目論見
黒いドレスの魔王と、それに相対する白いドレスの王女。
山吹色の瞳がまったく同じ色の瞳を映す。―――鏡のように見えないのは、服装だけではなく髪型のせいもあるだろうか。
長いアッシュブロンドの髪はそれぞれ別の髪型で、魔王は後頭部のやや高い位置で纏めてポニーテールにしており、王女は耳を隠さないように側面だけ緩く編んでいる。
同じ顔ではある。だが、別人だ。それがハッキリ分かる構図だった。
その証拠に白い少女は微笑んでいて、黒い少女はわずかに目を見張って動揺している。
自分に人生を奪われてなにも持っていなかったはずの、分身とも言える相手。そんな存在が、魔王となった己と対等のように向かい合っている。その光景は戸惑うには十分だろう。
そして他の魔族もまた、驚きを隠せないでいるようだ。
要らないから捨てたハズの者が、堂々と自分たちの前に進み出て、微笑んだのだ。面食らうのも当然である。
「さすがゲイルズさんの弟子ですね……」
どういう意味だモーヴォン。
「死線へ飛び込む時の思い切りがそっくりです」
「教えてねぇ……」
僕は頭を抱える。たしかに、たしかに要所要所で危険を冒してきた自覚はある。あるが、別に好きでやってきたわけじゃない。それにそれを一国の王女が真似するのはどうなのか。命の重みが全然違うんだが。
「まあとはいえ、こうなったからには仕方がない。さっきよりは多少はやりやすいから、出張らせてもらおうか。レティリエ、ついてきてくれ。ミルクス、モーヴォンは危なくなったら援護頼む」
僕は頭痛を振り払って息を吸うと、魔王とその配下たちの前へ進み出た。慌ててレティリエもついてくる。
誰もが見守ることしかできない中、動く僕らに注目が集まる。慌てず、堂々と歩いて行く。余計な刺激はしたくない。
ネルフィリアに肩を並べるまで進んでから、一礼する。
「初めまして、魔王殿。今代の勇者の仲間、リッド・ゲイルズと申します」
名乗ってから、顔を上げた。魔王の顔を見る。
山吹色の目は興味深そうに細められていた。
「初めまして、リッド・ゲイルズ殿。貴殿の噂は私の耳にも届いています」
どうやら同郷だと分かってくれたらしい。多少は親近感を持ってくれると、交渉上ありがたいんだが。
「……勇者、レティリエ・オルエンです」
僕に倣って、レティリエが言葉少なに名乗る。話したいことはたくさんあるのだろうが、この場でできる話題が一つも無い。
もどかしそうに下唇を噛む様子を見て、魔王である女は微笑んだ。……こちらのネルフィリアより幾分大人びた表情だと感じたが、そりゃ転生者だから精神年齢は上か。
「今代の勇者殿。どうか剣は収めたままに。貴女とは戦いたくありません」
どうやらレティリエのことも覚えている、と。
心境を察するにあまりあるが、気丈にも唇を引き結んでいるレティリエを横目に、僕はさらに一歩前に出た。とりあえずネルフィリアより前に出ないと、コイツなにするか分からん。
「一応ですが、こちらでもう一度招待状の確認をさせていただきます。よろしいでしょうか?」
「おや、おやおや? この紙切れは先ほど無効だと言われたばっかりなのだけれど? 意味なくないかい?」
ククリクが茶化すように声を上げるが、君は分かっていて嫌がらせしてるだろう。
僕はちょっと苛つきつつも無視して、同郷の顔を見つめる……いやクッソ美人だな君。ネルフィリア見て知ってたけど、同じ異世界転生者なのに顔面格差酷くない? アレ絶対チートだよ使い方間違ったら傾国すんぞ。
いや傾国したのか。魔王引きずり落としてるもんな。怖っわ。
……でもこっちのネルフィリアは同じ顔だけど、そこまでの危うさは感じないんだよな。やっぱ中身がただ者じゃないのかもしれない。
「どうぞご確認を。ククリク、彼に招待状をお渡ししなさい」
魔王にそう言われては、ククリクとしても反発することはできないらしい。一つ肩をすくめてから、こちらへ持ってくる。
たしか以前、魔王に忠誠を誓ったわけではないと言っていたハズだが、部下の体裁は保っているらしい。
「あのお姫さまはずいぶんと見違えたね。いやぁビックリした。手放したのはもったいなかったかな?」
手渡すときに小声でそう言ってきたので、書面を確認しながら小声で返す。
「僕も驚いたよ。彼女は本物の馬鹿かもしれない。後で叱っておく」
「いいじゃないか、ホンモノの馬鹿。ボクはそういう手合いを高く評価するよ。でかいなにかを成すのはいつもそういう人材さ。前魔王のようにね」
ああ、あれもホンモノだな。
そうか魔王軍はあの馬鹿がまとめ上げてたのか。そう考えるとこの予測不能さに納得するな。
「そうだホンモノといえば、言っておくけれどちゃんと本物だよ。ボクも、招待状もね」
「君は前回のような使い魔ではないだろうさ。劣化コピーでも、あの設備をそう簡単に造れるはずがない」
「うんうん、分かってる相手は話が早い」
あのコピーは安価だが一日で崩れると言っていたし、おそらくそこに嘘は無いと僕も結論づけている。少なくとも、ロムタヒマからここまで保たせるのは無理だ。
だからここにいるククリクは本物の可能性が高いとは思うが……こんな会い方するのはまったく想定してなかったぞこの女。
「なんで危険を冒してこんなところに来た? 戴冠の儀への参列を観劇と間違えてるのか?」
「その二つって同じようなものじゃないか? どっちも見世物だろう」
「……まあ見られないと意味のないものではあるが。いいから早く理由を白状しろ」
周囲の視線が痛い。この状況で小声でコソコソと喋るのはキツい。精神的にも状況的にも苦しい。
「その招待状が本物だからさ」
―――それは、言葉通りに受け止めれば、招待されたから来ただけになるのだろう。
だが違うな。魔族軍はハティータスの本拠地を襲撃しているハズだ。この二つは敵対している。
その前提をもってククリクの言葉を解釈するなら、その敵対理由こそは招待状にあるということか。
とはいえ、招待状自体におかしいところはない。文面は定型文のようなもので、差別や侮辱を匂わせるような内容はまったくない。むしろ簡素すぎるほどだが、魔術師はそういう無駄を嫌うしこんなものだろう―――。
いや、手抜きだなこれ。一国の王を招待するにはあまりにも雑だ。
定型文による簡素な文で、敵対している他国の王を自国のど真ん中に招待する。有り得ない無礼で、だからこの招待状は実現を期待していない。
期待はしていないが、それでも招待を出したことには意図がある。
「この招待状の差出人はハティータス・クメルビルスであるが、神聖王国が彼の者を罪人とする前に書かれたものであり、またヨズィア伯爵との連名でもある。差出人が罪人になったこと、ヨズィア伯爵が操られていたこと、それらはフロヴェルスの事情であって魔王殿に落ち度はないでしょう。参列の権利を剥奪することはできないと考えます」
僕は周囲に見えるように招待状を掲げる。そして、ナーシェランへと振り返った。
ハティータスの意図については、逆算で目星がたてられる。僕はアレの目的をもう見抜いている。
彼の魔術師はこの招待状を送りつけ、自らの計画に魔族軍をも組み込もうしたのだろう。
その効果は絶大には違いない。だがどう都合良く考えてもその実現性は低く、労力に見合うだけの成功率を見出せなかった。
だから雑な手紙一枚で済ませてしまった。
そして魔族軍……というかククリクはその意図を察し、ムカつくから邪魔してやろうと動いた……とかじゃないかなぁ。
「ナーシェラン王子、ハティータスの狙いは明らかです」
当然ナーシェランもそこには勘づいているだろう。だから僕は周囲の貴族や教会関係者、衛兵たちに知らしめるために声を出す。
「勇者をここに釘付けにすること。魔王殿を招待したのは、今のこの状況こそが目論見でしょう」
直後、警備兵の慌てた大声が場内に響く。
「報告します、城内に賊が侵入! 単身の魔術士です! 外見特徴からハティータス・クメルビルスであると思われます!」




