戦果
世界から否定されるように男は消えた。
模造品として産まれ、三年の命を費やしながら二百年繰り返し、そして勇者でも魔族でもない相手に倒された。
どれだけ妄執を積み重ねても、望んだものが得られるとは限らない。望んだ終わりでさえ得られるとは限らない。
けれど少なくとも己の間違いだけは、しっかりと確認できたのではないだろうか。
答えを得る。それは一つの救いであると、僕は思うのだ。
「お、あったあった」
鼻歌交じりに遺った服の内を探って、僕はそれを発見する。
一際強い力を感じる、淡く輝く純白の魔石。他にもいろいろ魔具や魔石や持ってるけど、まあコレだろ。
「……って、ちょっと待って待って! 今のどういうことっ?」
ワナさんちょっと黙って。僕この魔石の鑑定に忙しい。
「ええいゲイルズ、説明しろ。ソルリディアが転生しているだと?」
うるさいなぁ。この二人の幼馴染み、付き合い長いから遠慮無くてしつこいんだよなぁ……絶対に納得するまで諦めないし。
仕方ない。ここは白状しとくか。
「嘘に決まってるだろあんなの」
最高にムカつく顔で教えてやると、二人のこめかみに青筋が浮かんだ。おいおいどうした? 煽り耐性なさすぎだろ君ら。やーい騙されたー。
「妄執には妄言さ。肉体はあんなでも、精神体はわりとまっとうな可能性もあるしな。次に繋げられないとなれば、無念で化けて出るかもしれないだろ?」
この世界って普通に不死族とかいるしな。あんな拗らせボケ男、死後のケアまで考えて最期を看取らなきゃどうなるか分からん。
あの程度の嘘でも吐いておけば、まあ不死族化の可能性を減らすくらいはできるだろ。
「……適当過ぎる。どうせならもう少し上手い嘘にしろ」
騙されたくせに偉そうだなディーノ・セル。
「なあんだ、ビックリしたぁ……」
ワナは落胆と納得の入り交じった声だ。なにを期待したんだか。
まあ話を聞いていた他の皆も、だいたいワナと同じような反応だ。……しょうも無い嘘に騙されてりゃそうだろうな。そろいもそろって間抜け面してる。
……いや、間抜け面晒してるのは冒険者パーティだけだな。ミルクスもモーヴォンもまたかヤレヤレといった諦め顔してるし、ククリクなんて僕の手の中の魔石しか見ていない。
そして……。
「そんなつまらない話はどうでもよろしい。それで、その魔石はなんなのですか?」
本気で興味なさそうなエストが、壁にもたれかかった姿勢のまま頬の傷を拭いつつ口を開く。
……どうでもいいのはこちらもだけど、君、無理しない方がいいぞ。アイツの最後の一撃って実はかなり効いてるだろ。氷魔術にも結構やられてあちこち出血してるし、立ってるだけでもキツいんじゃないか?
というか、これがなにかくらいちょっと考えれば分かるだろうに。
「なにって……ハルティルクがソルリディア復活のために二百年かけて用意した魔具だぞ? そんなん、勇者の力のレプリカだろ」
手のひらの上で独楽のようにクルクル回してやったあと、ほいっと真上に投げて、パシッと掴む。
うーん、混じりっ気のほとんどない聖属性の純白がキレイだな。さっすがハルティルクの分身、いい仕事してるぅ。
「そ―――そんなものを雑に扱うなこのバカ野郎!」
なぜかぶち切れたディーノ君に思いっきり殴られて、僕は盛大に吹っ飛んだ。
「……そもそもさ、このレベルの魔具がうっかり落としたくらいで壊れるかよ」
通路の冷たい石床にあぐらをかき、正規の使用法でヒーリングスライムを使いながら、僕はブチブチと文句を垂れる。
マジでなんなの? ハティー某さんだって、コレ持ったままめっちゃ激しく動き回ってたじゃないか。なんで僕だけいきなり殴られなきゃならないんだ。
「ここでなぜ殴られたか理解できない貴様が、昔から心底嫌いだったよ」
「リッドはたまに信じられないことするよね……」
幼馴染みの二人が仲いいなチクショウ。ていうかそれ、今回も含めてなんの心当たりもないのだけど記憶力大丈夫か君ら?
……まったく、つまるところ心配性というヤツなのだろうかね。魔術学的には全然問題ないんだけれど。
魔力を多く内包する魔石や魔具は、その魔力密度によっては素材の限界を上回る強度を得ることが多い。高密度の魔力が自然と結界化するからだ。今回でいうと薄羽杖なんかもいい例になるのだろう。どう見ても細くて脆そうなのに力一杯殴っても壊れなかったのは、高密度に魔力が内在しているからに違いない。
まあ高密度でも安定度が低ければ、ちょっとの振動でドカンなんてことも有り得なくはない。だからその可能性を重視するならたしかに僕の行動は軽率だったかもしれないが……さすがにそんなモノを懐に入れて敵地に攻め込むとか、馬鹿な真似をする相手じゃない。
「リッド・ゲイルズ。勇者の力のレプリカ、と言いましたね? それはたしかですか?」
常にないほどマジメな声音で、エストが確認してくる。ちょっと王族っぽかったな今の。いつもそうしてりゃいいのに。
しかし、ことの重大さに気づいてさすがに壁から背中を離したようだが、やっぱ少しキツそうだ。我慢が顔色に出てる。
「あの遺跡調査のとき、ソルリディアのコピーは勇者の力を入れて初めて完成する状態だった。彼女も元々はただの人間だったハズだが、勇者となったことで変質したのだろうな。生き物として、もはや勇者の力なしでは成立しない身体となっていたんだ」
フロヴェルスの極秘事項ではあるが、幸いなことにここにはそれを知る者しかいない。左右の牢もカラだから、小さめの声量なら他のところに収容されている者に聞かれる心配も無いだろう。
……そういや、イルズってここにいたんだっけ? 派手に戦闘してたし、今頃隅っこで縮こまって震えてそうだよな。かわいそうに。
「つまり、だ。ソルリディアの復活を目論むには、まず勇者の力を用意しなければならないわけだ。おそらくあの男がレティリエに突っかかってきた第一の動機はそれだ」
ハティータスは、レティリエから勇者の力を簒奪しようとしていた。勇者に相応しいか問うだの、生きたまま勇者の力を取り出せるだのと言ってきたのはそういうことだ。
「けれど、途中で諦めた。彼であっても勇者とやり合うのは分が悪かったし、プランBがちゃんとあったからだ。すなわちコレだな。……まあ、僕もコレに考えが及んだときはまさかとは思ったけれど、彼が式典の場にレティリエを足止めし、そのうえで潜入した時点で確信したよ。ああ、用意してるんだな、ってな」
僕は殴られても落とさなかった魔石を、顔の前に掲げて見せる。
性能的にはホンモノに比べれば幾分劣るんだろうが、なんせハルティルク印の品だ。勇者の―――いや、神の腕の力にかなり近いものとなっているだろう。
世界のコトワリを変えうる創世の力だ。神代の魔具より怖ろしいが、薄羽杖の大賢者が二百年かけたとなれば、天上の音階に手が届いてもおかしくはないと思ってしまう。
「ハティータスはこのレプリカを使い、地下に封印されたソルリディアを復活させて再度僕らと相対しようとしていた」
彼の言葉を振り返れば―――きっと、そこまでやらかしたうえで、自分が間違っていることを証明してほしかったのだろう。……たぶん、レティリエが二百年前の勇者より優れているかもしれないと、思ってしまったから。
ああまったく。なんて迷惑な男だ。
ふぅ、と僕は息を吐いた。これで終わり。ヤツのことはもう終わりだ。あとはもう触れる必要もない些事しかないし、さっさと遺品整理して忘れてしまおう。……手始めに、今手に持ってるコレだな。
「ほらよ、エスト」
殴られたのがムカついていたのでことさら雑に、僕は魔石を投げた。
聖属性の白く淡い光を放つそれは、ゆったりとした放物線を描いてエスト・スロドゥマン・フリームヴェルタ嬢の手中に収まり、受け取ったエストはぽかんとした顔でまばたきを繰り返す。うん、ナイスキャッチ。
この場の全員が唖然とする中、僕は立ち上がる。尻が冷えたな。てか、ちょっと湿気ってないかこの床……?
「……いったい、どういうことです?」
「そいつは戦利品だろ? 倒した君に権利がある」
貴重な品だしぜひ有効活用したいところだが、なにもしてない僕らが貰うのもおかしな話だ。冒険者たちやディーノにも権利はあると思うが、今回はエストが相応しいだろう。
「勇者の力なのでしょう? わたくしが、これをどういう使い方をするかと考えないのですか?」
「ああ、信用はできないな」
僕は後頭部を掻く。この女の性根はどこまでも悪だ。どうせロクなことには使われない。今僕は明らかに間違いを犯している、という自覚はある。
けれど、それはそれとしてだ。
「君は命がけで戦った。そんな者の戦果を横取りするなんて反吐が出るだろう?」
筋は通そうと、そう思っただけ。
どんな者であれ、まっとうに戦果をあげたのならば、価値あることを為したならば、それに見合うだけの見返りでもって報われなければならない。少なくとも僕はそう考える、と。それだけの話だ。―――いいや、少し違うか。
ああそうだ、今のは欺瞞だったな。正しくは、報われてほしい、だ。……まったく、我ながら馬鹿馬鹿しい。
「その石ころは君のモノでいい。自由にしてくれ。まあ、君がそれを悪用するというのなら、渡した僕が責任をとるよ」
「あら、殊勝な心がけですね。関係者各位に謝り倒すおつもりで?」
「バカ言え。そのときは僕が君を殺すと言っている」
不穏な空気は、僕とエストの間には流れなかった。他の皆がざわついただけだ。
意外なことに、エストは怒るでもなく、嘲るでもなく、ただただ興味深そうに僕を眺める。なんだその顔。初めて見る珍妙な生き物を前にしたような顔しやがって。……珍獣の自覚はありますけどね、異世界転生者だし。
やがて彼女は納得したように頷くと、いつもの嫌らしい笑みを浮かべる。
「良いでしょう、リッド・ゲイルズ。この石ころは責任を持ってわたくしが保管いたします。ええ、これだけ美しいのですもの、ブローチにでもしてしまおうかしらね。……ふふ、使わずに持ち続けるのが一番の嫌がらせになりそうです。あなたはあなたの責任でもって、ただただ死蔵されるこの石の行く末をいつまでも気にしていなさい」
おいコラ、小さい嫌がらせに走るんじゃない。つかブローチって無防備すぎだろ金庫に入れろ。
エストが上機嫌で撫でると、魔石は手品のようにどこかへ消えてしまった。……いや、ようにじゃなくてまんま手品だわアレ。今その隠し芸する必要ある? いやどこに隠したか分からないから、やっぱ寄越せって掠め取ることできないわけですけども。
まあいい。ともかく、これで最大の遺品整理は終わった。他の杖だのなんだのは、彼らで存分に話し合ってくれればいいさ。僕にはどれも必要無いものだ。
それより、せっかくの機会である。今ならばナーシェランもいないし、そろそろ……
「それでいいのか、ゲイルズ? あれは貴様らにこそ必要なものでは?」
改まった声は、ディーノ・セルのものだった。
「いいも悪いもない。君は僕らを悪辣なハイエナにするつもりか?」
「ふん、貴様だけなら盗んでいたか」
「まさかだろ。魔術士じゃあるまいし、なんの成果も出してないのに抜け駆けしようだなんて厚顔、ちょっとできないな」
揶揄してやると、ディーノは面白いくらい顔を赤くして呻った。ディーノの所属するドロッド教室は遺跡探索で抜け駆けしようとした前科があるからな。
でも実際、僕は一人だってあんなものを盗みはしなかっただろう。切り札にはなるだろうが、あれを使いたいとは思わない。
魔力を自分で扱うことができない僕が使っても大した意味ないだろうし、エルフ姉弟に使わせるのは重荷過ぎる。もしレティリエの強化ができるとしても、正直したくはない。
ハティータスは言っていた。レティリエは異常だと。勇者として余りにも歪んでいなさすぎる彼女は、たしかに異常なのだろう。
強すぎる力は身も心も滅ぼす。……これ以上は、したくない。
「そうか」
揶揄に狼狽していたディーノだったが、結局言い返しもしてこずしばらくなにかを考え込んだ後、それだけを口にして僕から視線を切った。
最後に、視線だけでこう言われた気がした。―――確認はしたぞ。
「エスト王女!」
うるせぇ。
なに考えてるんだ。地下だから大きい声出すな響くだろ。
「なんですかいきなり。騒々しい」
「王城に潜入した不遜の賊を倒し、その野望を阻止した此度の大戦果、必ずやエスト王女の追い風となりましょう。―――我々が証人となります。式典の場に戻る準備を」
げ。




