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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神殺し―
194/250

作戦と期限

「つまり、だ。フロヴェルスは魔族相手に戦争をやめるわけにはいかないんだ。今は教会側、貴族側の二つに分かれて論争しているようだが、神聖王国としての体面を保つにはロムタヒマを滅ぼした魔族と簡単に握手はできない。時間は少しかかるかもしれないが、早くて半月ほどでどうせ戦争継続に傾く。一方、魔族としては今回の遠征はあくまで避難行動であり、魔界が安全になれば無理をしてロムタヒマを占拠し続ける必要はない」


 ガタゴトと馬車に揺られながら、僕は説明する。……馬車はだいぶ慣れたつもりだったけど、気をつけないと舌噛みそうになるなこれ。

 前乗ったのと同じナーシェランの軍用馬車だ。さすが軍事には常に最先端の技術が投入されるだけあって普通の馬車よりかなり乗り心地はいいが、やっぱこの文明レベルのサスペンションじゃ限界がある。……うん、異世界転生者の知識を使って質のいいの開発すればいい金になるかもしれないな。問題は緩衝機構の知識がゼロなところだが。


「よって、フロヴェルスが結果の分かりきった議論に紛糾してる間に、僕らは魔界の瘴気が濃くなった原因を突き止め、それをどうにかすることで魔族の皆さんに魔界へお帰りいただこうというわけだ」

「そうとう無茶を言ってますね。正気を疑います」

「僕もそう思う」


 もっともな意見なので素直に頷いておく。モーヴォンはいつも的確だな。

 馬車内にいるのは全員で四人で、両脇に固定されたベンチに座って向かい合っている。僕とレティリエとミルクスとモーヴォン。

 あと御者台に前回もお世話になったナーシェランの部下二人がいるが、仕切りがあるので大声でも出さないと聞こえないだろう。……あ、ネルフィリアはさすがに危険すぎるので置いてきた。来たいって言ってたけど誰が連れてくるかよ馬鹿弟子が。絶対王族の自覚ないぞあのやんちゃ娘。


「そもそも魔界が安全になったからと言って、魔族がハイそうですかと帰りますか?」

「それは交渉次第だが、あながちなくはないはずだ」


 前は六人で乗っていたからか、四人だとちょっと広く感じるな。レティリエは女性としては普通の身長だが細身だし、エルフ二人は小柄と言ってしまっていいから余計そう感じてしまう。

 ナーシェランがいたときはそう気にならなかったんだけど……わりと体格いいから面積とるってだけじゃなく、なんだかんだで王族の存在感みたいなものがあったよなあの兄ちゃん。


「前魔王は人界を、魔族用に創られていない、と評していた。長く同じ場所に留まれば瘴気が発生するし、自分が放つ瘴気で衣服を含む所持品の劣化も早いらしい。魔族にとって人界は決して快適とは言えないんだそうだ」

「快適ではなくても生存はできます。人族だって寒い地域や暑い地域、砂漠に高地、はては地下迷宮にまでどこにでも住むじゃないですか」

「ああうん、ターレウィム森林もそうとうだよな」


 あの境界の地に生まれ育ったエルフはさすがだな。たしかに快適かどうかは生存の絶対条件ではない。だから僕が口にしているのは希望的観測でしかない。

 ただ、魔族にとって人界……瘴気のない地は、環境に適応するためのコストが高いように思うのだ。

 だから交渉次第ではあると思うのだけれど。


「なに、向こうがそれを拒否すれば予定通り戦いになるだけだ。僕らは戦争を回避するために動くが、実は作戦の成功は必須条件ではない。―――絶対条件は生きて帰ることだ」


 ナーシェランは今、フロヴェルス王として教会を丸め込み、派兵の準備を整え、今度こそフロヴェルスの総力で魔族軍を叩く準備をしている。彼が次にロムタヒマへ向かうのは全軍を動かすときだ。

 ……それが彼個人の本意ではなくとも、あの新王はそう動くに決まっている。


「僕らが成功するにしても失敗するにしても、ナーシェランが軍を率いてロムタヒマに来た時点で合流する。つまり期限はそれまで。難航するようなら早めに見切りをつけて、戦いの準備に専念した方がいいかもな」

「失敗すればそのまま戦争ってことね。それならそれで、あたしはいいわ」


 出発時は置いてかれまいと馬車には真っ先に乗り込んだミルクスだが、曇りがちな表情を見るに、今作戦自体にはいまいち乗り気ではなさそうだ。

 エルフ姉弟にとって新魔王はネルフィリアに似ているだけの魔族で、仕えていた元王女でもなければ異世界の同郷でもないからな。……それにこの二人は特に、魔族には恨みが強い。


「むしろ、敵の親玉を逃がしてもいいの? と聞きたいくらい。魔王が人界にいるのって人族にとっては好機でもあるのに」


 人族は魔界へ乗り込めないから、魔王が魔界にいる限り魔族軍は力をつけ放題であり非常に危険。実は人界に攻めて来たときが唯一魔王を倒すチャンスである……なんて、魔王と勇者のジレンマ議題があったな。魔族軍が一枚岩って仮定のもと成り立ってるから意味の薄いテーマなんだけど。


「たしかに。過去の勇者伝説でも、魔界へ入って魔王を倒したのは初代だけだな。……サリストゥーヴェの話だと漁夫の利をかっ攫ったんだったか? なんにしろ魔王と戦うなら、魔族が十全に力を発揮できない人界でやるべきだろう。……けど、あの魔王がちゃんと戦うかという問題がある」

「む……」


 弱い、というのは厄介だ。己が弱いことを知っている者は特に。

 熟練の狩人とて、逃げる獲物を捕らえるのは難しいものだ。狩りって罠か奇襲だもんな。狩人のミルクスはよく分かってるだろう。


「ついでに言えば、あの魔王は厄介なんだ。特に、魔族から慕われている故に王となった、って事実が面倒くさい。かすり傷一つつければ、激高した信望者がなにするか分からん。ならもう魔界にお帰りいただいて、向こうで幸せに暮らして貰いたいところだ」

「でも、魔界を魔族にとって快適にしてしまったら、それこそ力を蓄え放題になるわ。次に人界へ攻められたら、ロムタヒマだけじゃ済まないんじゃない?」

「それについては次代の勇者に任せりゃいいさ」

「本気で言ってる?」


 もちろん本気だとも。逆に僕が本気じゃない時なんてあったかと聞きたいくらいだ。……いや、いくらでもあったな。まあ僕だしな。

 とはいえ今回は本気も本気である。そもそも、厄介な物事は先送りして他人任せにできるならするべきなのだ。だって僕は自分を過信してないからな。なんでもかんでも全部請け負ったところで、何一つ仕上げられずに潰れるのがオチに決まってる。

 優先してやらなければならないことがあるなら、それに専念する方がいい。



「ターレウィム森林の楔」



 エルフの二人が同時に目を見開く。

 彼らの里の者たちが命を賭して護ろうとしたそれは、今はまだ迷いの森の奥で健在だろう。

 だが、これからは?


「最初は千年前。二度目が五百年前。三度目が二百年前。間隔にすると、五百年、三百年、二百年と、魔族が軍団規模で人界に攻めてくる期間はどんどん狭くなっている。まあ理由は仮説も立てられないんだが、あくまで最悪の仮定として、そのきっかけが全て魔界の瘴気が異常に濃くなった結果だったとすると―――この先の未来ではさらに間隔は短くなるかもしれないし、魔界の瘴気はどこまで濃くなるのか分からない。……それで、サリストゥーヴェの工房があったあの大樹の楔は、どこまでの瘴気なら防げるんだろうな?」


 僕らがあの地を訪れたとき、大樹はボルドナ砦に巣くう魔族の瘴気によって痛んでいた。あれは初代勇者フィロークが遺した人界への瘴気の侵入を防ぐ機構ではあるが、決して完璧なものではない。むしろ聞いた限りの成り立ちからすれば応急措置と言ってしまってもいいぐらいで、よく千年も保ったなと思うような代物である。

 そう考えるとこの世界、わりと危ういよな。魔界という未知の危険がいつ溢れ出してくるか分からないんだから。


「人族のためにも、魔界の異常を探るのは急務というわけですか」


 こればかりはモーヴォンも賛同するしかないようで、真剣な思案顔で爪を噛んだ。揺れる馬車でそれやると指噛んじゃわない?


「ああ。だがもちろん魔族と戦争し、魔王を討ち倒してからでも魔界探索はできる」


 僕はあえて、強調するようにそう前置きした。


「実際、僕は元々そのつもりだった。魔族が攻めてきたのは魔界の異常が原因と知ったときから、ずっと調べなければならないとは考えていたんだ。ただそれはあくまでロムタヒマの魔族を排除した後のつもりでな。……が、今回魔王側から休戦の提案があって、事情が変わったわけだ」

「ちょ、ちょ、待ってください? え、リッドさんは姫さまのために立ち上がってくれたわけではないのですか?」


 すまないがレティリエ、僕はそこまで情に厚い人間じゃないんだ。そもそもいくら相手が同郷だからって、前世で知り合いでもないかぎり特別な感情なんかないし。

 というか前世で知り合い、殺したい相手の方が多いな。


「言っただろ? 僕には新魔王さんの気持ちなんて分からないよ」


 他人の心を理解できるなんて考え、思い上がりもいいところだ。僕は嫌いだなそういうの。

 人は隣人のことすら分からない。他者のことを全て理解するなんて不可能だし、そうしたいと考えることすら傲慢ですらあると思う。それは手中に収めて支配するのと同義だろう。

 ……けれど、分かろうとすることを諦めるのも、また違うのだとは思うが。


「新魔王さんとはウィンウィンの関係でありたいとは思ってるけどな。勝手に哀れんで施しを与えてやれるほど、僕は聖人じゃないし思い上がってもいないし。……人族と戦いたくないのなら、せいぜい利用させて貰うさ」


 僕は現魔王の姿を思い浮かべる。当然のように弟子と同じ顔の、けれどネルフィリアとは明らかに違う女。

 哀れむなんてとんでもない。アレはきっと僕より全然格上だ。あのしたたかな瞳の光、思わず見とれそうになったほどだったぞ。


 だからまあ、利用されるのはこちらかもしれないな……くらいの気分でやらないと、最終的に好き勝手にされそうで大変よろしくない。



「魔界調査を魔族に手伝わせる」



 僕の言葉に、三人の顔が揃って曇る。アレかぁ、みたいな顔するな君ら。その点は僕も同じ気持ちなんだ。

 頭の痛いことに……うってつけの人物に一人、心当たりがあった。


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