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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神聖王国フロヴェルス―
181/250

戦闘

 ドワーフの戦士が盾を構えて突撃する。その影に隠れるように、身を低くし槍を地面スレスレに持った獣人が追走する。

 向かう先には白髪交じりの長髪を後頭部で無造作に束ねた、細身の男。齢は初老に入っているだろうか、やはり白が混じった髭を几帳面に整えて、険のある灰色の目を細めている。



 ―――その手には、虹色に輝く羽を広げる妖精竜をかたどった長杖。



「薄羽杖」


 思わず僕は呟いていた。本物を見るのは初めてだ。アレは持ち主と共に行方知らずとなった一品である。


 その杖が鱗粉のような光をまき散らす。ドワーフは慌てて盾で防ごうとするが、魔力で構成された光の粒はそんなことで防げはしない。

 ドワーフが鱗粉を浴び、次いで獣人もそれを浴びる。すると二人は急に走る方向を変え、それぞれ左右の壁に激突した。盾が大きな音をたてて弾かれ、顔面を強打した獣人がビギャッと短い悲鳴を上げる。

 伝説通りの、方向感覚や三半規管を狂わす幻惑の光粒だ。魔術師にとって接近戦をごまかせるのは非常に強力だな。


『嵐刃』


 初老の男が術を行使する。僅か一言に省略された呪文に杖が輝きを増し、そんな術行使なのに常識では有り得ない量の魔力が蠢いて、男の周囲が歪んで見えるほどの無数の風の刃が―――



『弾けて!』



 地下牢の内に高い声が響いた。少女の声。

 同じく呪文の省略詠唱。ただし初老の男の魔術には全く及ばない、魔力弾を撃ち出すだけの初級破壊魔術。

 それが、爆ぜる。地下牢全体に響くほどの音を立てて。


「ヂィッ!」


 初老の男が呻く。当たりもしなかった魔力弾の衝撃に舌打ちしつつ、無数の風の刃を放つ。それは縦横無尽に狭い地下牢の廊下を暴れ回りながら、体勢を崩したドワーフと獣人を襲う。


『防御結界』


 しかし落ち着いた、若い男の声が風を遮った。展開された魔力の壁が風の刃を完全に弾き、前衛二人を護る。


「ザガン、肩を借ります」


 風の刃を防ぎ切った直後、ドワーフの肩当てを足場にハーフエルフが天上近くまで跳び上がった。上空から投げナイフを三本放つ。

 一本は真っ直ぐ胴へ。他の二本は退路を断つように、初老の男の左右へ散らす。


 必殺のタイミングでの、確実な攻撃。

 けれどそれすら囮で、本命の獣人が身をかがめつつ駆け、敵の視界に映らぬ下から槍を放つ。


「舐めるな」


 初老の男が回転した。半身になって身を捩り、飛来する投げナイフを回避。そしてその動きの勢いを殺さず跳び上がって地面と水平に一回転すると、間一髪で脚を狙った槍を躱す。

 そして、長杖を棍棒のように真上から獣人の頭へ打ち付けた。


「……ええぇ?」


 不意を打つつもりが逆に不意打ちされ、床に叩きつけられた獣人。そんなものを見せつけられて、僕は思わず変な声出てしまう。

 アレ知らない。魔術がすごいのは知ってるけど体術も使うなんて聞いてない。やっぱり伝承ってアテにならないな。ただの魔術師だと思ってた。

 あとさすが神代のアーティファクトの杖、あんな細かな意匠なのに力一杯殴りつけても壊れてないとか、ちょっと驚きである。


『刺撃……』

『撃て、撃て、撃てぇ!』


 着地してすぐ呪文を唱える初老の男。だが省略されたそれすら唱え終わる前に、少女の魔術師が破壊魔術を連打する。

 初老の男はそれを回避するが……術に十分な魔力を注げず、放った魔術はまたも結界に防がれた。

 その間に獣人は頭を抑えながらも立ち上がり、ドワーフはそれをかばうよう前に出る。



「なるほど。やるね、あの子。敵の使っている魔素を乱してるのか」



 いち早く見抜いたククリクが、感心したように戦闘状況の肝を言い当てた。






 僕らは地下牢へ続く階段を降りると、すでに戦いは始まっていた。


 狭く薄暗い地下牢の廊下。いくら王城内といえこんな場所にまで金をかけるはずもなく、壁掛けの灯りからは古くなった油の焦げる臭いがする。地下独特の冷たい石の匂いもあいまって、少しだけ心地よく感じた。もしかしたら僕にとって、ここはこの城の中で最も居心地の良さを覚える場所かもしれない。……豪華すぎるからな、ここはどこもかしこも。


 薄闇に目をこらせば、奥の方で戦っている者たちの様子が見てとれた。

 手前側にいるのは知っている顔ぶれだ。ドワーフのザガン、狼獣人のドゥドゥム、ハーフエルフのティルダ……そして、魔術師ワナ・スニージーとディーノ・セル。

 ルトゥオメレンから来た冒険者パーティープラス一のメンツである。


 そして彼らが戦っている相手は奥、知らない白髪交じりの初老の男性。お初お目にかかりましてこんにちは、ハティータス・クメルビルスなる人物で間違いないだろう。ご丁寧に手入れされたお髭が素敵だな。


「一応だが手は打ってあったのさ。僕たちはなにかあったとき、身分の高い方々を護るためにも式典の場にいなきゃいけなかった。だからあの五人には多分この辺りを襲撃してくるんじゃないか、という予想を伝えてこっちの警備について貰ってたわけだ」


 ナーシェランがソルリディアの遺骸の隠し場所を吐いていれば、もっとピンポイントかつ用意周到な待ち伏せをしてもらえたんだけど、まあしかたない。


「そういえば、会場にいませんでしたね……。ですが出没場所が絞れているのなら、警備兵に任せるわけにはいかなかったのですか?」

「知らない人に敵の正体を言って笑われたらどうするんだ?」


 へらりと笑っての答えは、さすがに冗談だ。

 レティリエの疑問はもっともだが、おそらくこれが最適解だと思う。


「ディーノがいるからな。ルトゥオメレンの正統かつ優秀な魔術師だ。あいつなら敵の手の内は、誰よりも分かってる」

「信用しているのですね」

「疑う余地がないだけさ」


 僕は肩をすくめる。信用や信頼という言葉をあの幼馴染みに使いたくはないし、向こうも使われたくはないだろう。

 そうだな、利用しがいがある、という評価でどうだろうか。うん、殺されるな。


「魔素を乱す……とは、どういうことでしょう?」


 食い入るように戦闘を見つめるモーヴォンが、疑問を発する。

 エルフにとって、魔素は流れるもの。深く理解して、友人のように大切にして、同朋として協力してもらうもの。エルフ魔術の創始者が、基本にして奥義とそう言っていた。

 ならば今ワナがやっているあれは、彼らに対する冒涜だろうか。


「戦闘における魔術発動には基本、二つの工程がある。……一つ、体内で練ったオドを使用し。二つ、周囲のマナを操る。これは有限である魔力の消費を抑えるためだけではなく、オドよりマナの方が外界への影響力が強いからでもある」

「そんな基本は知っています」

「では、相手がオドで操ろうとしているマナを意図的に乱してしまえば? 威力は落ちて精度は下がり、上手くいけば霧散する」

「……机上論でしょう?」


 実際にやって見せてるじゃないか、僕らのワナ・スニージーさんが。


「他者が構築している魔術そのものへの干渉なんて、途方もない精度と速度、そしてシビア過ぎるタイミングを要求されます。ましてあの早さで魔術行使する相手ですよ? 狙ってできることでは……」

「実戦経験の量。ワナ本業は魔術師じゃなくて冒険者だからな。まあ、才能によるところもあるだろうが」


 元から才能のある少女だった。天才と言っても過言ではないほどに。

 ただしそれは魔術師としてではない。広義の意味で魔法使いとして、だ。


 魔力を扱う者。


 感性、魔力量、行使速度、瞬間火力。

 どれも天性のもので、だからこそ究めれば他では真似できない使い手になるだろうとは思っていた。そして師匠の特訓のおかげで、彼女は本当にそんな使い手になってしまった。

 施されたのはおそらく、得意な破壊魔法の強化と使用法だろう。詠唱省略して威力をそのままに速射性を上げ、教室を三つ潰すほど魔術師の相手をさせることで魔術妨害のタイミングを覚え込ませた。

 まったく脱帽だ。この敵にすら通用する精度なら、もはやどんな相手にでも決められる。


「……頭が痛いな」


 溜息を吐く。まったく、あの師匠は本当に弟子に対して無責任だ。僕ならああいうふうにはしない。

 特化は諸刃の剣だ。ハマれば強いが、ハマらなければ弱い。つまり負けるときは負けるということであり、冒険者なんて負ければ死ぬ職業だ。彼女はもっと様々な状況に対応できる魔術を覚えるべきである。……でなければ僕のようになるからな。モーヴォンにスライムを封殺されたように、不利な状況に陥ったらどうしようもなくなる。


 そしてなにより―――ワナはまだ自分で道を決めていなかった。

 魔術師としてどうなりたいのか、どうあるべきか。本人にその展望がないのに、外部が勝手に方向性を決めるべきではない。いくら師でも、今回の件は出しゃばりが過ぎる。

 ……けれど今、磨かれた彼女の技は敵に通用し、攻防の要として機能しているのも事実だ。彼女は今、たしかにパーティーの生命線としてあの場に立っている。



「リッド!」「ゲイルズ!」



 僕らが悠長に観戦している間も、何度か攻防を繰り返す戦闘。その要の魔術師二人が、僕の名を呼ぶ。

 おや、どうやらやっと来たのに気づいたらしいな。まあ、それだけ集中しなければならない相手だから当然か。

 僕は片手を軽く上げて挨拶してやった。


「やあ、やっているな。なかなか苦戦しているようじゃないか」

「落ち着いている場合か! 言われたとおり保たせたぞ!」

「うん、これからどうするのっ?」


 二人して僕に聞いてくる。勇者であるレティリエではなく、僕に。

 優しいじゃないか。相手の正体は伝えてあって、二人とも僕のハズカシイ出生の与太話を知ってるからな。ここまでやっていてもまだ、主導権を譲ってくれるらしい。

 ありがたい。幼馴染み冥利に尽きるね。


 ―――ああ、けれど残念だ。とても残念だ。

 僕はレティリエたちより前に出て、皆に目配せする。……これで戦況がもっと不利そうならば、まだ―――なんて、せんのないことを考えてしまう。この二人がいればなんとかなるだろうと、依頼したのは僕なのに。

 せっかく走ってきたんだけどな。


「ワナ。ディーノ」


 僕は笑って、二人の名を呼ぶ。それがなぜかひどく懐かしい気がして、子供のころを思い出した。



「あれは君たちに任せる。倒してくれ」


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