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アルケミスト・ブレイブ!  作者: KAME
―神聖王国フロヴェルス―
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喪服

 前世の世界でも多くの国がそうであったように、この世界でも喪服というものは黒と決まっていた。

 これが偶然なのか、それとも必然なのかは悩みどころだ。それが死者を悼むための色なのか、それとも生者に向ける示しなのか。分からないが、他の色より死に近いイメージを連想させる色ではある。

 もしかしたら何らかの理由があるのかも知れないが、感覚的に死者を弔うならば黒だろうと納得もできてしまう。


 もし、喪服が死者のために着る衣装だというのなら、黒色とはこちらとあちらを繋ぐものなのではないか。

 そんなことを思うのは、僕が術士だからだろう。




 荘厳な城だった。

 ここまで歴史を感じさせながらも美しさを感じさせる町並みを見てきたが、フロヴェルスの王城はそんな都を凝縮し煌びやかさを足したような造りだ。

 高い尖塔が左右対称に並び、色とりどりのガラスがふんだんに使われ、そこかしこに神話にまつわる細かな彫刻がなされている。敷き詰められる下草には雑草一つなく、そこまで潔癖では気疲れするだろうにと心配になるほど。


「……ナーシェとネルフィリアってこんなとこに住んでたの?」


 ミルクスが唖然とした顔で城を見上げ、そう漏らすのも無理はない。都市育ちの僕だってこれには驚くし、異世界転生者としても前世でいう世界遺産をリアルタイムで見ている不思議な感覚が浮かぶ。


「もしかして、二人ってすっごい偉いんじゃ……?」


 そうだよ。やっと実感として分かったのか。


「当方らが生まれに恵まれたのは否定しませんが、偉いかどうかは別問題ですね。それは為した功績をもって決まることです」

「ええ。特に私は未熟者ですから、偉いだなんてとても……」


 そういう受け答えを自然にできるだけで徳が高い気がするんだよなぁ。

 僕は前世も今世も庶民の生まれだから感覚的にはよく分からないが、恵まれた生まれに驕らないのはけっこう難しいことだと思う。自己の意識が云々の話ではなく、他者からそういう扱いをされるからだ。

 例えばここの門番はナーシェランの顔を見るなり驚いた様子で最敬礼したが、そういうところである。……自分は他者より特別なのだ、と常に思い知らされる環境にいては、常人と同じように振る舞うことがそもそも難しい。


「はあー……こんなところに住んでたら、あたしだったら肩が凝りそう」

「おや、いいところに気づきましたね。実際に肩が凝るんですよこのお城。しかも王族になると、肩が凝ったなどと言った途端、マッサージの時間を空けましょうか、剣の鍛錬をすれば治るでしょう、気晴らしに狩りへとどうですかなどと、抱える案件が新しく増えるのです」

「普通にその場の人に揉んでもらうわけにはいかないの?」


 どうでもいい話の合間にも、騎士たちは使用人に馬車を預けたり城へ走ったり荷物を運んだりと仕事をしている。……そういう雑用を任せてしまえるのはありがたいが、人を扱い慣れてない身としては少々落ち着かないな。ナーシェランの味方としてここに招かれた以上、彼の顔を立てるためにも動かない方がいいのだが。

 だからレティリエ、いろいろ手伝おうとするのはやめようか。騎士さんたち困ってるから。


 モーヴォンは知的好奇心を刺激されたのか、キョロキョロと視線を巡らせては何事かを考えている。まともな家屋すらない田舎の出なのに、この光景に圧倒されないのはさすがだな。

 僕も彼に倣って、その光景を見ておく。建物全体の大きさ、強度、窓の数、万が一のための逃走経路確認、厩はおそらく先ほど馬車が連れられていった方向で、金目の物を盗んで馬を借りて逃げるなら―――なんて、さすがにやらないが。

 しかし、宗教の総本山として見栄が必須なのだろうが、見た目を重視しすぎて防衛しづらそうに見えてしまうのはいかがなものか。城のていではあるが、どちらかと言えば宮殿に近いのかもしれない。






 王を失った城は、思ったよりも静かに第一王子を迎えた。

 騒々しさが禁じられているかのように、城内に入ると、知らせを受けて待っていた数人の臣下が跪く。


「王の死の報を受け、戦地より一時帰還しました。父上の亡骸に目通りは叶いますか?」


 ナーシェランの言葉に、年輩の執事長らしき人物が受け答える。

 白髪をしっかりと固めた、細身で長身の初老の男性で、いかにも執事、という感じの人だ。きっと名前はセバスチャンとかだろう。


「申し訳ありません。ご遺体はすでに王墓の下で眠られています」

「そうですか、仕方がありませんね。では墓へ帰還の挨拶に行くとします。喪服の準備を」

「整っております」

「当方とネルフィリアと、そしてこの四人の分も用意してください。彼らにも父上に挨拶して貰いたいので」


 セバスチャン(仮)さんが僕らを見ると、レティリエがお辞儀した。それだけで粗方を察したのか、彼は使用人たちに指示を出す。……ああ、同じ職場で働いていたのだから、顔くらい知っているか。


 そうして僕たちは部屋へ案内され、薄汚れた旅装束から着替え、喪服に袖を通すこととなった。……のだが。



「まずは部屋の安全を確かめます。どこかに潜んでいる者がいないか調べましょう」

「一人ずつ着替えるべきですね。着替え途中の身動きとれない間に襲撃される可能性があります」

「服に薬品が塗られていたり、棘のようなものが仕込まれていたらすぐに言ってください。毒ですので」



 ナーシェラン、気苦労が耐えないんだな。僕は平民で良かったよ。


「というか、なぜ自分たちまで着替えなければならないのですか? 先ほど見ましたが、騎士の皆さんは黒い外套だけですよね?」


 モーヴォンだって森のエルフだ。普段からローブを着ている彼でも、動きにくいほどにかっちりとした服装には慣れていない。なぜ姿勢を強制されるようなツラい服を着なければならないのか、と顔に書いてある。


「これから向かう霊園に入るにはなんとドレスコードがありますからね。簡易的な服装が赦されるのは、職務に従事する者だけです」

「僕たちはナーシェランの部下ではないからな。まあ、本来ならば僕は学院の正装を着なきゃならないし、君らもエルフの喪服……エルフの喪服ってどんなのだ?」

「エルフにそんな服はありませんよ。御魂送りの黒い飾り小物を、腰から提げるくらいです。……羽根や布、葉などで作るのが普通ですが、自分の里では二十本ほどの紐を纏めたものでした」


 そうなのか。初めて知った……が、仮に持ってきていたとしても、それがここで認められるかどうかは怪しいな。

 歴史ある格式高い宗教の国の、王の墓だ。さすがに旅装のままでは通されないだろう。


「しかし、貸し出し喪服なんてよくあるな。高そうな布だし」

「セーレイム教の教皇が住まう城であり神殿ですからね。まあ、教会の総本山は別にあるのですが」

「サリスタ山の山頂だっけ? 今はもう旧総本山という感じだろ」


 宗教の威光を掲げるために山頂に神殿を築いてはみたけど、交通の便が悪いので都との行き来に難儀したんだよな。それでセーレイム教は教皇……つまり普段は王城に住むフロヴェルス王以外の者が軒並み政治への影響力を失いかけ、司教たちは慌てて王都に拠点を移したとかなんとか。

 今では権力を持つ者はほとんど王都に引っ越してしまい、有望な修道士たちの修行の場として再利用されているとか。―――たまに問題児の監禁の場にもなるそうだが。エストみたいな。


「まあ実質はそうなのですが、貴重な神器などは大半が向こうにありますからね。大半は当方も見たこともなく、またその半分ほどはこれから見ることもないのでしょうが。初代勇者フィロークの使っていた聖銀の兜とかもありますよ。魔力はとっくに失っているうえ壊れてますけれど」


 捨てちまえそんな骨董品。


 まあ、あの生きた女王のいた竜種信仰のようなものならともかく……宗教なんて僕から見たら、ひたすらに非効率を積み重ねるものだ。

 無駄というわけではない。ただ、効率的ではない。冬のための保存食に神への感謝としてとある植物の葉を供えよう、という教えが実は特定の害虫除けの葉だったり、中には有益な情報を隠して流布している例がいくつもある。おそらく僕が気づいてないものも多いだろう。

 だが、それが形骸化してその害虫がいない地域までその慣習を踏襲するのは、やはり効率面に問題がある。


 すでに役に立たないガラクタをいつまでも捨てられずに遺しておけば、いずれ倉庫を圧迫する量にもなるだろうに。



「……父上の亡骸はやはり、埋められていましたね」



 早々に着替えを済ませたナーシェランが、そう独りごちる。先ほどまでの声より少しトーンがおちて、悔しそうに歯噛みしていた。


「夏だからな。まあしかたないさ。それにたしかに死因が毒かなにかなら、僕が見れば分かった可能性もあるが、医者じゃないから元よりそこまで自信はないんだ。僕は薬品は鑑定できても、薬品の被害者を診ることはほぼ……」

「ああいえ。それはもういいのです。分かっていたことなので」


 ナーシェランは首を横に振って、それから微笑んで見せた。……それが少しだけ痛ましく見えたのは、気のせいではなかっただろう。



「実際にもう墓下と伝えられて、なんというか、少し残念に感じました。あまり繋がりのない親子ではありましたが、あれでも父だったのだなと。できれば死に顔くらいは見ておきたかったと……思いました。不思議な感覚ですね」



 王族にとって、それは無駄な感情ではあるのだろうが……非効率を割り切れないのが人なのだろう。


「まあ、そういうもんなんじゃないか?」


 術士として無駄な感情だが、ナーシェランのそれを少しだけ好ましいと感じてしまい、僕は肩をすくめた。


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