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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神聖王国フロヴェルス―
176/250

式典の場

 その男は間違っていた。

 きっと間違っているのだと思う。


 嘆くのはいい。恨むのもいい。復讐だってやればいい。

 けれど、取り戻そうとするのはいかがなものか。

 どれだけ悲惨な過程を経たとしても、彼が求めているモノは終わってしまったものだ。残っているのは残滓に過ぎず、辿り着けるのはどれだけ似ていても本来のものではない。


 それは代替品となにが違うだろうか。


 ならば僕はやはり間違っていると否定する。絶対に違うのだと拒絶しよう。

 ―――仮に同じ立場になったとき、その轍を踏まない自信なんてないけれど。






 床と、多くの柱と、屋根が全て大理石で造られた式典の場。史学を紐解けばここはフロヴェルスの初代王フィロークが建国の宣誓をしたとされ、以来王の代替わりのたびにこの場所で戴冠の儀が行われてきた場所である―――そして、フィロークが攻略した勇者の遺跡の地上部分でもある。

 前世の記憶にあるパルテノン神殿に近いだろうか。壁がない造りで、風通しの良い建築である……のだが、馬鹿みたいに広いため屋内の中央に採光が足りず、昼間にもかかわらず明かりが灯されているのが印象的だ。

 その中央にある壇上に、二人の継承権保持者が立っていた。



 一人は、ナーシェラン・スロドゥマン・フリームヴェルタ。

 一人は、エスト・スロドゥマン・フリームヴェルタ。



 どちらかが次代の、この国の王となる。






「結局、僕らがやることはなかったな」


 広い式典の場は多くの人が集まっていた。だいたいが貴族と教会関係者、そしてその従者たちで、さらに鎧で完全武装した兵たちが整列し厳重に警戒している。一般人はいない。そもそも王城の敷地内なので一般人は入れない。

 さすがフロヴェルス、でかい城だとは思っていたが、こんな建物まであるとは。ちょっとルトゥオメレンじゃ真似できない規模である。


「まあ、なにかやれと言われても困ってしまうのですけれど」


 僕の呟きに応えるレティリエは、己の無力を実感しているのか眉が下がっている。

 エスト側ではどうやらディーノのやつがいろいろ動き回っていたらしいが、僕らは今回の王位継承に関して全くといって良いほど関与していない。そもそも僕ら勇者パーティーの役目はナーシェランの後ろ盾なので、政争に関しては居るだけで役目は終わっているとも言える。


「手伝えることなかったわよね。護衛程度? 前になんだか怪しいっぽいのはいたけど、手を振ってあげたらどこか行っちゃったし」


 ミルクスは十分役に立ってるなぁ。まあ慎重なナーシェランは絶対に一人で行動しなかったし、暗殺者がいても機会はなかっただろう。


「そもそも自分らの手助けなんて邪魔なだけでしょう。王子の真骨頂は水面下のバタ足ですよ。得意分野は一人でやった方が良いに決まってるんです」

「それにしては、モーヴォンはいろいろ便利に手伝わされてなかったか?」

「後学のため、希望して事務仕事を請け負っていただけです」


 やけに書類と格闘してると思ったら、自分から進んでやってたのか。人間社会の知識を吸収する気満々だな。

 ていうか、人間のイベントなのに人間チームよりエルフ姉弟の方が役に立ってるの面目が立たないんだが。こういうときどんな顔すればいいんだろ。


 壇上では意外と地味な儀礼服を纏ったナーシェランが、何事かをスピーチしていた。

 神聖王国の未来がどうとか、魔族軍の動向とか、周辺諸国への働きかけとか、そんな話だ。

 正直内容に興味は無かった。あれはただの形式上の儀式みたいなもので、今日までの水面下の根回しでだいたい終わってるからだ。政治なんてそんなものだろうし、そうでなければ国を円滑に回すなど無理である。


「お兄様は勝てるでしょうか?」


 ネルフィリアが壇上を見上げながら不安そうに呟く。僕らは勇者パーティとして、ナーシェラン側の最前列にいた。―――あまり気にしないようにしているが、やはり好奇の目にさらされているのは否めないな。中には不快な視線もある。


 多くの貴族が集まるこの場には、レティリエのことを知っている者も多い。

 今の、ではない。僕と出会う前の、まだ勇者としては弱い、ロムタヒマ戦線で低級魔族と戦っていたレティリエ・オルエンのことだ。

 勇者の働きのおかげで難攻不落だったロムタヒマの壁を壊したと伝わっているはずだが、疑心の念を向けられるのはある程度仕方がない。あとどこからどう見ても弱そうな僕がパーティの仲間であり、暫定の仲間ポジであるエルフ二人が華奢で若年であることも不信に拍車がかかっているように思える。


 ……僕ら、来なかった方が良かったんじゃないかな? レティリエも含めて見た目が弱そうだから、イマイチ貴族の信用とか得られそうにないんだが。


「エストが勝ちそうになったなら、君が立候補してくれ」

「嫌です」


 即答してくる我が弟子。まあさすがに期待はしていなかったけれども。


「私は、まだ未熟すぎます」


 ……それが分かっているのなら、なにも言うことはないが。


 僕は肩をすくめて壇上を見上げる。

 神聖王国ではこの物言い制度、わりと頻繁に起こるらしい。

 つまりはフロヴェルスにとって、王家に連なる者というくくりはあれど、王とは貴族と教会に選定されるものなのだ。

 ……もっとも、僕にはそれが茶番に見えるが。


「一応調べてみたけどな。この茶番、選ぶという形式をとっているが、実態は民主主義とはほど遠い。このやり方は選ばせる、という言い方が近い。王家の血筋の者以外に候補者がいない以上、主体はあくまで王家側にあって、しかも実質的にここに集まる多くの貴族すらほぼ投票権がない……というか、しないときた」


 これだけ人が集まっているのだが、実際のところこの儀式で王の選定に関わるのは一部の大貴族と教会の司教のみである。

 下位の貴族は委任という形で投票権を上位貴族に預けてしまうのが通例らしく、それは仮に自分が投票していない者が王になったとき、直接投票していると冷遇される恐れがあるからだそうな。

 まあ仕方ないよね。王になった者は自分に投票しなかった者を疎かに扱わない、的な決まりはあっても、実際にそれが守られるかどうかは別の話だし。


 実際、今回の物言いも最初はそういう話だ。

 ロムタヒマ戦線勝利時における利益配分。今回の国王選びはそれが主題だったはずで、エスト側の貴族たちは格別の贔屓を期待しているハズである。


「民主主義とはなんでしょう?」


 ネルフィリアに聞かれて、僕は言葉に詰まった。見れば、レティリエも首をかしげている。エルフ姉弟もハテナ顔だ。

 そうか、この世界でも思想くらいはあるんだが、王権主義ど真ん中の人間と辺境のエルフは知らないか。


「庶民の知識層で、こうなったらいいな、って議論されてる政治体制だ。民の一人一人が投票権を持ち、また参政権を持っていて、国の首長を幅広く選ぶことができる」

「はあ……それは、大変そうですね」


 ネルフィリアの反応はまったく当然で、この世界の人族にとっては現実味の薄い話だろう。

 文字が書ければ代筆や代読の仕事がある文明レベルだ。辺境の村など下手をすれば自国の王の名前すら誰も知らないなんてこともあり得るわけで、そんな状態で完全な民主主義を敷くのは無理がある。


「まあ、つまり僕がなにを言いたいかというと、番狂わせは起こらないってことだ。どちらが勝つかどうかなんて、もうとっくに決まってる。不確定要素がないからな」

「それは、まあそうでしょうけれど」

「あのエスト派筆頭だったヨズィア伯爵は身の潔白を証明するために、自分とすでに自分に委任されていた票を丸ごと教会に委任したらしい。そして教会はロムタヒマ戦線の利益に絡まないから、ほぼ正当後継者であり人格的にもマシなナーシェラン側だ。つまり本来エスト派の票が大量にナーシェランへ流れたわけだな。そういう話を聞けば、元々烏合の集だったエスト派は脆いさ」


 この話の酷いところは、ナーシェラン自身がヨズィア伯爵に教会への委任を働きかけて、オマケにその話を貴族たちに噂として広めたってことだ。本人に確かめてやったから間違いない。

 ヨズィア伯爵があの時点でどれだけ委任票を持っていたかは知らないが、電話線もないこの世界でその数を計り知るのは不可能だ。かなりの量が流れたのではないか、と噂は一人歩きしたはずだし、さらに尾ひれ背びれもついて勝手に泳いでいっただろう。

 あとは少しずつ切り崩していけば料理完了だ。ナーシェランなら鼻歌交じりにこなすのではないだろうか。


「それ以外にもいろいろやってたみたいだしな。ディーノがどれだけ駆けずり回ったところで、隣国の田舎貴族にはさすがにナーシェランの相手は荷が重い」


 だから結局、勝負はついていたのだ。



「ナーシェランが勝つよ。よっぽどのことがない限りは」



 かなり後方で騒ぎが起こり、ナーシェランの演説が中断したのは、僕がそう断言したのと同時だった。


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