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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神殺し―
207/250

今代の魔王

「貴方はなぜ、そう在れるのでしょうか」






 ロムタヒマ王都に来たのは二度目だが、王城に入るのは初めてである。以前来たときは、教会の宗教塔にしか行かなかった。


 近くから見上げる王城に華美な装飾はなく、木材と石材と鉄でただただ機能を追求された建築は、王族の住む宮殿というより巨大な砦を想起した。……事実、ここは戦を想定した設計なのだろう。いかにも軍事大国ロムタヒマらしい装いに見えた。

 ククリクの先導で大門から入る。いったい何人がかりで開閉するのかと呆れる重厚な門扉は最初から開いていて、槍の穂先近くを持った青い肌の門番は言葉を交わすこともなく端に寄った。

 警戒はしていたが、全員が扉を通り抜けても落とし格子が降りるようなことはなかった。大門から城の正門までは建築の形状が凹のような形で距離が取られ、左右の壁には狭間窓がしつらえてあったが、そこから弓で狙われることもない。


 ……期待していたわけではないのだが、半ば拍子抜けするような心地だ。


「ああそうそう。魔王さまはね、本当は自分で出迎えに来たかったみたいだよ」


 前を行く学徒が振り返って、ニシシ、と僕らの勇者に笑いかける。


「あんな別れ方をした元侍女と、久しぶりにゆっくり話せる機会だからね。奥の謁見の間で王座に座って、今か今かとソワソワしてるハズさ」


 あんまり喋れなかったからな、前回は。

 フロヴェルスに彼らが来たときは、戴冠の式典が終わってすぐ帰っていったらしい。さすがに敵地まっただ中で長居するほど、彼らは非常識ではなかった。

 ……まああんな少人数で敵地に乗り込んでる時点で常識などあるわけがないのだが、それは今回でお互い様になったし突っ込まないでおこうか。


「そ、そうですか。ひ……魔王殿が」


 姫様、って言おうとしたな。動揺丸出しじゃないか。もっと泰然としてほしいもんだが。


 正門にも青肌の門番が立っていたが、武器も持っていない。僕らが近づくとさっきのものよりは小さい……けれどやはり一人や二人じゃ動かないだろう門扉を開けるよう、中に待機している者に指示した。


 重い音をたてて正門が開く。

 中は燭台の灯りで照らされていたが、少し薄暗い。設置されている燭台が少なく、光源の数が広さに負けているせいだ。歩くのに難儀はしないが、これが王城の設備だと考えるとさすがに寂しい。床に敷いてある絨毯も安い品ではないだろうが毛足は短く、端は擦り切れそうになっている部分も目に付いた。旧ロムタヒマの財政事情が窺い知れるというものである。

 質実剛健。その実は金がないだけ。国土が魔界に隣接したこの国はどうしても軍備に予算を割かなければならず、国庫にあまり余裕がなかった。……まあそれ故に軍事大国になれたという経緯もあるのだが。



「お帰りなさい、ククリク、ペネリナンナ、ゾニ。客人の案内ご苦労様です」



 そんな薄暗いホールの中央に、その女は佇んでいた。……後ろには褐色の肌に銀髪の男が控えているのを見るに、多分ホンモノだろう。


「そしてようこそ、勇者ご一行様方。遠路はるばるよくぞおいでくださいました」


 美しく微笑し、今代の魔王は僕たちを迎えたのだ。






 特段、魔王らしい姿をしているわけではなかった。

 角もなければ羽もない。肌も白く、アッシュブロンドの髪も山吹色の瞳も、僕の弟子とまったく同じ。

 ドレスの色は黒だが、以前フロヴェルスで見た金糸や宝石による装飾は一切ない地味な造りで、とてもじゃないがお伽噺の魔王が身に纏うような衣装には見えなかった。


 彼女の内面から滲み出る気品や風格は、王族のそれ。けれど魔王のイメージに合うような恐ろしさは感じられない。

 むしろ、今の彼女はどこか……―――



「チッ……ねぇ、そこでなにをしているんだい? 魔王さま」



 魔王のねぎらいへの最初の返答は、ククリクの呆れ声による苦言だった。ていうか今こいつ、王に向かって舌打ちしたぞ。


「なにを、とは。頭脳明晰な貴女らしくない質問ですね、ククリク。もちろん、重要な任務を果たしてくれた部下と大切な客人の……」

「キミは王なのだから、謁見の間で玉座に座ってるべきだと言っただろう? 足を運ぶのはあくまで客人の方でなければ、権威ある者として示しが付かないという話じゃなかったかな? わざわざボクが城下まで出張った意味を考えて行動しているのかい?」


 半ギレで矢継ぎ早に責め立てるククリクは、イライラと腕組みしながらつま先で床を叩く。絨毯が傷むぞそれ。


 しかしなるほど……あくまで立場はあちらが上、という形に魔族がこだわるなら、僕らが魔王に謁見を求めたという様式をなぞるべきだったのだろう。その辺のやりとり詳しくないから完全に失念してたし、こちらにとって重要な意味があるとも思えないからなんにも考えてなかったな。

 とはいえ魔族側からしたら、ちょっと気になるところだったのかもしれない。


 王が玄関ホールで待つなんて、最上級の歓迎でもって迎えられたに等しい。部下たちがこちらに少しでも非礼を働けば、それは王の顔に泥を塗ることと相違ないだろう。


「僭越ですね学徒殿。そのような些事、我らが魔王の御心を縛る理由になるはずがないでしょうに」


 魔王の後ろに控える褐色肌の青年が、怒りを滲ませた声を向ける。まあククリクの態度酷いから、信者としては当然だよな。


「キミは黙っててくれないかルグルガン。魔王が暴君であった時代は終わった。そうしたのは他ならぬキミだろう? このか弱い魔王様が魔族全体のことをないがしろに短慮な行動をすれば、最終的に首が絞まるのは魔王様自身なんだ。それくらいキミもそろそろ理解してほしいのだけれどね」


 そしてククリクはククリクで理詰めの切れ味が魔剣並だ。態度と性格と根本的な人格を直せばきっと良い臣下になれるのではないか。


「王が御心のままにあらせられることこそ、我ら臣下臣民の喜びでしょう。臣民が枷となり臣下が苦言を呈すなど、王の尊厳をどれほど踏みにじるつもりなのですか」

「尊厳と言ったか? ハ、馬鹿馬鹿しい。王という役職に付随するのは重責だけだ。その責を担いまっとうするからこそ、王は尊く威厳に満ちるのさ。キミのはただの甘やかしじゃないか」


 というか、魔王の振る舞い方で揉めるくらい意識が違うのかこの二人。

 おそらくルグルガンは「文句があるヤツは決闘しに来い」な魔王による古い体制を引きずっていて、ククリクはそれは新しい魔王には無理だからと細やかな配慮を求めている。

 多分……この意識の差は、互いの立ち位置が振り切ってるからこそ顕著に顕れるんだろうな。ルグルガンにとって魔王は身命を賭して仕えるに足る主君だが、ククリクにとって魔王は魔族軍運営システムの重要パーツだ。後にも先にも二人の意見が合うことはないだろう。


 うん、勝手にやっててほしい。


「魔族とは、強く勇ある者には敵であれ敬意を払うのでしょう? ならばたった四人でこの場に立つこの者たちは、最大限の敬意をもって迎えるに足ると判断したまでのこと。彼らを軽んじては、全ての魔族の品位を下げることにも通じましょう」


 なにが可笑しいのか、本気で険悪な空気になりかける二人の間に立ちながら、魔王殿はクスクスと笑う。

 ……なんとなくだけど、わりといつもの光景なのかもしれないな、これ。


「ボクはそういうの詳しくないけど、蛮勇は別だよ。ゴブリンが一匹で巨人に立ち向かうなら嘲笑の対象だ。つまみ上げられて四肢をねじ切られ、玩具にされてから捨てられても文句は言えないさ。……けれどその理屈の欠片ほどは納得した。たしかにボクの敵はゴブリンなんて可愛いものではないからね。考えた末での行動であったなら、ボクも我が王への非礼を詫びようじゃないか」


 偉そうだなククリク。ていうかルグルガンがプルプル震えてるんだけど、ゴアグリューズの話によると彼って戦闘力で魔王になれる器じゃなかったっけ。よくやるよなホントに。


「いいえ、謝罪の必要はありません。ククリクのみならず、ルグルガンも、いたらぬ我が身を慮っての発言であると承知しています。二人の忠義には感謝しかありません」


 美しい魔王はなんら気を悪くしたふうもなく、その謝意は涼やかな声音で。

 混じりけのない感謝の言葉に、褐色男は一瞬で顔を輝かせ、アルビノ女はやれやれと肩をすくめる。

 ……バランス取りが上手ぇ。ペネリナンナがコツを盗みたがるハズだ。



「さて、お客様方を退屈させるわけにはいきませんし、我々の事情の話はこのあたりで。―――勇者レティリエ・オルエン殿。早速、此度の本題のお話をさせていただきますが、よろしくて?」



 あっさりと部下同士の不和を諫めた魔王は、かつての侍女へはにかむように笑いかける。

 我らが勇者は真っ直ぐにその目を見返し、柔らかく微笑んだ。……略式の礼も行わなかったのは、彼女の方が僕よりもそういったことに詳しい証左だろう。


「はい。書状にて伝えましたとおり、我らの目的は魔界の調査。濃度を増していく瘴気の原因を突き止めること。そしてその、突き止めた原因への対処まで」

「―――即ち、魔界を救うこと、ですね」


 魔王は満足げに瞼を閉じ、噛み締めるようにそう繋げる。

 そうして。


「よろしい。魔王の名において、勇者御一行に魔界への立ち入り許可を与えましょう」


 よし、第一段階クリア。いきなり出てきたのは驚いたが、いい流れだ。魔王の心証も悪くなさそうである。あとは、このまま現地での協力を取り付けることができれば……。


「ただし、その調査の主導は魔族軍が行います」


 にっこりと笑って、それが当然のことであるかのように。

 今代の魔王は、あらかじめ決定されていた事項を僕らに伝える。


「そも、我らの魔界の危機によそ者が立ち向かうのを、指をくわえて見守ることなどできるはずがありません。何もしないのは後ろめたいから、そのよそ者を助力する……などと世迷い言を口にするのも、恥辱に耐えがたい。勇者御一行、貴方たちが我々に協力するのです」


 楽しそうだな、と感じた。

 嬉しそうだな、と思った。



「調査目的地は瘴気の発生源であるエディグ山。―――その麓にある、未踏の勇者の遺跡。ええ! もちろん魔王である私が直々に、調査隊の長を務めましょう!」



 バカなのかな? って疑問がその場の全員の顔に浮かんだ。


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