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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神聖王国フロヴェルス―
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フロヴェルスと勇者

 初代勇者はフロヴェルスの初代王となった。

 二代目の勇者は魔王と相打ちとなり、三代目の勇者は戦いから帰還後に行方不明となった。


 勇者はフロヴェルスから出現する。それは最も神の恩寵を受ける地であるから、とされている。

 だが、勇者の力は死ねば継承できるのである。それはフロヴェルスによって独占されてきた秘密だ。つい最近までフロヴェルスのごく一部の人間しか知らなかった、しかし今代でついに外の人間に漏れ出た機密である。

 まあ、初代勇者の仲間のエルフや、その後継などは知っていたが……何事にも例外はあるものだ。


 フロヴェルスは神聖王国としての威光を示すため、勇者を利用していた。

 己が土地から勇者を輩出し、魔王を倒させることでフロヴェルスこそが神に選ばれし国であることを、セーレイム教の宗主国であるにふさわしいことを大陸中に刷り込んできた。

 それがこの国の千年の歴史を支えた要因の一つであることは、疑う必要もないだろう。


 そして。

 だからこそ戦いが終わった後に勇者を殺し、勇者の力を回収し保管していたのだ、なんて……そんな反吐が出るようなことが過去に本当にあったとしたら、この国はなんとおぞましいのだろうか。



「と、まあ。そんな話を聞いたわけだがな」



 敷地の庭園は広かった。うっかりと迷ってしまいそうなほどだ。

 ヒビの一つもない石畳を歩き、竜の彫刻で飾られた泉を過ぎ、薄赤と白の花の咲き誇る低木に挟まれた道を抜ければ、徐々に来客の目を楽しませるのではなく実用を主とした施設が並び始める。

 今僕らがいるのは、厩の外だった。


「もちろん、僕らはナーシェランを信じている。ネルフィリアのことも信じよう。僕らは友人であり隣人であり、信頼し合える仲間であると」

「師匠が言うと白々しいですね……」

「ちょっと黙ってような?」


 ちゃちゃを入れる弟子を制する。たしかに僕も白々しく感じるけれどさ。

 馬車の点検をしている騎士たちを横目に見ながら、僕は皆の前で、ディーノから仕入れた話のすべてを語っていた。

 ここでいう皆、というのはつまりナーシェラン組である。レティリエ、ミルクス、モーヴォン、ネルフィリア……そしてナーシェランが同席している。茶会は傍目から見れば恙なく終わり、双方共に引き上げて別行動だ。あっちは今頃なにやってるんだろうね? あのメンバーって完全に外野から眺め見るだけならめっちゃ面白そうなんだけど。だからこそ当事者にはなりたくないが。



「ナーシェラン。僕が今まで見逃していた問題点をここで問おう」



 僕は立っていて、座っているナーシェランを見下ろしている。尋問形式である。王族相手に不敬極まりないが、これはなりふり構っていられる問題ではない。


 ―――正直、この件は僕一人で探りを入れてみようかと思った。これからエストとやり合わなければならないという時に、このメンバーの内で猜疑心を芽生えさせるのは下策だろうからな。

 けれど僕はウルグラでやらかしたばかりだ。それなのにまた単独で動くのは、あまりにも不誠実な気がした。後ろめたい、と思ったのだ。

 だから、全員で共有する。そうすることにした。その方がいいかどうかは分からないが、こうするべきだと感じるままにしてみた。


「勇者の力は死ねば継承できるという性質は、ここにいる者は全員知っている。そのうえで、疑問がある。魔王と相打ちとなった二代目の勇者の遺体はフロヴェルスで手厚く埋葬されたという話だが、三代目の勇者ソルリディアは戦いの後で行方不明となったハズだ」


 そしてソルリディアロスを起こしたハルティルクが大賢者クズムーブして、魔術学院で様々な問題を起こしたり、某遺跡をソルリディアを復活のための装置に改造したりしてたわけだが、まあそれはいい。今は関係ない話だ。



「なぜ、行方不明となったソルリディアが持っていたはずの勇者の力が、またこの神聖王国にあったんだ?」



 ディーノの話を聞くまでこの疑問にはたどり着けなかった僕は、我がことながら酷く間抜けだったのだろう。


「ソルリディアは強かった。歴代最強の勇者、と言われるほどにな。彼女は嵐のように大陸中を駆け抜け、魔王へ挑み、五体満足で帰還した。……だが、その一年後に行方不明となって以降、その足跡は霧の中だ。さて、ナーシェラン。ナーシェラン・スロドゥマン・フリームヴェルタ。神聖王国の第一王位継承者。知っていることは?」


 使用人の休憩用ベンチに座ったナーシェランは、僕に見下ろされながら困ったように眉の端を下げる。

 この男、王族のくせにこういう扱いに関して不快感とか表さないの凄いよな。


「エストも困ったものですね。国家機密をこうも簡単に漏らすとは」

「……それは、フロヴェルスが勇者を謀殺したことを認めた、と受け取っていいか?」

「さて。アレの言葉を真に受けない方がいいことだけはたしかですが」


 あー、まああの女、ソルリディアのこともロクに知らなかったからな。終わったことには興味がない、だったか? だから実はこの話、信憑性としては眉唾なんだが。

 ナーシェランの辟易した顔には共感もしてしまうけど、それでもたしかめなければいけない事柄であることには違いない。


「それはフロヴェルス王族としての義務の話です。勇者の力が相応しくない者に渡ったのであれば、人族の平和のためその責務を果たすべし。それが世界を救った勇者であっても、警戒と監視を怠るな、と。ネルフィリアですらその教育は受けているはずです」

「え、私それ知らな……」

「は? なんで知らないんですか?」


 いきなりブレるな王族。


「私は王位継承権が低いので、その辺りの話は後回しにされていたのでは……」

「第四位が低いわけないでしょう。マルナルッタのように目を開けたまま居眠りしてたのではないでしょうね?」

「え、目を開けて眠るってどうやるの? モーヴォンできる?」

「自分にはできない……。いったいどうしてそんな技を……」


 まさかのマルナルッタ王女の特技に、エルフ姉弟が沸き立つ。

 ……授業中にバレないよう居眠りするスキルなんて、森の生活には絶対に必要無かったものだろうからなー。まあそんな特殊技能、僕も使えないけれども。

 ていうか、王族が取得していいスキルじゃないぞそれ。淑女としてもアウトだし。マルナルッタ姉ちゃんスゲぇな。


「まあともかく……勇者の力は強すぎるが故に、勇者が道を間違えることなきよう導き、もし世界の災いと化すようであれば速やかにこれを排除する―――それが、フロヴェルス王族の責務です。もちろんこれはレティリエ・オルエン女史でも変わりありません。ええ、これは皆さんの前で宣言しておきましょう。勇者オルエンが道を誤ったとき、当方はこの命に代えてもそれを止める、と」


 こちらが感心するくらい堂々と、ナーシェランはレティリエ本人を前にそう宣言した。それは今更言うまでもないほどに当然のことであると、胸を張っていた。

 ……たしかにそれは、彼らの義務なのだろうが。


「人族の平和のためにか? それとも、フロヴェルスのためにか?」

「神聖王国のためになることは否定しません。ですが、神聖王国がもっとも世界の平和を実現できると考えています」


 まあ、たしかに他の国では役に不足してるだろう。宗教という基盤もさることながら、千年の歴史を持つフロヴェルスは、正統性という面で大陸一であろうさ。


「それで、二代目と三代目の勇者は道を誤ったために殺したと?」

「いいえ。そもそも、フロヴェルスがその二人を謀殺したかどうか、当方ですら知りません」


 ナーシェランは肩をすくめて首を横に振った。僕はため息を吐く。

 そんなところだろうと思っていたが、実際に聞くと肩の力が抜けるな。やっぱエスト発端の話なんか真に受けるもんじゃない。


 そもそも仮にフロヴェルスがそんな罪を犯していた場合、そんなことを伝えるはずがないのだ。醜聞なんてどこから漏れるか分からないのだから、跡形もなく抹消してしまうに限る。

 つまり、こんな問答にそもそも意味は無いのである。真実は誰も知らず、歴史の闇に葬られている。五百年前と二百年前に殺害事件があったかどうかなんて、過去視の魔術でも調べられない。



「二代目の勇者は、第二のフィロークとして国を興すという野望を持っていたそうです」



 神聖王国王位継承権第一位は、尋問者である僕を見上げてそう言った。


「当時、魔族の侵攻により大陸は混乱し、フロヴェルスの国力も落ちていました。そんな中、当代の勇者が新しく国を興すと言う。神の恩寵を受け、セーレイム教の宗主国として信仰を集める神聖王国として、それはどうしても許容できない問題だったでしょう」


 ナーシェランは真っ直ぐに僕を見上げる。僕は無言で頷き、続きを促した。


「三代目の勇者は伝説にあるとおり強く、そして破天荒な方でした。籠に入れて飼うどころか、この大陸ですら彼女には狭すぎた。とても手に負えず、予測も不能。……その強さ故、ひとたび外に出してしまえば、もはや捕まえることはできない相手です」


 僕は口を開かなかった。


「……フロヴェルスが、殺したのですか?」


 代わりに、今代の勇者が聞いた。

 乾いた、震える声で。


「分かりません」


 ナーシェランはそう答えた。

 そうして、彼はレティリエに向き直る。



「勇者レティリエ・オルエン。貴女に非常に失礼なことをお聞きすることをお許しください。―――人を殺したことはありますか?」



 唐突なその問いに、レティリエはビクリと身体を強張らせる。

 本当に失礼な問いだな。戦う者にとって、それは避けては通れない問いではあるのだろうが。


 人であるならば、一人殺した時点で普通を逸脱している。善をなす者であるならば、それは致命的な傷であろう。

 戦士であるならば、何人か殺して一人前だ。躊躇で剣が鈍るようでは、いざというとき致命的な隙になる。

 この問いに正解はない。どちらであるべき、という類の問題ではない。が……。


「ありません」


 レティリエは答える。

 僕の知る限り彼女は人を殺したことがない。そして、僕が知らない過去にもないだろう、とは思っていたが……こうやってハッキリ聞くと、ちょっと安心するな。


「であれば、勇者の力の継承方法は秘匿したままの方がいいでしょう。我こそが真に相応しいと声を上げる身の程知らずや、力を悪用しようと企む者たちが出たとき、貴女はロルカタッグやソルリディアのように殺せないでしょうから」


 ―――ああ、そうか。フロヴェルスが勇者継承の方法を秘匿していた理由がよく分かった。


 僕の前世で流行っていた多くの創作物では、勇者とは生まれつきで、死んでも生き返るものだった。

 けれどこの世界では違う。殺して奪うことだって可能なのだ。以前、まさにエストがやろうとしたことじゃないか。


 周知してしまえば、勇者は人族の救世主でありながら、一部の人族には命を狙われることになる。フロヴェルスは勇者を自国の権威のために利用していたが、同時に勇者に選ばれた者の保護もしていたということか。


「冷淡な言い方になりますが、何百年後かの次代のためにも、勇者はフロヴェルスの管理下で死んでもらわなければ困るのです。仮に当方の先祖が勇者殺しをしていたとして、それは今代の勇者のためでもあったのだと……そう考えていただけはしませんか?」


 ナーシェランの話を聞く全員が苦い顔をしていた。当然だ。だって酷い話だ。

 魔王と戦って帰ってきて、人族に殺される。そんなの使い捨ての道具扱いじゃないか。


 けれどそうして秘密を守ってきたからこそ、今代のレティリエは人族に命を……狙われたんだよなぁ。フロヴェルスの王族に。やっぱ有罪だろこれ。


 ―――まあ、けれど。モヤモヤはする。どうにも消化しきれない感情はある。けれど。

 それでも、理解はできた。世界はきれい事だけではできていないなんて、前世から知っていたさ。



「君はすべて終わったとき、勇者をどうするんだ?」



 僕の問いに、ナーシェランはレティリエへと眼差しをむけて答える。



「監視下に置きます。人は変わるものですから。どれだけ善人であろうが、悪に染まることはある。また、善人のまま悪を行うことも」



 用が終わったら殺すつもりです、なんて考えてても、ここで口にすることはできないだろうけどさ。……彼女なら大丈夫でしょう、なんて都合のいい嘘をつかないところは認めてやろうか。


「今の彼女のままであれば、殺さないんだな?」

「はい。フロヴェルスの広告塔の役目が待っていますし」

「え……それはわたしには荷が重いです」


 レティリエが本気で嫌そうな顔をするとこ、初めて見たかもしれない。


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