろう。個室をあてがわれて各個撃破なんて警戒をしなくていい。
小窓に填め込まれたガラスは気泡が多いし寝台もあまり柔らかくないし、フロヴェルス城の時とは比べるべくもない部屋に見えるが、別に質素なわけじゃないんだよな。普通の宿屋なんか目じゃないくらい良い部屋だし。これは僕の目が肥えたせいなのだろう。
「それで、レティリエ。あの魔王はなんなんだ?」
部屋の隅に荷物を放り出し、革の臭いが染み付いた水筒の水を飲み込んでから、僕は尋ねる。緊張していたからか喉がカラカラだった。
ベッドに腰掛けたミルクスも、上着を椅子の背もたれに掛けているモーヴォンも、荷物を降ろした姿勢のまま放心した様子のレティリエに注目する。みんな、あの魔王に困惑していた。
「……そういえば、あのお方は外にお出かけするのがお好きでした」
これ、そんなレベルの話題じゃないんだけどな?
「特に遠出の時はご機嫌がよく、サリスタ山の教会訪問やダジルアスラの視察、祭事への参加に観劇なども、予定がある日は朝早くに起きて準備し馬車にいち早くお乗りになるお人でした。なにもない日もお城の庭園を散歩するのが日課で、雨の日などは本を読みながら、時折物憂げに窓から外を眺めていらして……」
「分かった。もういい」
つまり旅行好きか。
もしかしてフロヴェルスに乗り込んできたのも、道中の景色を楽しみたかったとか? まさかそんな。
―――あの後、件の魔王はククリクとルグルガンが引きずるようにどこかへ連れて行ってしまった。多分必死に引き留められるんだろうが、どうなることやら。
「エディグ山、だったか? 魔界の瘴気の発生源という話だが、そこへ魔王さんも一緒に行く場合、そりゃぁ魔族軍の全面的な支援は受けられるだろう。それこそ彼女が言ったように、僕らの方が協力者の立場でしかなくなるほどに」
両手でこめかみと眉間をマッサージしながら、まだ見ぬエディグ山の光景を想像してみる。……そもそも魔界のイメージが湧かないな。資料とか全然ないもんな。
とにかく、山というからには山だろう。発生源なら常に瘴気は濃いはずで、濃い瘴気は魔族にも毒だからほぼ人の手は入っていまい。危険で険しく、道らしい道のない山岳としとこうか。
「けれど仮にそこで魔王の身になにかあった場合、例えそれが不可避の事故とかでも、僕らが悪者になる可能性が限りなく高い」
例えば不測の落石が直撃して魔王が死んだ、とかいう自然界では十分あり得る事故であっても、その場面を直接見ていない者は「もしかしたらあの人族たちがやったんじゃないか」とかいくらでも疑えるわけである。
また同行者の魔族としてもそんな事態が起きたら、狡猾で分かりやすい誰かのせいにしてしまった方が我が身の保身をはかれるのではないか。
そしてそうなった場合、僕たちは魔族全部を敵に回して全力の逃走戦としゃれ込まなければならないし、どちらかが滅びきるまでの人族と魔族の戦争が始まるのである。
偉いヤツは金だけ出して椅子にふんぞり返っててほしいんだが?
「まあ、そん時はアタシがお前らの味方についてやるサ」
シシシ、と脳天気に笑ったのは褐色肌の竜人族、ゾニだ。ペネリナンナは魔王たちと一緒に行ってしまったので、この部屋に案内してくれたのは彼女である。今は入り口近くの椅子に、足を高く組んで座っていた。
ちなみになんで部屋に入ってきて会話に参加してるのかは分かんない。きっと暇なんだと思う。
「パートタイマーじゃなぁ……」
実際、申し出はありがたいのだが、彼女の魔族軍での立場を考えると微妙なところだ。実力は魔族軍でも屈指なんだろうけど、重要な案件での発言権とかなさそうなんだよなこの女……そういうのに興味もなさそうだし。
「勇者の遺跡、と言っていましたね」
モーヴォンが魔術の光源の位置を微調整しながら、呟くように言った。それで、室内に沈黙が降りる。
少年は自分の上着を掛けた椅子には座らず、別の椅子に腰掛ける。
「一般的に、勇者の遺跡は三種類あります。一つ目は、歴代の勇者が立ち寄っただけの普通の場所。二つ目は、歴代の勇者が挑戦した神代の遺跡。そして、三つ目は……」
「まだ誰も入っていない、手つかずの神代の遺跡ね」
ミルクスが双子の弟から台詞を奪う。ベッドの強度を確かめるようにギシギシ言わせ、シーツを撫でて手触りを確認している。森の狩人である彼女が寝る場所にこだわるイメージはないのだが、それでも記憶にある他の寝台と比較はしたくなるのかね。
「未踏の勇者の遺跡、って言ってたからには、手つかずの神代の遺跡なんでしょうね……」
だろうな。一つ目も二つ目も、未踏ではないんだから条件を満たさない。
つまりマジモンの神代の遺跡だろう。神や神の腕たちが創世神話やってたころの建造物だ。
「神代の遺跡は、勇者にしか入り口を開けないと言われています。おそらく、魔族軍は遺跡を見つけたものの、入ることができなくて困っていたのではないでしょうか」
モーヴォンの推理は正しそうだよな。
神の腕と同じ性質を持つ勇者は、神の腕が建造した遺跡に迎え入れられる。つまりレティリエにしか入り口を開くことができないのである。
僕が知る限り、勇者以外が未踏の神代の遺跡を開いた記録はない。
「魔族も瘴気が濃くなっている原因については調査していた、ってことだな。まあ当然か。この件は人族より魔族の方が、よほど逼迫した問題だろうし。……ゾニ、調査状況についてなにか知っていることはあるか?」
「瘴気が濃すぎて、あの学徒が造った結界石がないと立ち入れない場所だナ。凶暴な魔獣がたくさん出るんで、ずいぶん慎重にやってるって話ダ」
「お、おう。……そうか」
まったく期待していなかったから、まともな話が聞けただけでビビるな。ゾニ、ちゃんと情報面で役に立つことあるんだ……。
「つまり調査課程でたまたま遺跡を見つけただけで、間違いなく原因はそこであるって確証はないってところか。まあそれでも調べない理由はないが……。やっぱり向こうが主体ってことがなぁ。権利関係で揉めるだろどう考えても。中のお宝は全部魔族軍のモノだと主張しているようなもんだし」
「そんなこと言ってる場合なの?」
気になるんだよケチだから。
「ま、その辺りはゆっくり詰めていこうじゃないか」
ガチャ、と扉を開けてそう言ったのは、もうおなじみのアルビノ女だった。
「用があって訪ねてきたら、たまたま会話が聞こえてしまってね。警戒はしてくれていただろうし疑われてないかもしれないが、盗み聞きをしていたわけじゃないから安心してくれ」
ノックも無しに来た彼女はあからさまに不機嫌顔で、ふてくされた声からも首尾が分かる。どうやら魔王の説得には失敗したらしい。
というか、こういう表情初めて見たけどけっこう顔に出るなこの女。よくよく考えたら、感情を自制してるところを見たことない気がする。自分の心に素直に生きてるんだな……。
「ボクとしても発見した貴重な研究対象に関しては所有権を主張したいところさ。けれど、神代の遺跡は勇者じゃないと開けないからね。君たちにも分け前を主張する権利くらいは認めるとも。魔王さまには魔族軍が九、勇者パーティが一で配分するよう耳打ちしておこう」
「なるほど。つまり、君には決定権はないってことだな。いいことを聞かせて貰った。あの魔王さんを口説き落としてその逆にしてやるよ」
おそらく八つ当たりの嫌味に軽口で返してやると、ククリクは奥歯を噛み締めこちらを睨んでくる。うん、敵意が心地よいな。爽やかに吹き抜ける草原の風のようだ。
「我らが魔王を相手にそれができるというのなら、是非やって見せてくれたまえよ。ちょうど、ボクもキミを呼んでくるように頼まれてここに来たんだからね。思う存分お話してくるといいさ」
「ん? 魔王が僕たちを呼んでるのか?」
「いいや、キミ一人だ」
意外だったので、思わず何度かまばたきしてしまった。
……魔王はレティリエと元主従だったのだから、呼ばれるならば彼女ではないのか。よしんば僕と情報交換をしたがっていたとしても、レティリエのついでで一緒に呼ばれるものだと思っていたが。
いや、よくよく考えれば呼ばれる心当たりはあるな。同郷だもんな。
僕の前世についてあまり詮索しようとはしない……というかカミングアウトしてからもビックリするくらい触れられることがないのだが、レティリエ、ミルクス、モーヴォンの三人はもう僕が異世界からの転生者だと知っている。多分ロクデナシだったってバレてるし気を遣われてるのだと思う。
けれど、向こうはそれを知らない。なら、そういう話がしたいのであれば、そりゃ一人だけで呼ばれるだろうさ。善意と言っていい。
「ボクはキミが戻ってくるまでここにいるよ。お仲間さんたちと楽しく雑談でもしてるから、せいぜい実のある会談をしてきてくれたまえ」
ククリクは徹底して人質役か。敵地での単独行動はたしかに危険なんてもんじゃないが、ことここに至ってはもう毒を食らわば皿までの域だろうに。
つまり、どうしても来てほしい、ということかね。
「分かった。行こう」
僕は渋々と頷いた。
……前世のぶっちゃけ話なんて、あまり気が進むわけじゃないんだがな。




