敵の目的
―――つかさぁ、これは知ってるか? フロヴェルス城の地下には狭い死体安置室があってな。
「やあやあ、ワクワクするね。これは楽しい。新鮮な感覚だ!」
走る。走る。走る。迷いそうなほど広い城内だが、道はなんとか頭に入っている。
レティリエ、ミルクス、モーヴォン、僕。……そして、魔族側の協力者であるククリク。この五人で侵入者が出た場所へ、全速で向かう。
「まず走るというのが慣れない。汗をかく、というのは悪くないが脇腹が痛くなるのは新発見だとも。いやこれで一応身体強化の魔術くらいは使えるし使っているのだけどね? ごめんなさい置いてけぼりになりそうなのでちょっと足を緩めてくれないか?」
全速で向かいたいんだがな?
「……モーヴォン、ちょっとあの白女の介護頼んでいいか?」
「嫌です。あれはゲイルズさん担当でしょう」
即答しやがって。
相手は一応術士なんだからミルクスじゃちょっと不安がある。かといって勇者であるレティリエを遅らせるのも問題だし、僕がやるしかないのか……。
とはいえ、僕が遅れるわけにもいかない。多分あっちはあっちで修羅場のはずだ。見逃したくない。
「ええいクソ! モーヴォン、せめて身体強化の魔術を僕にかけろ」
僕は踵を返すと、今にも転びそうなほどふらふらのククリクを引っ掴み、荷物のように肩に担ぐ。―――コイツめちゃくちゃ軽いな。ピアッタよりちょっと重いくらいか? 身長はさすがにククリクの方が高いから、純粋に痩せてるせいだろう。
普段なに喰ってるんだ。
「お、おお。これは失礼。すまないねボクの敵! いやお恥ずかしいところを見せた。なにを隠そう、研究用の精密魔術以外はあまり得意じゃなくてね!」
「いや完全に筋肉量の問題だろ。身体強化は元が弱いと大した効果を発揮しないし」
「え、そうなのかい? それは新しい発見だ」
学徒テメェどんな偏り方してやがる。わりと初歩の魔術知識だぞこれ。
「リッドさん、代わりましょうか?」
ククリクを担いで再び走り出すと、レティリエが併走してそう申し込んでくる。けれど僕は首を横に振った。
膂力の面でレティリエの方が適任だが、軽いから魔術で身体強化が付与されれば問題ないくらいの負担である。
それに、たしかにコレは、僕の担当だ。
「君にこんな仕事はさせられない。……絵面的に間抜けすぎる。足手まといの魔族を担いで走る勇者とかどんな詩になるか分からない。それでなくとも君はすでにチェリエカで面白おかしい曲にされてるんだ。これ以上後世に妙な逸話を遺すのは、僕だけでいい」
「いえ、そんな悲壮な決意で言われても……」
走る。侵入者の出現地と、向かった方向からして目的地には見当がついている。僕は一度行ったことがある場所だ。
神聖王国フロヴェルスが極秘機密を隠す場所としてはおざなりだが、地下で普段から厳重に警備されている場所か。機密が隠されているなどと思わせない意外性がいいな。
「ところで、その女はなにができるの?」
ミルクスの険のある声。
エルフ姉弟、相手が魔族というだけで恨む理由があるからな。そりゃモーヴォンも介護断るか。
「ボク、戦闘ではなんの役にもたたないけど?」
「あんたなにしに来たの?」
もっともな疑問である。僕も聞きたい。
「魔族にもメンツってものがあるからね。やはり敵は己の手で潰すべきだ。少なくとも外面だけは整えたい。あの場だと魔王さまは動けないし、ならルグルガンは護衛に残さなきゃいけない。そしてゼファンは子供だから、協力者なんてさせても魔王軍のメンツは保てないし作戦行動にも向いていない。ほら、ボクが来るのが一番だろう?」
「盾にしてやろうかしら。薄っぺらいけど一回くらいは攻撃防げるわよね?」
「ハハハ、ボクが死ぬと外交上いろいろ問題があると思うよぉ。怒った魔族が玉砕覚悟で大挙してやってくるかもしれない。だって魔王さまも死んじゃうしね!」
……僕の肩で大きな声出すのやめてくれないかな。耳がキンキンしてくる。
あと今の申告でレティリエがすごい顔した。
「別に驚くことじゃないだろう? 魔王さまの身体はそこの勇者と同じように造ったわけだから、当然ながら調整中だ。なにかの拍子に魔力がほどけそうになるから、しばらくは調律師が必要なのさ。……そして、彼女の調律ができるのはボクだけでね」
まあそこはなんとなく予想できていたが、どうやらレティリエの発作と同じことが向こうも起きるらしい。
ただ、その調律ができる術士がククリクだけなのは以外だったな。
「ルグルガンは君が死んでも良さそうだったがな」
ぼそりと言ってやると、耳のそばでケラケラと笑ってくる。
「あの時は初回の発作が起こる前だったからね……いや、起こす前だった、と言い換えておこうか。魔王さまの身体は四六時中ボクが手厚く看ていたから、発作のことは誰も知らなかったのさ。ルグルガンは魔族としては強いが、だからこそ過信や楽観があるんだよね。愚かなことだよ」
てことは、あの後にわざと発症させて自分の必要性を見せつけたのか。ルグルガンは魔王に心酔してるから、さぞや効果大だったろう。
「……調律なら、リッドさんでもできます」
僕と同じことを想像したのだろう。レティリエが似合わない、低い声で言う。
たしかに、身体構築のために使用した理論は同じだ。調律の術理だって分かる。僕なら魔王さまの調律も可能だろう。
普通ならば。
「無理だ。あの魔王は魔族にされてるんだろう?」
僕の確認に、ククリクはニィィと嫌らしい笑みを浮かべる。
「ご名答。普通の魔族は魔族にしか従わないからね。それに魔族のそばで長く暮らすなら、瘴気耐性は必要だし。生命維持措置的にも必須事項だった」
「ならやはり無理だ。魔王の調律には瘴気の要素が絡む。僕は普通の調律ならできるが、瘴気を繊細に操る技術はない」
レティリエが表情を歪めるが、こればかりはどうしようもない。人族である僕にとって瘴気属性は、まだまだ気安く扱える魔素ではないのだ。
しかし……新魔王は魔族にされてる、って前魔王の予想通りだな。瘴気耐性の件は聞いてないけど。
「つまり、あたしたちは足手まといのあんたをかばいながら戦わなきゃいけないわけ?」
「そもそもあの程度の敵なら、勇者が行けばなんの問題ないだろうさ」
こめかみに青筋を浮かべるミルクスのイラッとした声。うん、理不尽だもんな。
けれどそんな負の感情などどこ吹く風で、ククリクは涼やかに受け流す。うん、悪意に慣れすぎだな。
「しょせんは人間。それも単体だ。いくら練度が高くても、いや高い練度に頼るからこそ、できることには限界がある。ボクやボクの敵ならばその限界も無視できるだろうが、今回の敵は術士としてまっとうすぎるからね」
なんだか過大評価されているが、ククリクの言いたいことは分かるなぁ。
つまり武器の兵器の話だ。たとえ最強の戦士でも、武器が剣や槍では最強の戦士一人分の働きしかできない。だがミサイルならボタンを押すだけで、子供でも一つの都を焼け野原にすることができる、と。まあそんなニュアンスで言っているのだろう。
やっぱこの女危険だな。どさくさに紛れて亡き者にできないだろうか。
「つまり魔族側は最初から誰が出ても問題なしってことさ。安心しなよ、戦闘中は邪魔なんてしないから。魔族側は一応の体面だけ保てれば良いんだ。ボクはせいぜい、今代の勇者の力ってヤツを見学させてもらうよ」
「いいや、それはどうかな」
いつぞやの中庭を抜ければ、数人の兵士が倒れているのが見えた。泡を吹いて失神している……見たところ息はあるようなので、すまないが後回しにさせていただく。
鍵の壊された、城のものにしては小さく頑丈な扉をくぐれば、やはり同じように倒れた兵士たち。
「リッドさん、彼らの手当は……」
「一時的な無力化としては眠りの魔術の方が手軽だが、あれは復帰が早いのが難点だ。使ったのは麻痺毒の魔術かな」
「症状的にそうだろうね。放っておいても命に別状は無いよ」
見かねたレティリエへ可能性の高い魔術の説明をすると、ククリクも同意見のようで補足してくる。どうでも良いけどそろそろ降ろしていいかなコイツ。
「しかし、なるほど地下牢か。好奇心は時にハーフリングを殺すが、ここなら兵が常駐して厳重警備していても不自然じゃない。まあお目当てはおそらく、さらに隠し扉とかの先だろうけど……うん、なかなか合理的だねフロヴェルス」
感心したように頷くククリクは、やはり今回の件の全てを察しているようだ。敵の正体には気づいていて、ここに何があるかも正しく知っている。
まあそうだろうさ。そんな過小評価する気はない。
だからきっと、ここに彼女がいるのはほぼ好奇心なのだろう。好奇心は猫もハーフリングも学徒も殺すのだ。
しかし、好奇心が枯れた学徒に価値はない。
「―――二百年前の勇者の遺骸かぁ。絞りカスでも利用価値はあるだろうけれど、いやあ、悪趣味なことだよね!」
鍵の壊された扉の向こう―――地下へ向かう階段から、戦いの音が聞こえてくる。




