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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―転生錬金術師と儚き勇者―
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旅の星空の下で

 あれからさらにドゥドゥムとティルダが鹿を一頭狩ってきて、イルズが食べられる山菜やキノコをたくさん集めてきた。

 ここで暮らす気かと思うほどの大収穫だ。おかげで僕らは驚くほど豪勢な夕飯にありつけた。


 起き出してきたドロッドはさすがに恥じ入っていたが、レティリエの料理に舌鼓をうつ姿は元気そうで、どうやら体調の心配は要らないようだ。

 彼は食事の終わりがけに、本日の調査の終わりを宣言した。




「なんかここ、すえた臭いがしないか?」


 そして僕らは今、遺跡の奥にある部屋を検分している。危険の有無と、使える部屋数を確かめるためだ。


「オーガが棲み着いていたからの。やつら住処はそこそこ綺麗にしたがるが、体臭は気にせん」


 僕の問いにガザンが答える。そういや、討伐したって言ってたっけ。


「あれ? そいつらって倒したんだよね。死体どこいったの? 食べた?」

「俺たちは喰わねぇよ……。外におびき出して倒したからな。森のヤツらに食べられて、もう骨になってたよ」


 ドゥドゥムの呆れ声。鼻をつまんでいるから、声が面白くなっている。

 この臭い、僕は少し気になる程度だが、狼獣人にはキツいらしい。まあ人の内心まで嗅ぎ分ける嗅覚だしな。


「ま、ここは使えそうだ。次に行こうか」

「待て、明かり持ちが勝手に離れようとするな。というか坊主は魔術的な罠を探せ」

「ないよそんなの。副学長の話は聞いただろ? これだけ大きな建物丸ごと魔術陣にして、仕掛け一つが精一杯なんだ。魔術的な罠なんてあるもんか」

「しかし大賢者に改造されておるのだろう?」

「安心しなよ。ハルティルクが罠を仕掛けるとしたら扉の先だから。彼が本気で隠したいと考えたなら、わざわざ何かあるって知らせるようなマネはしない」

「断言するな……そんなに詳しいのか」

「父親のことだからね」


 もうこのネタは説明済みだからバンバン使える。食事の席でワナが皆に解説しだしたときは、さすがに小っ恥ずかしかったけどな。


「なるほど。……だが、それでも探せ。油断は愚か者のすることだ」


 そんな調子で、僕たち三人は片っ端から部屋を検めていく。

 役割は建築知識のガザンに索敵のドゥドゥム。そして魔術知識の僕だ。この役目ワナがやるべきなんだよな……。


 結果は、罠ゼロ。危険な大型生物ゼロ。使えそうな部屋が六。

 ちょうど四日目に泊まった宿と同じ部屋数だ。壊れた壁の穴から外に出られたり、オーガが食べた獣の骨が積み上げられた部屋は、どうしても個室が欲しい人に使ってもらおう。


「そもそもオーガが棲んでたんなら、罠があっても発動済みだよな……」

「危険がなかったなら、それに越したことはない」

「獣や魔物はいなかったが、毒虫が隠れていたら俺も見落としているかもしれん。寝るときはせいぜい注意しろよ」


 僕らは柱が並ぶ大広間を通り抜け外に出ると、皆の視線が集まる。

 彼らは食事の片付けや荷物整理、荷馬の世話など、今日中にやっておくべき作業を行っていたはずだが、ほとんどがもう手を止めて休んでいた。


「ドロッド副学長。部屋の検分は終了です。罠や獣はなし。一応毒虫の類だけ各自注意が必要とのことですが、それも森の中よりは安全でしょう。部屋数は九。そのうち一番西側の部屋はオーガたちのゴミ捨て場になっていて、その隣は臭いが酷く、さらに隣の部屋は壁に穴が空いていて使えません。残り六部屋は使えそうですので、冒険者の皆さんと僕で二部屋使わせてもらってよろしいでしょうか?」


 皆が結果を気にして注目する中、僕は代表者のドロッドに報告を行う。……ついでに部屋割りの希望も出しておく。こういうのは先に言っておいた方がいい。


「部屋が使えるのはありがたいですね。あのホールは広すぎて落ち着けませんし、警鐘の結界もすぐに張れますから。昨日は夜間の見張りをしていただいた冒険者の皆さんにも、今夜は休んでいただけそうです。……しかし、ゲイルズ君は三人部屋でよろしいのですか? なんでしたら仲のいいイルズ君や同期のディーノ君との二人部屋でも……」

「ははは。それもいいですが、彼らとの相部屋も楽しいのですよ。現役冒険者の手に汗握る冒険譚が聞けますからね。こんな機会はなかなかありません。ははは」


 冗談じゃないチョイスなんだよなぁ……。


「俺たちは二人部屋がいいけどな」


 後ろでドゥドゥムがボソッと漏らす。うっさい僕のために我慢しろワンコ獣人。


「そうですか。ではせめて広い部屋を選んでください」

「ご配慮ありがとうございます。では東側の二部屋を希望します」

「分かりました。では、みなさん聞いていましたね? 手の空いている方は明日に備え、休むように」




「ゲイルズ、少し付き合え」


 部屋に荷物を運び込み、ガザンとドゥドゥムと陣地決めして寝袋を引っ張り出したところで、廊下から声がかかった。

 今日はもう疲れたから寝たいんですけど?


「どうしたディーノ・セル。もしかして覗きの誘いか? たしかに女性たちなら川へ水浴びに行ったけど、たぶん気づかれた瞬間に死ぬぞ」


 あの三人、強い上に役割バランスもいいからな。僕が行ったら十割死ぬと思う。


「貴様と一緒にするな……いいから来い」


 やれやれだ。わざわざ部屋の外に呼び出すということは、他人には聞かれたくない話があるのだろう。どうせつまらない内容だ。


「分かった。行こう」


 僕らは部屋を出て廊下を通り、あの大広間も抜けて外に出る。

 人がいないせいか、さっきより空気が冷えている気がした。星が綺麗だな。


「それで、話は?」

「頼みがある。これ以上でしゃばらないでほしい」


 やっぱりつまらない話だ。欠伸が出る。


「なんで?」

「先輩方が焦っている。これ以上、他教室に手柄を持っていかれるわけにはいかないと。このままでは不和を招きかねん。貴様とスニージー嬢が序列最下位のアノレ教室なのも、彼らの敵愾心を煽っている」

「アノレ教室は序列こそ低いが、けして凡夫の集まりではない。質でドロッド教室にひけは取らないと自負している。勝手に思い上がって勝手に見下したうえ、自重しろとはいい身分だな、序列最上位」


 ぐ、とディーノは歯がみする。

 苛立ってるな。だがここで言い返すのは生徒の義務だ。


「貴様だって空気は察しているだろう? アノレはドロッドと無益な対立を望むのか?」

「だから無能を演じろと? 術士として存在意義が問われる申し出だ。承諾できるはずがない。それに僕個人としても、今後のため副学長の評価は得ておきたいところでね。ディーノ・セル。君は先輩方のご機嫌取りのために、下位術士の好機を摘むのか?」


 ギリ、と。奥歯の軋む音がここまで聞こえた。

 彼は何か言いかけ、口を閉じ、そして僕を睨む。


「嘘をつけ、リッド・ゲイルズ。貴様が他人の評価など気にするものか」


 ……いや、わりと気にするよ? お前どんな目で僕を見てるの?


「今日だって、評価が欲しいなら最初から調査に参加すべきだった。すべて分かっていたならなおさらだ。なにが、意見を言ってよろしいのですか、だ。見下しているのはそっちだろう」


 決して荒らげはしない。しかし、その声にこもるのは怒りだった。

 静かな、しかし激しく清廉な怒り。


「そんな他意はない。他教室の議論にズカズカ入っていけるほど図々しくないだけだ」

「いいや、貴様はいつもそうだった」


 身分違いの幼なじみは、断固として僕の言葉を否定する。


「なんでも分かっているくせに自分からは口を出さず、必ず一歩引いて俯瞰している。進んで損な役回りを演じ、危険には注意を促し、正答へたどり着けるよう誘導するくせに、集団では決して前に出ず埋没しようとする。……同い年のはずなのに、まるで保護者のようだと感じていた。俺は貴様のそういうところが、たまらなく気に入らなかったよ」


 殴られたような気がした。思いっきりだ。

 彼は僕に触れてすらいないのに。


「そんな……」


 とっさに言い返せない。今日はけっこう前に出たと思っていたけれど、などと、空虚なおためごかしも躊躇われた。

 そうか、と。

 そんなふうに思われていたのか、と。

 胸の内にあるのはどうしようもない罪悪感だ。彼はずっと苛ついていた。


 僕は転生者だ。

 前世の記憶がある。この世界のモノではないが、経験も、知識も、技術も、子供の頃から持っていた。

 ……だから僕は子供のころ、子供を演じなければならなかった。

 彼らと共にいるとき、保護者目線になるのは当然だ。子供が成長の過程で身につける経験や知識を、僕は元から持っている。

 そんな僕が、成長していく彼らの邪魔をするわけにはいかない。しかしだからって、危ないことを見過ごして怪我などさせられない。

 歳の近い子と遊ぶときは、ずいぶんと気を使ったものだ。母は近所の子供に文字や計算を教えてたから、逃げるわけにもいかなかったしな。


 演技で塗り固めた子供時代。察しのいいやつは、そりゃあ気づくか。


「そのくせ、お前の本性は底意地の悪い小物ときている。まったく、本当にたちの悪い」


 お? なんだよガチ悪口か? 溜息なんか吐きやがって。


「……なあゲイルズ、さっきのはなんだ?」

「さっきのって、いつのさっきだ。主語をきちりと言ってくれ」


 ディーノは頭痛に耐えるように額を押さえ、遺跡の壁に背を預ける。彼は深く、深い息を吐いた。


「……でしゃばるな、と言ったのは確かに俺の失言だ。俺が間違っている。諫めるべきは先輩たちの方で、貴様やスニージー嬢ではない。二人に甘えたな。すまなかった」


 コイツの、こういうところは素直に尊敬する。

 己の失敗を認めるのはツラい。気に入らない相手の前では特に。


「だが、貴様は自分たちのためでなく、俺に間違いを気づかせるために拒否しただろう」

「そんなことは……」


 碧眼に睨まれる。薄っぺらい嘘など、吐かせはしないと。

 それで、僕は黙ってしまった。認めてしまった。


「まるで子供扱いだ。まったく。こっちは何度、お前に吠え面かかせてやりたいと思ったか分からんというのにな。……なあ、ゲイルズ」


 それを口にすることを、彼は逡巡はしなかった。

 それでも、目はそらしたのだ。



「なぜ、貴様は魔術を使えない?」



 この問いだけは、こちらを直視して発せられない、と。

 しかし、問わずにはいられない、と。


「……知るか、馬鹿」


 僕だって君みたいなやつと、正々堂々勝負したかったさ。


「そうだな。悪かった」


 ……謝るんじゃねぇよ。


「時間を取らせてすまなかった。先輩方は俺がなんとかなだめておく。師はああいう方だから、当てにできんしな」

「ああ。そっちの師匠はたしかに少し、イメージと違ったな。……思ってたよりずっと苦手なタイプだ。これ以上気に入られると面倒かもな」


 ディーノは一瞬こちらを睨み付け、そして呆れと諦めの混じる吐息。


「……そういうところだぞ」


 僕は舌を出す。

 思い知ったともさ。けれど、現状の最適解は明白だ。


 ディーノはドロッド組では立場が弱い。一番若年だからだ。

 彼が一人で先輩方を御そうとしても、限界がある。

 対するアノレ組は簡単だ。ワナは知識面で役に立たないから、僕が控えればそれですむ。


 安い話だ。ディーノは不服だろうが、なにせ僕は底意地の悪い小物なんでな。

 せいぜい悔しがってくれる様を愉しむとしよう。




 しかし。

 そんな気遣いはとっくに手遅れだったのだと、翌朝僕は痛感する。


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