再会
この世界に運命などというものはない、と師匠は言っていた。だからこれは運命ではない。
だが、思いもかけぬところで思いも寄らない人物に出会うというのは、やはり何かしらの力を感じてしまうものだ。事実僕はそう思った。偶然に過ぎる、と。
僕とレティリエがフロヴェルスにいるのには、理由がある。現在の僕らはフロヴェルス軍を指揮するナーシェラン第一王子と、全面的な信頼関係とまではいかないものの協力しあえる関係にあるからだ。
だが万が一でもあのエストが王位を得てロムタヒマ戦線に干渉してきたら、なにをされるか分からない。少なくとも恨まれる覚えはあるし、フロヴェルス軍は何一つ信用できない第二の敵として見ざるをえなくなってしまう。
それがマズいからこそわざわざ敵地目前からここまでやってきた。すべては順当にナーシェランをフロヴェルス王に据えるためだ。
そしてそんな僕たちと同じように、思いも寄らなかった相手……いや、思いも寄らなかった者たちがここにいるのには、ちゃんと理由があった。
―――ただし、僕たちにとって都合のいいものではなかったのだが。
「ていうか久しぶり二人ともっ! 元気だった? 今までどうしてたの? そっちの四人は誰?」
駆け寄ってきた赤髪の少女は両手を広げて体当たりのように僕とレティリエに突撃し、僕らの肩を掴んで諸共に再会のハグをする……まてまてまて僕を混ぜるなそういうのは女性同士でだけやれ。顔が近いし突然のスキンシップで心臓が跳ね出る。あと質問が怒濤に過ぎるだろ。
「わ、え、ええっと。その……ええっと」
ほら見ろレティリエがなにから話せばいいのか困ってるじゃないか。
「ワナ、ちゃんと話すからもう少し落ち着いた振る舞いをしてくれ。こちらはフロヴェルス第一王子ナーシェラン殿と、その妹君で第三王女ネルフィリア王女だ。あまり粗忽だと僕の首まで飛ぶ」
「わわ、すっごい偉い人だ。ごめんなさい!」
僕らの同行者の身分が分かって、あわてて飛び退くワナ。
騒がしいのも素直なのも相変わらずだな。変わってないようで安心したよ。なんでここに居るのか知らないけど。
「いえいえ、かまいませんよ。というか、当方たちをそんな風に悪く言わないでください。なんでそんなことで処刑になるのですか」
「そうですよ師匠。私たちはそんな酷いことはしません」
「え、師匠ってどういうこと?」
ややこしくなるからやめてくれないかなその話題。
「おお、本当に坊主とリアではないか」
「マジだ。生きてたんだな」
「……どうしてここに?」
そんな声が聞こえて振り向くと、僕らも通ってきた林道を五人の人物がこちらへ歩いてきていた。
全員に見覚えがある。最初にこちらへ声をかけたのはザガンという名前のドワーフで、その次に喋ったのが狼獣人のドゥドゥム。そして言葉少なく疑問を呈したのがハーフエルフのティルダ。この三人はワナの冒険者パーティの仲間だ。あの遺跡探索では世話になった記憶しかない。
―――そして。
「貴様の顔もこう久しいと懐かしく感じるものだな、ゲイルズ。どうせ生きているだろうとは思っていたが、五体満足でいるのは驚きだ」
十分に近づいてからたっぷり嫌味を含めたご挨拶をかましてきたのは、自慢の金髪の上に黒のとんがり帽子をかぶり、似合わない黒のローブを纏った碧眼の男。
僕は口の端を上げて笑ってしまう。たしかにコイツの言うとおり、これだけ久しく感じると懐かしいものだな。……あれから、言うほど時間が過ぎたわけでもないのだが。
「ずいぶんそのメンツに馴染んでるじゃないか、ディーノ・セル。ワナが心配でとうとう冒険者稼業に転向か?」
「バカを言うな。これは師の任務だ」
ふん、と不満そうに目を細めてから、彼は最後の一人へと視線を向ける。
そこにいたのは、久しいはずなのに懐かしくもない相手。
淑女のヴェールを被り首まで隠した黒のドレスを身に纏う、ふわふわなストロベリーブロンドの女性。ずいぶん美人で、髪質と垂れ目の印象から一見は柔和な性質と錯覚するが……その本質は鼠の腐乱死体のような女。
彼女は完璧な淑女の所作で前に出て一礼すると、にこりと微笑んだ。
「お久しぶりですナーシェランお兄様、ネルフィリア。それにレティリエさんも」
彼女はフロヴェルスの異端審問官の長。
かつて審問騎士団を率い、レティリエを殺して勇者の力を移動させようとした実行犯。
そして実の兄であるナーシェランと姉のマルナルッタを殺そうとした第二王女。
名前すら禍々しく感じる、今回の王位継承騒動の中心人物。
その女の目が僕へと向けられる。視線は心臓が凍るような怜悧さを宿し、同時に慮外の獲物に対する喜悦に満ちていた。
「それと、お久しぶりですねリッド・ゲイルズさん。わたくしのこと、覚えていただけているでしょうか?」
「……覚えていますともエスト・スロドゥマン・フリームヴェルタ王女。あなたを忘れる者がいたら、それはよほどの愚か者でしょう」
……指向性のある明確な殺意って、ここまで圧で感じるもんなんだな。前世も含めて未体験の域だこれ。
城内にあるお茶会用の部屋は意外にもシックな造りで、いくつかあるテーブルや椅子、毛足の長い絨毯はいい品を使っているが壁に装飾はない。ただ広間と言っていいほどに広くて、全員が入室して着席してもまだ空いたテーブルがあるほどだった。
金持ちのフロヴェルスの王城ともなると、喪に服しているから煌びやかなものを片付けてあるのか、普段からあるこういう部屋に通されたのか判断に苦しむところだな。暗殺者に怯える現状としては、後者でない方が都合がいいのだが。
香り高いお茶で唇を湿らせる。やたら懐かしい味がして、そういえばこの紅茶に似た茶葉はフロヴェルス産だったなと思い出した。
移動は馬車に乗っていただけだったが、それでも旅の疲れはたまっていたようで、味が身体に染みこむようだ。
これでもっとリラックスできる状況ならば最高なのだが、そうはいかない。
墓参りを終わらせた僕らは、城に戻って侍女たちが給仕してくれたお茶を楽しんでいた。
……仲良く、全員で。
「で、君ら結局なにしに来たの?」
テーブルには喪服や正装のまま席に着いていた。
互いに積もる話もあるだろうと……つまりは早々に前哨戦を希望し、着替えてから集合とナーシェランは提案したが、エストが服装などこのままでいいと主張したからだ。
どうも口裏を合わせられるのを嫌ったらしいが、ナーシェランは快くそれに頷いた。……僕ら下々の者としては、こんな堅苦しい衣装はとっとと脱ぎたいんだけどね。汚すと恐いし。
埋まっているテーブルは全部で三つ。その内、一番優雅に見えるのは王族のテーブルだ。ナーシェラン、ネルフィリア、エストの兄妹が上品にお茶を飲みながら談笑している(ように見える)。
次に、一番大所帯なのがレティリエ、ミルクス、モーヴォン、ワナ、ザガン、ドゥドゥム、ティルダの七人席。ちょっと大きめのテーブルで和気藹々と茶菓子のスコーンをつまんでいる。……エルフ姉弟はハーフエルフに興味津々なのかいろいろ質問責めにしているようで、わりと無口な方のティルダが困っているな。まあ勝手にしていてくれ。
そして最後に、僕とこの男。
「エスト王女が女王になるかもしれないと聞いてな。それでは呑気に留学している暇もなかろうと、お送りしてきた」
金髪碧眼の上位魔術師ディーノ・セルは、優雅にお茶を嗜みつつそう答える。さすが田舎者でも貴族。完璧な所作じゃないか。
なぜ僕ら二人がこうやって小さなテーブルで顔を突き合わせているといえば、この部屋に入るにあたって互いに目と目で「ツラ貸せ」と言い合ったからに違いなく、つまりは双方が情報を求めていたのである。
「つまりエストは今までルトゥオメレンにいたと。留学ってのは建前で、軟禁状態だったってところか」
「ふん、そんなところだ」
「審問騎士団は?」
「そんな組織は存在しない」
なるほど。まあ、実際に公的には存在しない組織だからな。そういうことにしたか。
「つまりエストを解放せざるをえなくなって、他国の王族を一人でほっぽり出すわけにもいかず、護衛と目付役として事情を知る者を再雇用したと。だからこのメンツか。……ところで、君がドロッド教室の代表として来ている理由はなんだ? 一応、あの教室では下っ端だろう?」
「まずあの遺跡探索の参加者が優秀だっただけで、俺が教室で下位ではないことは訂正しておこう。……俺は貴族で、かつエスト王女と一番仲の良い学友枠だ」
「そうか、あの中でロイヤルの相手ができるのは君だけだな」
話を聞いていけば、紐解くようにこの再会の必然性が見えてくる。
エストにはまた会うことになるだろうとはさすがに思っていたし憂鬱だったが、エストに会うということはこのメンツにも再会するということだったんだな。
……ってそんなもの読めるか。そもそも、エストがとっくに城へ帰ってたらこの再会はなかったんだし。
「君らの事情はだいたい分かった。エスト王女を無事に神聖王国へ送り届ける任務、完了したようでなによりだ。できれば任務失敗してくれた方が良かったがな。あとは観光でもして帰るのか?」
「いいや、俺たちはエスト王女を神聖王国の女王にするためにサポートする」
…………なんて?
「俺たちはエスト王女を神聖王国の王女にするために、ここへ同行していると言ったのだ」




